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 ゆっくりと覚醒していく意識の中、最初に捉えたのは体に感じる固い何かだった。

「ん……」

 ゆっくり目を開けると、そこには土が広がっていた。どうやら、仰向けに倒れてしまっていたようだ。

 俺はゆっくり立ち上がり、服についた土埃をはたき落とし、周りを見渡してみた。

 目に映る景色は、見覚えのある景色だった。

「ここって、坂の途中?」

 朧気な記憶ではあるが、確かにこの景色は小学生の時に見たことがある。確かにここは、あの問題の坂の途中の道だ。

 しかし、そうなるとわからないことがある。

「何でここに……? 俺……いつ登ったっけ?」

 確か俺は、さっきまで坂を登り始めようとしていたはずだ。そこから黒いスーツの男が現れ、何度も同じことを言われ続けている内にいつの間にか意識を失っていて、そしてさっき目覚めた。

 俺の記憶が正しければ、さっきまでの一連の流れはこうなる。俺の記憶の中に坂を登った記憶がないのに、どうして俺はここにいるのだろうか。

「おいおい、一体どういうことだよ」

 だんだんと訳がわからなくなってきた。まるで狐かなにかに化かされ、どこか違う世界に来てしまったのではないかという感覚に陥ってしまう。

 そんな焦る俺の頭に、嫌な予感がよぎった。

「……志帆!」

 咄嗟に俺の口から叫び声が上がった。

 そうだ、元々志帆を探すためにここに来たんだった。

 それを思い出した瞬間、言い様のない不安感が襲いかかってきた。恐らく志帆も俺と同じ状況に陥っていたはず。そうなると、志帆は無事なのだろうか。

「志帆! 志帆!」

 叫びながら周りを見渡してみるが、返答はおろか志帆らしき影すら見当たらない。見えるのは前後に見える急な坂と、横の道に咲いている鮮やかな山茶花のみだ。

 焦りを覚えた俺は、無我夢中で叫び続けた。

「志帆! おーい志帆! 志帆!」


「……うるせぇな、誰だよ叫んでるやつは」


 突然、どこからか男の声が聞こえてきた。

「……?」

 周りを見渡してみるが、男の姿はおろか人の影すら見当たらない。さっきの黒いスーツの男かとも思ったが、それにしては声が違いすぎる。

 念のためもう一度ぐるりと見渡してみるが、やはり人影はない。

「……気のせい、か」

「おいおい、どこに目つけてんだよお前」

 またもや声が聞こえてきた。しかも今度は、俺の一言に反応しているような声だ。となると、近くに声の主がいるということなのだろうか。

 もう一度注意深く周りを見てみると、真横に腰かけられる程度の岩が見えた。そしてその上には、40代程度の男が岩に座って俺を睨み付けていた。

「うわぁ!」

 男を見た俺はまたもや転んでしまった。

 今の今まで全く気づかなかったその男は、まるでそこにずっと居続けていたかのようにこちらをジッと見つめている。

「何驚いてるんだよ、まさか気づかなかったのか?」

 男は俺のことを変わらず睨み続けながら、そう聞いてきた。

 この男には悪いが、慌てていたのもあってなのか本当に気づかなかった。よほど今の俺は余裕がないってことなのだろうか。

「いや、まぁ……」

「あっ、そ」

 そう言うと、男はポケットから煙草を取り出して吸い始めた。慣れた動作、ということはヘビースモーカーなのだろうか。

「んで、さっきから叫んでたのは一体何なんだ?」

「……あ!」

 男の問いに、俺は本来の目的を思い出した。

「志帆! 志帆!」

 もう一回叫びながら周りを見渡してみるが、やはり反応はない。

 これだけ叫んだのに全く反応がない。ということは、志帆はもう坂を下るか登るかしている、ということだろうか。しかし、手がかりがないんじゃ下ることも登ることもできない。

「なぁおじさん、この辺で女の子を見なかったか? えっと、歳は俺と同じくらいで、それに」

「いや、ここに来たのはお前だけだぜ」

 男は煙草を吸いながらそう言った。

 それを聞いた俺の体に再度、不安感がよぎる。志帆の身に何か良からぬことが起きてしまったのではないだろうか、という考えが頭に焼き付いて離れない。

 それにこの場所……何か危険な予感がする。早くこの場を離れなければならない、俺の中の何かがそう言っているような気がした。

「となると……」

 俺は男から視線を外し、坂の上を見上げた。坂の先も、山茶花がこれでもか、と言わんばかりに咲き乱れている。 考えられるとしたらこの先しかない。あいつは危険なところほど入り込みたくなる性格だ、俺と同じ状況に立てばあいつは絶対にこの坂を登るはずだ。

「よし」

 一呼吸置いてから、俺は坂を登り始めた。

 幸い、俺は運動は苦手ではないし体力にもは自信はある。ペースは男である俺の方が速いはずだから、順調に登っていけば追い付くはずだ。

「いっちに、いっちに」

 テンポよく足を運び、急な坂を登っていく。

 それにしても、すごい急な坂だ。それに登っても登っても先が見えてこない。

 後ろを振り向くと、岩に腰かけて煙草を吸っていたおじさんの姿はとっくに見えなくなっていた。

「ったくあいつは、どこまで行ったんだ?」

 登り始めてからかなり経ったが、依然として志帆の姿は見えないままだ。ここまで来ると、本当に坂を登っているのか、という疑問すらわいてくる。

 いや、それ以前に志帆は本当にこの坂に来ているのだろうか。考えてみれば、ここに志帆がいるという物的証拠があるわけでもない。もしかしたら、俺が考えていることとは全く違うところに志帆はいるのではないか。

 そんなことを考えていると、坂の先に何かが見えた。

「あれは……人?」

 坂の上に見えるものの正体は、岩に腰かけている人だ。

 それを見かけた俺は、すぐさま足を早めた。まだ遠くて顔はよく見えないが、もしかしたら志帆かもしれない。それに志帆じゃなくても、何か有用な情報を持っているかもしれない。

 新たな可能性に希望を感じた俺は、その希望にすがるように走る。

 しかし、そこにあったのは希望とは遠く離れていたものだった。

「よお、意外と早かったな」

 そこにいたのは、ついさっき言葉を交わしたはずの男だった。顔も声も、手に持っている煙草もさっきと全く同じ、一寸の狂いもなく同じ人がそこにいた。

 しかし、誰もが抱くであろう当然の疑問が出る前に、俺の体は自然と下り道に向かって走ろうとしていた。

「おい待て、どこに行くつもりだ?」

 後ろから聞こえてきた男の声を無視して、俺は全速力で坂を下る。

 確かな証拠はない。だけど、あの男を見た瞬間に俺の頭の中が完全に支配された。

 ここに志帆はいない、別の場所を探せ、と。

 無我夢中で坂を下る。ここに志帆がいないとなると、これ以上ここにいるのは時間の無駄になる。すぐさま次の場所を探しに行かなければ。

 そう思ってただひたすらに坂を下ると、坂の先にポツンと何かがあるのが見えた。

 今度は遠くからでも、その何かの正体ははっきりとわかった。そう、二度も見た同じものを見間違うはずがない。

「よう、少しは落ち着いたか?」

 まるでそこにいるのが当たり前であるかのように、男は俺に話しかけてきた。

 一体何がどうなっているのか、そんなことを考える間もなく、俺の体は恐怖と不安に支配されて小さく震え始めた。

「ど……どういうことだよ……」

 やっと思考が回復したかと思うと、次に出てきたのはそんな言葉だった。思考が現状を理解しようとしているのに、それよりも前に口から無意識な言葉が漏れ、それが思考を邪魔している。

 自分でも何を喋っているのかわからない。いや、自分は今どうしているのかすらわからない。ただ頭の中を支配しているのは、自分が今いる現状に対しての恐怖と不安だけだった。

「なんだよこれ……どうなってるんだよ……!」

「おい! おいったらおい!」

 突然、自分とは違う声が聞こえてきたかと思うと、スッと眠りから覚めたような感覚に陥った。

 見ると、岩の上の男が俺をジッと見つめていた。それに気づくと、男の周りの景色も、山茶花の香りも徐々に鮮明になり始めた。

「おい、一体どうしたんだよ、急にボーッとしちまってよ」

 男は不思議そうに俺を見ながらそう言った。しかし、不思議そうに見るべきなのは俺の方だ。

「なぁおじさん、一体何なんだよここ。何で登っても下っても、おじさんに会うんだ?」

 俺がそう聞くと、男はポケットからさっきとは別の煙草を取りだし、坂の上を見ながら吸い始めた。見ると、足元には大量の吸い殻が落ちている。

「この坂は、登ろうが下ろうがここに来るようになっているんだ」

 男は当たり前のようにそう言った。

 にわかには信じられないが、信じるしかないだろう。何せ俺は、それが事実であることを体験してしまっている。実際に体験してしまっているのならば、それが事実であると受け入れるしかない。

「じゃあ、どうやってここから出るんだよ。どう進めば街に帰れるんだ?」

「……さあな、そこまでは俺もわからない」

 それを聞いた俺は、全身の力が抜けるような感覚に陥った。

 男の話が全て本当だとすると、俺はこの無限に続く坂から出ることができないということになる。まるでおとぎ話みたいだが、今まで自分の身に起きたことを踏まえると、認めたくないがこの話は信じるに値するかもしれない。

「おいおい、冗談じゃねえぞ……」

 その話を認めると、俺の体からスッと力が抜け、自然と地面に座り込んだ。

 まるで漫画やアニメの世界に迷い込んでしまったみたいだ。小さい頃は憧れていたかもしれないが、高校生にもなってそんなことに憧れたりはしないし、第一元の世界に帰れないなんてそんな馬鹿げた話はない。

「どうすればい いんだ……ったく」

「なぁ、何でそんなに落ち込んでんだ?」

 座りながらどうしたものかと考えていると、男がそんな質問を俺にしてきた。

「当たり前だろそんなの! だって、こんな何もないところから一生出られないなんて! それに」

 俺は志帆を探しに行かなければならない、そう言おうとした瞬間、男の手のひらが俺を制した。

 男は俺を制した手のひらをそのまま上に向け、目を瞑った。その瞬間、何もなかった手のひらに急に煙草の箱が現れた。

「!」

 突然の出来事に、俺の全身が竦み上がった。しかし、それを起こした当の本人は、当たり前のように煙草の箱を手に取ると、中から煙草を一本取り出した。

 俺は目を離していなかった。それに男にも、煙草の箱を取り出して手のひらに乗せるような動作もなかった。手品とも思えないほど、それは突然出現した。

「何不思議そうな顔して見てるんだよ」

 男は煙草を吹かしながらそう言ってきた。

 俺は答えようとするが、あまりに衝撃的すぎて文字通り言葉を失っていた。何か言おうにも、さっきの出来事が邪魔して言葉が思い付かない。

 その様子に気づいた男は、吸っていた煙草を捨てて小さくため息をついた。

「ここじゃこれが当たり前だ。強くイメージすることで、そのイメージが簡単に具現化しちまう」

「イメージ……具現化?」

 よくわからない言葉に思わず首をかしげると、男はさらに言葉を続けた。

「簡単に言うと、欲しいものを強く思えばその思ったものが実際に現れるってことだ。さっき、俺は煙草のイメージを強く持った、だから俺の手のひらに煙草が出てきたんだよ」

 男はそう言って、また煙草を吸い始めた。

 欲しいと思ったものが実際に現れる、男は確かにそう言った。そんな非現実的な話はあり得ない、と反論したいところだが、さっきのを見ると信じざるを得なくなる。

 それに、無限に続く坂のことも考えると、ここは普通の世界の常識が全く通用しない世界なのかもしれない。そう考えると、男の言っていることは揺らぐことのない事実なのかもしれない。

 ドクン、と俺の中の何かが沸き立った。

「思ったことを……現実にする世界……」

 意識してないのに、口が勝手にそう呟いた。

 体が震えている、しかしこれは恐怖ではない。自分でもわからない黒い何かが俺の体を震わせている。

「思えば……いいんだよな……」

 黒い何かが、俺の体を徐々に支配し始めた。縫い付けられたかのように動かない足から始まり脳まで全て、水が染みるように少しずつ少しずつ侵食していく。

 自分でもわかる。今の俺はその黒い何かに何もかも支配されている。そしてその黒い何かを追い出そうにも、抗おうとする意識すら支配されてしまっているため、俺には何も出来ない。

「思えば……強く思えば……」

 そう言って、俺は目を閉じた。

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