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地球に、サヨナラ

 その日、私は不思議な少年と出会った。

 夏休み最後の夜のことだった。私は溜まっている宿題を全て放り出し、ビーチサンダルをつっかけて散歩に出かけた。部屋にいると、もう絶対終わらない宿題に対して、無駄な悪あがきをしてしまうから。それなら海沿いの道を歩きながら、夜風に当たって星でも見てたほうがいい。そう思って夏休み最後の夜は散歩して過ごすことに決めたのだ。

 やはり夜の散歩というのはとても気持ちが良かった。昼と違って日差しもなくて涼しいし、風も生暖かさが全くなくて爽やかだ。定期的に聞こえてくる波の音が心地良く、海を見ると漁火がチラチラと浮かんでいる。時折通る車の音やヘッドライト、煙の臭いまでもが悪くないもののように思えてくる。それに夜空を見上げると満天の星。いよいよ宿題のことなどどうでも良くなった。

 十分ほど歩くと港が見えてきた。港まで着いたらすぐ引き返そうと思っていたのだけれど、堤防の先で何かが動いているのに気が付いた。近くまで寄ってみると、天体望遠鏡を何やらいじっている人だった。私は堤防に上ってみることにした。

「星を見てるんですか」

 私はその人に近づいて行って声をかけた。

「はい」

 その人は望遠鏡を覗いたまま答えた。 暗くてよくわからないが、見た目は中学生か高校生くらいの男の子のようだ。

「どんな星が見えるんですか」

 思い切って質問してみた。すると彼はようやく望遠鏡から目を離してこっちを振り向いた。

「あ」

 二人同時に声が出た。一瞬彼と見つめ合ってしまった。どこかで見たことのある顔。知り合いだ。確か同じクラス。だけど名前が思い出せない。

「相原さん」

 先に名前を呼ばれる。だけど私のほうはまだ名前が思い出せなくて焦る。名前のどこかに「星」が入っていたのは確かだ。

「えと、星…………」

星数(ほしかず )

「あ、星数君」

 二人とも名前を呼び合ったきり喋らない。波の音が一際大きく聞こえる。何となく気まずい。

「ねえ、何やってたのこんなとこで」

「だから星を見てるの」

「あ、そうだったごめん……」

 気まずさを紛らわすためにさっきと同じような質問をしてしまった。より気まずくなった気がする。だけど今度はすぐ星数君が沈黙を破った。

「土星の輪」

「え?」

「土星の輪が見えるよ。見て」

 星数君は望遠鏡のレンズを指さして言った。私は言われるがままレンズを覗きこんでみた。

「わ、すごい」

 想像していたよりも小さかった。だけど、想像していたよりもくっきりと、綺麗に球体にリングがかかっているのが見えた。

「すごいでしょ」

 初めて星数君が笑っているのを見た。教室でも笑っていたことがあったかもしれないが、彼はクラスでは目立たず、喋ったことがあるかどうかも分からないほどの関係で、全く意識もしていなくて、だけどこうしてみると結構可愛い顔をしていて、とにかく、私は初めて星数君の屈託のない笑顔を見たのだ。

「……笑うと可愛い」

「え」

 またやってしまった。私は思っていることがすぐ口に出てしまう癖がある。私はこれで今まで数々の失敗を繰り返してきた。星数君も黙って俯いてしまっている。

「ごめんいきなり。でもほんとに」

「あ、ありがと」

 星数君はためらいがちに顔を上げて言った。

「ねえ、星が好きなの?」

 私は星数君にまた質問をしてみた。彼は堤防の先端に腰掛けて足をブラブラさせ始めた。

「うん、というか、宇宙が好き」

「宇宙」

「そう。こうやって空を見てると、宇宙って広いんだなあって思って。広いっていうか、宇宙に果てがあるかどうかもよくわからないから、広いっていうレベルじゃないんだけど」

「うん」

「でさ、遠くの星とか見たりして、宇宙の広さとか、すごさとか考えてると、小さいことがどうでもよくなるっていうか。地球って宇宙からしてみるとほんとに小さなチリみたいなもんじゃん。その中でちょろちょろ生きてるおれの悩みなんて、チリの中のチリの中のチリぐらいにどうでもいいことなんだなって思えるんだよね」

「あ、それ分かる。こうやって広いとこ来ると、夏休みの宿題やってないことなんて大した問題じゃないなー、ってなるよね」

「そうそう、おれも宿題やってない」

 そう言って星数君はまた笑った。私は彼の話が面白くてまた質問する。

「宇宙が好きなら、将来は宇宙飛行士とか、天文学者?」

「うーん、そんなすごいことはおれにはできないな」

「そっか」

「だけど、やっぱり宇宙には行ってみたいよね」

「やっぱり?」

「UFOみたいなのでさ、ユラユラ飛び立って、遠ざかってく地球に、サヨナラって手を振ってさ、どっか遠い星まで旅するの。いろんな星に着陸して、いろんなモノや人と出会うの」

 星数君は満天の星空を見上げたまま言った。私は彼が冗談で言っているのか、それとも本気で夢を語っているのか分かりかねず、とりあえず「はは」と小さく笑っておいた。だけど彼の瞳が夜空の星を映して綺麗に輝いているのは確かだった。これが私と遠野星数との最初の、いや実際は四月には出会っていたのだけれど、最初のちゃんとした(・・・・・・・ )出会いだった。





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