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雲の姫  作者: 黒作@また休止だっ
はじまりの祭
45/46

42.

「リーゼ、ほんとに、この町にウィヤンがいるの?」

 ブルミッド家の町を東にそれて、たどり着いた小さな町。

 馬を降りるリーゼに、ギギは何度目かわからない質問をする。道中、ギギはブルミッドの町を調べたほうがいいと提案したが、きっぱりと却下された。

「今もここにいるかは、わかんないけど。でも、あいつがここに来たのは確か。精霊につけてもらったから」

「ほんとにそんなことができるの……? どうせできるならもっと、具体的な場所までさあ」

「ずうずうしいやつだなー。これが風精霊の限界なんだ。人の多いところは、まぎれちゃうから苦手なんだよ。追跡するのなら土がいいんだけど、おれは土と相性が悪いし」

「はあ……反属性ってやつ?」

「知ってるんだ」

「知識としてだけどね。俺、四属性ないから、実感したことなくて」

「生きているものなら必ずあるよ。だれかの加護が」

 ギギは、リーゼはわかっているものだと思ったので、少しばかり口をとがらせた。

「俺にはないんだってば。闇を扱うために、精霊の加護を捨てたんだ」

「精霊は捨てたりしない。おまえが勝手に、捨てたと思っているだけ」

「……そうなの?」

「そう。おまえは水の加護だから、よほどじゃない限り溺れて死んだりはしないんじゃないか」

「そ、そんなもん?」

「うん、そんなもん」

 きょろきょろと、リーゼは町を見回しながら、歩き出す。

「でもクモは、わからなかったんだ。本来の加護が見えないほど、まとう闇が強くて」

「クモさんが?」

「うん。本当は加護がわかれば、もう少しうまく捜すやり方があるんだけど」

 ここからは地道に手がかりを探すしかない、とリルザは不満そうに息をついた。

「おれは別に、ウィヤンなんか捜したくないんだぞ。あいつがクモの居場所を知ってるわけじゃないんだし」

 ただ手がかりを持っているかもしれないから、とぶちぶちとこぼす。

「ウィヤンに会ったら……どうするの?」

「殺す。だって、あいつはおれに呪いをかけた」

 ほら、とリーゼは左の手のひらをギギに示す。

「術者を殺せば呪いは解けるんだろ」

「そ、そうとも限らないよ」

「おまえ、妙な糸を使ったときにこう言ったよな。呪いとは違うから、俺が死んでも解けない、って」

 また町へと顔を向け、リーゼは歩き出す。

「おれより闇の術に詳しいおまえが、呪いと他の術を区別していた。つまり、呪いっていうのは術者が死んだら死ぬもの、そういう風に分類されてるんじゃないか?」

 否定も、肯定もできず、ギギはただ黙った。

「……まったく。まーだウィヤンをかばうんだもんな。あいつを裏切るって決めたんじゃないの?」

「別に、そんなつもりじゃ」

「そんなって、どんな。裏切ったつもりがないってこと? それとも、おまえがいまだにウィヤンを助けたがってるってこと?」

 疎ましげに問われる。

「……それは、ちょっとあるかもしれないけど。でも、本当になんか引っかかるんだよ」

 リーゼは足を止め、ギギを見た。

「呪いにも例外があるのと……あいつが死んだらすべて解決するような話に、あいつがするかなって」

 昔、本当に危険な時のためにと請われて、闇術を少しだけ教えた。だが忌むべき闇術をウィヤンが本当に使うとは思わなかったし、ああも見事に使いこなしたということは、おそらくウィヤンはその後もひとりで学んでいた。

「それにしてもリーゼ、性格違ってない? もうちょっと、こう、品があったと思うんだけど」

「失礼なやつだな! おれだって、行儀よくしようと思えばできるよ。でも、今はおまえしか見るやつがいない。だったら無駄」

「いや、品っていうかさあ……」

「言っただろ。おれは、リーゼ。リルザじゃない。リルザは逃げた」

 なにがおかしいのか、リーゼは笑う。

 使う言葉だけではなく、動作の端々がちがう。子供っぽい、と思う。出会いからリルザはずっと威圧的だったが、歳や身分に見合った言葉を遣い、落ち着きがあった。

 それでいて人好きのする笑顔は同じで、正直に言うと、ギギには気味が悪かった。

「おれなら、傷ついたっていいからね」

「なにそれ?」

「おれがなにをしようと、どんなに傷つこうと、リルザには関係ない。おれの記憶を、あいつは決して見ないから」

「……ちょっと、待って。ごめん、俺、よくわかんない……」

「別に、おまえが理解する必要はないでしょ。聞かれたから答えただけ。おまえは、おまえの心配をしてなよ」

 言葉に詰まって、口を閉ざす。ギギにしては、珍しく。

 そのとき、身に親しんだ寒気を感じた。

「リーゼ!」

「うん、おれにもわかった。闇の力が動いた。どこかわかるか?」

「あっち、そんなに遠くない!」

 ギギには、目指すべき方角がはっきりとわかっていた。

 町中で馬を飛ばすことはできない。引いて走るうち、やがて、見慣れた人影を見つける。

「う……ウィヤンっ!」

 捜し人は、小さな宿屋から出てきた。今まさに、馬に乗らんとしていたウィヤンは駆けつけてきたふたりを見ると、眉を小さく上げてみせた。

「ずいぶん早かったね。危ないところだった。まあ、術を使ったんだから、おまえにはいずれわかってしまうと思ったけど」

「なんでここにいるんだ? クモさんは見つかったのか!?」

「部屋にいるよ。……早く、行ってあげてくれないかな。まだ震えていたから」

「おまえ、クモに何をした」

「こんにちは、リルザイス殿下。そして、さようなら。また近いうちに、お会いするかと思います」

 にこやかに微笑み、ウィヤンは軽く馬の腹を蹴った。

 リーゼは、宿屋へと駆け込んだ。


 宿に部屋はいくつかあったが、リーゼは入るなり手近な部屋から次々にあらためていった。宿の主人や驚く客達に、すいません、すいませんと謝りながらギギも続く。

 最も奥の部屋の扉を、リーゼはぶつかるように開ける。

 中には、床にへたりこむ、クモがいた。

「クモ!」

 クモは、目を大きく見開いたまま、こちらを見た。もともと白い肌が、さらに白く見える。

 駆け寄り、膝をつく。

「大丈夫か? 怪我は」

「……リルザ様、どうして、ここに」

 かすれた声が彼女の境遇を匂わせて、リーゼは苛立った。

 血のにおいはするが、大きなローブにくるまれているクモは、はためには外傷がないように見える。

 床に落ちた銀の髪に気づく。クモの左側の髪が切り取られていた。

「リルザ様、どうしてここに? 参の城は」

 泣きそうな顔で、さきほどと同じ事を繰り返す。

 リーゼは眉をひそめた。とりあえず、彼女を抱き上げてベッドへ横たえようとする。しかし彼女はおとなしく寝転がらず、起き上がってきてしまう。

「さ、参の城へ戻らないと。クロース殿やガルディス殿にもしものことがあったら、わたし」

「なにか起きてたとしても、今から行ったって間に合うもんか。それにあいつらはそうそう殺されたりしないよ。おれがいなきゃね」

 リーゼは自分の翠の耳飾りを指ではじいた。

「もし誰かが死んだらこれが砕けるし。右はクロース、左はガルディス。交感はできなくなってるけど」

 そこまで聞いて、クモは表情にどっと安堵を浮かべた。よかった、とつぶやく。

「そんなことより、おまえ、怪我してるだろ。どこだよ」

「あ、え、えっと……」

 ローブのすそから、クモは自分の右手を出してきた。

 閉じられたその手は血にまみれており、ギギが小さくうめいた。

「あの、俺にやらせてくれないかなっ……、絶対絶対、悪いようにはしないからさ」

「ギギ……さん?」

 リルザは場所をつめて、ギギを招いた。ギギはぺこっと頭を下げながら、そっとクモの右手に自分の手を添える。

 口早に呪言をつむぐと、なにもないところから白く細い糸が現れた。以前自分を捕らえたものだと気づいて、クモは一瞬体を震わせる。

「だいじょうぶ、すぐ終わるから」

 糸は、ゆるく閉じたクモのてのひらへと向かい、その傷にまとわりつく。そしてそのうえから、くるくると彼女の手を包んだ。まるで、包帯のように。

「傷を治せるわけじゃないんだけど、塞ぐことならできるんだ。もう手を開いても痛くないと思うよ」

 言われた通りゆっくり手を開くと、クモは驚いた表情を浮かべる。

「で? クモ、ほかに怪我は」

 クモはリーゼを見上げ、もう一度驚いた顔をした。

「あなた、……リーゼ?」

「えー! さすがだぁ、クモさんは、リーゼだってわかるんだね」

 ギギはすっかり感心してそう言ったが、クモはどこか戸惑っている。

「わかるというか……リルザ様の話し方と違うから、でも私の知ってるリーゼはもっと幼くて」

「どうでもいいけど、おれの質問は。怪我がないならそれでいいから、なんでここにいるか説明して」

 自分に興味のない話題を遮って、リーゼが問い詰め始める。

「それは……ウィヤン殿の屋敷から逃げたあと、途中で力尽きて倒れてしまって。それをたまたまウィヤン殿が見つけたらしくて」

「なんだそれ」

 リーゼが微妙な顔をするが、ギギも同じだった。

「クモさんて、どうやって屋敷から逃げたの?」

「その……召使いの女性をその……殴って、脅したの。それから天窓から抜け出して、ザナクーハのお屋敷を目指したんだけど」

 話すうち、リーゼから苛立ちやら怒りやらの気配が強まる。察してちぢこまるクモは、さながら告解のようだ。

「少し休むつもりで……まさか、ウィヤン殿に見つかるなんて思わなくて……」

「それでここに来た? そのあとは」

 目線を落とし、まばたきを小さく繰り返す彼女に、ついギギは口を出す。

「あ、あのさ、リーゼ。ちょっと休んでからでもいいんじゃない? 散々連れまわされたあげく、怪我負わされて、髪まで切られちゃったんだよ」

 顔を上げ、クモは首を横に振る。

「髪は違うの、わたしがやったの。手も、そのときに自分で」

 リーゼとギギが一瞬止まる。

 クモはそれに気づくことなく、両手を組んで、深く頭を下げた。

「ごめんなさい、リーゼ……! 私、呪いをかけられてしまって……!」



***



 クモが死ねばリーゼも死ぬ。

 なるほど、ウィヤンらしい。ギギは妙にすとんとはまった気がした。

 両手をぎゅっとつかみ、クモは唇を噛んだ。

「……シェリーさんが死んだのも、わたしのせいだったの」

「らしいね」

「リーゼ、知ってたの!?」

「成り行きで知った。全部、クモでつながってたんだな」

 それはずいぶんな言葉な気がして、ギギは思わずリーゼを見る。クモが身をかたくしたのがわかった。

「ごめんなさい、リーゼ……全部、わたしの……」

 リーゼは苛立たしげに遮る。

「そんなことより、クモ。なんでそんな無茶したの」

「え?」

「召使いを殴ったって、なんでそんな危ないことした? 相手が女性だからってなめすぎでしょ。自分のどんくささわかってる? ここ、赤なんだぞ。緑の女達とは違うんだ。今回は相手が怯えてくれたからよかったけど、やり返される可能性とか少しでも考えたか」

 さらにリーゼは続ける。

「途中で力尽きて倒れたって、倒れる前に安全なところに行けなかったのか? ウィヤンが偶然見つけられるような場所だったってことは、誰からも見えるようなとこで倒れてたのか」

 またさらに続けようとするリーゼに、ギギが割って入る。

「り、リーゼ、落ち着いて、ていうか今責めるとこそこなの?」

「クモみたいなのがひとりでうろつけるような場所、あるわけない。おまえがあそこにいること、リルザは知ってただろ。なんで助けを待たなかった。自分から危険なほう、危険なほうって行って、おれだって火に飛び込む虫なんか守れないんだぞ!」

「止まらない上にもっとひどいこと言ってるよ、リーゼー!」

 クモはぽかんとして、リゼを見ていた。それから見る間に涙が浮かぶ。

「なんとか……しなきゃって思って……」

「なんとかする力もないのに?」

「だって、リルザ様……緑に帰してあげなきゃ……」

 ぽろぽろ泣き出したクモの言葉に、リーゼは鼻白む。

「あああクモさん、泣かないでー! もうリーゼ、なにがしたいの。クモさん、ただの被害者でしょ! 俺とかウィヤンとかの!!」

「おまえが言うのそれ。……でも、そうだな。リルザのせいだな」

「ええ、今度はリルザのせい?」

「リルザがぼけっとしてるから、クモは心配してたし、リルザが助けに来るわけがないと思ってたわけだ」

 これは情けない、とリーゼはうめく。

「ち、違うわ! リルザ様は参の城に戻らなきゃいけないから」

「もうそこが違う……まあいいや。クモはとりあえず無事。でもおまえが死ぬか、もうひとつなにかの条件次第で、おれが死ぬ呪いがかかった。ウィヤンはおまえに構われたがって逃げた。現状がこうだな。よし、すっきりした」

 本当にすっきりした顔で、リーゼは息を吐く。

「で、クモ。おまえの本当の名前は?」

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