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雲の姫  作者: 黒作@また休止だっ
はじまりの祭
34/46

32.

 月は銀色がいい。

 黄も赤もだめだ。

 似ていない。


「ウィヤン様ぁ……まだ、眠らないの?」

 扉から顔だけそっとのぞかせ、舌足らずに甘えてくる声が、自分を気遣っていることはわかっている。けれどウィヤン=ブルミッドは微笑んで見せただけで、それ以上返せなかった。

 少女は唇を尖らせる。跳ねるように部屋に入ってくると、窓にはりついたまま突っ立っているウィヤンの腕にしがみつく。少女はウィヤンの頭ふたつ分ほども小さかった。小さなつむじを見ながら、真っ白な髪をできる限り優しくなでた。きっとひどくすねて、寂しがっているだろうから。

「一緒に、寝ようよ…、アタシ、いーっぱいがんばるよ?」

 思わず苦笑し、その髪にキスを降らせる。髪じゃ物足りないよ、こちらを見上げる大きな瞳がそう言っても、今は無理だった。この心はまた、彼女の物になってしまっているから。

「ごめん、カルア。でも、僕の病気のことは、君もよく知っているだろ?」

「……だけど」

 知っているからこそなのだが、カルアにはうまく言葉にして伝えることができなかった。それが口惜しい。ウィヤンに絡めた腕に、ぎゅっと力をこめる。せめて自分がここにいると覚えていてほしかった。けれど、その想いはやってきた男の声で振り払われることになる。

「ウィヤン、ウィヤン。起きてる?」

「ギギ! 連れてきたか!?」

「えーっと結論からいうと連れてきたんだけどさ……ちょっとややこしいことになっちゃってさ」

「歩きながら話してくれ」

 ウィヤンは、報せを持ってきたギギと共に、足早に部屋をあとにした。

 ひとり残されたカルアは、その背中を言葉なく見送る。



 リルザに横抱きにされたクモを見るなり、ウィヤンは固まってしまった。

 リルザの表情が険しくなり、ギギが引き攣った半笑いを浮かべる。

「この人の、目は?」

「え、目?」

「早く、早く起こしてくれ、ギギ!」

 必死の懇願に、慌ててギギは印を切り、呪い言を唱えた。解呪の光を宿した手のひらをクモに近づけ、最後の言葉をつぶやき終えると、クモの体を戒めていた白い糸はさらさらとほどけて霧散した。

これで彼女は夢から覚める。はずだった。だが、目覚めない。のぞきこんでいた男3人が、顔を見合わせる。

「……目覚めないが」

「ギギ、早くしてくれ! まさか失敗したのか?」

「あれれ、おかしいな、ちゃんとできたと思うんだけど」

 クモの様子を見たギギは、思いついたようにぽんっと手をたたいた。

「今は夜だし、きっと疲れて寝てるんだよ!」

 冷たい視線がギギに注がれる。

「ほ、ほんとだって。だってほら、気持ちよさそうに寝てると思わない? ねえちょっと、クモさん、クモさーんっ」

「触るな」

 肩をゆすろうと手を伸ばしたが、届く前にリルザに蹴り飛ばされた。痛みにうめいていると、クモがかすかに声を漏らしながら身じろぎをした。

 ゆっくりと目を開いた彼女は、まばたきを2度した。そして、この場の全員にのぞき込まれていた状況に気づき、顔をさっと赤くする。

「あの、これは一体……リルザ様、おろしてくださいっ」

 暴れだしたため落としそうになりつつも、リルザは彼女を降ろす。ギギは、なぜクモがリルザと呼んだのか不思議に思う。リーゼじゃなかったけ? 愛称にしてはどちらも短すぎるのに。

 クモは真っ赤な顔で、リルザの隣に下がる。ウィヤンは、ただ固まっているようだった。



***



 静まれ、心臓。

 こんな暴れたままでは、この男に聴こえてしまうかもしれない。

 彼女を見るな。僕が欲しかった人は、彼女じゃなかった。そうだろう?

 筋書きは出来た。

 あとはそう、僕次第なんだ。しっかりしろ、ウィヤン=ブルミッド!

 ゆっくり息を吐け。落ち着け。

 問題ない、ここは筋書きと同じなのだから、この行為を隠す必要はない。

 ウィヤンは、リルザに対してにっこりと微笑んだ。

 やりすぎない。いつもどおりに。

 羽織っていた外套を引き、石畳に膝をつき、こうべをたれた。

「う、ウィヤン?」

「リルザイス殿下、ようこそ我が町へ。歓迎いたします」

「なに? なに言ってんの、ウィヤン。とうとう頭がおかしく……」

「ギギ、下がっていなさい」

 主の命に、納得してはいなくてもギギは素直に従った。予想通りの反応。

 うん、おまえはそれでいい。

 顔を上げ、濃い色の髪の男を見上げる。大人びたが、面影はおぼろげだった記憶とぴたりとはまった。表情は険しく、感情が読み取れない。

 いや、僕が読み取れるわけがないし、読み取る必要もないんだ。おびえるならおびえて見せていい。

 目が合えば、強いまなざしにウィヤンはひるんだ。一瞬そらしてしまうが、勇気を出してもう一度顔を上げ、微笑んでみせた。

「僕は、この一帯を治める領主テドール=ブルミッドの息子、ウィヤン。あなたのことは、お顔を見知っておりました。見聞のために、六大国すべてを巡りました折に」

 肯定はされないが、否定もされない。ただ変わらず、見つめられている。

 僕の企みを見透かそうと。

 させない。

「このギギが連れて来たということは、僕の事に関して、すでにご存知でしょうか? 良い部下なのですが、どうにもおしゃべりが好きな奴でして」

「リーゼだ」

 ウィヤンが確信を持っていることは、リルザもわかっている。だからこれは、この名前を使えということ。

 まあ、あなたが誰であろうと、それ自体はどうでもいいんだ……

「リーゼ様。このような事に巻き込んでしまい、本当に申し訳なく思っております。なにか謝罪となるような事をさせていただきたいと思うのですが……それも、失礼に当たるでしょうか」

「このクモが、捜し人ではなかったのか?」

 リルザはウィヤンの質問には答えなかった。自分の質問をしてくる。

「いくらなんでも、あなたの奥方に手を出すなど」

「答えになっていない、ウィヤン=ブルミッド」

 リルザが問う立場であり、ウィヤンは答える立場。主導は渡さないと、そう知らせてくる。さすが王子殿下ですねと内心で肩をすくめる。

 ウィヤンは、言いたくなかった、そんな空気を出すために、息をつき、もったいぶって間を空ける。

「違います。……そもそも、捜し人であるわけがないのです」

「どういうことだ?」

「失礼いたしました。僕の捜し人は、もう今生にはいないのです」

 え、そうなのっ? ギギがきょとんとした顔をする。苦笑してみせる。

「ギギ、君だけじゃない。誰にも言ったことがなかった。彼女はもう、とうに亡くなっている」

「……そんな。だからなの? だから自分で捜しにも行かず、俺にも捜させないで、こんなことをしていたってこと?」

「まあね。そんな目で見るなよ、悪いとは思っているんだ。下らないことをしているともね。だけど、それでも捜したかった。どこかにいると信じたかった。みんなの力を借りるためには、捜し人はもう死んでいます、じゃ、だめだろう?」

 ギギの目に、哀れみが混じる。ギギは演技じゃない。リルザイスは、そのギギを見ている。いいぞ。

「そういうわけです。本当にご迷惑をおかけしました。もし良ければ、しばらく我が屋敷へ滞在していただけませんか? 歓迎いたします。もっとも、あなた方にとっては歓迎にならないかもしれません。で、ありましたら、なにか形のあるもので謝意とさせていただきたいのですが……」

「気に入らないな」

「……なにがでしょう?」

「ウィヤン=ブルミッド。おまえは逃した銀髪の娘を、憔悴するほどに求めると聞いた。目的の娘の死を知った上で、そこまで固執するのか?」

 ギギはそこまで話したのか。

「恋狂いなのですよ。リルザイス殿下。失礼……リーゼ様。心を失ったものに、常人の道理を説いても無駄なことです」

「それについては、俺も他人事ではない。だが、ウィヤン=ブルミッド。人違いだったと笑いながら、クモを見る目は最初からずっと、この上なく真剣だ。俺はそれが気に入らない」

 心臓をつかまれた気分だった。

 動揺した。そして、リルザはそれを見逃してはくれなかった。

 神様。もしいらっしゃるのなら、お尋ねしたい。せっかく一生に一度の幸運を下さったのに、目の前でぶらさげただけで終わらせるおつもりなんでしょうか?

 どうか、どうか、つかみとる力を。

「……僕は、あなたが恐ろしいから」

 すべり出たのは、考えていたセリフとは違ったものだった。するりと落ちたそれは、ウィヤンの本音だった。

「どうして、あなたのような方がこんなところへいらっしゃると考えるでしょう。野心たくましい赤の武将が見れば、喜び勇んだかもしれません。ですが、僕には武勲も手柄もどうでもいいこと。僕はただ、日々の勤めをこなし、周りに迷惑をかけながらも、時折愛しい人への慕情に溺れていられれば、それでよかったのです。

 でもあなたの存在は、そんな僕の日常をいっぺんに揺るがします。……僕はそんなこと、望んでいない。できるなら、あなた方にはこのままそっと、行き過ぎて頂きたい。身勝手な事を言っているのはわかっております。

 ですが、あなたの強い目を見て、いまさら僕は自分の楽しみに溺れている場合ではないと悟り、焦っているのです。……僕のわがままで、みんなを巻き込んでしまうと、心底……恐れているのです」

 これは、本音だ。

 みんなを巻き込むことを恐れている。誰も傷つけたくない。日常を壊したくない。

「……なるほど」

 リルザの警戒が、ほんのわずか解けたのがわかった。ウィヤンは泣き出したくなった。

「わかった。俺達は、すぐにここから発とう。叶うなら馬をいただきたい。できぬならそれでかまわない。返答を」

「用意いたします。リーゼ様、失礼ついでにお願いがあるのですが」

 すでにリルザは離れようとしている。視線だけよこしてくる。

「体調の不良から務めを下がられたと聞いておりましたが、お元気そうな姿を拝見でき、喜ばしく思っております」

「赤の民に言われるとは思わなかったな」

「4人いる王子の中で、敵としてあなたが一番恐ろしかったと、信頼の置ける者達が口を揃えます。優れた人物には心を惹かれるものです。僕があなたをお見かけしたのは、もう何年も前のことになりますが、不思議とお顔を忘れられなかった。もし、よろしければですが、握手を願っても?」

 そういって、ウィヤンは右の手を差し出した。

 リルザは一瞬、迷ったようだった。それでも、左の手を差し出してきた。

 そうすると思った。

 自分の右の手を引き、左の手でリルザの手を握る。

「うめこまれるはいしのかけら、いのちうがつはまよひごのくさび」

 禍々しい闇が生まれ出でる。

 自分はきっと、今も微笑んでいる。

 叫び、苦しみだしたリルザがひどくいとおしい。

 あなたがいなくなってくれれば、僕は、彼女を手に入れられる。


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