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午後のお茶の時間に、王国図書館へ行きたいとお父様にご相談したのですが、許可は頂けませんでした。
新たなロック鳥の襲撃があるかも知れず、危険だからとのことです。
街道の安全を保つために騎士団の総力をあげて警戒にあたっており、そこに加えて王都への護衛のために人員を割くのは困難とのこと。お父様の定例の出仕も見合わせ、当面は書簡でのやりとりにするそうです。
そういうことですから、王国図書館行きは諦めるしかございませんわね。わたくしとて公爵家の者、領の苦境にあって我が儘は言えませんもの。
あら、書簡でのやりとりでは、今度は運ぶ者に危険が及ぶのでは?と心配になりお父様に伺いますと、運ぶのは召喚魔(もちろん魔力体のです)なので安全だそうです。
今までも一日一回召喚魔に王都と白百合城の間を往復させているので、多少不便ですがお父様のお仕事は滞りなく可能とのことです。
なんて便利なのでしょう!と感銘を受けたのですが、お父様は苦笑いされて召喚魔でのやりとりは便利なようでいて欠点も多いことを教えてくださいました。
・召喚魔に道を教えるために、最初の一回は結びたい二点を術者と召喚魔が一緒に往復する必要がある
・離れた使い魔を操るのは難しく術者が少ない
・熟練した術者でも一日一往復以上は困難
・一体の召喚魔が覚えられるルートは一種類だけ
・運べる書簡はごく薄い専用の紙で一束まで、それ以外のもので持たせられるのは銅貨十枚分の重さまで、その場合は書簡は運べない
なるほど、不便ですわね。ですけれど、王都と毎日やりとりできる素晴らしさを考えますと、このくらいの制約があって然るべきですわね。
「そうだ、つい先程届いた今日の分の書簡に、アナスタシア宛のものがあったのだよ。アルフレート殿下からのお見舞いの手紙だよ」
そう、こんなにも素晴らしいことが起きるのですもの!
☆
『親愛なるアナスタシア嬢へ 紙面が限られ簡素な書き出しですまない ロック鳥襲撃で行方不明との伝令が届き直ぐにも駆け付けたかったがアレクセイに諫言された 彼こそすぐに向かいたかっただろうに思慮が足りず恥ずかしい限りだ 一夜開け無事に発見されたとの報を受けほっとしている 見舞いに行きたいが王都は今も厳戒体制にある 戦える者の一人として王都を離れる訳にはいかない 君と王都を天秤にかけるようなまねをしてすまない この地から君と君の大切に思う全ての人の無事を祈る』
アルフレート殿下からのお手紙は、わたくしの手のひらにおさまるくらいの小さなもので、よく手紙に使われる紙を八等分にしたくらいのサイズです。とても薄く、かざすと向こうが透き通って見えるほどです。これが召喚魔に運ばせる専用紙ですのね。その本当に小さな紙面を余すところなくメッセージが書かれています。
これはアルフレート殿下の直筆でしょうか?王族ともなると専任の筆記官が付くものと聞きますけれど。いえいえ最後に署名がありますから、少なくともこの部分は直筆に間違いありません。ということは、この紙にアルフレート殿下が直接お手を触れたということ。それが今はわたくしの手の内にあるのです。
ああ!そう思って目を閉じると、アルフレート殿下のお姿が浮かび上がってくるようですわ!
文面に目を落とせば、『親愛なる』の文字!
シ ン ア イ!
『親しく』『愛しい』と書いて『親愛』!
簡素な書き出しだなんてとんでもない、もしこれより華美な言葉を賜ったならば、わたくしは目にした瞬間に卒倒していたに違いありませんわ!
この紙は額に入れて飾って置きたいですわ。いえ待つのですアナスタシア。アルフレート殿下は、わたくしの、こ、こここ婚約者ですのよ!いずれいつかはアルフレート殿下がこの白百合城におみえになることもあるでしょう。
そんなとき、『君の普段の暮らしが見たいな。君のことはどんな些細なことも全て知っておきたい。構わないだろう?』なーんて仰って、わたくしのこの部屋においでくださったりなんてことになって、額に飾られたこのお手紙をご覧になったとしたならどうでしょう?
わたくしがどんなにアルフレート殿下のことをお慕いしているのかが明らかになってしまうではありませんか?!
いえ、わたくしの気持ちを知って頂きたいという想いはあるのです。それはそれとしても、恥ずかしいではありませんか!
額に飾るのはやめておきましょう。鏡台の引き出しに装飾品を入れる小箱があったはず。上下二段に分かれていて、わたくしは装飾品の類いをあまり持っていませんから下段は空だったのです。ここにアルフレート殿下のお手紙を入れますと?
なんと!あつらえたようにぴたりとおさまりました。わたくしは小箱を誰にも見られないよう引き出しの奥に隠しました。
平静を保ちたかったのですが、アルフレート殿下へのことを思うとにやけてしまいますわね。