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私の名前は、カマガタ。漢字で書くと金偏に兼ねると人形の形で鎌形。……うん、どうみても名前と言うより苗字だよね、これ。え? 下の名前? あるよ、あるに決まってるじゃん。職場の人や家族には下の名前で呼ばれてるよ、たいていはね。え? 教えろって? 別に知ってもなんの得にもならないんだからいいじゃん。苗字だけで我慢しておいてよ、そのうちポロッと言うからさ。
某所の有料の立体駐車場に進入したあと、速やかに車を停車させた私は一息ついた。
「やっと着いたね。運転ご苦労様」
そう言ったのは助手席に座っている私の友達だ。
「うん、高速久しぶりだったから緊張しておりる場所間違えてごめんね。無事に着いてよかったよ」
エンジンをきってそれぞれが手荷物を持って車を降りた。ドアが閉まってるのを確認してロックした。
「ここから徒歩で十分くらいだっけ?」と私。
「そうみたい。ちょっと離れてるけど大丈夫だよね」と私の友達。
余裕だぜ。体力はないけど歩きにくい靴履いてないからね。ふふ、運動靴よ、ランニングシューズよ、スニーカーよ! ありがとう。いつもお世話になっております、運動靴さん。仕事も私的でも重宝させていただいてます、主に車を運転するためと長距離を歩くためにね。え? それならせめてウォーキングシューズにしろ? そんなこと言わないの! 好みや妥協できるデザインがだいたいランニングシューズ寄りなんだから仕方ないの! 歩きにくいのあるけど足に合えば履きやすいしね。私ほとんど走らないけど、笑。
「眩しいけどいい天気!」
薄暗い立体駐車場を出ると穏やかな陽射しと爽やかな風が吹いた。天気予報では全国的に晴れマークで湿度も低くてカラッと晴れるって言ってたけど、ほんといい天気だわ。ひなたぼっこしてたい気分だね、今は冬じゃないけど。春だけど。
「ほんといい天気だね~」
相づちを打って、私たちは青い空に見入って止まっていた歩みを再開させた。
私と友達は同い年で、今年二十八才の社会人である。友達はすでに二十八才になったけど、私は誕生日が数ヶ月先なのでまだ二十七才だ。俗に言うアラサーだ。もうすぐ三十路の独身女である。友達の方は知らないけど、根暗で人見知りの巣ごもりな私は彼氏いた事なしの喪女である。もっと言うなら友達少ないコミュ障で記憶力低下中の平凡で地味顔の残念な女である。
そして至って健康な私でもあるけど、人と関わりたくないが故に家電にはでない。家を訪ねてきた人がいても居留守をつかう。聞こえない見えないをほぼ貫く。実家暮らしだからできることだよね。怒られるけど、背にストレス軽減は変えられない! え、言葉が違う? おかしい? ……ば、ばかだと!? キー!! ここはこれでいいのよ、これでいいの! まったく。
会社を休むときは休むときで、前もって気合いを入れて自分を励まして覚悟を決めてやっと伝える。
それが私なのだ。あ? なんか文句ある? ……ない? ないならいいけどさ。……これでも心療内科行った方がいいのかとか、他人との交流の仕方支援的なとこで学んで他人と関わる機会を持った方がいいのかとか……けっこう悩んでるんだからね。悩んだところで行動しないけどね、はは。
「鎌形、あそこに噴水があるよ」
友達と他愛ない話をしながら道路脇を歩いていたら、少しひらけた広場に出た。さらに先へ進むと色鮮やかな花がたくさん咲いている花壇とその中央に水の流れる噴水があった。一目でよく手入れがされてるとわかるくらいに、綺麗に美しく、そして見る人の目を考慮されて配置されていた。と、私は思ったんだけど、他人の受け方なんて知らないよ? 花の種類に詳しくないから説明できないからね?
「ほんとだすご~い。花壇の花も綺麗だね」
「だね。ちょっと写メ撮っていい?」
友達は鞄からスマートフォンを取り出して花壇や噴水を撮り始めた。私も二、三枚スマートフォンで写メったぜ。ああ、デジカメ持ってくればよかったなぁ。ま、スマートフォンのカメラ機能もそんなに悪くないしいいか。写真大好き人間でもないしね。
「あの角を曲がったら入口があるみたいだね」
写メを撮り終えた友達が目的地がそばにあることを知らせる看板に気づいた。
「マジか。人たくさん並んでるかな?」
噴水の水の流れを眺めていた私は友達に聞きながら、一緒に歩き出した。
そもそも私たちは地元から車で、しかも高速道路を利用して約二時間もかかる距離にある観光地に来ていた。あ、地元はどこか、観光地はどこかなんてのは聞かないでよね。某県某所なんだから、うん。
「まだ開園前だし、テーマパークとかじゃないからそんなには混んでないと思うけど」
「そうか、混んでなければいいね」
話しながら、入り口の方向を示した看板のある角を曲がろうとしたら、突然眩暈がした。ふらついて友達とぶつかって慌てて離れたけど、どうやら友達も眩暈を感じてふらついたらしい。お互いがぶつかって離れたせいで、よろけて私たちの距離は数メートル開いてしまった。
ふと、私の足下が光りだした。見やればいつの間に現れたのか。一メートルくらいの円の内側に何かの模様か柄みたいなものが浮かび上がっていた。中心に自分がいた。およ? これはあれだ。剣と魔法のファンタジーな世界につきものの魔法陣だ。光は強いけど、色は淡い青だ。おうおう。これはあれだ。私はいつの間にか気を失って夢を見てるんだな。……カラッと晴れた午前の穏やかな気候に眠りを促され、気づかぬうちに夢の中。こりゃ重症だな。長距離運転慣れてなかったから、目にも精神的にも疲れがきたか?
普通、お天道さまが照っている日中の屋外にスポットライトをはっきりくっきり照らせるわけがない。その前に陽射しによる影なくなってるし。裏側から当てるにしては特殊加工している地面に見え……ない、よね? ……きっと。
やっぱり疲れだ、それしかあり得ない。それなら仕方ない、納得して眠りについて……。
「やだ何これっ!?」
「!」
悲鳴のような叫びに現実逃避しかけていた思考が戻って驚いて友達を見たら、なんと友達の足下も光っていた。げ。
私のと違い、友達の方は色濃く赤く光る魔法陣が展開している。なんだこれ。夢にしちゃ随分と現実味のある友達の姿に、私の夢の中説は崩壊した。すぐに頭の中で警告音が鳴り響き、叫んだ。
「白石さんっ、手!」
これはやばい、かなりやばい。やばいのにとっさに出た言葉が少なすぎた自分が残念だ。私が少し離れてしまった友達に手を伸ばしたから意味は伝わると思うけど、せめてもう少しわかりやすく……。ま、いいや。
私と友達の足下の光はおそらく召喚の類の魔法陣のはず。そうであって欲しい! そうでなければつまらない。何がつまらないかって? 夢がないだろ、夢が。私はウェブ小説の異世界トリップものが好きなんだよ! ときたまとても好みの小説に出会えるとめちゃくちゃ嬉しいんだからね! 書籍は挿絵が邪魔をする時があるし、先に終わりが確認できて萎える時もあるし金欠なので購入は控えております。……え? 今はそんなことはどうでもいいって? 失礼な。ゴホン、ゴホン。
え~まあ、行き先は……生活水準低くてもいいから、個人的にはファンタジーな異世界希望だな。できれば私の薄っぺらな紙のように脆い精神が耐えられるような、あまり残虐で醜い世界じゃなければいいな。私が挙動不審でもおおらかに寛容に対応してくれる人もいればいいな。あと、どうせ回避できないだろうから、できれば友達と同じ時間に同じ場所で召喚されればいいな。叶うかな、叶って欲しいなあ。叶うよね? つーか叶えよ、叶えやがれ。
「鎌形っ」
「! 白石さ、ん!」
私が伸ばした手を取ろうと友達も手を伸ばしてくれたけど、やっぱりというか、間に合わなかった。指先が触れる前より先に赤い光が完全に友達をのみこんで、消えたから。
すぐにあとを追うように私の体も淡い青い光におおわれて、私の感情は静かとはほど遠い、焦りや不安や動揺や興奮なんかを抱いたまま意識を手放した。もちろん強制的にな! ふん。