02
赤、黒、緑、白、銀、黄、紫、そして――青
かつて、世界最大の種族として君臨していた、人間。その栄光は唐突に終わりを告げた――魔力の誕生である。
魔法を行使し始めた動物――魔物は、人の手に負えるものではなかった。
人の版図は瞬く内に縮小し、同時に数も減っていった。そのまま、人は滅ぶかのように思えた。
だが、人間は黙って滅ぶのを良しとしなかった。
魔力には色があり、色によって利用する種族が変わる。ならばあるはずだ、人に扱える魔力が。
そして、ついに見つけられた、青の魔力。
人は青の魔力を集めて、魔法を行使する。魔物ののそれと同等の力を、人は手に入れる事ができた。
魔法を――魔力の力を手に入れた人間は、もう一度栄光を取り戻そうと、動き始めた。
これは、冒険の物語である。
青の魔力からなる魔法を使い、魔物達を打ち倒し――
世界を切り開くのは、君たちなのだ!
公式ホームページやパッケージ裏に記載際されているストーリー(と言うか煽り文)は、こんなものだった。これのほかに、何種類の職が~やらキャラエディタ機能が~やらと細々乗っている。
まあ、ありきたりなファンタジーRPGと考えて、そう間違いはない。世界観も、中世から近代初期あたりに設定されている。一部進んだ技術は魔法のためと言うことにされており、そこら辺はまさにファンタジーだ。
早い話、世界観を把握するのにそう努力は必要ないという事だ。むしろ把握に苦労するのは、ゲームシステムである。
一応初心者向けともなっている。チュートリアルも充実しており、いきなり詰まるという事はないのだが。それでも、6年もサービスが続いていれば、それなりにシステム面は凝っている。何も知らないのと事前に知識があるのとでは、後からの苦労がだいぶ違うのだ。
と、言うわけで、恭一は梨愛にメールを送った。先に知っておいた方がいい事と、VRゲームに共通する注意事項、攻略サイトの情報。
VRSが届くまでは時間がかかる。暇つぶしにもなるだろう。
楽しみがあれば、月日などあっという間にすぎる。
そして、いよいよ梨愛がゲームを始める日。恭一、キャラクター名ノスは、始まりの草原に来ていた。
周囲にはそれなりに人がいるが、どれも茶色く粗末な服を着ている。ノスのように装備を調えたものは、ほとんどいない。ここ《ブルースカイ》は、初めて生まれたキャラクターが生産される場所だった。
「オープン」
唱えると、操作ウインドウが表示された。パネルをタッチし、アバター名『アリア』を呼び出し。応答を確認して地図に位置が表示され、そこに歩いて行った。
目的の人物は、キャラ追尾機能を使わなくても、一目で分かった。少しばかり、注目を浴びている少女。
キャラエディタ可能なVRで、見目麗しいキャラも、逆に完全な化け物も珍しくない。だが、周囲の人に怯えて挙動不審なのは、それなりに珍しい。体を小さくしてきょきょろしている姿が注目を集め、さらに不安げになる。完全に悪循環だった。
「よう」
声をかけると、アリアの姿がびくりと震えた。
おそるおそる振り返って、安堵した――という様子でもなかったが、幾分落ち着きは取り戻したようだ。
「ええと……」
上目遣いに悩む。言葉が出てくる前に、ノスは言った。
「こっちじゃノスで通ってるから、そう呼んで」
「ノス、さん?」
「ああ、それで」
名前を確認した少女は、こちらの顔をまじまじと見てくる。最近では、顔を合わせることくらいはしてくるようになっていた。
「あんまり、顔がかわんないね」
「もっとちゃんと作ろうと思ったけど、途中で力尽きた。キャラエディタ機能が充実してるのはいいけど、難しいって。あれは完全に上級者向けだね」
肩をすくめて捨て鉢に言うと、少女はくすりと笑った。
ブルークラスタ・オンラインの開発陣営は、おおよそ優秀だと言っていい。初心者から上級者まで、それなりに文句はあれど上手く作ったのだから。そんな彼らであっても、さすがにキャラエディタまでは簡略化しきれなかった。
「アリアだって同じだろ?」
「うん……難しかった」
小さくこくりと頷く。
ノスとアリアが行ったのは、一番簡単な編集機能。顔をスキャンして、それを元に微調整をするというものだ。こうすると、知り合いに見ても似てるで済み、中身を知っている相手からは間違われない、という程度の顔が仕上がる。アリアを一発で見分けられたのも、これが無関係ではない。
ちなみに、今のノスの格好は、簡単なものだった。布きれよりはいくらかマシに見える服に、いかにも簡素で量産品な剣を腰に差している。能力も外見相応だ。もっといい装備は当然あるのだが、どれも物々しかったり煌びやかだったりする。いたずらにアリアを怯えさせるだけなので、今日は外していた。
「ここでふらふらしててもしょうがないし、行くか?」
「うん」
とりあえず、とノスが先導して歩き出した。アリアは自発的に動くのが苦手だと、最近の付き合いで学習している。
ついでに、もう一つ彼女について知ったこと。ある程度気心が知れて、かつ目を合わせなければ、少しだけ話す事ができる。
「目、怖いね」
「ん? ああ、俺か。種族が瞳の魔族だからな」
ゲーム内にはかなりの数の種族が存在する。設定的には、魔力によって人間から枝分かれした存在だ。所用、亜人である。
ノスが選んだ種族は、瞳の魔族。名前が指すとおりに、目の色が虹色になっており、目の下にも模様が浮かんでいる。
「アリアはあれだ、かわいらしいな。よく似合ってるよ」
「えへへ……」
彼女が選んだ種族も、それなりに特徴があった。
時の森族。髪の毛が重力の軛から解き放たれたように少し浮いて、毛先が常に変化し続ける。こういったタイプの変化は、キャラエディタで作れないようになっていた。種族能力的にも魔力が最高峰であり、人気種族の一つだ。
位置は、《ブルースカイ》の終わりにさしかかっていた。《ブルースカイ》では、モンスターは発生しない。これも設定で理由が付けられていたが、何だったか。あまりに細かい部分だったので、ノスは覚えていない。
「ここを抜けるとチュートリアルが始まるけど、どうする? ぱぱっと終わらせる事もできるけど」
セカンドキャラ以降、いちいちチュートリアルをクリアするのは、面倒な作業だ。師弟関係を作り、チュートリアルを飛ばすシステムがある。師匠側と弟子側双方にメリットがあり、それなりに利用されている機能だ。
特に、彼女はオフラインの体験版で、一度それをプレイしている。
「ええと……」
「初めてだし、全部やってみた方がいいか」
「うん」
言いにくそうにもじもじしていたアリア。助け船を出すと、それに同意した。
「じゃあ、始める前にこれ装備して」
アイテムウインドウを開き、中の一つを取り出した。コインがついたネックレスを、アリアに差し出す。それを受け取りながら、聞いてきた。
「これ、なあに?」
「魔法使いの首飾りっていうアイテム。成長ボーナスが得られるアイテムだと思ってくれればいいよ」
「ふうん」
ブルークラスタ・オンラインの成長方式は、レベルであり。かつ、数値上昇は固定だ。もちろん、種族ごとに成長能力は変わるのだが。自分で成長値の割り振りをする事ができない。
これは、VR機能という事が、多大に関係していた。割り振りですぐバランスが崩れ、キャラが動けなくなるのだ。たった一だけのステータス変化で、もう立ち上がることもできなくなる。そんな事が頻発した。採用するには、何百と試作を繰り返せるようにしなければならない。実際、そうしたVRゲームはあったのだが、すべて廃れていった。あまりにも玄人向けであり、面倒が多すぎる。
と言うわけで、VRゲームの主流は固定成長になる。
さらにブルークラスタ・オンラインでは、職種による成長ボーナスがあった。レベルアップ時の能力成長に、職による加算がある。たとえば、魔法使いであれば魔力成長が1.2倍、など。そして一次職よりも、二次職の方が成長倍率が高い。
彼女に渡したアイテムは、三次職相当の魔法使い系成長倍率が得られるものだ。ボーナスなしとありでは、カンスト時に挽回不能な差が出てくる。
ちなみにこれは課金アイテムだ。
「ありがとう」
やはり目を合わせてはくれない。が、感謝はしっかり伝わった。
思わずノスは手を伸ばし、少女の頭を撫でる。わぷ、と言いながら動揺した風ではあった。だが抵抗はなく、小動物よろしく怯えて震えるような様子もない。
(かわいんだよなあこの子)
されるがままになるアリアを見ながら、そんなことを考える。
彼にあった偏見は、粉々に打ち砕かれていた。つまり、子供は成長したら小生意気になる、と。同級生がさんざん妹について愚痴っていたのを聞いて、そんな印象があった。自分が生意気に育った、という自覚があるのも、多分にある。
兄貴分気取りで世話したくなる子だ。
「おし、じゃあ行ってきな」
「うん」
手を離してそう言うと、少女はちょろちょろと走り、そして唐突に消えた。エリアを出て、チュートリアルモードに入ったのだ。
(終わるのは二時間……いや、一度やってるから一時間半くらいかな)
悩みながら、時間のつぶし方を考える。街に行って物色でもしていればすぐだろう。そうじゃなくても、VRというのは、ふらつくだけで時間をつぶせる。
帰ってきたらどうゲームを進めようか。考えながら、ノスもまた、その場を後にした。