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雲の姫  作者: 黒作@また休止だっ
はじまりの祭
5/46

5.

 ここはもう、雪がないんだな。

 青国とはちがうのだ。空を勢い良く駆けながら、魔獣の姫は空のにおいをかぐ。

「ひゃあっ」

 小さな生き物の悲鳴を聞きつけて、長く尖った耳がはねる。振り返ると、小さな影がひゅるると落ちて行くのが見えた。急ぎ、けれど風を起こさないように駆けつけた。

 手のひらに、目を回した小鳥を受け止める。

「ごめんごめん、見てなかったよ。大丈夫か」

 軽くクチバシをくすぐってやると、小鳥は目をぱちっと開いた。

「ま、ま、魔獣姫様!?」

「ボクを知っているのか。そうだよ、ボクは魔獣王の娘、華姫。おまえは?」

「ごごご、ごめんなさい、食べないでください!」

 華姫を見るなり、わっと泣き出す小鳥。眉をひそめる。

「食べない」

「じゃあ、いじめないでください!」

「いじめもしない」

「でも、魔獣姫様と言えば……」

「そういうのはやめた。父様に怒られたから」

 ふてくされた華姫の言葉を聞いて、小鳥は恐る恐る目を開いてみせる。と、華姫が突然、顔を突っ込むように寄せた。笑顔を作る。

「おまえ、かわいいな。赤い目がユーラに似てる」

 一瞬おびえたものの、小鳥は、まばたきをした。それからころっと、自分も笑う。

「ありがとうございます、魔獣姫様」

「そうだ。なあ、たまごを持って生まれたヤツの話を聞いたことがないか?」

「たまごを持って? たまごから生まれたのでなく?」

 小鳥は首を傾げる。すべての動作がいちいち素早い。

「そう、たまごを持って生まれたヤツ。たぶん人間だと思うんだけど」

 また首をひねり、難しげに考えてみせたものの、結局首を振る。

「魔獣姫様は、そのたまご持ちの人間に、何か御用がおありで」

「ボクが殺したヤツらのひとりなのさ」

「ええっ?」

「ボクは、生まれ変わったそいつに償わなきゃいけない」

「つぐな?」

 償うという言葉は、獣達の世界にはなじみのないものだ。

「わからなくて、いいさ。風に巻き込んで悪かったな」

 華姫は小鳥を空に放した。



  ***



 枝毛を見つけて、ぱちりと切る。さっきからこれを繰り返している。

 青にいた頃は、侍女のカリンがこまめに髪の手入れをしてくれていた。毎日丁寧に梳いて、香油を塗りこんで、毛先を少しだけ切ってととのえて。

 わたしは自分のことは自分でできるつもりだけど、今は正直、この長い髪を持て余し気味だ。

「ユーラ!」

「あ、おかえり。華姫」

 解いた髪を梳いていたところに、華姫が飛び込んできた。

「そうか、華姫に手伝ってもらえばいいんだわ」

「なに、掃除だったらもうごめんだよ。じゃなくて、ひどいよユーラ! 勝手に部屋に戻るなんて、またボクのこと忘れてたんだろ!」

「違うのよ、忘れてたわけじゃなくて……あれ、誰もいなかった?」

「あんなとこ誰が来るのさ」

 なんだ、じゃあリルザ様、すぐ起きられたのね。だったら目覚めるまでお待ちすればよかった。

 でもやっぱり、今は急いだほうがいいか。わたしは窓から太陽の位置を見る。頂からどんどんと落ちて行く。

「お風呂に入りたいの」

「風呂ぉ?」

 壁に吊るしたドレスを眺める。ドレスはなんとか綺麗に保っているけど、私のほうはほこりと汗でべたべた、とても着られたもんじゃない。

「夜に入れるじゃん」

「そうなんだけど」

 お風呂に関しては、毎晩夕食後、これでもかってほどのお湯が浴室に用意される。で、あとは自分ひとりで勝手にやる。

 でも今、入りたい。夕食の終わった夜じゃ遅い。

「クロース殿に頼めば、聞いてくれるのかな……」

「ええ、あいつに頭下げるのか? やめとけよ」

「悪い人じゃないとは思うのよ」

 クロース殿は、多分、礼儀正しくてきちんとした人だ。わたしと必要以上のことは話さないし、距離をとっているけど、それでも気遣いはわかる。初日は気づかなかったけど、水だってちゃんとすぐ下の部屋に用意されていて、毎日朝晩、取り替えられていた。掃除をするには足りないから自分で汲み足しているけど、それはわたしが勝手にやっていることで、クロース殿は知らない。

 だから余計にわがままは言いづらい。人がいなくて荒れ放題のこの城で、早くお風呂に入りたいからお湯を用意してくれなんて。

「……さっきのわたしの格好、貴族や王族には見えなかったよね?」

「はあ?」

 華姫のとても否定的な表情は、すでにわたしがこれから言うことをわかっている。

「あれで変装したら、街のお風呂とか行けないかな?」

「ユーラ、気は確か? いつもいつも、自分ははしたないことをしちゃいけないんだってボクに言ってたのは誰?」

 それは華姫が最初、人の常識を知らなかったからだ。服なんて邪魔だから脱げばいいのに、とか。

「それはそうよ。でもこれじゃ、ドレスが着られないんだもの」

「ドレスって、いつも掃除が終わったら、そのまま着てたじゃないか」

「それは、だって、どうせひとりで食事だし」

 誰もわたしを見てないんだから、体を拭いて、汗が引いたらそれでよしとしてた。でも、今日は。

「ねえ、いいから協力してよ。華姫が外に連れ出してくれれば、誰も気づかないもの」

 華姫にすりよる。

「街にそんな長い髪のヤツ、いないぞ」

「髪は洗わないよ、編み上げて布を巻いておく」

 むむむ、と華姫はふくれる。

「大丈夫だってば。いざとなったら華姫に助けてもらえばいいんだから!」

「あのなー!」


 はたして、わたしの緑で初めてのお忍びは、あっさりと終わった。自分でも拍子抜けするほどに。ふもとの街は意外なほどいろいろな人がいたから、髪を隠したわたしの格好も浮いてなかったと思う。港町だからなのかな?

 ドレスを着て、髪を結う。飾りの種類や数に迷っていると、華姫がとなりに飛んできて、一緒に並んで鏡をのぞく。

「なに、気合い入れてんの?」

「決めたの」

 華姫が眉をひそめる。

「リルザ様に、お声をもらいに行くの」



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