百目の子供
最近、ボクの住んでる村に、変な人達がよく来る。
ボク達と同じだと思うんだけど、いっつも二人一緒で、話しかけようとしても無視されちゃったりする。
もしかしたら言葉が通じないのかな?
おじさんもおばさんも「見ちゃいけません」なんて言うし、村の大人たちはみんな無視する事に決めたみたい。
おまけに、いっつも変な四本の枝を引っ付けた丸太のような物に乗ってきて、最近は僕達が近寄ると枝が邪魔して近づけなかったりする。風も無いのに動く枝なんて…
でもボク達家族は違うんだ。
この人達が悪い人じゃない事を知ってる。
枝もボク達が近寄らない限り動かない。
たまにもっと長い枝でビシャビシャ達を追い払ってくれるから、ボク達も本当は助かってるんだ。
油断してると、ビシャビシャはボク達にビシャビシャまとわりついて、食べちゃったりするからだ。
だから木の上で生活するようになったんだけど、それでもビシャビシャはボク達を食べようと登ってこようとするから、たまに火を吐いて追い返したりしてる。でもこれって疲れるんだよね。大人たちは「新しい村を作って移住しようか」なんて相談をしてる。
例の二人は、そうかと思えば、普段の枝に短い枝をくっつけて地面を掘り返して、じーっと見つめてたりする。
変だなーとは思うんだけど、ボクはこの人達を見てるのが好き。
だって次に何をするのか興味あるんだもん。
たまに木の洞からビリビリする音がするんだけど、これが結構気持ち良かったりする。
この洞から水を入れて動かしてるみたいで、丸太の真ん中あたりにいつも水入れをくくりつけてる。
いつもは地面に付いてない枝で洞から流し込むと、丸太も枝も元気になるみたい。
ある日、お父さんがボクに言った。
「村の移転が決まった。お前はどうする?行くか?それとも他に住処を見つけるか?」
ボクはちょっと考えて、お父さんには申し訳ないなと思いながら答えた。
「ボク、この人達に着いて行きたいんだけど、ダメかな?」
お父さんはちょっと困った顔をしていたけど、お母さんと話しをしてからこう言ってくれた。
「お前が独立するには少し早いんだが、あの人達に着いて行くなら、いいかも知れない。お母さんも反対しないみたいだよ」
そう言われて、お母さんを見ると、涙があふれて全身が濡れている。
「気を付けて行くのよ」
ごめんね、お母さん。でも、子供っていつかはいなくなるものなんだよ。
それがちょっと早まっただけなんだ。
心配しないでね。きっと元気にやっていけるから。
★★★★★
隠密の森から帰ると、部屋に近藤さんがいた。
この人はなんでいつも僕の部屋にいるんだろう。
戸締りはしっかりしたし、ガスの元栓も閉めたし…ってそれは関係ないけど、安普請なこのアパートに潜り込んで、他人の家で自分が買ってきたカップラーメンを食べている。
ゴスロリ衣装に身を包んだ長髪の女性が、正座をしながらラーメンをすする。
なかなかシュールな絵だ。
「よう、お帰り」
気さくに話しかける近藤さん。もう恒例行事。
「ところで、それ何?」
近藤さんは僕の頭の上に浮かぶ直径三センチの真球を箸で差して問いかけた。
行儀が悪いなあ、全く。
「いや、森まで行って石拾いしてたんだけど、着いてきたみたい」
「なんだそれ」
近藤さんは笑ってしまい、カップラーメンを喉につまらせたらしく、むせた。
「み、水」
しょうがない、と思いながら槍を壁に立てかけて、コップに水を入れて近藤さんの前に置くと、真球がちゃぽんと音を立てて水の中に沈み、浮かび上がって来たと思ったら一回り大きくなっていた。
「ゲフンゲフン、ああ、こりゃ百目の一族だな」
「百目?」
「うん。こういうのが一杯いなかったか?」
「いたねえ。全部で三百ぐらいはいたんじゃないかな?」
「うわっ でかいコロニーだな。そいつらはな、普段はおとなしいんだが、怒ると怖い」
「そうなんですか?」
「火を噴いたり巨大化したり、後の口で敵と思った奴を噛み砕いたり」
「え!そんな狂暴なんですか!いつも三匹でじーっと見てるだけだったんですけど」
「そりゃ運が良かったな。合体して巨大化されたら屍肉よりも恐ろしいぞ」
「へえ。でもこいつらスライムみたいなのに喰われてましたよ」
「ああ、こいつらを消化する為に特化した奴ね。あれもなかなか倒すのは難しい。修クン、キミ、そいつらを退治した事ある?」
「ええ、何度か」
「じゃあ感謝して懐いたのかも知れない。ちょっとこれ、くれてみてもいい?」
「食べるかな」
そう言って近藤さんは麺を箸でつまんで、浮いている真球の目の前にぶら下げた。
すると後を振り返って箸の先端ごと噛みちぎった!
「おお!びっくり!」
「こんなに力があったんですね。驚いた」
「ラーメン食うんだな。他にも試したいな」
「やめてください」
近藤さんは調子に乗ると色々してくれちゃうから、僕のアパートから物が段々無くなって来ている事に気付いてるんだろうか。
「面白いのに」
「巨大化されたらどうするんですか!」
「大丈夫だよ。ほら、虹彩を見てみ?」
見ると、バリバリ音を立ててる後で、虹彩は「へ」の字型になっている。
「なんか不気味ですね」
「カワイイじゃないか」
「こういうのをキモカワイイとか言うんですかね?」
「そう、それだ。アタシも一つ欲しいからとってこようかな」
「あ、森にはもういないみたいですよ」
「なんで?」
「こいつを残して、みんなどこかに飛んでったんで」
「そっか。じゃ、仕方ない。あ、このままにしていくけど、帰ってきたらスープ飲むから捨てないで」
「誰の部屋だと思ってるんですか!てかナニ帰ってくるとか言ってんですか!」
「じゃあね」
近藤さんは僕の言葉を全然聞かずに、ちゃんとドアから外に出て行った。
「お前さ、みんなの所に帰らなくていいの?」
百目はクルクル回るだけで何も答えない。口があるんだから喋ってくれてもいいのに。
…そういや、口っていつもはどこに隠れてるんだろう。
「まあ、いいや。好きなだけいて、帰りたくなったら言ってくれよ?」
そういって僕は拾ってきた石を机に並べて、寝袋の中に入った。
翌日、目が覚めるとカップ麺のスープが無くなっていた。
近藤さんが来たのか、百目が飲んだのかは分からない。
まだいる気なら、名前どうしようかな。
お読み頂きありがとうございました。