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01

 魔法で作られた光が、ぼんやりとあたりを照らす。魔力結晶の色に影響される、八色のそれではない。ただの照明。一般庶民の持つそれとは桁が二つは違ってくる、正しく貴族の所有物。

 そこそこ広い部屋の隅まで鮮明にするには、いささか足りないものであった。しかし、手元を覗くには、十分なものでもあった。

 少なくとも、五人はそれに不満を覚えていなかった。つまりは、円卓を囲み、手元の資料を覗いている者たち。

「一度であれば偶然もありえる。しかし、二度となればそれで片付ける事もできない、か……」

 ぽつり、言ったのは、鎧姿の眉目秀麗な男。一見優男風の若造でしかない彼が、恐ろしく有能だと言うことは、その場の誰もが知っていた。

 北方方面軍司令官、ラファルタ。アンスタッドでも有数の指揮官であり、なにより十指に数えられる剣の腕を持つ。

「これは事実か、と聞くのは無意味かな?」

 言いながら視線を飛ばした相手は、オルトン教の大司教・アラナラーアだ。

「ええ。《真言》を使用しての報告です。報告に、嘘も二心もありえません」

 やんわりと、しかし強く断言する。

 言葉の誠実さを神に誓う真言。それが使用された以上、だれも疑うことはできない。疑ってしまえば、それこそ彼らの信仰する神に対する侮辱だ。利口な事ではない。それこそ、冗談でも何でもなく戦争になる。

「じゃあそいつの見間違えってのはどうなんだよ。真言ってのはつまり、本人が本当だと思ってれば、それで成立するんだろ?」

 横合いから、乱暴な言葉が割り込んだ。

 その場に、およそ似つかわしくない格好の男。使い込み、薄汚れた鎧。ラファルタのそれと違って、至る所に大小の傷が刻まれている。いや、傷はそれだけではなかった。持ち主の体にも無数に刻まれており、とりわけ左目を潰しているものが、大きく深く刻まれている。

 姿それだけで歴戦を思わせる、禿頭隻眼の大男、ブライヴェイン。少人数ではあるが、しかし全員が精鋭であるギルドの長だった。それこそ、本人はアンスタッド最強とすら言われている冒険者だ。

「百を超えるシルバーネイルの群れが襲ってきた、魔法でドカン。シャレにならねえ数のゴーストが融合していた、魔法でドカン。俺じゃなくたって、バカにしてんのかって怒ることもできずに、鼻で笑う内容だぜ?」

 ずん――と音がしたのは、威圧をする意図があったわけではない。ただ、彼が姿勢を変えて肘掛けに体重を預けただけで、そうなった。

 口調は乱暴だが、しかし彼の言は正しかった。少なくとも、常識的ではあった。シルバーネイルの群れとは、通常三体から六体くらいが平均だ。多くても、二十を超えることはまずない。百などという数は、何をするにしても、その前に食料の問題で潰れるだろう。そもそもシルバーネイル自体、あまり多くは遭遇しない、魔物でもそれなりに強い個体なのだ。

 ゴーストの方は、もっと論外である。ゴーストの発生方法は、古い物体や建築物に魔力が染み込み、それが方向性を得るというのも。つまり、物体の蓄積できる魔力以上には、ゴーストは発生できない。もっとも数の想定が楽な魔物の一つなのだ。それが、定数を大幅に上回り、しかも融合までしているという。どんなきっかけがあればそうなるのだと思うのは、当然だった。

「二つ目は知らん。だが、一つ目はマリーメイア司祭以外にも目撃者が多い。オルトン教徒に、冒険者に、輸送団の運用要員に……そちらは正しいであろう」

 付け加えたのは、アウグストである。背筋を曲げず眼光も鋭い、アンスタッド貴族。

 言われて、ブライヴェインはつまらなそうに鼻を鳴らした。程度の差はあれど、冒険者と聖職者の非戦闘員は折り合いが悪い。冒険者は聖職者を理屈ばかりで中身の伴わない奴だと思っているし、聖職者は冒険者を野蛮人だと思っている。とはいえ、冒険者に強力な回復能力持ちは必要だし、教会もいざという時にものを頼める相手は必要だ。

 個人レベルでは上手くやっていても、単位が組織になるととたんにいがみ合う。

 重くなった雰囲気に割って入ったのは、これもまた、貴族然とした男だった。

「それまで。まだ話は続くのだ。私の領地で起こった、ゴースト大量発生事件の報告も終わってないのだぞ?」

 リー・クランス。この場にいる、もう一人の貴族だ。アウグストとは対照的に、針金のように細い。それこそ痩せこけすぎて、およそ運動をする者の体ではないアラナラーアよりもやつれていた。体つきとは対照的に――あるいは同じように、眼光は鋭く危険なものを思わせる。

 今でこそこの体つきだが、昔は軍の最前線で指揮を取る勇猛な男だった。剣は振れなくなっても、鋭さだけはいささかも衰えていない。

 率直すぎる戦意に興を削がれたのか、二人は同時に矛を収めた。それに満足して頷き、続ける。

「屋敷の方だが、魔力濃度が異常な数値を示していた。融合はともかく、常識を無視した大量のゴーストがいたというのは、間違いないと見ていい」

 一拍おいて、ちらりとブライヴェインを見た。

 これは貴族、ひいては国家としての結論だ――牽制するような視線。それを浴びても、大男は小さく肩をすくめるだけだったが。

 冒険者はそろいも揃ってこんな奴ばかりだ。リーはため息をついて、続けた。

「調査員の話では、いつ屋敷から漏れ出てもおかしくない状況だった、との事だ。討伐するには、聖職者と騎士の混成部隊を、最低百人は用意する必要があった、ともな。その点は、居合わせた魔法使いに感謝せねば」

「おいおい」

 言葉を聞いて、ブライヴェインが声を上げる。やや身を乗り出しながら、言った。

「その冒険者ってのは、マジに何者だ? 聞いた限りじゃ、シャレじゃすまねえ大砲って聞こえるぜ。そいつらの仕業って可能性は考えてんだろうな」

「当然だ。その上で、問題ないと我々は判断した」

 引き継いで、アウグストが言う。

「魔物が輸送団を襲撃した件だけならば――どうやったかは別にして――画策の可能性はある。大規模な輸送計画の日程を予測するのは、そう難しくもない。だが、屋敷の方は話が別だ。被害も利益も一番少ない形で解決するのは、お粗末に過ぎる。アンスタッドで霊体関連の悪戯をするのは、賭の要素が強すぎるしな」

 と。

 アウグストは、いかにも意味ありげにアラナラーアを見た。彼女は視線に反応すらせず、涼しい顔を保っている。彼は執着しなかった。すぐに視線を戻すと、同時におかしそうに顔を歪めた。

「それに、含みがあったとして、冒険者ギルドに武器を持ち込んで威嚇され戸惑うというというのは、何をしようと思っているにしてもお粗末だと思わんかね?」

「ぶはっ!」

 置かれていた紅茶、それを飲みかけていたブライヴェインが、盛大に吹き出す。ゲホゲホとしばらく咳き込んで、その後また盛大に笑い出した。

「ひぃー、ひぃー、そいつ最高! ぶはははははは! 何だよ、どっかの世間知らずなボンボンかよ!」

「おおかた多種族が集まった村の、氏族か何かなのだろう。魔族をつつくのは危険だから、身元を調べるのは断念しているが、とにかく君の懸念する方面での危険は、ないと思って貰っていい」

 冒険者ギルドは、あらゆる権力から切り離された組織だ――と、名目ではなっている。そして、この名目を信じている者と言うのは、実のところほとんどいない。

 独立している、と言えば聞こえはいいが、つまりそれが許されるだけの何かが必要なのだ。一番手近なものを求めるならば、金と力だろう。金は、そもそも支払うのが独立対象の権力である。それに、無法者を力として頼りにできるわけがない。冒険者ギルドはあくまで仲介屋であって、彼らを束ねている訳ではないのだから。維持するだけでも、国家や教会と言った権力の援助が必要だった。

 つまり、冒険者ギルドはあらゆる武力を排除した場所でなければならない。武器を携帯して入ると言うことは、最低限の信頼の放棄――つまりは反逆を表しているに他ならない。

 知っていれば、武器の携帯を許可された者、警備員以外は武器を持って入ろうなどと思わない場所だ。

 所属国ごとに、その国の色や意向に影響される。情報こそ秘匿されるものの、しかし一個人がロビーでやらかした事まで隠れはしない。

「くくく……そいつとは一度会ってみてえなあ」

「気になるのかね?」

「そりゃあんた、珍プレーがなかったとしても、有力な同業者だぞ? 顔くらいは見とこうって気にもなるさ」

 すっかり機嫌を直したブライヴェインは、未だ腹を抱えたまま。

「しかし、今回はなんとかなったものの、こういう心臓に悪い事は、今後二度としないで頂きたいものだ。アラナラーア殿」

 美貌が、鋭利に輝く。

 剣のようなそれは、まっすぐに老女を貫いていた。地方軍を任されている身としては、無視できない要素であった。

「あら、何の事かしら?」

 うっすらとした張り付いたような笑い、つまりは余裕は崩れない。何でもなさそうに微笑し続けていた。

「依頼の事ですよ。あの屋敷はオルトン教の担当でした。もっと早くに処理していれば、あそこまでゴーストが発展しなかった可能性もあるのです」

「あら、ごめんなさい? 少しだけ、我々の処理能力を超えてしまって、冒険者に任せたの」

「白々しい」

 吐き捨てたのは、アウグストだった。

「あの時点で、ギルドに所属していない高位聖職者はマリーメイア司祭ただ一人。どう考えても狙っていただろう」

 彼女の魂胆を、アウグストだけは分かっていた。

 ノスとアリアは、金に困っている。ギルドに訪ねてそれを聞き、受けようと思えば頼れるのはマリーメイア司祭くらいしかいないだろう。

 仮に受けられなくても問題ない。三日もしたら撤回し、あとは自分たちで処理すれば良かっただけだ。それに、他にもいろいろと考えていたのだろう。

 しかし、今回はそれで済ますわけにはいかない。一歩間違えれば大惨事だったのだから。

「偶然彼らが処理してくれたから良かったものの……」

「偶然なのかしら?」

「なに?」

 唐突に――

 雰囲気から遊びが消えて、真剣味を帯びた声。その場の皆が、彼女に注目した。アラナラーアの表情からは、今までの微笑が消えている。

「本当に偶然なのかしらと言ったのです。飢えた獣の集団、亡霊の怨念、どちらも我々の手で納められたとして、大きな被害を出していました。それが、どこからともなく唐突に現れた二人組が、たまたま受けた依頼で解決した。できすぎではないですか?」

「誰かが企んだとでも言いたいのかね?」

 何を馬鹿な、とでも言いたげな、リーの言葉。それに、アラナラーアは首を横に振って答えた。

「いいえ。そうね、例えば――仮に私がアウグストさんが言ったように、企んでいたとして」

 あくまで、彼の言はただの想像だと付け加えた上で、語る。

「それで期待されるのは、マリーメイア司祭と優れた魔法使いとの関係、ひいてオルトン教との関係を作ることです。なのに、わざわざ依頼料以上に働かせるような場所には派遣しません。ですが、現実にはたまたま危険地帯が選ばれ、しかも軍が必要な相手を処理していただけました。しかも、今回だけではありません。二度目です」

 アラナラーアは、周囲を見回した。これを、偶然で片付けられるのか? 瞳が明確に、そう語っていた。

「じゃあなんだ、お前らの信じる神様のおかげとでも言う気か? いつから神は、そんな都合がいい存在になったんだ」

 犬歯をむき出しにして、ブライヴェンが吐き捨てる。恐ろしく忌々しげに。

 ブライヴェンは――と言うよりも冒険者は、およそ神を信仰していない。しかし、ある意味において、誰よりも神を信じているのも冒険者だ。得た自由の分だけ、どうしようもなく抗いがたいものに晒されている。彼らが冒険者を続ける限り、永遠にだ。

 彼らは知っている。神は人のための存在ではない。万物において等しく神なのだ。

 人に都合のいいものなど、それは神ではない。

「いいえ、もっと別の……例えば、運命とか……」

 妙に歯切れ悪く言う老女に、ブライヴェンは一瞬面食らったように沈黙し。やがて気が抜けたのか、息を吐いて座り直した。

「はっ、いつからお前は聖職者からロマンチストに転向したんだ」

「そう言われても仕方がないわね」

 全く呆れたという風なブライヴェンに、苦笑して返すことができなかった。

 だが、彼女の苦笑は、やがて本当に苦々しいものになる。

「でも、あながちそうとは言い切れないのが……」

「あん?」

「いいえ、何でもないわ」

「言いかけたら、全部言えよ。気になるだろうが」

 言う割に、彼の様子はどうでもよさげだった。だが、アラナラーアは僅かに考えて、そして決断する。

「そうね。マリーが……失敬、マリーメイア司祭は、少し前に神託を賜りました。その内容が、『英雄を見つけよ』というもの。突如現れた、誰も知らない魔法の使い手。それが『英雄』探しを受けたマリーメイア司祭の前に現れ、そして始めて力を振るいました。これも偶然……?」

「……。本当に、神の意志だとでも言うのか?」

 驚嘆に、ブライヴェンは目を見開いた。アラナラーアにできることは、ただ静かに、否定することだけだ。分からない、と。

 沈黙が周囲を支配した。重く、そのまま沈んでしまいそうなほどのそれが。

 しばらくして、口を開いたのはラファルタだった。衝撃を受けなかったわけではないだろう。だが、ある意味において唯一の『現役』である彼に、問題を前にしての停滞は許されなかった。

「神の思考について論じても仕方ないでしょう。今は卑賤な人間なりに、目の前の問題を解決しなくては。さしあたっては――クランス卿、騎士団としては、屋敷の解析結果を知りたいのですが。発生条件や対処法や……何よりも、どうしてこのような事件が起きたか」

「ああ、その件で……非常に言いにくいのだが」

 言いつつも、口ごもりはしない。それが、彼の考える美徳でもある。

 ただ、一度だけ、小さくテーブルを指先で叩いた。まるで何かに苛立っているように。

「結論から言えば、有益な事は何も分かっていない。何かより大きな魔力に影響されたのではないか、と推測された程度だ。結局は……」

「アサルトロックに借りを作るしかないか」

 リーとアウグスト、二人の貴族が同時に、苦々しげな表情を作った。

 自国の魔法使いでなんとかできないならば、本場の研究者を呼ぶしかない。はっきり言って、大きな借りを作ることになるだろう。どれだけ大きな返却を求められるか、考えるだけで頭が痛い。

 しかし、何より頭が痛い事は。彼らを呼んで結果が出るまで、何事も起きないか――それで本当に間に合うか、という事だ。

 予兆はすでに出ているのだ。何か、よくない事が起きている。

「そんなめんどくせえ事しなくても、なんとかした冒険者の方を呼べばいいじゃねえか。なんで最初からそうしないんだ?」

 もしかしたら、そいつらなら調べられるかもしれないだろ? 付け加えて、意味が分からないと首を傾げる。

 ブライヴェンの指摘に、しかし一斉に息が漏れた。国家組、つまりアウグスト、リー、ラファルタから。アラナラーアとて、あからさまではないものの、同意している雰囲気ではなかった。

 静かに首を振って、代表して答えたのはリーだった。

「彼は魔族の、それも瞳に属するのだよ。それも大きな力を持つ。絶対に下手な刺激はできない。よしんば我らがよしとしても、僅かでも決定に関わる場に呼ぶのは、それこそ中央が許可しないだろう」

 中央――つまりは、王の住まう場所。もっと言えば、国家における、全ての最終的な決定権を持つ場所だ。

 今度はブライヴェインがため息を吐く番だった。思い切り呆れて、背もたれに体を預け、見下すように言った。

「お前らの魔族アレルギーも相当なもんだな。んなもん個人によって違うってだけじゃねえかバカバカしい」

「それで昔に大きな失敗をした。だからこその教訓なのだよ。この点については、君たち冒険者と論ずるつもりはない」

 ぴしゃり、リーが言い切る。ブライヴェンも、それ以上は言葉を重ねなかった。

 ごほん、一つ咳を挟んで気を取り直し、リーは続ける。細すぎるほどの体をなめらかに動かしながら、テーブルの上で指を組む。

「屋敷は廃棄が決定している。浄化では追いつかず、いつゴーストが再発生するか分からない状態だ。すでに解体の手配は整えており、あとは焼却するだけだ。現場を残せないのは痛いが、安全には変えられん。ロックアサルトの研究者には、破片で堪えて貰おう」

 言い終えて、リーは飲み物を口に含んだ。喉を潤し、一息つく。

 後を引き継いだのは、ラファルタだ。とても軍人には見えない美貌いっぱいに、責任感を背負わせながら。

「それでは、これからの方針ですが。まず確認を。これらの事件がただの偶然であり、何も異常など『ない』と考えている方は居ませんね」

 言って、四人を一通り見回した。誰一人として、否定的なものはない。それどころか、誰もが覚悟を決めたような表情になっている。反応に満足し、小さく首肯。空気を補給して、続けた。

「第一目標として、原因の発見。これは理想になりますが、原因の予測もできていない現状、難しいでしょう。二つに、魔物の大量発生、もしくは大群体の早期発見。これは人海戦術で行います。騎士団は主戦力となりますので、そう人数は避けません。その代わりに、斥候をありったけ出します。次に、教会」

「こちらも問題ありません。高位神官は騎士団に派遣という形にして、他の聖職者は最低限の人員を残し、探索に当たらせます。とは言っても、これはオルトン教のみの話になるのですが……」

 柔らかい表情に、幾分か不安なものを混ぜたアラナラーア。伺うように、他の者を見た。

「アリスンメレー教には私が、リーマルスにはアルハンサート卿に話を付けて貰う」

「事態が事態だまず問題はないだろう」

 最後に残ったブライヴェインが、足を組みながら言った。

「他のギルドには、すでに通達は済ませてある。ま、あえて逆らう理由もねえし、動きはするだろうよ。アル・ア・ファス教にはこの後話しに行くが、まず間違いはないと思って貰っていい」

「皆に王国を代表して感謝を。……しかし、四大教全てが動くとは、いよいよ持って大事になったものです」

 ラファルタは確認をしながらも、僅かに疲れを滲ませていた。

 大陸に無数にある教団、その中でも最大規模を誇る四つの団体。それらを併せて四大教と呼ばれている。

 彼らは必ずしも、互いに敵対的ではない。だが、友好的な関係とも言いがたかった。特に教義によっては、目立って戦端を開いていないだけ、というものすらある。同時に動かすというのは、危険な事であった。だが、躊躇っていられる余裕というのは、今はない。

「あとは、冒険者ギルドだが……」

 アウグストとリーは互いに目を合わせつつ――互いに押しつけ合っているようにも見える――口を開いたのは、アウグストだった。幾度も躊躇いつつ、言葉にしようとした空気をただの吐息にして――しかし最後には決断する。

「こちらも手配はする。まあ、上手くのせてみせるさ」

「上手くも何も金だろ。それ以外じゃ動かねえんだから」

 面白そうに、ブライヴェンは言った。が、全く持って笑い話ではない。少なくとも、二人の貴族にとっては。

「よろしい。それでは一丸となって事態に当たりましょう。我々の誰一人として、無関係ではない。アンスタッドの、そして人類のために」

 ラファルタが、声高に宣言した。力強い言葉、意思、なによりもカリスマ。若年でありながら地方軍を任された、その才気を知ることのできる言葉だった。

 会議を終えて、緩んだ空気。その中でもまだ空気を重くしているのは、二人の貴族だった。

「また……金が出て行くな」

「ああ……書類も増えるな」

 二人からは、すでに貴族らしい偉大さは消えている。ともすれば、そこらにいるただの老人にも見えた。

 高貴さの代わりにあるのは、哀愁すら漂う背中。失われるもの、増えるもの、それらを強く意識せざるをえなく。

 まるで改善される余地のない苦労に、二人は同時に、ため息を吐いていた。

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