42.
「リーゼ、ほんとに、この町にウィヤンがいるの?」
ブルミッド家の町を東にそれて、たどり着いた小さな町。
馬を降りるリーゼに、ギギは何度目かわからない質問をする。道中、ギギはブルミッドの町を調べたほうがいいと提案したが、きっぱりと却下された。
「今もここにいるかは、わかんないけど。でも、あいつがここに来たのは確か。精霊につけてもらったから」
「ほんとにそんなことができるの……? どうせできるならもっと、具体的な場所までさあ」
「ずうずうしいやつだなー。これが風精霊の限界なんだ。人の多いところは、まぎれちゃうから苦手なんだよ。追跡するのなら土がいいんだけど、おれは土と相性が悪いし」
「はあ……反属性ってやつ?」
「知ってるんだ」
「知識としてだけどね。俺、四属性ないから、実感したことなくて」
「生きているものなら必ずあるよ。だれかの加護が」
ギギは、リーゼはわかっているものだと思ったので、少しばかり口をとがらせた。
「俺にはないんだってば。闇を扱うために、精霊の加護を捨てたんだ」
「精霊は捨てたりしない。おまえが勝手に、捨てたと思っているだけ」
「……そうなの?」
「そう。おまえは水の加護だから、よほどじゃない限り溺れて死んだりはしないんじゃないか」
「そ、そんなもん?」
「うん、そんなもん」
きょろきょろと、リーゼは町を見回しながら、歩き出す。
「でもクモは、わからなかったんだ。本来の加護が見えないほど、まとう闇が強くて」
「クモさんが?」
「うん。本当は加護がわかれば、もう少しうまく捜すやり方があるんだけど」
ここからは地道に手がかりを探すしかない、とリルザは不満そうに息をついた。
「おれは別に、ウィヤンなんか捜したくないんだぞ。あいつがクモの居場所を知ってるわけじゃないんだし」
ただ手がかりを持っているかもしれないから、とぶちぶちとこぼす。
「ウィヤンに会ったら……どうするの?」
「殺す。だって、あいつはおれに呪いをかけた」
ほら、とリーゼは左の手のひらをギギに示す。
「術者を殺せば呪いは解けるんだろ」
「そ、そうとも限らないよ」
「おまえ、妙な糸を使ったときにこう言ったよな。呪いとは違うから、俺が死んでも解けない、って」
また町へと顔を向け、リーゼは歩き出す。
「おれより闇の術に詳しいおまえが、呪いと他の術を区別していた。つまり、呪いっていうのは術者が死んだら死ぬもの、そういう風に分類されてるんじゃないか?」
否定も、肯定もできず、ギギはただ黙った。
「……まったく。まーだウィヤンをかばうんだもんな。あいつを裏切るって決めたんじゃないの?」
「別に、そんなつもりじゃ」
「そんなって、どんな。裏切ったつもりがないってこと? それとも、おまえがいまだにウィヤンを助けたがってるってこと?」
疎ましげに問われる。
「……それは、ちょっとあるかもしれないけど。でも、本当になんか引っかかるんだよ」
リーゼは足を止め、ギギを見た。
「呪いにも例外があるのと……あいつが死んだらすべて解決するような話に、あいつがするかなって」
昔、本当に危険な時のためにと請われて、闇術を少しだけ教えた。だが忌むべき闇術をウィヤンが本当に使うとは思わなかったし、ああも見事に使いこなしたということは、おそらくウィヤンはその後もひとりで学んでいた。
「それにしてもリーゼ、性格違ってない? もうちょっと、こう、品があったと思うんだけど」
「失礼なやつだな! おれだって、行儀よくしようと思えばできるよ。でも、今はおまえしか見るやつがいない。だったら無駄」
「いや、品っていうかさあ……」
「言っただろ。おれは、リーゼ。リルザじゃない。リルザは逃げた」
なにがおかしいのか、リーゼは笑う。
使う言葉だけではなく、動作の端々がちがう。子供っぽい、と思う。出会いからリルザはずっと威圧的だったが、歳や身分に見合った言葉を遣い、落ち着きがあった。
それでいて人好きのする笑顔は同じで、正直に言うと、ギギには気味が悪かった。
「おれなら、傷ついたっていいからね」
「なにそれ?」
「おれがなにをしようと、どんなに傷つこうと、リルザには関係ない。おれの記憶を、あいつは決して見ないから」
「……ちょっと、待って。ごめん、俺、よくわかんない……」
「別に、おまえが理解する必要はないでしょ。聞かれたから答えただけ。おまえは、おまえの心配をしてなよ」
言葉に詰まって、口を閉ざす。ギギにしては、珍しく。
そのとき、身に親しんだ寒気を感じた。
「リーゼ!」
「うん、おれにもわかった。闇の力が動いた。どこかわかるか?」
「あっち、そんなに遠くない!」
ギギには、目指すべき方角がはっきりとわかっていた。
町中で馬を飛ばすことはできない。引いて走るうち、やがて、見慣れた人影を見つける。
「う……ウィヤンっ!」
捜し人は、小さな宿屋から出てきた。今まさに、馬に乗らんとしていたウィヤンは駆けつけてきたふたりを見ると、眉を小さく上げてみせた。
「ずいぶん早かったね。危ないところだった。まあ、術を使ったんだから、おまえにはいずれわかってしまうと思ったけど」
「なんでここにいるんだ? クモさんは見つかったのか!?」
「部屋にいるよ。……早く、行ってあげてくれないかな。まだ震えていたから」
「おまえ、クモに何をした」
「こんにちは、リルザイス殿下。そして、さようなら。また近いうちに、お会いするかと思います」
にこやかに微笑み、ウィヤンは軽く馬の腹を蹴った。
リーゼは、宿屋へと駆け込んだ。
宿に部屋はいくつかあったが、リーゼは入るなり手近な部屋から次々にあらためていった。宿の主人や驚く客達に、すいません、すいませんと謝りながらギギも続く。
最も奥の部屋の扉を、リーゼはぶつかるように開ける。
中には、床にへたりこむ、クモがいた。
「クモ!」
クモは、目を大きく見開いたまま、こちらを見た。もともと白い肌が、さらに白く見える。
駆け寄り、膝をつく。
「大丈夫か? 怪我は」
「……リルザ様、どうして、ここに」
かすれた声が彼女の境遇を匂わせて、リーゼは苛立った。
血のにおいはするが、大きなローブにくるまれているクモは、はためには外傷がないように見える。
床に落ちた銀の髪に気づく。クモの左側の髪が切り取られていた。
「リルザ様、どうしてここに? 参の城は」
泣きそうな顔で、さきほどと同じ事を繰り返す。
リーゼは眉をひそめた。とりあえず、彼女を抱き上げてベッドへ横たえようとする。しかし彼女はおとなしく寝転がらず、起き上がってきてしまう。
「さ、参の城へ戻らないと。クロース殿やガルディス殿にもしものことがあったら、わたし」
「なにか起きてたとしても、今から行ったって間に合うもんか。それにあいつらはそうそう殺されたりしないよ。おれがいなきゃね」
リーゼは自分の翠の耳飾りを指ではじいた。
「もし誰かが死んだらこれが砕けるし。右はクロース、左はガルディス。交感はできなくなってるけど」
そこまで聞いて、クモは表情にどっと安堵を浮かべた。よかった、とつぶやく。
「そんなことより、おまえ、怪我してるだろ。どこだよ」
「あ、え、えっと……」
ローブのすそから、クモは自分の右手を出してきた。
閉じられたその手は血にまみれており、ギギが小さくうめいた。
「あの、俺にやらせてくれないかなっ……、絶対絶対、悪いようにはしないからさ」
「ギギ……さん?」
リルザは場所をつめて、ギギを招いた。ギギはぺこっと頭を下げながら、そっとクモの右手に自分の手を添える。
口早に呪言をつむぐと、なにもないところから白く細い糸が現れた。以前自分を捕らえたものだと気づいて、クモは一瞬体を震わせる。
「だいじょうぶ、すぐ終わるから」
糸は、ゆるく閉じたクモのてのひらへと向かい、その傷にまとわりつく。そしてそのうえから、くるくると彼女の手を包んだ。まるで、包帯のように。
「傷を治せるわけじゃないんだけど、塞ぐことならできるんだ。もう手を開いても痛くないと思うよ」
言われた通りゆっくり手を開くと、クモは驚いた表情を浮かべる。
「で? クモ、ほかに怪我は」
クモはリーゼを見上げ、もう一度驚いた顔をした。
「あなた、……リーゼ?」
「えー! さすがだぁ、クモさんは、リーゼだってわかるんだね」
ギギはすっかり感心してそう言ったが、クモはどこか戸惑っている。
「わかるというか……リルザ様の話し方と違うから、でも私の知ってるリーゼはもっと幼くて」
「どうでもいいけど、おれの質問は。怪我がないならそれでいいから、なんでここにいるか説明して」
自分に興味のない話題を遮って、リーゼが問い詰め始める。
「それは……ウィヤン殿の屋敷から逃げたあと、途中で力尽きて倒れてしまって。それをたまたまウィヤン殿が見つけたらしくて」
「なんだそれ」
リーゼが微妙な顔をするが、ギギも同じだった。
「クモさんて、どうやって屋敷から逃げたの?」
「その……召使いの女性をその……殴って、脅したの。それから天窓から抜け出して、ザナクーハのお屋敷を目指したんだけど」
話すうち、リーゼから苛立ちやら怒りやらの気配が強まる。察してちぢこまるクモは、さながら告解のようだ。
「少し休むつもりで……まさか、ウィヤン殿に見つかるなんて思わなくて……」
「それでここに来た? そのあとは」
目線を落とし、まばたきを小さく繰り返す彼女に、ついギギは口を出す。
「あ、あのさ、リーゼ。ちょっと休んでからでもいいんじゃない? 散々連れまわされたあげく、怪我負わされて、髪まで切られちゃったんだよ」
顔を上げ、クモは首を横に振る。
「髪は違うの、わたしがやったの。手も、そのときに自分で」
リーゼとギギが一瞬止まる。
クモはそれに気づくことなく、両手を組んで、深く頭を下げた。
「ごめんなさい、リーゼ……! 私、呪いをかけられてしまって……!」
***
クモが死ねばリーゼも死ぬ。
なるほど、ウィヤンらしい。ギギは妙にすとんとはまった気がした。
両手をぎゅっとつかみ、クモは唇を噛んだ。
「……シェリーさんが死んだのも、わたしのせいだったの」
「らしいね」
「リーゼ、知ってたの!?」
「成り行きで知った。全部、クモでつながってたんだな」
それはずいぶんな言葉な気がして、ギギは思わずリーゼを見る。クモが身をかたくしたのがわかった。
「ごめんなさい、リーゼ……全部、わたしの……」
リーゼは苛立たしげに遮る。
「そんなことより、クモ。なんでそんな無茶したの」
「え?」
「召使いを殴ったって、なんでそんな危ないことした? 相手が女性だからってなめすぎでしょ。自分のどんくささわかってる? ここ、赤なんだぞ。緑の女達とは違うんだ。今回は相手が怯えてくれたからよかったけど、やり返される可能性とか少しでも考えたか」
さらにリーゼは続ける。
「途中で力尽きて倒れたって、倒れる前に安全なところに行けなかったのか? ウィヤンが偶然見つけられるような場所だったってことは、誰からも見えるようなとこで倒れてたのか」
またさらに続けようとするリーゼに、ギギが割って入る。
「り、リーゼ、落ち着いて、ていうか今責めるとこそこなの?」
「クモみたいなのがひとりでうろつけるような場所、あるわけない。おまえがあそこにいること、リルザは知ってただろ。なんで助けを待たなかった。自分から危険なほう、危険なほうって行って、おれだって火に飛び込む虫なんか守れないんだぞ!」
「止まらない上にもっとひどいこと言ってるよ、リーゼー!」
クモはぽかんとして、リゼを見ていた。それから見る間に涙が浮かぶ。
「なんとか……しなきゃって思って……」
「なんとかする力もないのに?」
「だって、リルザ様……緑に帰してあげなきゃ……」
ぽろぽろ泣き出したクモの言葉に、リーゼは鼻白む。
「あああクモさん、泣かないでー! もうリーゼ、なにがしたいの。クモさん、ただの被害者でしょ! 俺とかウィヤンとかの!!」
「おまえが言うのそれ。……でも、そうだな。リルザのせいだな」
「ええ、今度はリルザのせい?」
「リルザがぼけっとしてるから、クモは心配してたし、リルザが助けに来るわけがないと思ってたわけだ」
これは情けない、とリーゼはうめく。
「ち、違うわ! リルザ様は参の城に戻らなきゃいけないから」
「もうそこが違う……まあいいや。クモはとりあえず無事。でもおまえが死ぬか、もうひとつなにかの条件次第で、おれが死ぬ呪いがかかった。ウィヤンはおまえに構われたがって逃げた。現状がこうだな。よし、すっきりした」
本当にすっきりした顔で、リーゼは息を吐く。
「で、クモ。おまえの本当の名前は?」




