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主人公は天然物の天才です。転生や憑依はしていませんし神様テヘペロチートゲットしたわけでもありません。

天才ですが周囲も本人も気付いていないので至って平和です。

行動は普通の五歳より幼いくらい。

なのでむしろ天才(天然)って感じですね。

「お嬢様、夕餐の御用意が調いましてございます」

メイド長のカレンがいつのまにか、わたくしのそばにいました。いつものことですけれど、カレンは足音を少しも立てないし気配も全然しないのです。慣れているけれど、急に声をかけられると吃驚すしてしまうわ。

「あら、もうそんな時間?」

わたくしは読んでいた本をぱたんと閉じ、書棚に戻そうとしました。けれど本が元あった位置は書棚の上から二段目で、わたくしの背丈では伸びをしても届きませんでした。そういえば取り出したときもカレンに手伝ってもらったのでしたわね。

「失礼いたします」

カレンがわたくしの背後から両脇に手を入れて、軽々と持ち上げてくれたので、本を無事に戻すことができました。カレンに直接本を戻してもらう方が早い?それはそうですけれど、何でも自分の手で出来た方がよいでしょう?わたくしはもう五歳、立派な淑女なのですから。

図書室で本を読み始めると、他のことを忘れてしまっていけないわ。今日なんて、ランチを済ませてから今までずっと図書室にこもっていたことになるもの。

「あら、まあ」

わたくしは恐ろしいことに気付いてしまい、その場に立ち尽くしてしまいました。なんて、なんてことなの!

わたくしはうつむき、ぎゅっと手を握って身震いを堪えました。

「お嬢様?どうかなされました?」

カレンが膝を折り、わたくしと目線をあわせておろおろと心配しています。


「わたくし、今日のおやつを逃してしまいましたのね!」


がーん、ですわ。

心理的衝撃を受けた際の心情を表現する言葉だそうです。本で読みましたもの。ああ、こういう時に使えばよいのですわね。

なんたることでしょう。午後のティータイム、つまりおやつは1日1回しかないのです。それを逃したとあっては、わたくしの人生で食べられるおやつが1回ぶん、永久に失われてしまったということなのです。なんたる失態でしょうか。わたくしは取り返しのつかないことをしてしまったのです。

わたくしは小さいのでたくさん食べられないのに。

わたくしは泣きじゃくりながらカレンに胸のうちを伝えました。

カレンはわたくしをぎゅっと抱き留め、ぽんぽんと背を叩きました。その鼓動に似たリズムに、だんだんと落ち着きを取り戻すことができました。

「きょ、今日のっおやつ、は、なんだったの、ですか?」

「本日はロック鳥の新鮮な卵が手に入りましたのでカスタードプリンを御用意しておりました。夕餐後のデザートに御用意したフルーツと一緒にお出しいたしますね」

カレンの微笑みは教会の祭壇に祀られる聖慈母像のようで、わたくしは思わず両の手を組み祈りを捧げたのでした。



先ほどは取り乱してしまいましたわ。

わたくしはエルドア王国の五大公爵家の筆頭、デマーゼル公爵の息女アナスタシア。常に優雅に物事を運ぶべきですのに。

とはいえ、事がおやつにかかわるとあっては致し方ないところではありませんこと?

お父様とお母様はすでにいらっしゃっていました。

お待たせしたことをお詫びして、食前のお祈りを揃って行います。

夕餐のメニューは、挽き肉をこねて平たく焼き上げた【はんばあぐ】という料理をメインディッシュに、とろりとした口当たりの【ぽたあじゅ】というスープ、それに温かい野菜のサラダと柔らかいふかふかのパンでした。

どれも、デマーゼル家のテーブルにしか並ばない物ばかりです。わたくしは幼いみぎりからこれらのメニューに慣れて当たり前のものと思っていたのですが、先日王宮に滞在した折りにそうではないと思い知らされたのです。

メインはお肉の塊を焼いただけのもので【ソース】はありません。味付けはというと自分でお塩を振るのです。美味しいお肉ではあるのですが固く、わたくしには噛みきるのも一苦労でした。

スープは葉野菜を荒く切って茹でて塩味を付けたもので、サラダも塩味のみ。【マヨネーズ】がないのです。パンは黒くて固くて重い石のようなもので、スープに浸け込んでふやかさないと食べられないのです。

最初に王宮で食事をしたのは国王陛下と王妃様に招かれた晩餐の席。御前で粗相をしてはいけないと必死に食べたのですが、元が少食なうえに食べ慣れないものばかりで、どうしても手が止まってしまいましたわ。

あの時は陛下と王妃様に長旅で疲れたのかと気遣いをいただき、いたたまれませんでしたわね。幸い、デザートのフルーツはデマーゼル家とあまり変わらず、何も口にしないというのだけは避けられて助かりましたわ。

回想しながら夕餐を味わいます。ああ、美味しいですわ。これが食べられなくなるのですもの、なるべく王宮へは行きたくないものですわね。それを口にすると、お父様が苦笑混じりにおっしゃいました。

「王宮にはカレンがいないからね。我がデマーゼル家の食卓もカレンが来てくれるまではあれと大してかわらなかったのだよ」

そうなのです。デマーゼル公爵家の厨房を取り仕切っているのはメイド長のカレンで、わたくしが好む料理はなんとおおよそすべてカレンが編み出したオリジナルなものらしいのです。

「わたくしが嫁いで来た時には驚いたものでしたわ、この世にこれほど美味な料理があるものかと。カレンの手は奇跡の手ね」

ほほ、そのせいでついつい食べ過ぎて太ってしまったけどとお母様が微笑み、お父様が今の君は魅力的だよとにこにこしています。お母様はややふっくらしているかも?くらいですから、ちょうどいいとわたくしも思いますわ。

あら?おかしいですわね、今は王都勤めで不在ですが、わたくしには歳の離れた兄が居ます。兄は先日25歳の誕生日を迎えたので、お母様が嫁いで来たのは少なくともそれより前。カレンはきっちりまとめた黒髪に眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の女性ですが、どうみても兄と同年代以上には見えませんのに。いくつなのかしら?いずれ聞いてみましょう。


さて、そろそろデザートの頃合いですわね。

若いメイドがしずしずとワゴンを運んできます。ああ、そんなにゆっくり歩くのではなくもっと早く!いえ、ダメですわ、落ち着くのですアナスタシア。あの銀の半球の中には【カスタードプリン】があるのですもの。あの柔らかさですもの、揺れて崩れてしまっては一大事ですわ。

つるんとした表面に匙を入れるあの瞬間。至福の時はそこから始まるのです。味が変わらないからといって崩れてしまっていいとは到底いえません。

デザートの皿がわたくしの目前に静かに置かれました。カットされた桃と林檎が花弁の形をなぞらえて皿に盛られ、その中央には太陽の光にも似た鮮やかな黄色の【カスタードプリン】が鎮座しています。

「あら、アナスタシアの皿だけ【プリン】付きなの?」

「お嬢様はティータイムに召し上がらなかったためデザートに併せてお持ちしました」

そうなの、とメイドの説明にうなずいたお母様は、わたくしの手元をじっとみつめています。

「アナスタシア、公爵家婦人としてこんなことを言うのは大変にはしたないことだと判っているわ」

でもね。お母様は深く息をして思い詰めた表情で仰いました。

「わたくしにもひとくち」

あ げ ま せ ん わ よ !



夕餐を終え、わたくしはパジャマに着替えてベッドに入りました。

今日はとても素晴らしい1日でしたわ。【カスタードプリン】の味を思い浮かべながらわたくしは眠りに就いたのでした。


(あれ?タイトルのスライム出て来てなくない?)

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