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雲の姫  作者: 黒作@また休止だっ
はじまりの祭
8/46

8.

「わあ!」

 念入りに変装して、少し多めのお金を持って。

 火の灯された道を伝ってたどり着いた街は、わたしの知っている昼の姿とはまるで違った。闇にとけかけた建物の姿を色とりどりの明かりが浮かび上がらせて、通りにはどこにこんなにいたのか、隙間のないほどに埋め尽くす人、人、人。

 その間をほんのすこし割いて、旅芸人達が踊っている。色とりどりのベールがひらひらとはためているから、雑踏の中でもすぐにわかる。わたしも踊りを習ったことがあって、あの色鮮やかなベールは、踊り子達の武器だと教えられた。あれは手であり、足であり、髪であり、誰とも変わらない普通の体を大きく見せるんだって。

 一度、ぶるっと体がふるえた。自分が興奮しているのがよくわかる。おそるおそる深呼吸をすると、油の燃える匂いや、食べ物の匂い、埃の匂いがした。

「すごーい……!」

 規模は、わたしが知っている青のお祭よりもはるかに小さい。だけど、この盛り上がりは同等か、もしかしたらそれ以上。街の飾りとかは決して豪華じゃない……というか、言っちゃえばひとつひとつは本当にちゃちで、お金のかかっていないものばかりなんだけど、でも、間違いなくどれもきらきらと輝いている。みんな、この祭を本当に楽しみにしていたんだ。

 感動して入り口で突っ立っているわたしを、何人もの人が追い抜いて街へと入っていく。

 わたしも! 熱気に乗せられて、胸をわくわくさせながら、人込みにつっこんでいく。こういうところを歩いた経験があまりないから、いろんな人にぶつかってあせったけど、咎める人は誰もいない。

 何を見よう? 何を食べよう。人込みに楽しく流されながら、露店や見世物を冷やかす。そう、まずは祭り火は全部見ないとかな。お祭のメインだものね。

 このシャ=ダエの祭、別名を火の祭りといい、13の祭り火を焚いて魔を払い、豊穣と発展を願う。その火をすべて拝むと、魔が払われ、子宝に恵まれるんだとか。今日、華姫に聞いてもらえなかった話だ。

 青にいた頃、友達と祭に行った時に、祭の由来を語ったことがある。返ってきたのは、「わざわざそんなの調べてきたの?」って呆れた、興醒めの顔。なかなか厳しい洗礼でした。おかげで自分が空気の読めない、無粋な子だって気づけてしまった。

 ともあれ。魔は払われると困るし(華姫は魔そのものだ)、子宝に恵まれる……なんてことがわたしに関係あるとも思えないけど、でも13の火にはそれぞれ意味があって、全部違う形で祭られているらしいから、是非拝見したい。

 祭り火の場所は、見当はつけられる。街の中心を囲むように六芒星を作って、頂点6つ、交点6つ、中央で13個。

 街の地図を思い出しつつ、周りを見回しながら進んでいたら、人込みの中にひょこひょこ見え隠れする人物に気がついた。一瞬、目を疑う。

 リルザ様?

 わたしの進むほうとは逆から、ふらふらと泳ぐように進んでいく。

 どうしてこんなところに? 危ないよね? 彼は子供に戻ってしまっている。

「ごめんなさい、通して」

 謝りながら体をねじいれるように人込みを横切り、彼の背を追いかける。わたしはそこまで背が高くはないから、リルザ様の緑国人らしい濃い茶緑色の髪はすぐに見失ってしまう。でも、リルザ様は時折、なにかを探すみたいに頭をめぐらせたから、その動きでかろうじて見つけ直した。

 早く追いついて、お城に戻ってもらわなきゃ。不安と心配ばっかりが胸にあふれる。

 また見失った。どこ? すぐ近くまで来たと思ったのに。止まって見回したくても、すぐに後ろの人に押されて、ずるずると歩き出す。

 突然、誰かに腕をつかまれた。

 息を飲む。だけど、それはリルザ様だった。

「やっと見つけた」

「えっ?」

 びっくりして思わず声がでる。

 そしたら、リルザ様もまばたき。驚いたように。

「なんだ。おまえ、くちがきけるのか」

「あ……はい、ごめんなさい」

 だって、そんな。ちゃんと認めてもらうまでしゃべらないって張っていた意地が、一瞬でどこかへ吹っ飛んでしまった。

 話しながら、人の流れに従って一緒に歩く。

「もしかして、わたしを探していたんですか?」

「うん。城からでていくのがみえたから、くちをきけないんじゃ大変だろうとおもって」

 心配させてしまったのか……って、なんだか納得いかなくて口をもごもごさせていると、リルザ様がわたしの腕から手を離した。あれ。

 今、リルザ様とふたりでは……!?

 ばっと頬を両手でおさえる。どうしようどうしよう。これはもしかして、このまま一緒にお祭をまわれたりする!?

 飾り飴を買って(甘いものお嫌いかな?)、的当てなんかもして頂いて(リルザ様の弓を引く姿を見たい)、火を囲んで踊る若者達の輪(ああいうのはみんな、こ、恋人と踊るはず……!)に入るとか、わああああ。

「り、り、リルザ様っ」

「おれ、リルザじゃないよ」

 へ? リルザ様を見上げる。リルザ様だよ、間違えてないよ、いくらなんでも。ぽかんとするわたしを気にせず、リルザ様は祭を眺めている。

 あ、ひょっとして、お名前を呼んじゃいけなかったとか!? 用心してるってことなのかも、そっか、さすがリルザ様!

「すみません。その、あの」

「うん?」

「一緒に、お祭を一緒に、まわって頂けませんか……!」

 わー言ったー!

「おれ、かねもってないよ」

 ……えっと。

 そうだった。リルザ様は今、子供なんだもんね。何度もがくっとなったけど、それは勝手ってものだ。緊張していた頬がゆるむ。

「わたし、少しならありますから。なにを見ましょうか? なにか欲しいもの、ないですか」

「じゃあ、のど、かわいた」

「じゃあイチジクとハチミツのジュースが売ってましたから、それでも」

「つめたい?」

「ええ、冷たそうでしたよ」

 さっき見かけた値段、かなり高く感じたけど、買えないほどじゃない。わたしの国では、氷は夏でもちょっと山に入ればいくらでもあったから、ここはあたたかい国なんだって思う。

「行きましょう、リルザ様!」

 がぜん張り切りって、リルザ様の手を引く。デートだ! ちょっとだけ、意識のない人に悪さをするような、小さな子をだますような後ろめたさがあるけど、ここは必殺見ないフリ。


 ジュースを飲みながら、祭り火を見る。本で読んだお祭りの由来をちょっと口にしてみたら、リルザ様からもっと詳しいお話が出てきて、驚いた。楽しく聞いていると、こんなのが楽しいの? と首を傾げられてしまったので、あわてて話を変える。弓を引いてもらいたいってお願いしてみると、いいよとあっさりと快諾。

 隣を歩くリルザ様をそっと見上げる。彼の態度に気負ったところは全然なくて、少なくともあのときのようにわたしをいやがってはいない。

 わたしの今の格好、身分はともかく、男の人には見えないと思う。じゃあ、着飾っているとだめってことなのかな? お城でもこの格好でいたら、こういうふうにお話できるのかな。……さすがに、クロース殿やガルディス殿に怒られるよね……

「ガルディスだ」

 リルザ様がぽつりと呟いた言葉に戦慄。

「ど、ど、どこですか」

 自分でも笑えるほど不審な動きになる。ガルディス殿、こわい。リルザ様は人だかりを指した。

 その一角がわっと盛り上がる。

「おお、また勝った。ありゃ素人じゃねえよ」

「素人じゃねえって、軍人はもうここらから引いたんじゃねえのか?」

 見物人の声を拾う。無数の足の間から、賭け試合の看板が見えた。

 わたしはガルディス殿は見つけられないけど、でも血の気が引く。本当に彼がいて、こんなところを見つかったら。

「い、行きましょう」

「そんなに、ひっぱらなくてもいいよ。ほしいものがあるの?」

「そうじゃないですけど、ほら、もう遅いですから戻らないと」

「なんだ。まさかおまえ、クロースになんか命令されてるのか?」

 わたしが言い訳を考えるまでもなく、リルザ様は気をまわしてくれた。肩をすくめる。

「かえらないと、おまえが怒られるんだろうしな」

 リルザ様、使用人にも(使用人には)おやさしい。お礼を言いながら、方向を変える。


 文字通り逃げ出すように街を抜けて、城へと伸びる、誰もいないゆるやかな上り坂を進んでいく。

 そのとき、ふいに目の前に影ができた。追いかけて響く、低い轟音。

 振り向くと、空に大輪の花。

「あ……花火!」

 ぱらぱらと小さな火の花束が落ちていく。すごい、このお祭、花火もやるんだ。花火も綺麗だし、花火という名前も本当に綺麗だと思う。

「リルザ様、花火ですよ!」

 はしゃいで、お名前を呼んじゃいけない、っていうのも忘れて彼を呼ぶ。でも返事がない。

 振り向いてみると、彼はなぜかしゃがみこんでいた。

 震えている。耳を塞いで。体を小さく小さくさせて。

 慌てて駆け寄り、彼の顔をのぞきこむ。

「リルザ様、どうなさったんですか」

 彼の目はおびえて、何も見ていなかった。肩をゆすると、わたしの腕をつかんできた。おどろくほどに冷えた手。

「かみなり」

「え?」

「かみなり、こわい」

 そのまま、顔を下へ下へとうずめていく。地面に倒れこむ彼を抱きとめた。

 少しわかったことがある。彼は、定まらず色々な子供の年代をさまよっているようだ。

 今の彼は、多分、さっきまでの彼よりずっと幼い。

「だいじょうぶ、雷じゃありません。花火です、こわくないものです。だいじょうぶ」

「ほんとうに……?」

「ええ、ほんとう。そうだ、何かお話をしましょうか。花火が終わるまで」

 あの音を止ませることができたらいいのに。さっきまで美しいと思っていたのに、今はそればかり。

「うん……」

「何のお話がいいでしょう。ねずみのポリトの冒険は?」

「それ、かなしくない?」

「かなしい?」

「おれ、かなしい話、きらい」

「かなしくありませんよ。冒険をするから、大変なこともいっぱいあるけど、最後はみんなが笑っているお話です。わたしが大好きなおとぎ話」

 ねずみのポリト=ノブレが、さらわれた友達クライビーを救うために旅に出る。

 仲間を得て、長い旅の終わりにやっと救い出すけれど、クライビーは死んでしまう。

 でも奇跡が起きて、クライビーは生き返るのだ。

「みんな、しあわせになる?」

「ええ。だからわたしはこのお話が好きなんです」

「……じゃあ、ききたい」

 よかった。顔をあげてくれたことにほっとする。花火は、間隔を長くあけながらも、まだ上がっている。音がするたび、リルザ様は苦しそうに目を閉じる。

 彼の手を握りしめて、お城へと導く。わたしよりもずっと大きな手が、これほど頼りなくなる姿を見たことがなくて、よくわからないおびえのようなものが胸にこみあげる。今のリルザ様を誰にも見せたくないと思って、それをうしろめたく思った。頭を振って、リルザ様に声をかけ続ける。

 だから彼らには、ずいぶん近づいてから気がついた。

 行き先をふさぐように、数人の男の人達が立っていた。こちらを見ている。

 お城へ行く道。でも、お城の人達じゃないと思う。彼らは、手に武器を持っている。

 わたし達を見るこの目は、なに?

「なんだよ、貧乏くせえな。これじゃ街のやつのほうがまだいい服着てるじゃねえか。何が城に戻る奴は金を持ってる、だ」

「まあまあ、数にはなりますって。男はどうします?」

「調子いい奴め。男は抵抗するなら殺せ。しなけりゃ連れてく」

 彼らは、わたし達のことを話しているんだと思う。だけどこの言葉は、わたし達には向けられてはいない。家畜を前に話すような。

 わたし達に向かってくる。

 リルザ様を背に隠そうとしたけど、多分なんの役にも立たない。

 華姫を。ちがう、だめなんだ今日は。

 じゃあ街へ。ともかく人のいるところへ。そうすればガルディス殿だっている。

 後ろを見ると、同じような男の人達がにじり寄ってきていた。はさまれていることにやっと気づく。

「あきらめろって。暴れなきゃ、痛いこともしねえからよ」

「なんだ、こっちの男。なんか変じゃねえか?」

 わたしは何もできなかった。

 わたし達はいともたやすく、彼らに囚われた。



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