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デザートは焼き林檎でした。まるごとの林檎の表面を小麦の生地で包んで焼き上げたものです。
火を通したことで林檎の酸味がやわらぎ、甘さが際立ちます。林檎の生地の表面はカリッと香ばしく、林檎に接している生地はしっとり柔らかく、印象の異なる味わいが楽しめます。
わたくしの焼き林檎は、一個を六等分したうちの二切れです。もっとたくさん食べたいところですが、わたくしが思うにデザートというものはやや少ないくらいのほうがよいのです。飽きるまで食べてしまうと、次の機会を待つ楽しみがなくなってしまいますからね。
☆
「アナスタシア!もう起きて大丈夫なのかい?随分怖い思いをしただろう、まだ休んでいてよいのだよ?」
お父様はわたくしを見るなり抱きしめて、頭を撫でてくださいました。
確かに怖かったです。初めて見たロック鳥は巨大で恐ろしいかったですし、皆とはぐれていた間の心細さは思い出すだけで泣きそうです。あ、本当に涙目になってきました。わたくし、結構ショックを受けていたようです。
お母様もわたくしを抱きしめ、頬擦りしてくださいました。
「無事でよかったわ。あなたが行方知れずになったと伝令の者から聞いた時は気が気ではなかったの。戻って来てくれて、ありがとう。あなたはわたくしたち皆の宝物よ」
「お母様ぁ」
わたくし、もう涙をこらえられなくなって、しゃくりあげながらわんわん泣いてしまいました。なんという甘えん坊なのでしょう。淑女にあるまじき姿ですわ。でも、今だけはお母様の腕のなかで甘えさせてくださいまし。
ひとしきり泣いて落ち着きますと、周囲の状況が頭に入ってまいります。お父様の向こうにいらっしゃる一団は、もしや王都からいらした調査団の方々では?!
はうぅ、わたくしとしたことが、なんとも恥ずかしいところを見られてしまいました。わたくし火魔法は使えませんのに、今なら顔から火が出せる気がしますわ。
「久しぶりですね、アナスタシア嬢。今回は大変な災難でしたね。御無事でなによりです」
「ギルバート様!」
一団から歩み出てきた深紅の髪の男性は、お兄様の御友人でわたくしともよく遊んでくださった方でした。物腰柔らかでとっても礼儀正しい方で、よく白百合城にお越しになっては兄上とわたくしと三人で遊んでくださったものです。
「ギルバート様は今回の件でいらしたのですか?」
「はい。ロック鳥出現に関しまして国王陛下から調査団長を任じられました」
ギルバート・メディシス様。王宮魔導師でエルドア王国随一の魔法使いといわれる方です。わたくしの親友オリビア様の兄上でもあらせられます。
「今回の一件、王は強く懸念されておられます。ことによると、何らかのより大きな出来事の前兆かもしれません。事態は差し迫っているのかもしれない。申し訳ないけれど、話を聞かせてくれますか」
もちろんですわ、ギルバート様!
☆
はりきって受け答えいたしましたが、考えてみればわたくし馬車の中で震えて縮こまっていただけでございましたので、お答えできることは多くありません。それでもギルバート様はわたくしのつたない言葉を頷いて聞いてくださいました。
「矢は翼で弾かれたというより、当たる前に翼の起こした風で払われてしまったのですね?」
「はい、風を受けた矢は空中で止まってしまいました」
「矢避けの加護か?いやむしろ風の属性防御かな。その上、攻撃魔法が直撃しても効かなかったというのだから、これはもうカレン女史が居合わせなければ大変な被害を受けただろうね。聞きしに勝る怪物だね、ロック鳥は」
ギルバート様は、ぼくの魔法でも倒せるかどうか微妙かな、と複雑そうな表情で仰いました。
エルドア王国有数の魔導師であるギルバート様にここまで言わせるカレンって何者なのでしょう。わたくしが知らないだけで有名なのでしょうか?
「ギルバート様はカレンが魔法剣を使うことをご存知だったのですか?」
ギルバート様は、うーんと唸りました。
「カレン女史は特段隠していたわけでもなかったからね。まあ、わざわざ言って回ることでもないから、知らない人は多いかも知れないかな。でも魔法使いや騎士のような戦いに身を置く者にとっては有名なんだ。ぼくの憧れでもある」
なんと。カレンについて、また一つ新しい情報ですわ!
「ぼくは治癒魔法が苦手でね。小さい頃は拗ねていたんだ。メディシス家には攻撃魔法に詳しい者が居なかったから、自分に攻撃魔法の才能があるなんて知らなかったしね。それを気付かせてくれたのがカレン女史だったんですよ」
ね、とギルバート様はわたくしのそばに控えていたカレンに目配せしました。
「もったいないお言葉でございます。武の道は険しく、いまだ道半ばでございます」
「そう言われてしまうと、ぼくはまだ歩き出せない赤ちゃんになってしまうよ?ともかくぼくはカレンの魔法剣に魅せられて、懸命に修行したものさ」
ただまあ、ぼくには剣の才能はからっきしで、攻撃魔法だけ上達してしまったのだけどね、と付け加えて微笑むギルバート様は、昔を懐かしんでいるようでした。
何か手がかりはあるのでしょうか、とギルバート様にうかがうと、柔和なお顔がわずかにくもりました。
「まだ予測とも言えない段階ですが、ロック鳥が多く棲息する北方山脈に何らかの異変が起こっているかもしれません。元々、人が定住するには厳しすぎる地域ですから、夏の雪解けの時期に狩人が訪れるくらいと聞きます」
「わたくしも習いましたわ。白百合城が埋まるほどの途方もない量の雪が降るので、ごくわずかな住人も春先までは雪の対策を十分に施した住居にこもって庭にも出ずに暮らすそうですわね」
雪はデマーゼル領ではほとんど降りませんが、以前一度だけ積もったことがありましたわ。その時わたくしはカレンと一緒に雪の兎を作りました。
丸い雪の体に赤いボタンで目を付けましたわ。カレンの故郷では兎は白くて目が赤いのだそうです。
「ええ、つまりこの冬に何かが起きていたとしても誰の目にも止まらない。知るすべがないのです。こうなっては直接出向くしかないでしょうね」
(ギルバート様登場です。北方山脈でなにかが起きているかもしれません)