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浮上する意識の中で光が差して揺れを感じた。気にするほどではなかったけど不思議に思ってたら、顔に生温い風が強めに吹きつけてきたもんだから目を開けた。うん、寝てたらしい。頭ぼんやり気味だよね。目蓋の裏側からでも分かってたけど、暖かな日差しは心地がいいや。さすがに太陽は眩しかったけど。
手をかざして前方を見れば窓越しに……窓越し? に、中央線がオレンジ色の舗装された道路や前を走る車の後ろ姿があった。気のせいか近い。すぐにブレーキをかけようと右足に力を入れたけど、肝心のブレーキペダルがなかった。おいおい、車間距離とれよと内心でツッコんでしまったのは普通だと思いたい。それよりも遠く広がる空が真っ青で澄みきってて綺麗だあ。所々に浮かぶ真っ白い雲の塊最高だね! きゃっ。テンション上がります、むふふ。
暖かい日差しは心の癒しだしストレスも軽減するし、落ち着く。青い空って目に焼き付けておきたくなるんだよね。あまりに濃い青だと萎えるけどよ、笑。
意識は車間距離より空に釘付け中。
でもま、ね? 視界のあちこちがおかしなふうに変化するから数秒で目は閉じたけどね、残念。え、どんな風に変化するかって? ……透明だか黒だかの小さな四角や線とかが無数に発生して、そのうえ視界の一部をせわしなくうごめいて景色をつぶしてくるのよ。ほら、年だから? いや、私あと数ヶ月で二十八だけど、年なのかな? ああ年だわ。怠惰とずぼらな生活してる影響で運動不足になって、ついでに目の機能も劣化したからかね。曇天の明るい空の場合は見てられないくらい辛いわね、ええ、それはもう。光がねえ、眩しすぎるのよ。痛いし。ちなみに飛蚊症ではないからな!
「それより恋愛方面はどうなの?」
突然。まるで不意打ちみたいに右隣から声がかけられて、驚きつつもゆっくり声のした方を向いた。
そこには私の数少ない友達の一人がいた。いたというよりハンドルを握っている、車の。車? 私はその隣に座っていた。つまり助手席に。あれ? ここでエンジン音にも気づいた。あれれ? 車? クルマノナカ?
「う~ん、恋愛方面かぁ」
言いながら視線を助手席のドアの窓へ移した。当たり前だけど景色が移動していた。思わず眉根を寄せてしまう。道路、そして前の車との車間距離でブレーキかけようとしたのに……なぜ気づかなかった!? はっ、寝起きだからかっ。
私は現在、車の運転免許証を持っている隣にいる友達が運転する車に乗っているらしい。車の所有者はもちろん運転している友達だ。型落ちしているが人気があるらしい国内産の普通車。低床のステーションワゴンで、古いとはいえ乗り心地はよいと思われる。私的には乗り降りも楽だったよ、高くなくてね。え、車種名言えってか。ヤダ、言わないよ、車種名重要じゃないもん、ほんとだもん。
「そうそう。なんかいいことあった?」
運転中の友達が私のプライベートを聞いてくる。
この友達とは高校からの知り合いで、私が高校を卒業して就職してから数年たった辺りから、おおよそ半年から一年に一度の割合で会っている。お互い車を所有し運転もできるけど、基本的にこの友達が出してくれる。有り難いことだけど本音を言うなら、自分で車を出して運転した方が全くもってまし、である。主に精神面においてね。
要するに下手なのだよ、運転が。さすがに本人前にして言えないけどね。彼女、わがままで気まぐれで器小さいから扱いがたいし。それでもたま~に会う私ってね、苦笑。ま、アニメや漫画のことなら多少話が合うし、私だって知り合いの近況くらい知りたい。だってマジで数少ないお友達なんだもん、うん。友達認識レベルは下の中くらいだけど。をいっ。
「いやいやいや、私は相変わらずダメダメですな。浮いた話なんかないよ」
どこか遠い目をして前を向いた私。あ、恋愛面で遠い目をしたわけじゃないからな! これはどうして私が友達の運転している車に乗っているのか、これから私達はどこへ行くのか、私は友達の運転している車で何事もなく無事にお家へ帰れるのか。などの諸々のことを考えてたせいなんだからねっ! …………ゴホン、失礼。どんだけ信用してないんだよってツッコミは無しでお願いします。あっても無視しますよ、はい。
この友達は人の話はそこそこに自分の話をしたいだろうから、聞き返してやらねばならない。というか私が車内でお互いに無言になるのが辛い。とくにこの友達だと余計に。拗ねたり不機嫌になられると精神面で死ねる自信があるくらいに、爆。だいたいなんで今この友達と一緒にいるんだろうか。最大の疑問です。
「琴羽さんはどうなの? いい人できた? 彼氏できたか?」
琴羽とは友達の苗字である。出会って最初のころ、ほかの同級生がそう呼んでるのを聞いて下の名前かと勘違いした私は、彼女のフルネームを『ことばねことは』だと思い込んでいた。何故そうなったかというと、やっぱり勘違いと思い込みのせいだったので仕方がない。あ~意味分かんないとか言わないでね。まんまなんだから。
高校卒業後も縁が続いてるのは、ぶっちゃけ当時の私の寛大な性格と好奇心、はたまた同類への小さな同情があった故だと言えよう、わりと本気で。
「う~ん、彼氏ってわけではないけど、一緒に出かけたりする人はいるかな?」
疑問系かよ。
「お、マジか。いい感じの人なんだね。好きなの?」
「好きっていうか、向こうが誘ってくるから一緒に出かけてる感じかな? 交通費やほかの費用出してくれるし」
「あら~、いい人なのね。一緒に出かけるってことは嫌いではないんだよね? 付き合ったりはしないの?」
リア充一歩手前なのかよく分からんが、疑問符をつけて返しながら私は考えた。もちろん友達の今後の進展とか会話の続け方とかじゃなくて、一緒にいる経緯。
なんだけどさ、いくら考えたって思い出せないんだよ。目を開けたら一緒にいたことくらいしか。その前はどうしていたかって自問してみてもさっぱり。これに似た状況は最近もあった気がしたんだけど、やっぱり思い出せないんだよね。
ついに本格的にボケてきたのかしら。どうしましょう、さあ大変!
「なんて言うか、そういうふうに見れないんだよね。それに、今は彼氏とかいらないし」
「そうなの? なんかもったいないね」
う~ん、似たような会話した気がするけど……こりゃどうでもいいっか。
そもそも私、この友達じゃない別の子と一緒にいたはずだし。誰といたんだっけかな。親じゃないし……たしか私が車を出して出かけたはずだから、車の免許持ってない子だったよね。となると。
あ、ああ、ようやっと思い出したよ。一人しかいないしね、ちーん。
白石さん。
ついでに魔法陣とか綺麗な生垣とか美少女とか素敵少年とか思い出したわ。
私、睡魔に襲われて寝ちゃったのね。じゃあこれは夢か。どうりで覚えがあったわけだ。感覚がリアルに感じたし記憶が鮮明に反映されたっぽいから現在進行形の現実かと思っちゃったよ。ほう、安心した。こんなはっきりした夢見ないしね、ちょっと動揺しちゃったよ。つーか過去の出来事なんてどうでもいいから、はよ夢から覚めい自分。目覚めた場所が日本か海外か、あるいは異世界かが重要なんだから。たぶん今後の人生がかかってるよ!
「奇遇ね、私もどうでもいいと思っていたのよねえ。こんなくだらない会話もする意味がないわ。思い出してくれてありがとう」
え? 運転席から聞こえた声が友達の琴羽さんの声じゃなかった。
「でもこれは夢ではないのよね。まあ、あなたの記憶を基に再現してみたから、あなたにとったら夢になるのかな? それとも幻かな? ……しみじみ思うけど、車って便利よね」
え? え?
友達を確認したら、友達じゃなかった。代わりに綺麗なお姉さんがいた。……美女だ、美女が私を見ている。
え、誰? あ、ちょっとハンドルの上に軽く右手置いて体をこっちに向けちゃダメでしょ! 前向いてよ、危ないでしょっ!? ああっ、シートベルト着用してないじゃん! 前の車に追突したら吹っ飛んじゃうよっ!? 信号とか無視して大変なことになっちゃうかもよっ!? 前向け前! イヤー! あ、美しい微笑みですね。見とれちゃいます。
じゃなくて! ……奇遇? 夢じゃない? 夢? は? 幻? よく分かりません。夢ですよね? 夢だから友達が知らない女の人に変わったんですよね? 違うんですか? 詳しく教えてください、見知らぬお姉さん。
「……あっとぉ、どちらさまですか?」
「そうねえ、私の方が年齢的にはあなたより年下になるけど、見た目で見ると私の方が年上に見えるわね。……あなた、十代半ばの少年に見えるから、髪の毛くらいは伸ばしなさい。嫌なら一目で女だと分かるような服を着なさい。そうすればよほど見る目のない馬鹿ども以外には性別を間違えられたりしないと思うよ」
「はあ……さいですか」
質問とは関係のないことを言われて適当に頷くと、お姉さんが左手を私の頭に乗せた。なでられる。…………うん、意味不明だけど避けずにそのままなでられてあげたよ。なでられてあげた。上から目線、これ大事!
運転席のお姉さんを一言でいうと、金髪碧眼のグラマラスな女性だった。手入れの行きとどいてるっぽい艶やかな金色の髪は豊満な胸元まで伸びていて、毛先がゆるく巻かれておろされていた。体の線にそったシンプルかつ高そうな黒のドレスは白い肌によく合っていた。それだけでなく胸元が開いているので、なんというか谷間がよく見えます。羨ましいとか……思っていませんからね? 色気に当てられてもいませんからね?
だがしかーし、めちゃくちゃドキドキする。距離が近いのもあるけどお姉さんをとてもエロいと感じてしまうのは、私が根暗な人生送ってるせいじゃないと言ってやる。きっとこれは他の人が同じ状況でもそう感じるはずだ! ということで、こうゆうときはごちそうさまと言うのか? どうなんだ? みなさん。
「ふふ、場所を変えましょうか」
頭をなでていたお姉さんの手が横に滑るようにおりてきて、指先が私の頬をなで顎に触れて離れた。