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紅に散る―始原の岐路―  作者: 知佳
第三章
13/17

 翌日の放課後。鈴音達は妖を浄化する為、学園内を歩き回っていた。

 少しずつではあるが、鈴音の全の姫としての力も高まっている。 

 中庭を抜けてテニスコートの近くに来ると、部活に励む生徒たちで賑わっていた。


「しっかし、今日は妖いねーなぁー」


 類がテニス部の練習を横目に呟く。


「そうだね。気配も感じられないし」


 確かに今日はまだ一度も妖の気配を感じていない。探しにきたはいいが、こうも見つからないのでは無駄足だ。

 鈴音ががっくりと項垂れていると、後ろを歩いていた啓が「しゃきっとしろ」と檄を飛ばす。


「ここにいないなら移動するぞ。第一、ここじゃ浄化するにも人目につきすぎる」


 啓はそう言って踵を返して、中庭の中と戻って行ってしまう。鈴音達もそれに続き、今度は反対方向のグラウンド方面に向かって歩く。


「あれ……?」


 すると、職員棟の奥の方から何か気配を感じる。鈴音が視線をそちらに向けると、啓達も気づいたらしい。

 中庭を抜けて左に曲がる。

 体育館前を突っ切り、大学側の校門へと足を進めた。


「妖力はそんなに強くなさそうだけど……」


 爽は神経を研ぎ澄まし、妖の気配を辿る。鈴音も先ほどから気配を感じてはいるものの、爽のようにどの程度の力を持っているかまでは分からない。


「油断はするなよ」


 啓はスラックスのポケットから札を取り出す。大学と高校の敷地の間にある並木道には、静かに風が吹き抜けている。

 しかし、奇妙な雰囲気だ。


「あ……」


 悟が小さく声を上げる。それにつられて視線を高く持ち上げれば、そこには巨大な生首が。


「き、きゃぁあぁああぁぁ!!」


 鈴音は思わず力いっぱい悲鳴を上げてしまった。

 高く浮遊した巨大生首は、ボサボサの黒髪を引っさげてげらげらと笑っている。


「鈴音、大丈夫?」

「ご、ごめん……」

 

 悟の背中に隠れながら、鈴音は今度はしっかりと目の前の妖に意識を向けた。


「大首か」

「さっさとケリをつけよう」


 啓と爽は既に臨戦態勢だ。それぞれ札を片手に五行を集中させている。

 

「南方を司る我が五行よ、今我が身を守り、悪しき力を断ち切らん――!」

「北方を司る我が五行よ、今我の声に応え、我が力となれ――水撃刃!」


 呪文を唱え、啓は札を投げ、爽は札を持っていない手を思い切り薙いだ。

 啓の札には火の五行が凝縮されている。爽は札の力を借りて、水で出来た刃を放った。

 しかし、大首は俊敏な動きでその二つを避けた。


「ちっ!」


 大首は大きな口を開けて、二人に真っ直ぐ突っ込んでくる。


「うわっ……」


 爽と啓はそれぞれ左右に上体をそらす。何とかかわせたものの、大首は今度が鈴音達に向かってきた。


「やっべぇ……!」

「類、鈴音よろしく」

「え?」


 悟は背中にいる鈴音を類に渡すと、自ら大首目掛けて走り出す。


「さ、悟!?」


 減速せず、悟は走る。大首はそれを大口を開けて待ち構えている。しかし悟はあと僅かというところで、大首に札を投げつけた。

 札は見事大首の額にくっつく。

 

「ギャァァアア!!!?」


 大首は突然の事に悲鳴を上げている。


「……うるさい、なぁ!」


 その言葉と共に、悟は大首の頬に思い切り蹴りを入れた。しかも大首を蹴った右足には、悟の五行が集中している。

 大首は更に悲鳴をあげ、空中を物凄い勢いで飛び回っている。


「悟凄い!」


 鈴音が称賛の拍手をすると、悟は照れたように顔を俯かせて「それほどでもないよ」と首の辺りを擦った。


「そんじゃ、鈴音封印頼むぜ!」

「うん!」


 鈴音は八卦鏡を取り出し、大首に向けて翳す。

 五獣の五行が八卦鏡に集い、淡い光が妖を包み込み、弾けた。きらきらと光の粒子が空に煌く。


「浄化完了っと」


 鈴音が胸を撫で下ろしながら八卦鏡をしまう。

 しかし、次の瞬間。


「鈴音、危ない!!」


 爽の叫びが空を引き裂いた。

 鈴音はその声に驚いて顔を上げる。目の前には、巨大な赤黒い虚空が広がっていた。


 ――死ぬ。


 自然と、鈴音の脳裏をその言葉がよぎる。

 首を噛み砕かれるイメージが鮮明に浮かぶ。一瞬のうちに自分は絶命してしまう。そんな最悪の想像が高速で脳内に再生された。


「――ったく、だらしねぇな」


 誰かの呆れた声が耳元で聞こえる。そう認識した時には、赤黒い虚空は鈴音の目の前から消え去っていた。

 地面に切り捨てられた巨大な生首が、そこにあるだけだ。

 白銀の刃を煌かせながら、目の前に現れた少年――弥生は溜め息を吐いている。


「あんたら、油断しすぎ」


 突然の事に、今まで動けずにいた五獣がその言葉でようやく我に返った。

 啓は悔しそうに拳を握り締めながら、弥生を鋭く睨みつける。

 鈴音は腰の力が抜けてしまい、地面にへなへなと座り込む。


「主人の危機に、動けないような従者って意味あんのか?」


 弥生はあからさまに喧嘩腰だ。けれど五獣は言い返さない。否、言い返せない。

 今この場に彼が現れなければ鈴音が死んでいたのは目に見えている。それと同時に、己の不甲斐無さを痛感せずにはいられない。


「……ま、今回はどうにか助けられたからいいけどよ」


 次はねぇぜ。

 弥生はそう言って、どこへともなく握っていた刀を消した。


「え……?」


 それに思わず鈴音は声を上げてしまう。

 刀はまるで砂か何かのように風に溶けて消えてしまったのだ。

 弥生の手には、もう何も握られていない。

 鈴音が呆然としていると、悟と類がそっと手を握って立ち上がらせてくれた。

 二人の表情は、普段からは想像できないほど真剣で重たく沈んでいる。

 いつの間にか陽は沈みはじめ、並木道に暗い影が落ちていた。

 啓は一歩前に出ると、低く呻くように声を出す。


「お前は、一体何がしたいんだ。俺たちに、何の用があるんだ」

「用なんか特にねぇよ。ただ、俺たちはあんたらに死なれても困るんでね。ま、あんたらが妖に関わらないってのが一番理想なんだけどよ」

「なんだと……!!」


 弥生に今にも殴りかかりそうな啓を、爽が片手で制す。啓は仕方なさそうに舌打ちをして引き下がった。


「俺たちの目的は、百鬼夜行の殲滅だって、この前言っただろ。あんたらが下手に百鬼夜行に関わらないってんなら、俺たちだって別に構いやしねぇよ」


 弥生はそう言うと、視線を自分の後方に移す。鈴音も視線をそちらに向ければ、黒髪を靡かせた陽沙がこちらに向かって歩いてきていた。

 彼女は弥生の隣に並ぶと、一刀両断された妖を一瞥する。


「……ふん。このような雑魚相手に手間取るとは」

「この……!!」

「啓、落ち着きなよ」


 爽は啓の肩を掴み、陽沙に凍て付いた視線を投げかけた。しかし陽沙はその視線を浴びながらも、怯む事なく堂々としている。

 そして右手を翳す。その手からは淡い光が溢れ出ている。


 ――八卦鏡と、同じ光だ……。


 鈴音は固唾を飲み込んだ。

 やはりあの少女は、“全の姫”と同等かそれ以上の力を持っているのだ。

 ぴりぴりとした緊張感の中、陽沙の放った光が妖を包み込む。淡い光は弾け飛び、粒子が舞い散る。

 浄化だ。


「……なんで、あなたがここに?」


 鈴音がようやく搾り出せた言葉は、あまりにも普通だった。

 陽沙は緩慢な動きで鈴音を見やると、鼻を鳴らして口角を吊り上げた。


「なに、全の姫とやらの力量を見に来ただけだ。未熟な者が下手に手を出して良いほど、妖とて中途半端な存在ではないからな」


 陽沙の辛辣な物言いに、鈴音は肩を落とす。しかし、すぐさま弥生が口を挟む。


「心配だから様子見に来たって、普通に言ってやればいいだろ……」

「なっ!? べ、別に私は心配などしていない! ただ、ちょっと気になっただけだ!」

「……それを心配するっていうんだろ」

「う、うるさい!」


 陽沙は弥生をその一言で一蹴する。

 弥生は大して気にもしていないようで、適当に「へいへい」と相槌を打っている。

 それから陽沙は五獣に鋭い視線を向けた。威圧感と緊張感が高まっていく。


「それにしても、主人が未熟なのも問題だが、従者も従者だな。何のために貴様らが存在しているのか分かっているのか?」

「……あぁ、分かってるさ。てめぇに指図される筋合いはねぇ!」


 啓は深く眉間に皺を寄せながら、陽沙に向かって吠えた。

 類と悟はそれぞれ目を逸らしている。


「ふっ、弱い犬ほど良く吠えるな」

「てめぇ!」


 一触即発の雰囲気だ。誰も止めようとしないし、止められない。すると、爽が数回手を叩いた。


「はいはい。二人ともそこまでにしてくれないかな。そんなテンプレートな会話したって進展しないんだし」

「爽……てめぇ、好き勝手言われて悔しくないのか」


 啓は仲裁に入った爽は睨みつける。竦みあがって、有無を言わせない視線に、爽はにっこりと微笑んでみせた。


「悔しいとかそんな感情論、今はいらないんだよ。……ま、実際僕だって悔しいけどね」


 爽はいつも通りの笑みを浮かべて、優しく諭すような口調で話している。

 けれど、今の彼には啓以上に有無を言わぬオーラがあった。

 悟と類は明らかに恐がってしまって、関わりたくという気持ちが鈴音にも伝わってくる。


「さて、冬月さん。君はどうして、僕たちにそんな風に言ってきてくれるのかな? 何か、過去の自分に重なるところでもあるのかな?」


 優しく甘い言葉で、蝕んでいく。爽は相変わらず笑ったままだ。

 それにしても、過去の自分という言葉に引っかかりを感じてしまう。

 陽沙は引きつった笑みで、爽を見つめている。


「……ふん。犬の分際で、中々鋭く噛み付いてくるではないか」

「あまり、舐めてもらったら困るんだよ」


 逃げ出したくなるほどの険悪な雰囲気が、爽と陽沙の間に流れている。

 いい加減、この空気を終わりにしようと鈴音も口を開く。


「あの、二人ともそろそろ――」

「せんぱーい!!」


 その時、高校の校門の方から水穂の声が聞こえた。

 視線を向ければ、水穂と光が息を切らせながらこちらに走ってきている。


「水穂ちゃん!? なんでここに……」

「いやぁ、ちょっと先輩達に聞きたい事があったんですけど……」


 駆け寄ってきた水穂は、そう言って陽沙と弥生を見やる。

 鈴音は思わず内心で「ゲッ」と漏らしてしまう。


「み、水穂ちゃん。いいよ、うん、大丈夫だから!」

「何がですか? ……それより先輩、この人たちって確か御神とかいう人たちでしたよね?」


 ――あぁぁだから水穂ちゃん駄目だってば!!


 鈴音の心配を他所に、また振り出しに戻ってしまいそうな流れだ。

 水穂は陽沙に近づくと、どこからともなく木刀を振り翳した。


「ちょ!!」


 鈴音が声を上げると同時に、刃と刃がぶつかり合う音がする。

 弥生だ。弥生が再び刀を出現させ、陽沙を守ったのだ。


「おいおい、危ねぇーだろ!」

「先に先輩に喧嘩吹っかけてきたのはそちらですよね!?」

「水穂、止めろ!」


 弥生と対峙する水穂に、慌てて光が駆け寄る。彼の手にも、水穂同様どこから出したのか木刀が握られていた。

 弥生はそれを興味深そうに目を細めて見つめている。


「へぇ。そっちにも、刀を使う奴がいるのか」


 弥生が楽しそうに笑っていると、それが気に食わなかったらしい水穂が再び構えた。

 しかしすぐさま光が彼女の木刀を掴み、弥生との間に入る。


「止めとけ。これ以上は正当防衛にもなりゃしねーぞ」

「じゃあ何よ、自分の主が侮辱されるのを黙って見てろっていうの!?」

「そうは言ってねーだろ」

「そうとしか聞こえないもの!」

「大体、なんで先輩達が侮辱されたって決め付けるんだよ!?」

「見て分かんないの!? このバカ光! じゃなきゃ爽先輩まであんな顔してるわけないじゃない!」


 何だか傍から聞いていると痴話喧嘩にしか聞こえない。それに少しずつ話が脱線していっている気がする。

 鈴音は溜め息を吐きながら「二人ともー、そこまでにしよう!」と明るい声音で止めに入る。

 これ以上の言い合いは無駄にしかならない。

 五獣はすっかり精神的に落ち込んでしまっているし、鈴音も先ほどの恐怖からは完全に立ち直れていない。

 鈴音はまだ僅かに震えている体をきつく抱きしめた。

 水穂と光はそんな鈴音に、静かに口を閉ざす。弥生も黙って刀を収めた。


「……陽沙、それと新見くんも。助けてくれて、ありがとう」


 鈴音は頭を下げる。

 この二人がいなければ、今ここに鈴音が立っている事はなかっただろう。どんな形であれ、命の恩人である事には変わりない。

 素直に鈴音が頭を下げるとは思っていなかったのか、陽沙と弥生は僅かに目を見開いている。


「……まぁ、良い」


 陽沙は呟くと、踵を返して高校の敷地へと歩いていく。その後を追うように弥生も歩き出す。

 と、弥生の前に水穂が立ちはだかった。木刀の切っ先は、真っ直ぐに弥生の喉を捉えている。


「先輩を助けて下さった事にはお礼を言います。けど、これ以上先輩達に関わらないで下さい」

「……へぇ?」

「忠告、しましたからね」


 水穂はそう言うと木刀を一瞬で消す。弥生は水穂の横を通り過ぎ、何事もなかったかのように学校の中へと消えていった。

 鈴音はその背中を眺めながら、ようやく緊張の糸が解けるのを感じた。

 悟と類は息を吐き出しながらアスファルトの上に座り込む。


「俺、なっさけねぇー……」

「……今は、僕も類と同じ」


 項垂れながら二人はぽつりと呟いた。

 悔恨の情が篭った言葉に、鈴音はおろか誰も何も言えない。


「クソ!!」


 類は薄暗くなった辺りに目を凝らし、思い切り地面に拳を叩き付けた。

 類が数度拳を時、鈴音はやんわりとその手に触れた。

 目を見開いた類が鈴音を見上げる。鈴音は無言のまま、緩やかに首を左右に振った。


「……ごめん、ごめんなぁ、鈴音」

「どうして、謝るの?」


 弱弱しく声を出す類に、鈴音は優しく問いかける。

 お互いの傷ついた心が、ささくれ立った思いが、どうしようもなく胸の奥に突き刺さった。

 類は力なく腕を下げ、どこか遠くを見ながら口を開く。


「俺が、もっとしっかりしてりゃあんな事にならなかった。鈴音に、恐い思いもさせなくてすんだだろ……」

「……それを言うなら、あたしもだよ」

「は?」


 理解できないという類に、鈴音は優しく微笑みかける。


「だって、あたしがもっとしっかりしてたら、あんな隙を狙われるような事もなかったから」


 だから、謝らないで。

 最後の言葉は嗚咽交じりになってしまった。鈴音は我慢できずにぽろぽろと涙を流す。

 どうしようもない気持ちばかりが胸の中で溢れかえる。悔しさと情けなさばかりが胸を痛めつける。 


「ごめんね。……皆、ごめんね。あたしがもっとしっかりしてれば、こんな事にならなかったのに」


 鈴音は下唇を強く噛む。

 一番最初、悪縷と対峙した時から分かっていたはずだ。妖と戦うという事が、どれほど恐ろしく、勇気がいるのか。

 それなのに、鈴音は心の奥で見くびっていた。

 自分の中にある全の姫が何とかしてくれると、勝手に思って勝手に納得していた。


「鈴音……顔、上げてくれねぇかな?」


 困ったように類が鈴音の肩に手を置く。鈴音はゆっくりと涙で濡れた顔を上向かせる。

 目の前には、眉根を垂れ下げた類の顔があった。

 鈴音を囲むようにして、啓、爽、悟、水穂、光が側に居てくれる。


「……ありがとうな。俺たちの為に、泣いてくれて」

「え?」

「俺たちの事で心を痛めてくれる――そんな鈴音が、全の姫で良かった」

「なに、言ってんの……!? 類の、ばかぁあ!!」


 そう言って、鈴音は声を上げて泣き出す。

 人間なのだから、身近な人が傷ついて心が痛むのは当然だ。不思議な力を持っていても、彼らだって同じ人間だ。

 鈴音は行き場の無い思いに、ただただ涙を零す事しかできない。


「……あぁ、俺、バカだよ。俺、大馬鹿だ」


 類は、優しく鈴音の頭を撫でる。優しいその手つきに、鈴音は心の奥が暖かくなっていく。


「……類、なんか役得っぽい」

「は?」

「ほんとですよー。類先輩だけ鈴音先輩の事慰めちゃって!」

「そうっすよー。なんか今の先輩無駄にかっこいいっすよー」

「無駄にってなんだよ!」

「大体、類が馬鹿な事ぐらい皆知ってるし」

「悟てめぇ!」


 類は悪態をつく悟に噛み付く。すっかりいつもの二人に戻っている。

 鈴音がそれが嬉しくて、自然と笑いを漏らしていた。


「……鈴音?」


 クスクスと笑っている鈴音に、類は首を傾げる。

 鈴音はどうにか笑いを抑えようとするが、お腹はひくひくと動いて止まってはくれない。


「や、っと、いつも通りの皆だね!」


 笑いながら鈴音が搾り出した言葉に、類と悟は互いに顔を見合わせる。


「……ぷっ」


 それから、小さく笑い出す。互いの顔を見ながら肩を震わせて笑っている。

 鈴音は涙を拭いながら、色んな人の不器用で温かな優しさを噛み締めていた。




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