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04

 北部臨時司令部。アンスタッドのそれなりに広い領域の中でも、魔物の密集地帯に近い北部。そこに急設されたそれは、軍事拠点と言っても、まあ間違いではないだろう。

 とはいえ、大層な所でもない。安全の確保のため騎士は多かったが、大砲やらがあるわけでもない。そもそも、不安定な廃城に設置できるわけもない。人員の多くは捜索要員であったし、城だって簡単な補修をしただけだ。冒険者に至っては、未だ魔力制御ができない者が大半である。

 つまりは、間違っても防衛拠点として利用しよう、などとは考えられていなかった。ここで大規模な戦闘をすること自体が、負けに近い。

 もし、それが起こってしまえば。

 そこは地獄になる、という事だった。

「魔法部隊、構え!」

 血の臭いと火の熱さが絶えない戦場に、男のよく透き通る声が通った。外見は、ただの優男でしかない。しかし、その男の手腕は、誰もが認めている。現在になっても戦線が崩壊していないのは、ひとえに彼の統率力あってのものだった。

「目標、上空飛行部隊! 撃てぇ!」

 声と同時に、無数の光の矢が放たれる。あるものは頭を打ち抜かれ、またあるものは翼を破られて墜落する。決して少なくはない数が地面に激突して、また一つ、戦場の血臭の一つとなった。だが、それでも全体の数から比べれば、微々たるものだ。

「うわぁ!」

 上空を通過しようとする魔物の山、その一角が崩れる。崩れたそれらは、彼らを狙っていた魔法使いの部隊へと強襲しようとした。

 ただでさえ高速で飛行する魔物、それが重力の助けを得て降下してくる。魔法以外に戦闘能力のない魔法使いに、対処できるほど優しいものではなかった。爪に貫かれて、惨めに内臓を散華する姿を想像し、手で体を抱いた。

 だが、

「ふっ!」

 そのイメージが現実に重なる事はなかった。小さく短い裂帛と、それよりさらに短い閃光。ともすれば、意識すらできないであろう速度。それが通過した後には、真っ二つになった魔物が転がっていた。しかも、それが五匹。

 実行した犯人は、汗一つかかぬまま、剣を振って血を払う。振るった勢いのまま剣を天に向けて、もう一度叫んだ。

「怯むな、勇敢なる騎士団所属魔法部隊諸君! 君たちが今まで耐え抜いた苦しい訓練は、勝利を約束しても死と敗北は約束しない! 怯えるな、胸を張れ! ここで怯めば、代償を支払うのは戦友や愛する国民となるだろう!」

 その声に、崩壊しかかっていた士気が力を取り戻す。誰一人として、怯えていない者はいなかった。だが、同時に、誰も逃げだそうとはしなかった。

 ギリギリだった、危なかった――司令官たるラファルタは、内心だけで安堵のため息をついた。表面上には、ぴくりとも表さない。指揮官の動揺は、容易く部下へと伝播する。そうなれば、騎士団が崩壊するのなど一瞬だ。ましてや――

 ラファルタは、砦から戦場を見下ろした。そこは、正しく混迷であり、同時に地獄だった。

 魔物が騎士と聖職者が共同で作った戦列を食い破り、半ばまで浸透している。速度で勝る魔物を重騎士が止めて、他の者が仕留める。これの繰り返し。集団戦と言うよりは、一対少数の連続だ。上手いやり方とは言えないが、元より他にやりようがあるわけでもない。犠牲を承知で、続けるしかなかった。

 最初から、魔物に対する冴えた戦術などというものがある訳でもない。魔物は個体差が激し過ぎる。一種族だけの編成ならばともかく、二種類以上の混成部隊となると、対処法などあってないものだ。精々が、中段に重騎士を配置して、勢いを止める、といった程度だった。いや、それ以前に、大規模な魔物の群れと戦闘経験がある国家すら少ない。つまり、こんな事はまずあり得ない。

「……弱音は後だ。今は、今できる事を考えねば」

 魔物はなおも、北西方面から流れ出てきている。対して、軍の疲労は限界に近かった。後どれほど戦闘らしいこと、つまりは虐殺が起こらない状態を維持できるか……

 ラファルタはもう一度、剣を掲げた。今度は正面、主君に忠誠を捧げるように。

 ――聖剣カルプライン。《神に最も近い都》たるアンスタッドの特権の一つ。四教団の司教以上が十人がかりで聖別した鋼、それを鍛えて作り上げられた剣。聖者ではないラファルタであっても、ごく限定的に神の力を顕現できる。

 呼吸を整えて、剣に魔力を注ぎ込む。ごっそりと体から何かが抜け落ちるのを感じながら、それでもやめない。剣の腹、その中心に走った幾何学的な模様が、色を変えた。

「魔物よ、思い知るがいい!」

 絶叫し、大きく剣を薙ぐ――

 魔力は神への扉を開き、八色どの魔力にも属さないものを呼ぶ。剣先から溢れた光膜は多重の波頭となって、魔物の群れへと押し寄せた。百体近い敵が避ける間もなく飲み込まれ、ある者は砕かれ、またあるものは潰される。

 乱戦状態の戦場の先、僅かに生まれる空白。魔物の総数からすれば微々たるものであったが、それでも戦う者たちを激励するには十分だった。一斉に歓声が上がり、魔物に群がっていく。僅かに持ち直した戦線、それもつかの間、後続の魔物がまた突撃してきた。それで潰されなかったのだから、微々たるものでも価値はあったのだろうが。

 ぐらり、傾きかける体。急速に暗くなる視界と意識。

(倒れるな私! ここで無様を晒すつもりか!?)

 僅かに残ったものを総動員して、己を叱咤する。ほんの一歩だけたたらを踏み、寸前の所で耐える。

 ひっそり脂汗を垂らしながら、周囲を見回した。誰も気づいては居ない。その事実に安堵する。

 微妙に揺れている視界の中、ラファルタは自分を確認した。足はどこか浮つき、握力も弱まっている。今までのような高速戦闘、できないわけではないが、不安があるのも確かだった。

(カルプラインの《神罰代行》は……戦闘能力を残せてあと一発、戦闘不能を覚悟でもう一発、さらに死を覚悟して一発、か)

 それは、津波のような魔物に対して、あまりにも心ともない数。どれほど楽観的に見積もっても、未だ千以上をゆうに残す魔物には全く足りない。

 魔力とは力だ。魔力なくして、人間は魔物に対抗し得ない。それは、魔物こそが魔力より生まれた存在であり。同時に、人間は魔力を扱う術を覚えて、始めて魔物と同等の位置まで上れたからなのだが。

 魔力をなくせば、いかに剣技に優れるとは言え、ただの人だ。それでは魔物の外皮すら裂けない。

 常に意識していなければ、忘れてしまいそうな事だ。人は、優れた存在になった訳でなければ、魔物に追いついた訳でもない。魔力を利用して、擬似的にそう思い込めるようになっただけだ。魔力をなくせば、簡単に現実は裏切ってくる。

「司令!」

 絶叫しながらかけられる声に、はっとする。半ば意識を失うようにして、考え込んでいた。気づき、顔を上げて――

(まずい!)

 目前にまで迫る飛行型の魔物に気づいて、剣を振るおうとする。長年の訓練で染みついたはずの動作、しかし体は反応してくれない。先ほど《神罰代行》を放った影響が、抜けきっていない……

 悲鳴のように、足を後退させようとした。だが、それすらも答えてはくれなかった。ここで指揮官が戦死するのはまずい。一気に戦線が崩壊する。それ以前に、まだ大規模攻撃を三発分も残している。これでは、全くの無駄死にではないか!

 急速な死の気配に、顔を引きつらせる。自分の死が、そして崩れていく砦が鮮明にまぶたの裏に現れた。

 しかし、それが現実化する事はなかった。

 下から急速に迫った何か。それが、飛行型の魔物の頭を跳ね上げる。一瞬だけびくんと痙攣した魔物は、すぐに力を失って進路を外れ、背面の壁に激突する。

 ぐしゃぁ! けたたましい音を上げて潰れる頭が脳を飛び散らかす。そのうちの一つ、何か堅いものが軽い音を立てて、床に転がった。鈍らに見えるが尖端付近だけがよく磨かれた、投げナイフ。それが、高速飛行をする魔物の頭を正確に貫いていた。

 混沌とした戦場の中にあって、そんな芸当を可能とする者。ラファルタには一人しか、心当たりがなかった。

「気ぃ抜いてんじゃねえぞ」

 荒っぽい言葉と共に、一足で数メートルも跳ね上がってきた男。荒っぽい冒険者を束ねる事ができる、有力ギルドの隊長。ブライヴェインだ。

「すまない、世話をかけた」

「お前が」

 はっ――笑い飛ばすように、鼻を鳴らす。

「世話をかけないなんて、最初から思っちゃいねえよ、若造」

 言うブライヴェインの体は、傷だらけだ。後方で指揮を執っていたラファルタと違い、彼は最前線で戦い続けていた。それでいながら、ラファルタの援護すら行う。指揮能力や作戦立案能力では、劣らぬ自信がある。しかし、将としての器はまだ及ばないと、素直に認めるしかなかった。

 視野の大きさ。混戦の中で、全体を見渡す目。それが、ブライヴェインは桁違いだった。

 続く二番手、三番手の敵。重さと速さに任せて落ちるという攻撃は、単純なだけに強力で、かつ対処が難しい。と言っても、それはあくまで不調時の話。

 ラファルタは、無造作に剣を二度振るった。いや、無造作に見えただけだ。最適な動きで、最短の距離を、もっとも有効な点に走らせる。シンプルな技法だが、ある種の究極がそこのはあった。

 音もなく両断される、飛行型の魔物。それらもやはり壁に着地して、砦を揺るがしながら、大量の血と肉片をまき散らした。

「もう無様は見せない」

「そう願いたいもんだ。と、言いたいところだが……」

 ブライヴェインは持ち場に戻らず、ラファルタと隣り合う。そして、その場で構えた。

「こいつは負け戦だ。もう撤退を考える所だぞ」

「無理だ」

 言葉に、ラファルタは即答しながら、剣を大きく引いた。《神罰代行》の予備動作。

 陸はなんとか体制を立て直している。と言っても、再度崩壊するのはそう先ではないだろうが……。それよりも、魔法使いの消耗が致命的だ。すでに魔力切れを起こして、幾人も倒れている。陸と同様に、敵は増え続けているのにだ。矢の備蓄は最初からほとんどなかったし、それも初期に撃ち尽くしている。これで魔法使いが瓦解すれば、空からの攻撃に牽制もできなくなる。その時こそ、皆が死ぬ。誰も残らない。

 神の威光、神罰の海嘯が空を埋めた。なぎ倒される魔物の山。だが、元より密度が陸のそれに劣る。今度は五十も屠れていれば運がいいだろう。

 体が傾く前に、隣から支えられた。軽く肩を押えられた程度だが、それが何よりの助けになる。

「いい加減にしろ! ここで意地を張って何になる! 足の遅い重騎士を残して撤退。お前は最後に一発でかいのをぶち込んだ後、運んで貰え。そうすりゃ……殿くらいは受け持ってやる」

 それは、死ぬなら自分だという宣言だ。全く持って、冒険者らしくない言葉だ。しかし。

 ラファルタが持つブライヴェイン、その印象そのままの言葉だった。思わず、場にそぐわないほほえみが漏れる。それと同じくらい、悲しみも生まれた。

 しかし、それを受けるわけには、絶対にいかなかった。はっきりと、首を横に振る。

「本当に現状を理解してるのかお前は……!」

「分かっていないのはあなたですよ、ブライヴェイン殿」

 はっきりと言い切る。隣から、戸惑うような空気が生まれるのを感じ取った。

「仮に我々が少しばかり生き残ったところで何になる? 我らの背中には無数の民がおり、まだ迎撃態勢が整わないアンスタッド本国もある。引いてはならないのです。彼らのために」

 ブライヴェインは無言だった。左手が揺らめいたかと思うと、降下しようとしていた魔物が二匹落ちる。それは同時に、陸にある魔物の密集地帯への爆撃となった。戸惑った魔物に騎士が群がり、屍を重ねる。

 何もかもが異常。ラファルタが彼に勝る部分など、殆どない。少なくとも、本人はそう確信していた。

 なのに。なのにだ。

「そんなことも忘れてしまったのですか……? 大騎士ブライヴェイン……」

「…………」

 懇願するような、泣き出しそうな声。帰ってきたのは言葉ではなく、剣が振るわれる風切り音だった。

 しばらく、戦場の音だけが鳴り響く。それが二人の距離を別っていた。

 昔とは何もかもが違う。彼は騎士を率いた、偉大なる男ではなくなっている。そして自分も、ただその背中にあこがれた一騎士ではなくなっていた。今ここにいるのは、ただの冒険者のまとめ役と、若くして駆け上がった騎士の二人。

「忘れたんじゃねえよ」

 ぽつり、とブライヴェインが呟いた。怒号と悲鳴と鋼の刃鳴り響く音と、あとは爆音。それにかき消されそうな声が、しかしはっきりと届く。

「最初から、分からなかったんだ。俺はずっと、国民の為にも国の為にも戦えていなかった。仲間の為に戦ってたんだ。それに気づいちまったら……後はもう、騎士を続ける事はできなくなっていた」

 言葉に込められた感情は、どんなものだったのか。

 ただ……どこにいても偉大である男の、傷だらけの背中。それがなぜか、とても小さく感じられた。

 が、それも一瞬の事だ。ブライヴェインは、一つ鼻で笑うと、即座にいつもの調子を取り戻す。そして、上空を警戒しながらも、防衛戦を突破してきた獣型の魔物を切り飛ばした。

「撤退しないって決断したなら、俺ぁそいつに逆らえん。元よりそんな権限を持っちゃいないしな。だが――ほら、見てみろ。何かしら対策を立てなきゃ、全滅したところで時間稼ぎにもなれんぞ」

 ブライヴェインが指した方向――まあ、指すまでもないのだが――から、また新たに魔物の集団が現れていた。増援だけで、元から砦にいた人員の総数より多い。全て合わせたら、もう考えるのも馬鹿馬鹿しかった。飛行型の魔物の数が少ないことだけが救いだ。本当にささやかな救いだったが。

「私としては、まず冒険者の逃走者をなんとかしてほしいのだが……」

 ぽつり、愚痴を言うように呟いた。今こうしている間も、少なくない冒険者たちが、警戒しつつも戦線から離脱している。

 それに帰ってきたのは、半ば呆れるような声だったが。

「なら冒険者に騎士並の『給料』でも出してやっとくんだったな」

 愚問である。きっぱりと言い切っていた。

「ただの負け戦にはつきあっても、集団自殺にまでは付き合いはしねえよ。義理なんぞ期待するのが間違いだ」

 当たり前の事ではあった。依頼料を支払ったからと言って、何にでも付き合ってくれる。それこそが大いなる間違いであり、ただの幻想だ。彼らは金の分働いているだけであり、見合わないとなれば即座に見限る。むしろ、今までよく付き合ってくれたとすら言っていい。

 おかしいのは、この後に及んで戦い続けようとしているブライヴェインの方だ。

(……申し訳ない事をしてしまった)

 今の彼は冒険者である。それ以上でも以下でもない。ましてや、騎士でなければ騎士の義務を負う理由もなく。第一に考えなければいけないのは、ギルドの事のはずなのだ。

 もし生きて帰れたら、彼は仲間から誹られるだろう。引き際を見誤って、仲間を殺したと。恐らくはギルドから追放される。そして、もうギルドに所属する事も無理だろう。仲間を大事にしない冒険者を迎える場所など、どこにもない。

 何より腹が立つのは――そうさせているのは自分との縁であり、同時にそれにつけいらざるを得ない状況だという事だ。戦況を理由にして、ブライヴェインに仲間を裏切らせている。

「顔が暗え」

 どすん、音を鳴らして、ブライヴェインの肘がラファルタの脇にめり込んだ。一瞬の苦悶、僅かによろけて、しかしすぐに立て直す。

「何をする」

「お前の悪い癖だよ、考え過ぎんのは。後の事を悩むのは好きにすればいいけどな、まずはそのために、今どう生き残るかを考えな」

 小さく呻き――それが何に対するものかは、自分でも分からなかったが――脇をさする。

「どう、と言っても、取れる手段などとっくになくなっている」

 わかりきったことを、もう一度確認しながら。嫌味のように言った。

 砲といった兵器は最初から存在しない。防衛しようにも廃城では満足に機能できない。予備兵力など全て使用済みであり、いつ魔物に食い破られるか分からない状況では、下手に陣形も動かせない。いや、それ以前に、損耗が大きすぎて満足な部隊行動だってできるかどうか……

 何とかしなければいけないと分かってはいる。だが、何をするにしても手札がないのでは、どうしようもない。

「なくても探せ。あれが届いたらおしまいだ」

 あれ、が指すものを改めるまでもない。大地の色を変えるほどの魔物の群れ。とっくに受け止めきる力はない。

「……。なあ、一つ思ったんだが」

 また激しくなった、騎士たちの損耗。陸を走る獣が防衛戦を抜ける数が、かなり多くなっている。空に飛ぶ光の槍も少ない。確認するほどの余裕はないが、すでに半数以上が脱落しているだろう。

 高度差がある上階まで、軽々と飛び乗る複数の獣。銀光を閃かせ、魔物の首を半ばまで切り落とす。が、それだけだ。すでに冴えは失われている。体に巡らせる魔力が散漫で、疲労をごまかせなくなっていた。今彼が足っていられるのは、ブライヴェインに守られているからだ。

 体を一瞬だけ加速させる。それが、今のラファルタに許された全力だった。こんなものはもう、戦闘能力とは言えない。

「こいつらどっちかっつうと、攻めてきてるんじゃなくて逃げてるんじゃないか?」

「何を馬鹿な」

 言葉では否定するが、しかし魔物を確認してみた。防衛戦に群がっているのは、直上にいる個体のみだ。他は、全て素通りしている。それらを無視しているのは、単純に処理する能力がなかったからなのだが……

 言われてみれば、確かに逃げているように見えなくもない。

「だから何だと言うのだ。どちらにしろ我々のやる事に――できる事に、変わりはない」

 ず――と大きな音がして、魔物が両断される。ブライヴェインの持つ剣は、ラファルタのそれよりも大きく分厚い。同じ両手剣ではあっても、彼のそれは大斧のような重量級武器に分類されるだろう。彼の剣捌きも、今は鈍く見えた。当たり前だ。魔力消費は少なくとも、ダメージが大きく、なにより絶え間なく剣を振り続けている。これで消耗しない訳がない。

「お前にとっちゃあ、なっ!」

 魔物をえぐる瞬間だけ、言葉を止めて一閃。さらにナイフを取り出して、上空へと投げた。飛行型の魔物は周囲も巻き込んで、城の一角に落ちる。堅い石壁と、それ以上の量の肉をまき散らした。彼ほどの実力でも、すでに周囲を見回す余裕がなくなっている。

「これでネタ切れだ」

 体に巻き付けていた、ナイフを入れるためのベルト。それを外して投げ捨てる。多少体は軽くなるだろうが、それも気休め程度。

「本当に何かから逃げてきてるとして、問題は何から逃げてきてるかだ」

「火山か何かだろう」

 投げやりに答える。

 体には全く余裕がないのに、思考だけは妙にはっきりしている。それに、絶望的な状況でありながら、奇妙なほどに冷静だった。つまらない返しの言葉を、即座に思いつける程度には。

「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれん。だが、そいつが分かれば何か思いつくかも分からん。それに……」

 ブライヴェインは、言いかけて言葉を閉じた。そのまま口をつぐむ。

 何を言いたいのかは、ラファルタにも分かった。魔物の群れでもどうにもならない何かの矛先が、こちらに向かわないとも限らない。それこそ、冗談抜きに取り返しのつかない、国家の滅亡が待っている。

 本当の意味で、考えても無駄なことだ。魔物の群れなどどうにもならない。それも、どうにもならない。どちらも等しいが、レベルが違いすぎる。本当に対処が不可能だ。誰にも、何にも、それこそ神ですら。それに、もっとも無駄なのは。ありもせず無駄に悲観的な可能性を口にして、士気を下げる事だ。

 しかし、その配慮も、現実の前では無駄だった。

 戦線の一部が、完全に崩壊する。雪崩を打つように押し寄せる、魔物たち。

 誰かの悲鳴が上がった。誰だかは分からないが、そう多くはない。生きている者自体が、少ないのだから。

「ラファルタ! まだ『撃てる』な!」

「当然です!」

 舌打ちと共に、ブライヴェインの絶叫。

「俺が一番魔物を巻き込める場所まで、お前を運んでやる! そこでぶっ放せ!」

 返事を聞く前に、ブライヴェインが飛び降りた。

 城の二階というのは、決して低い高さではない。と言っても、魔力操作能力者ならば、高さに怯えるほどでもない。着地した彼は、鎧袖一触となぎ倒していった。

 ラファルタも後に続く。ブライヴェインの背後を走り、剣は最低限しか振るわない。恐らく最後になるであろう一撃、その為に、体力を取っておかねばならなかった。

 魔物の一体が剣界をくぐり抜け、ブライヴェインの肩に噛みつく。歪む表情。硬直したのはほんの僅かであり、次の瞬間には、肘打ちがあごを砕いていた。牙に開けられた穴から、吹き出る血しぶき。それを無視し、片手でなおも剣を振るいながら、ブライヴェインは叫んだ。

「今だ!」

 剣を掲げ、魔力を集中する。使い慣れた剣、使い慣れた技法。そのどれもがもどかしく、忘れ去られた何かのように思える。いちいち意識しなくては、剣も振れそうになかった。つまり、それだけ欠けてしまったのだろう。

 とにかく力一杯剣を振り下ろす。そう決断、意識して、行動に移す。

 まさに、その時だった。

 大地が微動する。それと同時に、全ての魔物が停止した。

「なに?」

 呟いたのは、ブライヴェインだ。

 その言葉に我を取り戻して、という訳でもないのだろうが、魔物は一斉に行動を始めた。同時に、死力を尽くした猛攻が始まる。

 いや、それは猛攻などではなかった。なにせ、もう魔物は人間を見ていない。誰彼もが、剣に体が傷つくのも厭わず、我先にと後方に抜けるのだ。巻き込まれて潰される事はあっても、明らかに攻撃だと分かるものはない。

 振り下ろす先を失って、ラファルタは呆然とする。何が起こっている?

 ずん――

 今度は、音も届いた。何かが大地を砕けば、こんな音がする。そういうようなもの。

 ず――

 今度は、人間が呆然とする番だった。騎士も、聖職者も、冒険者も、半死人も、誰もが注目する。手に持ったものを落として、ただ呆然と。焼け付くような寒気と戦いながら、ただそちらを見た。激烈な、嫌な予感を思わせるものを。

 空間が揺らめく。波紋を生み出して、それは一定空間内で大きくなり。やがて光すらねじ曲げて、別のものを生み出す。

 現れたもの。

「馬鹿な……」

 それを直視しても、誰も何もできなかった。逃げることすら思い浮かばない。何がどうでも、どうあろうとも、無意味。それを前にすれば、何もできない。

 正気に戻ったわけではない。意識は奪われたまま、ラファルタは呆然と呟く。

「なぜ、あれが南下してきているのだ……」


 人間は、魔力の誕生によって、衰退した。そして、魔力より生まれたのが魔物であった。

 ならば、魔物こそが人類を衰退させた原因であろうか。これは否である。いくら魔物が強いと言っても、所詮は厄介な獣というだけだ。百倍の労力がかかったとして、逆に百倍の労力さえあればなんとかできたとも言える。それに、当時は数も少なかった(存在自体が生まれたばかりなのだから、当たり前だが)。今より優れた技術と、何より圧倒的な人口があった人間に、対処は不可能ではなかっただろう。

 ならば、何が人類を、世界を滅ぼしたか。

 人は魔力を手に入れて、再生しつつある。だが、本当の意味で元に戻る事はできないのだろう。魔力という新たな力を手に入れて、魔物にも対抗できるようになった。それで一応の満足はできていた。

 忘れている――あるいは忘れたふりをして、安らいでいる。いつか、それがまた牙をむくと分かっていながら。ただ、恐怖に怯えることだけを忘れている。

 何も解決していない。

 脱却できてない。

 偽りの繁栄。

 かつて、真の繁栄を――人の時代を終わらせた存在。

 それは、魔の欠片と呼ばれていた。

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