04
甲高い風切り音が響き、続いて重々しい打撃音。それをもっとも間近で聞いたであろうゴーストは、はじけるようにして壁に激突した。
続いて、二度三度と振るわれる打撃杖。その全てが的確に、浮遊するゴーストを捉えた。いくら数がいると言っても、所詮は低レベル帯の魔物である。司祭ともなれば、ものの数ではないのだろう。
と、攻撃範囲の外で、ゴーストが姿を上下させていた。魔法発動の前兆である。
それが形になるよりも早く、マリーメイアは手を掲げて、叫んだ。
「《リペル》!」
手が僅かに発光し、光の帯が生まれる。一瞬撓んだそれは、すぐに直線に疾駆し、ゴーストに直撃して弾ける。
ぱん! と乾いた音が響くと、淡い光も霧散した。後に残るのは、ただでさえ半透明だった体を、さらに希薄にしたゴーストの姿。怯んだ隙にマリーメイアは駆け寄って、大ぶりの一撃を振り下ろした。
今度は叩き付けられるまでもなく飛び散るゴースト。それが存在した証は、床に転がった、宝石のような小さな欠片だけになった。
息を吐くのと共に、床に転がったいくつかの結晶を拾い上げる。全て回収して、マリーメイアは反転した。
「と、このような感じです」
「おー」
「見事見事」
「……全然気持ちがこもっていませんね」
棒読みの賞賛に、瞳を鋭くして(ちょっと肩で息をしながら)苦言を漏らしてくる。
目をつぶって指を立て――つまり説教の姿勢に入って、きっぱりとした口調で語り始めた。
「そもそも、あなたたちが戦い方を見たいと言うから見せたのですよ。それなのに、あなたたちときたらぼけーっとして……」
「いや、ちゃんと見てることは見てたぞ。なあ?」
「うん」
アリアを巻き込んで同意させるノスに、彼女はうぐっと息を詰まらせた。多数決に流される、というタイプでもないだろう。だが、やりにくい事には変わりない。
「まったく、怪我しても知りませんよ」
呟きながら、彼女は足を進めた。
彼女に戦いを見せてもらった理由。そもそもそれが、マリーメイアが想像していたであろいうものと違う。ノスの意図としては、単純に彼女の実力を知りたかった。
マリーメイアの実力は、アンスタッドの中でも上位に入るらしい。つまりは、彼女の能力を知ることができれば、ある程度の指針にできる。もちろん、後から厳密に調べ直す必要は出てくるだろう。現状では、その時間すら取れないのが痛い。
「しかし……」
「どうかしました?」
警戒しながら歩く彼女の後ろを、ほとんど棒立ちで進む。
「マリーの動き、思ったより早いなと思って」
(神官なのに)
聖職者にも、前衛兼任職というのはあった。たとえば、二次職の武装司祭など。とは言っても、それはあくまでゲームでの話だ。
現実にやたら動きにくそうな服装で、無駄に素早く動く姿は、はっきり言って奇妙である。
「ああ、確かに他ではあまり見ませんから、珍しいかもしれませんね」
服の裾を持ち上げて、少しだけ目立つようにする。
「助祭以上の者に支給される法衣は、全て特別製です。単純な防御性能の他に、神の奇跡が付与されているのです。たとえばこれですと、体力の回復と行動速度の向上、といった風に。本当ならば戦っている信徒全員分支給したいのですが、作り手が少なく、数が揃わないのが現状です。私のこれも、師匠のお古ですしね」
それに、と続ける。
「オルトン神は戦いの神です。能力上昇系の聖信仰も充実していますから。そのおかげで、魔力で肉体強化する技術のない私たちでも、前線で戦えるようになっています」
「ああ、そう言えば……」
と、ノスはアウグストとの会話を思い出す。魔法を使えて剣でも戦えると言ったら、驚かれていた。別に意識してどっちを使うときはどう、と思っていため、全く気づかなかった。
つまり、魔法使いと思われているのならば、後衛に徹した方がいいのだろう。
マリーメイアは一瞬だけ、不思議そうな視線を向けてきた。だが、それもすぐに警戒のためのものに戻ったが。
と、前方からゴーストが近づいてくるのに気がつく。マリーメイアも、遅れて気がついたようだった。
「来ましたね。魔法でお願いします」
「ところでさ」
ぽつり、思いつき、言ってみる。
「何もせずただで給料が貰えるって、すばらしいと思わないか?」
「私の杖が振るわれる先、あなたの脳天にしましょうか?」
「痛いのは嫌いだ。しゃーない」
前方は、薄暗くて何も見えない。しかし、気配だけははっきりと感じられる。
ゴースト系モンスター。正確に言えば、魔力体モンスター。つまり、魔力の塊で体が作られている。この手の敵は通常攻撃が効きにくいというのが相場であり、それはブルークラスタ・オンラインでも同じだった。
弱点の一つに、聖職者系全般が初期に覚える聖信仰がある。これは、衝撃魔力で魔力を吹き飛ばすという攻撃だ。
ゴースト系(含む不死者系)は全て、物理的強度が弱く、それを魔力で補っている。もしくは、魔力の塊自体が体になっている。だからこそ、魔力を直接攻撃してやれば弱い、という事だった。
(けど、まあ……)
手の先端に、何かが集まる感触がする。それが何か、正確にはしらないが、たぶん魔力だ。魔法を発動しようとする時に、いつもある感触。
悩むことも、労すべき事すらない。やることと言えば、これを感覚のままに、型にはめればいいだけなのだから。
(こんだけのレベル差なら、相性がどうとか考える必要はないんだよな)
わき上がったそれを、感覚が命じるままに解き放つ。
「《グリーン・砕ける石の槍》」
手のひらの中で急激に魔法になった球体が、対象に飛ぶ。飛翔に音はない。魔法は、一定の物理的干渉を無視する。つまり、魔法の弾丸を放ったとしても重力や空気の影響をある程度まで遮断してくれた。
緑の玉が、闇の中に消える……。次の瞬間には、爆発音と共に、グリーンの爆光が内部を照らした。
標的は元より、その周囲にいたゴーストも爆発に巻き込まれる。破壊の渦に容易く飲まれて、ころんと音を立て、宝石のような石だけが転がった。
「やはり、魔法とは凄い威力なのですね」
マリーメイアは語りながら、少しの嫉妬を混ぜて、息を吐いた。
「そりゃお前、完全攻撃職と他の職で火力変わらなかったら、魔法使いの立つ瀬がないだろ」
「ええ、その通りなのですが……この力があれば、もっとオルトン神の力になれたと思うと、どうしても……」
気持ちは分からなくない。それに、無い物ねだりは人間の誰しもが持つものだ。
ノスは爆心地まで寄って、かがみ込み、転がっていた石を回収した。
「あ、先に行っておきますが、魔力結晶は折半ですよ。私も教会のために、寄付金が必要なのですから」
「分かってるって」
魔力結晶とは、どの魔物を倒しても必ず手に入る、ドロップ品である。同時に、欠かせない要素でもあった。
魔力結晶を必要とする事は、実際非常に多い。魔法変換――つまり青魔力しか持てない人間が別色の魔法を使おうとした時、該当色の魔力結晶を消費する。魔力結晶なしに別色魔法を使うには、魔力変換技能が必要だった。
他にも、魔法技能のない生産職が別色系統装備を作ろうとした時に。ガンナー、シューター系射撃職の弾頭に。付与薬の材料に。あとは、それ自体も、決して多くはないが魔力を内包している。魔力を動力にした道具の燃料にも使われた。まあ、この世界でどれほど利用されているかは、まだ知らないが。
ちなみに魔力結晶は、人間からも青のそれが出てくる。すぐに壊れてしまうが。これは、魔物は魔力を体内で結晶化しているのに対して、人間はあくまで集めているだけだから。まあ、本音はPK対策だろう。
全ての結晶を回収し終えて、しかしノスは周囲を見回した。アリアも同じようにしている。
「お兄ちゃん、ないね……」
「なあ」
「何を探してるのですか?」
先に進もうと偵察していたマリーメイアが、戻ってきて訪ねる。
「いや、他にも何か落としてないかと思ってさ」
「は? その、ゴーストがですか?」
まるで意味が分からない、と首を傾げられる。そう言われてしまえば、何も言えなくなってしまった。アリアはそうでもなかったが。
「落とすもん! あるもん!」
「ええ!? だって、ゴーストなんて何も持ってないですよ?」
きゃいきゃいと騒ぎ出す二人を放って、ノスは考えた。
(て事はつまり、二度と手に入らないドロップ品があるって事か?)
ゴースト系の序盤の敵には詳しくない。これらの敵は大抵聖職者一人でも事足りたからだ。そして、《シーウォーク》で相手にするときは、必ず高レベル帯だった。当然、ドロップ品は魔力結晶の他に、それなりにある。
弱い敵だけかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない。そして、この例はゴーストだけではないかもしれない。
(今持ってるドロップアイテム、絶対に手放せなくなったな……)
今後合成アイテムとして使えそうだと思って取っていた。あとは、価値が分からなかったため、迂闊に売ろうとはしなかったのだが。これで手放せなくなったと言っていい。面倒な事だ。
ドロップアイテムの中には、組み合わせを考えても不要なものがあった。だが、それが二度と手に入らない可能性があるとなれば別だ。ゴミが一気に貴重品になる。下手をすれば、この世に存在しない物である可能性もあるのだ。どこでどんな価値が生まれるか、全く予想ができない……
(厄介だなぁ)
内心だけで、呟いた。自身が持つアイテムの貴重性と……
きゃんきゃんという甲高い叫び声は、まだ響き続けていた。ノスは眉をひそめながら、そっちに向けて言った。
「キミら、もうちょっと仲良くしようよ」
「お兄ちゃんなかよくしなくていいって言った!」
と、これはアリアの鋭い台詞。指摘されて、ノスは悩んだ。
「……言ったっけ、そんなこと?」
「言った!」
「そっかー、じゃあしゃーないか」
「仕方なくないですよ、取り持って下さいよ! アリアちゃんも、仲良くしよう?」
「…………!」
すげなく、そして明確な意思をもって、無言でそっぽを向く。マリーメイアはがっくりと肩を落とした。
「あれだ、初対面の印象が悪すぎた」
「ううぅ……悪かったと思ってますから、もう許して下さいよう」
「俺は許したし、もう気にしてない。でもそれをアリアにまで求めるのはナンセンスだしなあ」
「はぁー。私ががんばるしかないんですね」
がんばれよ。言外にそういいながら、肩を叩いてやる。決して直接間に入るつもりはない。アリアが意地を張ると大変だと、とてもよく知っている。
注意力の散ったマリーメイアを後ろに追いやって、今度はノスが先導を始めた。
要領は掴んでいる。実力的な意味でも、探索的な意味でも。それらを発揮すればするほど、よくなじむ感触があるのは、なんとも奇妙だ。だが、悪い感覚ではない。とても、そう、とても細かな配慮と調整ができるようになってくる。
敵が接近する前に魔法で仕留めつつ、探索は順調だった。最初に固まって出会ったのは何だったのか、と思うくらい散発的。それに、数も単体がせいぜいだった。数部屋に一体いればいい方である。
背後で落ち着きを取り戻したマリーメイアが、声をかけてきた。
「これ、ちょっとおかしいです。規模に対して、数が少なすぎる」
「そうなの?」
「あ、聖職者以外の人には分かりづらいかもしれませんね。内部を見る限り、魔力も相当定着しているようですし。もっとこう、どばっと来るのが普通なのですが……」
どばっと、に併せて手振りをしながら。
この世界では、ゲームの時の数など参考にならない。前回の仕事で、何となく悟っていた。と言うか、モンスター関連全般に信用がおけないふしがある。
彼女の進言は、かなり貴重だ。
「じゃあ、もうちょっと気にしながら進もうか」
「念のため、私も警戒を強めておきます」
「わたしも!」
アリアも両手を挙げて立候補したが、あまり信用はできない。いざと言う時に絶対怯えて腰が引ける。
「ああ、頼む」
などと考えているのはおくびにも出さず、返答した。本音と建て前は重要なのである。
問題は起こらない――対応できないほどの大事は――と、勘が告げていた。
実際、それは正しいのだろう。ノスというキャラクター――今は自分自身を信じるならば。能力的に考えても、どうにかなるとは思えない。
(それでも、念を入れておいて損はないか)
索敵の感度を上げつつ、個別魔力領域を検索した。探しているのは、武器だ。その中の一つ、もっとも慣れ親しんだ装備を最上段に上げておく。いざとなれば、意識をするよりも早く取り出せる位置。
速度を落としながら、探索を続ける。
一階、二階と、特に問題は起きない。ゴーストの数が少ないという意味では、異常が起きっぱなしと言えるかもしれないが。
三階に上る頃には、マリーメイアも復調していた。先頭を慣れた彼女に返し……と言うか、後ろが暇すぎて先頭を担当したがった。ドアを開けては先手必勝でゴーストを叩きのめすを繰り返す。つまりは(飽きたアリアも含め)背後で棒立ち二人が復活したという事でもあった。
最上階もあらかた探し終えて、ついに最後の扉の前。ドアノブに触れようともしないマリーメイアが、独り言のように言った。
「何か、すごい嫌な予感がするのですが……」
「奇遇だな、俺もだ」
「中からすごいけはいしている」
最初から、話し合うまでもなかった。扉の奥からは、わかりやすいくらい大量の、何かがひしめく様子。
三階の残った一部屋は、大ホールだ。パーティーやらダンスやら、とにかくそういう催しのために作られたのだろう。魔力の自動マッピング地図を参照しても、大きな空白が残っている。
中を覗かなければ、正確な数は分からない――が、正確な数を知る意義が果たしてあるのか。そう思わせるほどに、隠しようのない膨大な数を感じさせる。
「ちょっと、私が覗いてみます。絶対に騒がないように」
言い含めて、マリーメイアがドアノブをしっかりと握った。
ノスとアリアは、ドア脇で控えている。角度的に、うっすら開かれたドアの中は見えない。その代わりに、マリーメイアの横顔だけはしっかりと見える。
ゆっくりと慎重に、隙間から顔を覗かせて……
ぴたり、マリーメイアの動きが止まった。顔から色がみるみるうちに失われていき、最終的に蒼白になる。
ドアを閉める。が、今度の動きは慎重というレベルではなかった。それこそ、動くこと自体を恐れているかのように。
開くときの数倍の時間をかけて、ドアは音もなく閉じられた。まあ、音がなかったのは、ノスが魔法で音を消したからなのだが。そうでなければ、手から緊張の振動が伝わり、がたがたと音を鳴らしていたかもしれない。
閉じきったマリーメイアは、ぶわりと顔全体から冷や汗を流した。そして、震える喉頭を制御しながら、なんとか空気を吸い込む。幾度か、苦しげにその動作を繰り返して、しかし落ち着くこともできずに、震えたまま声を発した。
「……逃げましょう。すぐに冒険者ギルドとオルトン教に連絡を取って、討伐隊を編成してもらいます」
おびえを隠さずに、きっぱりと言い切られる。それに、ノスは指で扉の方を指しながら問うた。
「ちなみに、中の状況はどうだったの?」
「ゴーストが無数。そして、中心には……どう表現すればいいのでしょうか。無数のゴーストが、不格好に固まっています。ほとんど融合しているような様子でした」
語る彼女は、未だに震える手を押えている。顔色だって、現状を再確認するごとに、さらに青くなっている気がした。まるで人形のように血の気がない。
「じゃああと二つ。俺たちの魔法でなんともならないと思うか。こっちはまあそんなに重要じゃないけど、真言を使えるか」
ぴん、と指を立てながら言われた言葉に、ばっと顔が上がった。
「あ、あの火力であれば、確かにあれを倒せると思いますけど……!」
希望に、顔色が赤らんだ。口調も心なしか早い。
「真言も当然使えます。神に仕える者として当然です」
真言とは、聖職者全般が持つスキルである。それぞれの使える神に誓う言葉。これを利用すると、使用者は決して嘘をつけない。もしつこうものならば、それは神への裏切りとなる。神官技能の剥奪は元より、教会からも追い出され、以降二度と神に誓う事すら許されなくなる。
この特性故に、真言を利用した神官の言葉は、公的効力を持っていた。
「なら話は決まりだ。アリア、結界で部屋ごと囲んで。色は黒な」
「あい」
暇して、少し離れた所でカーペットをいじっていたアリア。急に話しかけられて間の抜けた返事をしながらも、すぐに動き出した。
少し気合いを入れて、腰に手を置くノス。その姿を、マリーメイアはぽかんと見ていた。
「その……大変ありがたいのですが、よろしいのですか?」
「よろしいって?」
「だって、この事態を報告するだけでも、十分任務は果たしていますし。むしろあれの処理は、依頼的な限界を遙かに超えています。報告後、また討伐依頼をもらえば、さらに料金がもらえるでしょう?」
「ま、そりゃそうだけどさ」
膝をついて上目遣いのままのマリーメイアに、肩をすくめた。ちょっと気取りすぎか、などと考えながら。
「そんなヤバいのが、報告してる内にここから出て、被害出るのも気分悪いだろ? それにマリーが証言してくれるなら、報酬に上乗せされるだろうし。だから、報酬増額の交渉、手伝ってくれよ?」
口を開き、ぽかんとして――やがて彼女は微笑みながら、言った。
「あなたは、とてもいい人ですね」
「やめろよ。後味悪い思いはしたくないだけだ」
「お兄ちゃん、おわったよ」
相手してよ――そう言うように、服を掴んで引かれる。いい子だと頭を撫でれば、少女は嬉しそうに笑っていた。
「アリアちゃんが防御、ノスが攻撃をするのは、それぞれ魔法を特化させている為なのですか?」
立ち上がり、膝を払いながら、マリーメイア。顔色は戻りきっていないが、少なくとも人間味は取り戻していた。
「魔力のたかいほうが防御をたんとうするのはあたりまえでしょ。けっかいがこわれちゃったらこまるじゃない」
「え?」
たどたどしい口調で、予期せぬ方から答えが出る。彼女の言葉に、マリーメイアは目を丸くした。
「魔力? それだけの理由?」
「それだけじゃないの、大切なの」
ぷくっと膨れ睨まれているが、それもマリーメイアの意識には入っていないようだった。
アリアに結界魔法を使ってもらうのは、至極簡単な理由。その方が、遙かに強度が高いからだ。アリアという少女は、魔法使いの頂点に立つ三次職の一つ、攻変換魔法使いである。魔法使いでも、攻撃に特化した存在だ。それが真に発揮されれば、それこそノスなど比較にならない。彼女の火力で魔法を使われると、相性のいい結界を張っても、力の差で無理矢理破壊されかねない。なので、万が一にも結界破壊のないようにする。結界や防御膜を利用しなければいけない時、魔力の高い側がディフェンスに回るというのは、ゲーム内でもセオリーだった。
がすん、がすん! と、扉の内部から音がする。ゴーストらが魔法に気がついて、攻撃をしているのだろう。
音だけは響くが、衝撃は全く伝わらない。それこそが、アリアの力量を表していた。
ノスは右手を挙げる。新鮮なのに、慣れている感覚。それこそ、魔物を屠る事自体が、他愛のない事に思えた。
魔力の集中は一瞬で済む。それを発動するのもまた、必要とするのは刹那だった。
「《栄光の挫ける左手》」
内部――恐らくは部屋の中心で、強烈な爆発が生まれた。と言っても、彼らが見ることはできない。ただ、それが起きたのを魔力の放出と――あとは強烈な破裂音で知ることはできた。
「きゃああぁぁっ!」
爆音に、マリーメイアが悲鳴を上げて転げた。それほど予想外だったのだろうか。
対照的なのは、アリアだ。何事もなかったかのように、平然としている。と言うか、腰に張り付きっぱなしだった。
ほんの瞬間だった噪音は通り抜けて消え、それが存在した事すら忘れる。
マリーメイアは、まだ転がっていた。転んだ拍子に頭でも打ったのか、後頭部を押えて足をばたつかせていた。とりあえずそれは放置して、ドアへと向かった。
結界の解除されたドアノブに触れたが、しかし回らない。先ほどの衝撃でイカれたか。仕方なしに、ドアを蹴り飛ばした。蝶番が弾けて、床を転がっていく。それを気にもせずに、ノスはのぞき込んだ。いや、正確に言えば、気にすることができなかったと言えばいいか。
室内は、酷い有様だった。ミキサーで内部を粉々にすれば、こうなるのではないかという状態。完全に、爆発だけの影響ではない。ゴーストが暴れ回っていたのだろう。
動く存在はない。つまり、敵も居ない。それだけを確認して、ノスは振り返る。転がっているであろう魔力結晶を、この中から探し出すつもりにはなれなかった。
やっと痛みが引いてきたらしく、少々大人しくなった彼女。手を伸ばして引き戻し、強引に立たせる。
「終わったぞ」
「……先に警告くらいして下さいよ」
「お前も一度魔法を見ているんだから、警戒くらいしろ」
そう言われてしまえば、彼女も反論はできなくなった。
ゴーストのいなくなった屋敷を手早く浄化(つまり、魔力定着の阻害。これができるから、浄化任務には聖職者が必須になる)し、屋敷から出て行った。
太陽の光を浴びて、自然とのびをする。建物内にも光源は持ち込んでいたし、窓沿いからは僅かながら光も差し込んでいた。全く光を忘れていたわけではない。だが、やはり太陽のそれは格別だった。
「すみません、私は先に帰らせていただきます」
佇まいを正し、頭を下げながら、しかし有無を言わさぬ口調だった。
「いいけど、なんで?」
「今回の、ゴーストの異常発生、一刻も早く報告しなければなりません。前回のシルバーネイルの大群といい、どうもおかしいのです」
早急に調査する必要がある――残して、彼女は走り去った。
去り際、彼女の背中に、アリアがいーをしていた。当然、誰も――それこそノスも、見ていない。
彼はぼんやりと考えていた。ぼーっとしながら、何気なく首を曲げる。やや右の方に。その方向は……偶然、先日シルバーネイルの大群を屠った場所だった。
二つが、心の中で勝手に結びつく。そうしたら、じわりと浮かび上がってきた。妙な胸騒ぎと、そして確信。これから、何かよからぬ事がある。
「面倒なことでなければいいけどなあ……」
その言葉を聞いていたのは、少女と青い空だけだった。