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ブルークラスタ・イン・ワールド  作者: 天地
03 シティーライフ
9/20

01

 厳かに、清浄な風が流れる。それが神の御前である証明だと、疑念を挟む余地などなかった。

 実際、彼女が初めて神の御言葉を頂いた時も、神託が下された時も――全てこの空気を強めた中にあったのだから。

 神の麓を前に、マリーメイアは跪いていた。一切身を乱さず、頭を垂れている。

 慣れた動作ではあった。が、それに緊張を忘れたことはない。いつでも抱えているし、忘れぬよう努めてもいた。なぜならば、ここに今、彼女は一人ではない。司祭たる彼女に頭を垂れられて、偉大なる上司がいるのだ。

 大司教アラナラーア。ここオルトン教アンスタッドの、実質的な指導者。同時に、マリーメイアの師匠でもあった。もしかしたら両親よりも、多くのことを教えられているかもしれない。もっとも尊敬する相手だ。

「話は分かりました」

 50歳という高齢らしく、ややささくれた声。しかし、優しさは全く損なわれていない。

「戦術級魔法ですか……にわかには信じられませんね」

「は……しかし、アラナラーア大司教。私は確かに見たのです。空に無数の大槍が生まれ、それが墜落したのを。そして、百を超えるシルバーネイルを消し飛ばし、数百メートルという範囲を焦土に変えたのを」

 アラナラーアの言葉に、マリーメイアは焦った。

 自分でも、あれを直接見なければ信じられなかっただろう。だが、現実に起こったことなのだ。同時に、それを起こせる人間が、このアンスタッドにいる。決して軽視してはいけない、最大限の注意をしなくてはいけない……

 アラナラーアは僅かに微笑んで、マリーメイアを制した。

「あなたの言葉が真である事、疑ったわけではありませんよ」

「はい……申し訳ありません」

 しょぼん、と項垂れるマリーメイアに、彼女はもう一度微笑んだ。

「マリー司祭、あなたの真面目な所は長所です。だから、もう少し柔軟におなりなさい。肩の力を抜く、と言ってもいいですね」

「ううぅ……ごめんなさい」

「謝る事ではないですよ」

 ふふ、とうい笑い声が聞こえて、マリーメイアは顔を赤くした。

(いけない、油断するとすぐに素が出ちゃう……)

 緩み欠けた顔を引き締め直し、緊張を作り直す。そうすれば、ここにいるのは気心の知れた師匠と弟子ではない、大司教と司祭になる。

(いつも言っているじゃない、わたし。アラナラーア先生は、杖振神官でもあるのよ。甘えて負担になるなんて、ごめんだわ)

 杖振神官とは、文字通り杖を振るう――つまり指導能力を持つ神官の事だ。もっと厳密に言えば、組織運営、管理能力を持っており、実際に機能させている神官を指す言葉でもある。

 教団は――宗派によって多少の違いがあるものの――通常の組織と、成り立ち方が全く違うのは共通している。普通、組織というのは実行能力を持つ者を、管理能力がある者が率いる。対して、こちらは完全に信仰の度合いだった。組織としては、どちらが正解というものでもない(神に従うという意味では、完全にこちらが正解だが)。通常の組織では、管理能力を持つものを配置しやすい代わりに、汚職が目立つ。対して宗教組織は汚職の心配こそないものの……つまりはそこが問題だった。信仰する力と、人を統率し、政務を行う能力は関係ない。

 ある意味、それは当然だと言えた。教徒とはつまり、俗世から身を引いて己を神に捧げた者たち。場合によっては俗世の悪習ともなる杖を振って指導をする、つまり杖振技能を鍛えようとする者からして少ない。

 アラナラーアはオルトン教でも数少ない、杖振能力を持つ高位神官だった。いや、杖振神官だからこそ、アンスタッドに配属されたと言える。なにせ、ここほど神と交信しやすい場所はないのだから。

 負担になってはいけない。いや、むしろ力にならなければいけない……のだが、今のところ、それが成功した事はなかった。

「無視はできませんね、我らにとっても、アンスタッドにとっても」

「はい」

 味方である内はいい。いや、味方でなくても敵でなければ。問題は、彼が冒険者であり、瞳の魔族であるという事だ。冒険者である以上、どこで誰に雇われてもおかしくはない。それに、魔族は奔放の代償として教会や社会に迫害された歴史を持つ。加えて、ノスという冒険者は、神に対する興味も希薄であった。

 矛先が向けば、あの魔法が降ってくるだろう。オルトン教に対抗手段はない。

「我々はアル・ア・ファス教のような、武闘派ではありません。万が一の賞賛も、残念ながらないでしょう」

「つまり、残された手段は、かれとそれなりに上手くやり、最低でも友好を深める必要があるのですが……」

 と、そこでアラナラーアは言葉を句切った。何か思いついたように、ではなく、わざとらしく。

 そして、やはりわざとらしく、今思い出したという風を作って言った。

「ところで、マリー司祭。あなたは『英雄』殿を、もう見つけましたか?」

「い、いいえ。まだです」

 神より授かりし言葉、それが誰でもなく自分であった事が、光栄でないはずがない。同時に、まだ見つけられていないという事に、負い目があった。

 そもそも、英雄とはどのような人物を指しているのか。それが分からなければ探しようがない――愚痴混じりに、いつも思っている事だ。神の言葉は絶対。それを違えるつもりはないのだが。もうちょっと親切でも良いのではないだろうか。

「でしたら、今はまだ余裕がある、という事ですね」

「う……」

 即答をできずに、思わず呻いた。

 アラナラーアの笑顔は満面だった。いや、常に陰りのない笑顔ではあるのだが、付き合いの長いマリーメイアには、違いが分かる。今の彼女の顔は、酷く悪戯っぽい。そう、いつも、厄介ごとを預ける時にするそれだ。

「では、お願いがあるのですが……分かりますよね」

「うううぅぅぅ……」

 先ほどよりも長く呻いて、抵抗を試みる。

 拒否するだけのいいわけを、脳内で選別する。マリーメイアはこれで司祭であり、仕事は多くあった。当然、此度の要請を回避できるだけのものも。

 だが、マリーメイアは所詮ただの神官であり、アラナラーアは杖振神官。口で諭されれば、拒否できるはずもない。加えて上下関係も恩もあれば「お願い」を拒絶仕切る事はできなかった。

「う」

 その音を最後に、うめきが止まる。肺の中の空気が、全部漏れ出ていた。息を吸い込み直して気持ちを落ち着け、そして諦めたように言った。

「承りました……」


  ●○●○●○●○


 執務室に静寂が広がる、というのは、取り立てて珍しい光景ではない。政務をするのに集中力を阻害しては問題なので、当たり前だが。執務机の上に山のような書類が並んでいるのも、当たり前と言いたくないが、見慣れた光景ではあった。一日が始まり、紙の山に埋もれながら終わって、満足のいく書類を処理来たことは、悲しいほどに少ない。常に、満足行く結果とは前を歩いているものだ。

 だが、珍しい光景というのはあった。普段は一人であり、それが当たり前の部屋。そこに、長々と二人分の影がある。

「なるほど、あの二人は予想以上か……」

 デスクに肘をついて、ぽつりと呟くアウグスト。

 答えたのは、執事服が似合いすぎるほど似合っている老人、グーノスだった。

「はっ。どちらも、最低でも第二種魔法使い(マスター・ソーサラー)クラスでございます」

 普段であれば、こうして話していても、どこか集中しきれない。明日に残る書類というのは、常に重くのしかかるのだから。しかし、今日はすっと頭の中に入ってきた。言うなれば、そう、清々しい。ずいぶんと久しぶりに聞く気がする、良い知らせだった。

 肘をはがして、そっと背もたれに体重を預けた。椅子は不快な音など一切立てずに、アウグストの体重を受け止める。

「魔法は?」

「両者とも一発ずつ。それで片がついた、と報告に上がっております」

「シルバーネイルの大群をか? なんとも、子供向けの物語でも読み上げられている気分だな」

 白ひげに包まれた口が、にやりとつり上がった。誰もが求める英雄。大人だってそうだ。ただ、現実的ではないと諦めているだけ。本当は、いつでも誰でも、それが現れるのを望んでいる――

 本当に、現れたのだ。

 アウグストは、年甲斐もなく自分がはしゃいでいるのを自覚した。もっとも、その中身は子供ほど純粋ではなかったが。望む英雄というものが現れても、やはり彼は貴族という軛から逃げられそうにない。無邪気に喜ぶには、国家と、その利益に深く入り込みすぎていた。

 すぐに瞳を鋭く直して、腹心へと向ける。

「で、彼らはロックアサルト出身なのか? もしくは、長く逗留していたという事実は?」

 《魔道要塞》ロックアサルト。《神に最も近い都》アンスタッドが宗教の総本山ならば、ロックアサルトは魔法の総本山と言えた。高度な魔法の使い手と言われれば、それくらいしか思い浮かばない。

「ありません。あったとしても、ロックアサルトは関係ないと断じたでしょうが」

「つまり?」

「一つ、流れの冒険者風情に、魔法力研究所グランドサークルの異常研究者たちが、自分たちの奥義を伝えるはずがありません。一つ、彼らの能力は、魔法力研究所が抱えられる限界を超えています。一つ、紛れ込ませた間者の中に、彼らが使用した魔法を聞いた事があるものはおりません」

 一つ、と言うごとに、グーノスは指を立てていった。

 魔法力研究所グランドサークルとは、ロックアサルトを発祥として広がった、魔法および魔力の研究施設である。厳密に言えば、魔法力研究所に連なる研究施設のみをそう言うのだが、現在では魔法研究をしている施設は、全てグランドサークルと呼ばれるようになっていた。

 まあ、由来を考えれば間違いとも言い切れない。彼らは魔法の開発・発展と、なにより八色存在する魔力の循環、永遠の円環――後者の研究があるからこそ、そう呼ばれるようになったのだから。

「我々が調べきれなかった魔法という可能性は?」

 最後の一つ。つまらない問いだと思いながら、聞いてみた。

「それこそ、あり得ません。結界魔法ならばともかく、あれほど大規模な攻撃魔法、試用するにはそれなりの試験場が必要です。どれほど隠しても、漏れるでしょう」

「だろうな」

 言いながら、手を伸ばした。デスクの脇に備え付けてある水差し。そこから、直接水をあおった。

(ならば、魔法の出所はどこだ?)

 疑念を飲み込むように、水を流し込む。

 魔法というのは、新しい技術だ。時間と各国の連携で、日々進んでいた。そして、技術の進展が限界にさしかかり、停滞してもいた。ぽっと新しい魔法が(それも目立った破綻なく)現れるとは想像しづらかった。

 考えたところでらちのあかない疑問を、水差しと同時に置いた。いや、つもりになっただけか。口から自然と漏れていたのだから。

「彼らが使用した魔法は、何と言うのだったか」

「……。《ホワイト・六順の崩れぬ塔》と《驚落のシヴァ》でございます。どちらも空間指定型と思われます」

 ただのぼやきであり、誰に向けたものでもない。それはグーノスも分かっていただろう。だが、彼は独り言にさえ、律儀に答えていた。

 ふと、口元に寂しさを覚えて、手を泳がせる。諦める前に、葉巻が差し出されていた。

「書類のあるところで吸うのは、好ましくないのだがな……」

 言いながらも、手はしっかりと葉巻を受け取っていた。一度覚えた寂しさに、それを解決するものが差し出されたのだ。堪える気も起きなくなる。

「《ブルー・燻る緋の煙》」

 唱えたグーノスの指先から、小さな火が生まれた。本当にささやかで、それこそマッチの変わり程度にしかなりそうにない。

 生まれた火に、葉巻の表面をじっくりとねぶらせた。

 つまらない魔法だ。これで魔法使いを名乗ったら、笑われるという程度の。しかし、その程度ですら、出来るものの方が少ない。魔力を何らかの形にするのと言うのは、ただそれだけで高等技術だ。

 煙を口内にため込み、じっくり味わう。はき出すのと同時に、またもぽつりと呟いた。

「《驚落のシヴァ》……。それだけなのか?」

「まず間違いない、と思われます。魔法は結界の後に発動しました。つまり、誰もが彼らに注目している状況です。聞き逃しは考えにくいでしょう。冒険者の全てが、となればなおさらです」

 魔力の色は八種類。そして、それぞれに優劣が存在する。

 たとえば、人間の所属する《青》の色。これは《赤》に強く《紫》に弱い。全ての色に、例外なくこのような関係が存在する。

 魔法というのは、魔力変換技術である。魔力を、色ごと擬似的に他の存在に作り替える技術なのだ。例え人間の属する《青》まま、魔法を使用するつもりでも、色の指定は絶対に必要だ。なければ、魔力は魔法として形にならず霧散する。

 それが、なかった。

「確か、属性単独理論、だったか? ある属性でしか発現し得ない魔法があり、それを使用する場合は属性の指定もまた必要ない、というのは」

「申し訳ありません、わたくしはそれを知りませんので、お答えしかねます」

「いや、構わん。私も昔に、気が向いて目を通した程度の論文だったしな」

 ――そうだ。少しだけ、思い出す。

 その論文がすぐに忘れ去られた理由。それは、現実性が低いからだった。

 単色でしかあり得ない特徴、それ自体はいくつか見つかっている。だが、わざわざその特徴にのみ突出させた魔法とは、あまりに意味がなかった。効果的でも効率的でもない。少なくとも、学者の間ではそう判断されていた。

 シルバーネイルは、その名の通りに《銀》所属。《銀》の魔力に強いのは《黄》であるし、《白》が《黄》に強い事からも、《驚落のシヴァ》なる魔法は《黄》所属と見て間違いないだろう。

(ただの聞き間違いか? それとも、そうでなければ存在しない領域というのが、存在するのか?)

 これも、分からない。机の前でふんぞり返りながら葉巻を加えても、絶対に理解できない領域。

 出身地不明の二人組。不可解なほどの実力。理解不能な魔法。不詳・未詳・未知・不鮮明……何一つとして、見えてこない。いっそ不気味なほどだ。

「それで、旦那様、どうなさいますか?」

 考え込んでいたアウグスト。それを制止するようにして、グーノスが訪ねた。

 やや近づいたグーノスを見やりながら、灰皿に葉巻を押しつける。ゆらゆらと漂っていた紫煙が、ゆっくりと消えていった。

「わたくしとしましては、今すぐ関係を強めるべく動くべきと愚考いたします。準備も整っておりますし、一言いただければすぐにでも行動できます。ご決断を」

「グーノス、お前は一つ忘れている」

 彼の言葉が一通り終わったのを確認して後、アウグストは言った。

「彼は冒険者なのだよ。どれほど優遇したところで、国に忠誠など誓わない。恩義は感じても……それを盾に強要などすれば、すぐに裏切るだろう。冒険者とは、拘束しうるものがないからこそ冒険者なのだ。望めば高位で取り立ててもらえる連中が、好きこのんで冒険者などをしているのを知っているだろう? 力があるならばなおさらだ」

 これだけくれてやったんだから、それだけのものを返せ。受け取ったんだろう?――彼らに対しては、無駄きわまりない行為だ。

 契約の履行には、それを強要する力が必要になる。最低でも、逃げる事でデメリットが生まれなければ、意味はない。そして、デメリットがメリットを下回っても、やはり意味がない。あらゆる社会的なしがらみのない冒険者にそれを期待するには、あまりにむなしすぎた。

 冒険者は名声を求める。だが、絶対ではない。金銭も求める。だが、絶対ではない。

 彼らが絶対として信仰するのは、ただ一つ。縛られぬ事――自由である事だけだ。どれほど利があろうと、それを侵害すればあっさりと手のひらを返される。

「やるとすれば、縛るのではなく結びつける事だ。急いては事をし損じるぞ?」

「はっ、失礼しました」

 きっちりと一糸乱れず、深く頭を下げたグーノス。すぐに頭を上げて、しかし、と続けた。

「此度の事実は、すぐに広まってしまうと思うのですが。先手を打たなくてもよろしいのでしょうか?」

「いや、それはない」

 アウグストはきっぱりと首を振った。

「オルトン教も、わざわざ大魚を他の連中に浚われたくはないだろう。我々も、そのために口止めをした。いずれは広まるだろうが……しばらくは、私たちとオルトン教が独占して付き合えるはずだ」

 加えて言うならば。オルトン教はマリーメイア司祭の癇癪により、少々印象が悪い。彼らはアウグストに先んじるために、少々無茶をせざるを得ない。失敗すれば言うことはないし、成功したとして、それで初めて同等なのだ。現実的には、アルハンサート一強状態である。

「我々が行う事は、まず二つだ」

 アウグストは一枚の羊皮紙を丸めて、蝋で固めた。当然そこには、アルハンサート家の印を押す。

「陛下に報告する事」

 彼らの重要性。間違いなく最高クラスの、冒険者としての能力を持っている事。一人一人が、一人前の騎士百人分の能力を持っている。もし力を借りられなかったとしても、いくつか魔法を教えてもらえるだけでもいい。それだけでも、ロックアサルトに対して優位に立てる。

 まずは、余計な刺激をしない事。権力からの強行は下の下だ。それに、冒険者ギルドからの余計な手出しも押えられる。

 そして、もう一つは。つまり、相手からの接触を待つのが望ましいのだ。種類に関係なく、親しい相手だ、と思ってくれれば言うことはない。冒険者相手には、それこそが何よりの繋がりだ。

「先日仕事を終えた直後、アリアとお茶をする約束をしてね。まずは、その準備をすべきだと思わないか?」

「これはこれは……将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、とよく申しますが。ずいぶんと大きな馬を射たものでございますな」

 ほほ、と。グーノスにしては珍しく、笑って見せた。仕事中には常に完璧たれとしている男がだ。

「所で、旦那様。そのお約束、わたくしの記憶が正しければ、今回の件をご報告させていただく前にしていたと思うのですが」

「それはあれだ、私の先見の明も捨てたものではない、という事ではないかな?」

「そうでございますかな?」

「そうなのだよ」

 と、アウグストは言い切った。

 アウグスト・アルハンサート。国に忠誠を誓い、日々身を粉にして働く貴族である。情に流されることなどない。ないったらない。

 彼には息子がいなかった。いや、昔はいたのだが、病魔に冒されて死んでいる。近しい親族もおらず、死すれば爵位の返上は確実だと言われていた。夢は、孫を思い切りかわいがることだったが、これも関係ない。

 全ては演技なのだ。アンスタッドのために必要なこと。騙される彼らには悪いが、これも国家のためだ。

「ところで、お茶菓子なのだが……」

「はい、当日までに、最高のものをご用意いたします。お任せ下さい」

「うむ、頼んだぞ」

 ぱちん! 指を鳴らして、椅子を半回転させた。特に意味はないが。鼻歌を歌って、つま先でリズムをとったりなどもするが、やはりこれに意味はない。意図だってない。ちらりとカレンダーを見るのだって、当たり前だが意味などあろうはずがない。

「早く当日になればいいのだがな」

「そうですなぁ」

 アウグストは、模範的なアンスタッド貴族である。己の全てを国家に捧げたような男だ。

 これは、ただの演技である。私情だってない……かもしれない。

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