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雲の姫  作者: 黒作@また休止だっ
はじまりの祭
38/46

36.

 泣き喚くカルアの声がギギを責める。大丈夫だなんて言葉、なぜ鵜呑みにしたのか。ずっとずっとカルアといたくせに。そのほうが自分にとって都合がよかったから。ギギは唇を噛む。

 けれど一方で、避けられることではなかったとも思う。クモに会う機会が少し遅くなったからと言って、カルアの位置がとって代わられた事実は変わらない。

 いぶかる見張りの3人にまた適当な受け答えをし、カルアを抱えて彼女の部屋へと向かう。彼女は今、ギギの肩に強く強く顔を押しつけて、体中をこわばらせて泣いている。

 カルアもまた、銀の姫を求める中で、さらわれてきた。もとは人売りの奴隷で、手放す気のなかった主を殺し無理やり奪った。

 カルアの置かれていた境遇はひどかった。そこからさらわれてきて、はじめはすべてを拒絶していたけれど、ウィヤンはカルアをそれは大切に扱った。静かに守られ、愛されて、やがてカルアは心をほどき、ウィヤンを愛するようになる。その過程を見ていたから、はじまりの形は歪んでいても、誠実な心さえあればいつかは丸く収まると自分に言い聞かせた。

 本当は胸の奥でいつも、ちりちりと叫んでいたのに。

 友人のつもりだった。だからいつも、笑って力になった。あのときも、カルアをさらって、主を殺したのはギギだった。


 部屋に戻っても、カルアは泣き続けている。髪をなで、抱きしめる。

「カルア……泣かないで。カルアは本当に、何ひとつ悪くない。悪いのは俺達だよ。ごめんな。本当にごめん」

「謝らないでよ!」

 悔しそうに、こぶしを叩きつけてくる。

「わかってたもん、ウィヤン様はずっと、ちゃんと言って下さってたもん。本当は別に好きな人がいるって、カルアにはひどいことしてるって、いつも、あ、謝って……」

 謝ったからなんだというのか。謝りながら、飲ませるのは甘い毒。でもカルアにはわからない。わかってしまうほうが、彼女にはひどいこと。

 カルアは、ギギの胸に頭をぐっと押しつけた。その表情は見えない。

「……ごめんね、ギギ」

 必死にこらえる声。

「ほんとにね、わかってるつもりだったの。ウィヤン様が幸せになれるなら、あたしが恋人じゃなくてもいいって。でも、あの人を見たら」

「カルア」

 あまりに自分がみすぼらしくて。

「あたし、ばかだね。よくわかって、なかった……」

 ウィヤン。カルアが泣いているよ。おまえを呼んで、泣いているのに。

 もうおまえは、見向きもしないんだな。



***



 薄く血のにじんだ指先を、じっと見つめていた。はねのけられた時、引っ搔いたらしい。

 口に含む。かすかに広がる鉄の味。白い髪の女の子。どうしてあんなに苦しそうに泣いていたんだろう。

 まるでわたしにひどいことを言われたような、そんな顔をしていた。


 ふたりは扉を開けたまま出て行ったから、逃げるチャンスかと思ったものの。すぐに誰かが駆けてきて、扉を閉めて鍵をかけていった。つい最近もこうだったよねって、ザナクーハのお屋敷を思い出して、とうとうため息が落ちた。

 首を振る。落ち込んでいる場合じゃない。

 リルザ様は逃げられたんだから、次はわたしが逃げなきゃ。まさか本当にウィヤン殿の妻になる気なんてなかった。

 部屋を見回す。

 今のわたしは、この部屋に監禁されている状態。出入りするのはウィヤン殿と、世話をしてくれる召使いの女性だけ。

 そしてウィヤン殿は今朝、少しの間退屈だろうが、待っていてほしいと告げてきた。くわしいことは話さなかったけど、しばらくここには顔を出さないってことだと思う。

 用があるときは、部屋にある紐を引くと召使いの女の子が来てくれる、感じなんだけど。

 やっぱり、ウィヤン殿が来ないというなら、チャンスのはずよね。

 ……よし。



 ノックのあと、カチリと鍵が開かれる音。

「クモ様、お呼びでしょうか?」

 現れたのは、わたしと同じか、少し上くらいの召使いさんだった。お仕着せもふるまいも、青を思い出させる。ザナクーハのお屋敷には、こういう女性はいなかった。

「ベッドに、なにかちくちくするものがあるみたいなの。確かめてもらえませんか?」

 言い終わるや否や、彼女はこちらがすまない気持ちになるくらい青ざめる。

「申し訳ございません! すぐに替えさせて頂きます。お怪我はございませんか?」

 首を振ると、彼女は速足で部屋の中に入ってくる。

「本当に申し訳ありません、今すぐ、確認して交換いたします」

 まっすぐにベッドに向かい、シーツをはがそうとする。今だ、と思う。

 無防備になった彼女の後頭部に向けて、用意しておいた椅子の脚を振り下ろした。さっき壊して折り取ったもの。

 手ごたえは、思ったよりは軽かった。でも無防備だった彼女はベッドに突っ伏し、後ろ頭を抱えて身をちぢこめる。

「……な、何をなさる……」

 起きてる、失敗した。彼女は意識を失うどころか、すぐに身体を起こしてこちらを向こうとしている。

 あわててもう一度殴ろうとしたのに、振り上げたところで身がすくむ。もっと強く殴ったりして、大丈夫なの? よくわかっていないわたしがやって、本当にうまく気を失ってくれるの? イデル様の言葉が頭をまわる。

 わたしの顔を見た彼女は、ひ、と怯えながらあとずさった。椅子の脚を振り上げて止まっているわたしは、きっと、ひどい形相をしている。

「申し訳ありません、申し訳ありません……どうかお許しください……!」

 その懇願に身体が震えた。だめ、ひるんでる場合じゃない。わたしは逃げるの。

「痛い目に遭いたくなかったら、わたしの言うことを聞いて」

 ぎゅっと椅子の脚を握りしめる。全身が震えている。わたしが思いつめ、切羽詰まっていることは、彼女に十分伝わったようだった。こくこくと何度もうなずいてくる。

「服を……あなたの服をもらいます。そこで脱いで」

 彼女もまた震えながら、素直に従った。それから用意しておいた細長い布で彼女を後ろ手で縛り、さらにベッドに縛りつけた。叫ばれても困るから、口にも。

 それから呼び出しのベルを壊す。あとなにかできることは。彼女の脚も縛っておく? 扉の前に重い家具を置いておく?

 彼女と目が合った。涙で濡れて、わたしをうかがう目。こわくなって、彼女に目隠しをつけた。彼女は抵抗しない。

 もういい。早く逃げよう。きっと、余計なことはしないで急いだほうがいい。ドレスを脱ぎ、彼女から奪ったワンピースを着てエプロンをつけた。靴と靴下、それに帽子ももらう。帽子を脱がせたとき、自分が殴ったところが気になって見てみた。血がうっすらと出ていたけど、もう固まり出していて、それだけに見えたから少し安心する。

 下着姿の彼女にナイトガウンを羽織らせ、前を留める。それからわたしは、部屋の天窓を見上げた。


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