プロローグ
「ぴゃああああぁぁぁぁぁ!」
甲高い声の悲鳴が、耳元で強く響く。ともすれば、頭痛すら覚えそうな高音。
ふと、恭一は空を見上げた。どこまでも透き通った、青い空。見た事がないような気さえしている。まあ、実際見たことがないので、それは間違いではない。
いや、それだけではない。どこまでも続く、およそ日本らしくないだだっ広い草原。近くには気分の悪くなる血臭の元、オオカミのようで全く違う生き物が、内蔵をぶちまけて死んでいる。どれも慣れていないし、慣れたいとも思わない。強烈な違和感。
持ち上げていた視線を下ろせば、銀髪美少女が。背が低く、胸元あたりまでしか高さのない少女は、腰にがっしりと手を回してくる。とにかく離すものかと力を入れて、泣きわめいていた。綺麗で流れるような輝く銀髪は、今はべたべたに汚れて台無しだ。オオカミもどきになめ回されたせいである。
恭一に銀髪美少女な知り合いがいるかと問われれば、そもそも外国人の知り合いすらいない。では、この美少女に心当たりがないかと問われれば、そんな事はなかった。むしろ、よく知っていると言ってもいい。一年以上の付き合いがある。
「うえええええぇぇぇぇ……!」
(…………なんだこれ)
張り付く少女の頭を撫でて(べたべたして気持ち悪かった)、とりあえず慰める体だけは取り繕いながら。ぽつりと、内心で呻いた。
澄んだ空――
広い平原――
あり得るはずのない生き物――
そして、見知らぬ少女と――自分――
しかし、そのどれもに見覚えはあった。実際、よく知っていると言ってもいい。
恭一は慎重に周囲を見回した。見回して、それが信じられずにもう一度凝視して、結局変わらぬ世界に落胆した。知っているものと微妙に違う――より洗練されているという意味で。つまりは、何の慰めにもならなかった。
視界に入れ、それを脳で解析し。出される結果のどれもが「ゲーム脳」的回答を否定してくれない。
「んなアホな」
思いついた可能性を即座に否定。馬鹿馬鹿しい内容だし、ゲーム脳だと笑われても否定できない。
ひっそりと頭を抱える。大げさにできなかったのは、単に張り付く少女が邪魔でできなかっただけだ。
立ち尽くす。光景は何も変わらない。
目蓋を閉じて、開いて。何も変わらない。相変わらず、甲高い悲鳴は響いてくる。
「おにいちゃああああぁぁぁぁ!」
(泣きたいのは俺も一緒だよ……)
呻くし、目尻に涙が溜まりもする。そのまま感情的になれないのは、年長者としてのプライドがある。守る対象の子供を前に、すべて放棄するのは、許容できない。こんな異常事態でも、張る意地はある。
「あー、そろそろ泣き止んでくれよ」
手のひらに張り付くよだれを無視して、少女の頭をがしがしとかいた。泣き声は止まらない。が、少しだけ小さくなるのはわかった。
撫でる動作はそのまま、恭一は空を見上げた。見覚えがあるようでない、よく透き通った空――腹立たしいほどに清々しい。
(父さん、母さん)
遙か上空に、馬鹿でかい鳥が飛んでいるのが見える。そんな生物など存在しない。
だが、この世界は、そのあり得ないが当然とまかり通る場所。
(俺は今、ゲームの世界っぽい異世界にいます)
青い空。晴れた空。心地よい風と、鉄臭さ。
そのすべてを浴びながら、少年はひっそりと黄昏れていた。