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ブルークラスタ・イン・ワールド  作者: 天地
02 《神に最も近い都》アンスタッド
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02

 《神に最も近い都》アンスタッドとはつまり、代表的な国家の一つである。

 豊かな土地と緩やかな平地という、恵まれた立地にあり。さらに、外敵も少ない――つまり、人間ではどうにもならないレベルの敵と言うのは。まあ、これはどの国家であっても、同じ事が言えるのだが。

 神に最も近い、と言われているのには、理由がある。アンスタッドには、主立った宗教の支部が、必ずあるのだ。無数の宗教施設が乱立しており、それぞれ対立関係こそあるものの、表面上は沈黙を保っている。

 この世界には神が実在する。少なくとも、そう思われている。聖職者の技能とは詰まるところ、神と交信し、その力を分け与えてもらう事なのだ。

 アンスタッドは、もっとも神に交信が届きやすい場所である。だからこそ、宗教施設が乱立しているのであり、同時に諍いを起こせない理由でもあった。アンスタッドからたたき出されるというのは、信仰する神に対しても、団体としても、大きなマイナスだ。

 聖職者を目指す者が一度は訪れる聖地である――と言うには、多少の下心があるのだが。なにしろ、神と交信しやすいと言うことは、聖職者技能を獲得しやすい、という事でもあるのだから。

 あとは、宗教が強い力を持っていれば、当然王家貴族の力は弱まる。

 国家の中でも屈指の力を持ちながら、その力を振るえない。どこかが動けば、微妙なバランスで保たれていた均衡が崩れかねないからだ。

 と言うのが、ゲームガイドに乗っている設定である。

 メタな視点で見れば、そうでないとプレイヤーが困るからだ。聖職者に転職すると、魔力ステータスが信仰に変わる。まあ、名称が変わるだけだが。とにかく変わって、神に属している事を示さなければならい。そのためには礼拝堂が必要であり、つまりそれが転職だ。施設がなければ、転職もできない。

 高レベルになれば、施設を探すのもプレイの一環になるのだろう。だが、さすがに最初から、主要聖職者にすらなれない、では困ってしまう。信仰する神によって、使える技能や得手不得手もだいぶ違うのだ。

 当然、他の職業になるために必要な施設もある。

 と言うわけで、アンスタッドはゲーム世界でも屈指の大国家になっていた。

 理屈では分かっているし、ノスもアリアも、何度もゲーム内で足を運んだ。その名に恥じぬ規模だったのを覚えている。当然、現時でも同程度の規模だと思っていたわけではない。大きい、という印象も、あくまでゲームレベルでのものだ。現実と比すれば、ずいぶん小さくなってしまう。

 しかし……これは予想外だった。素直に認めて、ノスは街を見上げた。

「でけー」

 やたら豪華な服から、目立たない格好に着替えて。二人は、アンスタッドの入り口まで来ていた。

 武器の携帯は許可されているようで、そう悪目立ちはしていない。といっても、気になる人はいるのか、たまに振り返る人はいるのだが。

 広い街道、ごった返す人、終わりの見えない道。主要道の向こう側には、瀬の高い白亜の建物が乱立して見える。たぶんそこが、宗教施設をひとまとめにした地区、通称『麓』だろう。

 不謹慎かもしれない。自分たちは迷子であり、ここは異世界だ。ふざけていて大丈夫な場所ではない。

 だが、心躍るのは止められなかった。見たことのない町並みの、見たことのない勢い。ここは、そう、一言で言って、凄かった。

 と。

 くいっと、服が引っ張られる。ノスはふと、アリアを忘れかけていた事に気がついた。

 振り返り彼女を確認する。アリアは、死んだような目をしていた。

「おにーちゃんもういいよ。わたしたちはこのせかいでいきてくんだねだからどこかでひっそりくらそう」

「いやダメだろ」

 オオカミに対する恐怖は、とりあえず忘れられたらしい。だが、この人混みを見て、別のショートの仕方をしてしまったようだ。

「ううぅ、やだぁ。この中入りたくない……」

「じゃあまどっかで待ってるか?」

「もっとやだぁ」

 半ば涙目になりながら、アリアは悲痛なうめきをあげている。

「ほら、手を出して。ちゃんと握っててやるから」

「……うん」

 手を差し出すと、それに全身でがっちり張り付いてきた。はっきり言って、歩きにくいことこの上ないのだが。アリアの表情を見ていると、振り払うこともできなかった。

 仕方なしに、妙にバランスがとれないまま、雑踏に踏み入れる。そこの喧噪は、外から覗くのとでは全く別の熱気があった。

 道の両側に、山のような数の露天。人々はそれらを眺めたり、あるいは目的地に足を速めたり。当然、人と人とはぶつかり合い、しかしそれが当然で、誰も気にしていない様子だった。

 右腕から頻繁に、むぎゅっ、やら、うーっ、やらと声が聞こえる。人に押されて漏れる声と、つぶれながらも気合いを入れ直したり、結局負けて呻いたり。ほとんど目をつぶりながら、ノスに任せてあるいていた。

(目を開けて歩けば、もう少し当たることも少ないだろうに。まあ、そうすると騒がない自信がないから、こうしてるんだろうけど)

 だいぶ良くなったと言っても、やはり他人がためなのには変わりない。下手に刺激するとパニックを起こす、というのも知っていた。こんなところで騒がれては、冗談では済まない。

 ある意味、それが彼女の気遣いと言うか、妥協点なのだろう。

 ぱぱっと終わらせよう。思って、とりあえず、近くの人垣をかき分けて中に入った。この辺で人を集めるものと言えば、一つしかない。良いものを扱っている露店だ。

「もうおわり?」

「全然マダでーす」

 立ち止まったのを感じて。人に押されている感触もあるだろうに、すがるように聞いてくる。残念ながら、それに答えることはできなかったが。

 改めて並ぶ品を見て、少しだけ目を見開く。

「……へえ」

 そこに並んでいる品は、見慣れたものばかりだった。もっと言えば、ゲームで必須の消耗品ばかりだ。ともすれば、ここがゲームの一コマであり、訳の分からない世界に来てしまった、という事すら忘れそうだ。

 ふと周囲を確認してみる。先ほどは気がつかなかったが、ここを眺めているのは、男女どちらでも屈強な人たちばかりだ。

(つまり、こういう人たちが冒険者な訳だ)

 まじまじと、しかし感づかれない程度に見る。外見はともかく、彼らはたいしたことがないように思えた。

 露天に転がっている回復アイテムは、初級のものばかりだ。それらも強化段階によっては、レベルが高くなっても十分使える。が、大量生産の消耗品にそんな手間をかけているとは考えづらい。額面通りに見るならば、まだ二次職にも移行していない人たちばかりだ。と言うか、幾人かは体から青いもやが立ち上っている。あからさまに一次職前の者たちだ。

 ひっそりと安堵のため息を漏らす。

 自分がこの世界で、どれほどやっていけるかは未知数だ。特に、命のやりとりとなればなおさら。だが、彼ら程度のレベルが一般的であれば、とりあえず問題は起きないだろう。なにせ、装備なしでも傷一つつかない。

 一通り見終えて、露天を後にする。再び人混みに気圧されながらも、そこをかき分けて、次の露天へと向かった。今度は、人だかりの少ない場所である。

「おわった?」

「まだだからおとなしくしてなさい」

 確認と言うよりも、ねだるように手を引いてくるアリア。腕を振ってよたつく少女で遊びながら、商品を見る。

 今度の露天は、日用雑貨の店だった。ゲーム内アイテムでも何でもない、ごく普通のコップや小道具。何に使うのかよく分からない棒に、あとは木炭。ゲーム内ではアイテムしか売ってなくとも、ここは現実。こういう店も、当然需要がある。

「よう兄ちゃん、何か探してんのかい?」

 ノスは、明らかに冷やかしの風体ではあったのだが。ほかに客がいないからか、露天の男は語りかけて来た。

「いや……」

「まあそう言うなって。ほら、このアクセサリなんてどうだい? そっちのお嬢ちゃんによく似合う……そっちの子はどうしたんだ?」

 強く目をつぶって顔を伏せながら、腕にすがりつく少女。それを見たならば、まあ男の反応も仕方ないだろう。

「気にしないであげて」

「ああ、まあいいけどよう」

 釈然としない、という表情ではあったが。別の客が来ると、すぐにそちらに意識を移り変わらせた。

 買い物客は木炭を手に取ると、それを差し出した。金を払い、商品を袋に受け取り、釣り銭を握る。ごく普通の光景であり、何も不思議なことはない。

 だが、ノスはそれを見ながら、あいている左手を開け閉めした。幾度か繰り返し、手のひらを見る。当然だが、そこに何かが乗っているなどという事はない。いつも見ている……のとは少し違う、自分の手片。

 気づいて、ノスは露天商に話しかけられるより早く、歩き出した。そして、一番手近にあった路地裏へと潜り込んでいく。しばらくの間は、休んでいる人影もあったのだが、少し奥まってしまえばそれもなくなる。

「おわり?」

「ああ終わった終わった」

 言うと、ここでしばらくぶりに目を開いたアリア。言葉を信じ切れないのか、きょろきょろと確認している。

「もう街をでる?」

 嘆きに近い声で、袖を引っ張りながら言う。だが、ノスはそれをきっぱりと無視した。

 もっと差し迫った危機が、彼らにはある。

「一つ、アリアさんに残念なお知らせがあります」

「……なに?」

 聞きたくないという雰囲気だが、それでもなかったことにはできず聞き返してくる。眉をへし曲げて、一歩後ずさるというパフォーマンスもおまけで。

 ノスは神妙な(と言うにはふざけすぎているが)雰囲気のまま、アリアに宣言した。

「我々は……無一文です」

 アリアは、ぽかんと口を開く。何を言っているのだと言いたげだ。

「たくさんあるよ」

「じゃあお金出してみ?」

「うん……。あれ?」

 と、念じてみるが、やはり硬貨一枚も出ない。さらに試して、ついでに先ほどノスがそうしたように、手を開け閉めして。

 きょとんとした視線で、こちらを見上げてきた。

「これはただの推測なんだけど、ブルークラスタ・オンラインじゃ、金のそこら辺に対する設定がされてなかったせいだと思う」

 がりがりと頭をかきながら、記憶を掘り起こす。

 もう説明書を読み直す事も出来ない。こんな事になるならば、もっと設定資料集を読んでおくべきであった。後悔はあれども、もう取り戻せない。

「すっごい初期の話だから、アリアは知らないだろうけど、最初は金を取り出して支払ってたんだ。進むごとに金額が多く邪魔になって、不評で廃止され、今の数字だけのやりとりに変わった」

 当時を知らないからだろうか。うまく想像できず、アリアは首を傾げていた。

「アイテムについては、魔力との親和性に比例した領域のパーソナルスペースを作れるっていう設定があった。だからアイテムを自由に取り出せるし、仕舞える。たぶん、それはこっちの世界でも同じだ。まあ、確認はとらなきゃいけないけど。それで、重要なのは、金銭についてその手の設定はされてなかったんだよ」

 ここでやっと悟ったのか、彼女がはっと顔を上げた。

「ゲーム内で設定されたことじゃなかったから……なかったことに、なっちゃった?」

「多分な」

 アリアはショックを受けて固まっていた。ノスは事前に分かっていただけマシであるが、それでも隠しきれない。

 吐息を漏らしながら、自分の内側に集中した。確認するのはアイテム――個別魔力領域だ。慣れていないため、一つ一つさらうには時間がかかる。苦労しながらすべて見終えて、また息を吐いた。今度は吐息で済まない、ため息だ。

「俺はろくなアイテム持ってないんだけど、アリアは持ってるか? 出来れば金目のもの。より言えば換金専用アイテム」

 ほとんど諦めていたが、一応問いかけてみる。

 彼女の反応は――残念なことに――予想通りのものだった。

「そ……そうびひんとか……」

「身の安全を切り売ってどうすんだ。却下却下」

 わかりきってはいた。行動をほとんど共にしていたのだから。所持アイテムの内約が、そう違いがある訳もない。

 個別魔力領域の上位に、アイテムがある。いちいちしまうのは面倒なので、よく使う(つまり最強クラスの)装備は常に持ちっぱなしだ。ある意味、横着で救われた形となる。次にあるのが、消費アイテム。と言っても、アイテムスロット整理前だったのだ。それなりに数があるはHPMP回復で、ほかは数えるほど。そもそも回復薬にしたって、十分な数と言うには足りない。そして……大部分を占めるのが、ドロップアイテムだ。

 さすがにカンスト・課金プレイヤー中心のギルドだけあって、レア素材がそろっている。だが、素材は所詮素材だ。単体では何も意味がない。素材の価値を知っている人を探すこと自体が手間だし、仮に見つけても、買いたたかれない保証がない。日本でただの高校生だったノスには、商売交渉など難易度が高かった。

「まったり隠遁生活はお預けだな」

「ううぅぅぅぅ……」

 嘆きのうめき声を上げるアリア。

 どちらにしろ、人里から離れて生活などするつもりはなかったのだが、それは黙っておいた。なんだかんだ言って、人間にとって社会は快適なものだ。金を稼ぐ苦労を味わってでも、確保しておきたい。

 幸いにも、彼らには異常なスペックの肉体が備わっていた。望めば大抵の事は実現できる。

「アンスタッドについて気がついた事があるんだが、この街、だいぶでかくなっちゃいるけど、間取り自体はゲームのそれと変わってないみたいだ」

「それはわかった。ひだりてにおっきい宗教区画が見えてたし」

「まあ、全部同じじゃないだろうけどな。人が住む場所とかあるし。それで問題は、だいたいギルドの位置も分かるって事だ」

 言われて、アリアはあからさまに嫌そうな顔をした。

 この場合のギルドと言うのは、プレイヤー中心の個別ギルドではない。それらを総括するゲーム運営側――この場合は国家主催――の方だ。メインクエストに利用したり、逆にプレイヤーが依頼をしたり、依頼を受けたりともできる。

 そこであれば、明らかに怪しい二人であっても、受けられる仕事はあるだろう。

「やだなぁ……」

「嘆くな嘆くな。ある程度余裕が出来たら、また考えるからさ」

 不満そうに唇を尖らせる。が、こればかりはどうしようもないし、諦めてもらうしかない。

 歩き出そうとすると、またがっちりと右手をホールドされた。

「いや今度は人の少ないところを通るから、普通にしてて」

「えー」

 これまた不満そうにしながら。しかし抱きつくのはやめて、普通に手をつないだ。

 路地裏はそれなりに複雑だし、入り組んでいる。それでも、目的地がはっきりしていればどうとでもなる。裏道を抜けつつ、たまに配置されている地図を確認しながら(この世界、地図は普通に販売しているらしい。まあ、魔力持ちは脳内に地図を作れる世界で、隠し立てするのもあまり意味がない)、目的の場所へはあっさりとたどり着けた。

 理由は分からないが、ギルドはゲームのそれよりもだいぶみすぼらしい。不思議に思いながらも、戸口をたたいて中に入った。

「すみません」

 中に入って――外観はあれでも気を遣っていたのだと知る。

 薄暗い内部にひび割れた壁。カウンターには案内役だと思われる女性が二人。なぜ、思われる、なのかと言うと、格好が完全に私服だったからだ。それも、向かい合って思い切り雑談をしている。後は脇のテーブルでしゃべっている男が三人。うち一人はテーブルに足を乗せて、わかりやすくがらが悪い。

「ああはい、いらっしゃ……」

 雑談していた女性の一人が、こちらに気づいて雑談を中断する。そして、面倒くさそうに姿を確認して、唐突に言葉を詰まらせた。

 がたん!――という音は、脇のテーブルで、足を乗せていた男がこちらを警戒した音だ。全員素手だが、拳は握っている。

 女性二人はカウンターに半ば隠れるようにして、警戒を強くしていた。奥の通路から、簡易鎧と剣を装備した警備員らしき男が、剣を抜き身のまま走ってきた。

「ええと……」

 何事だ、と問うことも出来ずに、戸惑った。彼らの態度は、完全にこちらに敵対的だ。問いかけて、答えてもらえるような雰囲気ではない。

「あっ、あなたっ!」

 カウンターの裏から声を引きつらせて、女性が言う。

「武器を装備したままギルドに乗り込んできて、何が目的なんですか!?」

 指摘されて、やっと問題に気がついた。

 警備員と拳を握った男たちは、今にも襲いかかりそうな雰囲気だ。拳を握っている男のうち二人は青い魔力が立ち上り――つまりレベル10相当未満――であり、負ける心配だけはないのだが。そういう問題でもなく、問題を起こしたくもない。

 ノスの狼狽した雰囲気を悟ってか(アリアは入る前から震えている)、女性はもう一度声を上げた。

「敵対の意思がないなら、武器をしまいなさい! 個別魔力領域!」

 言われ、すぐさま武器を収容した。ものを取り出すのに比べて、しまうのに手間はかからない。探す手間がない分だけ。アリアも同じく武器をしまったが、それで不安になったのだろうか、すっと背中に隠れてしまった。

 とりあえず、それで警戒は解かれたのだろう。張り詰めていた空気が弛緩した。

「あのですねぇ、どこに公共施設に武装したまま訪ねる人がいるんですか。常識でしょ、常識」

 声を上げていた女性は苛立たしげに、そう言った。口元は未だ引きつっている。もう一人の女性は、完全に我関せずと言った様子で――しかし、笑いをこらえられずに、控えていた。

 警備員はいつの間にか消えていた。脇にいた男たちも、ぶぶつとつぶやきながら席に着く。「チッ、これだから」「バカボンボンが、慌てさせやがって」

 はっきり言って気分は良くない。だが、常識知らずなのは事実であるし、言い返しようもなかった。それに、金持ちの道楽と勘違いしてくれるのは、好都合でもある。実情は、異世界から来ました、なのだから。ある意味好都合とも言える。

「あー……で、初めてなんだけど」

「見れば分かりますよ」

 相変わらず口元を引きつらせたまま、嫌味混じりに言う。こめかみが引きつるのを感じつつ、続けた。

「で、登録したいんですけど」

「とりあえずこれに必要事項を記入して。能力は……個別魔力領域使えるのに、魔力漏れを起こしていませんでしたね。じゃあ、初級ではないと」

「用紙もう一枚もらえます?」

「もう一枚?」

 今度は眉をひそめて、ノスを確認し。次にすぐ、後ろに隠れたままのアリアに視線を向けた。

 びくり、震えて顔半分だけを覗かせるアリアと目が合う受付嬢。今度は別の意味で、口元を引きつらせた。

「子供ですよ?」

「子供でもです。それに、登録したからって必ず何かをするわけじゃないでしょ」

「まあ、そうだけど……」

 ぶつぶつ不満を漏らしながらも、追加の用紙をもらえた。

 隣り合って、記入を始める。名前や得意技能。得意技能は所詮自己申告なので、重視される事はあり得ないだろうが。あとは、年齢――そのまま記載しようとして、ふとあることを思い出した。

 恭一は十八歳であるが、ノスを作ったのは六年前、つまり十二歳の頃だ。あらゆる基準が、十二歳の頃の自分を元にしている。当時の自分は背伸びしたがりで、キャラ身長を伸ばし(結局理想身長に届かず、現実の自分の方が小さかったのは痛恨だった)顔立ちも修正しつつ大人っぽくした。だが、それも設定年齢は十五歳であったし、仲間内からも十五歳くらいに見えると言われていた。

 どちらの年齢で書き込むか、一瞬だけ考えて、すぐに決断した。用紙に十五歳と書き込む。変に勘ぐられるよりは、多少なめられても、その方がマシだと思えた。

「はい、それじゃあこれで受理します。適正依頼はこちらで判別しますので、受けたい場合はこちらに訪ねてください」

「じゃあ早速頼みたいんだけど」

「え? もう?」

 まさか、登録即依頼受領とは思わなかったのか、驚いて書面から顔を上げる。

 顔を上げて、こちらの顔をまじまじと見て――表情が驚愕に染まった。今まで侮っていた顔色が、すぐに侮蔑のそれに変わる。

「……瞳の魔族」

(あ、やっぱその設定生きてるんだ)

 これは予想していた事であったので、別段驚かない。

 魔力によって人から変化した種族、亜人。魔族や森族、あとはほかにもいくつかの種族は、そう分類されていた。

 元が人間であるのだから、上手くやっている種族というのもある。だが逆に、民族性や運の要素で、どうしても折り合いがつかない種族というのもあった。その一つに、瞳の魔族が設定されている。

 当然、これはゲームシステム的にも意味があった。

 役割(ImR・important roleの略。インル・インラー・ロールと呼ばれていた)システム。早い話が、社会的に成り上がるためのシステムだ。貢献度を高めていくと、貴族になれたり宗教の運営側に回れたり商売の元締めをしたり、などができる。たとえば貴族になって領地を得ると、それを発展させて資金を得るもよし、軍を編成して戦争を起こすもよし、発展した町を開放して自慢するもよし、雑魚的を山のように配置してリアル無双ゲームを出来る場所を作っているプレイヤーもいた。はっきり言って自由度で言えばRPGのそれより遙かに高く、こちらの人気も恐ろしく高い。

 そして、瞳の魔族なのだが、種族値が高い代わりに、ImR倍率は恐ろしく低く設定されている。何しろ一番高い魔法関係で0.9倍、最低値の社会は、全種族最悪の0.3倍だ。単純計算でも普通の3割しか貢献度を得られない。しかも貢献度の獲得方法は限られている上に、大量の貢献度を得られるのはどのクエストも初回のみ。もう嫌われてるってレベルじゃないし、マゾいってレベルじゃない。それでも貴族にまで達して、しかも領地を得ている瞳の魔族プレイヤーは存在するのだが。それを初めて知ったノスは、廃人の恐ろしさをとてもよく理解した。

 と、言うわけで。公共施設では、行く先々で嫌な顔をされる、くらいの想像はしていた。

「で、仕事を紹介してほしいんだけど?」

 わざと苛立たしげな雰囲気を作って、カウンターに肘かけてテーブルを叩く。いかにも短気に見えたのならば、言うことはない。その上彼ら視点で(おおむね事実だが)常識の足りない相手。下手な対応をして、起こらせてしまってはどうなる変わらない、と考えてくれるだろう。

 瞳の魔族はImR値が低い代わりに、種族値は最高峰だ。つまり、単純に生物として強い。そんなのに脅される(しかも半人前は卒業しているのがわかりきっている相手だ)のは、生きた心地がしないだろう。

「は、はい、ただいま」

 受付嬢は、慌てて何かを取りに行った。後ろでにやけていた女は、すでにいなくなっている。

 焦りながら戻ってきた女性は、三枚の紙を持っていた。

「今受けられる依頼は、この三つなのですが……」

 その用紙の一枚を、受付嬢が読み上げる前に取って眺めた。一瞬焦った女性だが、結果は大して変わらない。諦めたのか、ほかの二枚も手渡ししてくる。

 ノスはもう、ほかの二枚は目に入っていなかった。手に取った一枚には『アルハンサート卿の物資輸送依頼』と書いてある。

 その依頼を、ノスはとてもよく知っていた。大抵のプレイヤーがサブクエストでお世話になるのだ。依頼は簡単で獲得資金も多い。彼も例に漏れず、何度もクリアしており、敵の数だって頭に入っている。まあ、さすがにそこは、信頼の置ける情報だとは思っていないが。

 他の二枚も見てみる。だが、やはり知っている依頼はなかった。

 ノスは決断して、紙を差し出した。

「これにしよう」

「ええと……『アルハンサート卿の物資輸送依頼』でよろしいですね?」

「おいおい!」

 と、ノスが返事をする前に、横合いから声がかかった。先ほどの、柄の悪い三人だ。アリアが声に怯えて、服を強くつかみ、引っ張られる。

 声をかけた相手は、どうやらノスではないようだ。茶化すのと不満がまざった表情で、受付嬢を見ている。

「そんなにいい依頼があるんだったら、俺たちにくれよう!」

「馬鹿言わないで」

 ぴしゃり、と強気に受付嬢は言った。

「これ最低条件に一人前ってのがあるんだから。まだ魔力漏れさしてるあんたたちを紹介できるわけないでしょ?」

「なんだよ、シケてやがんなあ。俺たちでも受けられる依頼はねえのかよ」

「あったらとっとと受けてもらってとっとと出て行ってもらってるわ」

 切って捨てる受付嬢に、ちげえねえ! と大爆笑が起こった。それを見ながら、ため息をつく女性。

 案外、先ほどの態度は素のものであって、特別な意図などなかったのかもしれない。なめられすぎない為にと脅しを挟んだが、酷いことをしてしまったか。

 ひとしきり言い終えて、女性は向き返った。叫ぶためにゆがんでいた表情を一瞬で戻し、元の憮然としたものにする。

「で、受理はしましたけど……そっちの子も?」

 疑わしげにアリアを見る。彼女は、体のほとんどをノスの陰に隠れさせながらだったが、しかしきっぱりと言った。

「お兄ちゃんと一緒にやる」

「お兄ちゃん?」

 今度疑わしげな視線が向いたのは、こちらだった。酷く胡乱げに――それこそ犯罪者を見る目で――見てくる。

 動揺せず、努めて冷静に肩をすくめた。

「遠縁でね」

「はあ、まあ、信じますけど。子供に無理をさせないように」

 一言注意を重ねて、彼女は判を押した。あとは、カウンター下にあったカード二枚と、背後の金庫に入っていた羊皮紙を取り出した。それらを並べると、こちらに差し出してくる。

「カードがギルド証です。魔力パターンは控えているので、ごまかそうとしてもすぐに分かりますからね。それと、こちらの羊皮紙がアルハンサート卿邸宅への入出許可証になります。すぐに面接へ向かってください」

 受け取って背を向け――ふと背後を振り返る。

「迷惑をかけたな」

 言うと、受付嬢は予想外だと言うように、目を見開いた。だが、それもすぐに澄ましたものに戻る。

「よくいる、とは言いませんが、あなたみたいな人はたまに来ます。それに対応するのも仕事ですから」

 つまり、彼女は、なかなか悪くない人だという事だ。

 すこし笑いかけながら手を振り、同じようにアリアも手を振った。今度は振り返らなかった。

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