引き合わせ作戦
「ホシは?」
夏だというのにエアコンのせいで少し肌寒い昼休みの教室。ウワサの男・山辺は隣のクラスからやってきて上半身だけを入り口から覗かせ、誰へともなく質問を投げかけた。
「遠野君お弁当持って出てったよー。しかも、女の子と」
私の隣でお弁当を食べていた咲が立ち上がって山辺のいる教室の入り口に歩いていく。
「ああ、遊ちゃんか」山辺は納得した様子で言った。
咲は大げさに驚いたそぶりを見せる。
「え、なんで分かったの? やっぱあの二人付き合ってんの?」
「それは、ひ・み・つぅー」
山辺は言いながら軽やかな足取りで教室から出て行ってしまった。
「あっ……」
咲は一瞬顔を切なそうに歪めたが、振り返って私のほうに歩きだした時にはにこやかな顔に戻っていた。
「ねえ、咲さあ」
「なにー」咲は私の右隣の席に座りながら答える。
「やっぱ山辺のこと、好きでしょ」
「え、なんで」
「もろ顔に出てたよ」
「うそっ」
「えー咲ちゃん山辺君のこと好きなのー?」
私の左隣で一緒にお弁当を食べていた裕子が食いついてきた。さっきまで楽しそうに話していた変な口癖の先生の話はどうでもよくなったらしい。
「ねえ、咲に協力してあげよっか」
「お、いいねえ、うちもやるー」
私は裕子を味方につけて話を進める。
「いやいいって……ちょっと気になる程度だし」
咲はやはり及び腰だ。
「でもさぁ、どうやって協力すんの?うちら山辺君と喋ったことないじゃん」
紙パックのジュースをストローで啜りながら裕子が不安を口にした。
「うちのクラスに、山辺の友達がたくさんいるじゃん」
「三浦とか、作田とか?」
「うん、あと星数君とか」
「遠野?いやむりむり。うち去年も同じクラスだったけど、全く喋ってないもん。つーかなんで下の名前?」
「やっぱ下の名前って変なのか」
「だって美月、遠野と絡みないじゃん」
「まあね。でも山辺と一番仲いいのって、ほし……遠野君だと思うよ」
私は、「星数君」とまた言いかけたが、なんとなく「遠野君」に言い直した。
「えーそうかなぁ」
「だってさ、山辺って、三浦とか作田のことは苗字で呼ぶけど、遠野君だけは、『ホシ』だもんね」
「まあ確かに」
裕子はそうは言ったがまだ腑に落ちていない様子だった。
***
「よし、いってくる」
授業がすべて終わりみんながざわざわと帰り始めるころ、私は昼休みに皆と練り上げた「咲と山辺引き合わせ作戦」を始動することにした。作戦は完璧。鍵は遠野君と遊ちゃんだ。恋愛に疎いと言われる私でも、人の恋愛話に首を突っ込むとなるとなんだか楽しい。つまらない学校生活にひとつ、いい意味での「とっかかり」ができたような感じだ。
「遠野君、ちょっといい?」
私は黙々と鞄に荷物を詰めている遠野君に話しかけた。後ろに咲と裕子の視線を感じる。
「なに?」
遠野君は癖なのか、この前堤防で会った時と同じような表情で笑った。
「遠野君って、遊ちゃんと仲いいよね」
「白井さん?ま、まあ……」
「遊ちゃんが脚本で賞もらったじゃん?私たちお祝いパーティー開きたいんだけど、協力してくれない?」
「お祝いはいいんだけど……なんでおれが」
「サプライズでお祝いしたいんだけど、普段あんまり話さない私たちが呼び出したら不自然でしょ。遠野君なら疑われないじゃん」
「んー……」
遠野君は、不安そうに私と、私の後ろの二人を順番に見た。
「もちろん私たちだけじゃなくて、遠野君の友達の、山辺とか誘ってさ」
私は、ここぞとばかりにすかさず言った。
「まあそれなら……そういえばあいつもお祝いしたいって言ってたし」
「じゃあ、決まり。今度の土曜の六時でいい?」
少し強引に日時を指定する。こういうものは、具体的な話を早めに取り付けたほうが、相手も断りにくくなるのだ。
「う……うん」
「場所は、遊ちゃんどこがいいかな」
「そうだな……山辺のじいちゃんの店がいいと思う。あそこならよく一緒に行くから不自然じゃないし」
一瞬、間が空いた。遠野君は居心地悪そうに頭を掻いて目を落とした。なんだか私も気まずくなって急いで言葉を探す。
「山辺のおじいさんって、店やってたんだ」
「うん」
遠野君は目を上げて頷いた。私は山辺のおじいさんの話は初耳だった。そして、遊ちゃんと遠野君が一緒に店によく行っているというのも初耳だ。二人は本当に付き合っているのかもしれない。まあともかく、咲と山辺引き合わせ作戦の第一段階は成功した。
「良かったね」
後ろで裕子が咲に耳打ちするのが聞こえた。