31.
ブルミッド家は、この一帯を治める領主の家だと言う。
町には活気があり、町のチンピラまで掌握しているところを見ると、現当主は、表裏において実力のある人物らしい。
「息子は、ウィヤンっていうんだ」
夜の賑わいすらおとなしくなってくる、宵と明けの間。
ギギは、クモを乗せた馬をのんびりと引きながら、よくしゃべった。話好きというのは、本人の口からも聞き、また道中これまでからもよくわかった。
今、ブルミッド家を目指しているのは、ギギとリルザ、そしてクモの3人。グィドーは他のふたりと先に治療のために戻った。見張りはギギひとりだけでいいのかとわざわざ問いかけたリルザに、ギギはしれっと「だってリーゼ、あんた俺以外は殺しちゃいそうなんだもん」と答えた。
「ほんとねえ、悪いやつじゃないんだ。悪癖なんてこれだけなのよ? 次期領主として、ちゃんと期待されてんだから。俺、ガキの頃からの付き合いなんだけど、いつもいじめられてた俺を自然と輪に入れさせて、みんなに納得させちゃってさ。感謝してんの」
ずっと黙っているリルザに、ギギは振り向いた。
「俺、うるさい?」
妙に素直に尋ねてくる仕草は、不思議と憎めない。だが、リルザはこくりとうなずいてみせた。そのとおり、うるさい。悪事を働く者の言い訳にしか聞こえない。
「で。きっと屋敷を見たらわかると思うんだよねー、やっぱ、家とかってそこに住んでる人の空気になるじゃん。お貴族様の屋敷なんてどこも居心地悪くて鼻につくって思ってたんだけどさ、あそこはなんていうか、雑多? だめな連中も平気で出入りしてるし、身分高い人たちも別にそれを気にしてないし……」
思わずリルザは噴き出した。
「あれ、俺なんか変なこと言った?」
「いや」
会話を切ったつもりだったのに、当然のようにまた一方的なおしゃべりを始められてしまった。
「てっきり黙ると思ったんだが」
「ふへえ、リーゼ、あんた笑うとかわいいねえ!」
「……それ、喜ぶと思うか?」
「別に喜ばせようと思って言ったんじゃないし。気にさわったなら謝るけど」
そんな謝罪、いるわけがない。眉をひそめて黙ると、ギギはまたけらけらと笑い声を上げた。
「俺、しゃべってないと死んじゃうんじゃないかなー、ってくらい、ずーっとしゃべるんだよー。さすがにシャレになんないときは黙ってるけどさ。だから、シャレになんない時って好きじゃないんだよね。しゃべれないじゃん」
「シャレにならない時が好きなやつも少ないだろ」
ギギが不思議そうな視線をよこしてきたので、釣られて顔を見返す。
「俺の話に返してくれたの、さっきぶりじゃない?」
「そりゃ、あんな話に返せる言葉なんか、ない」
「えー、いいじゃん。フォローすんな馬鹿、とかで」
またも、リルザは笑わされてしまう。もともと笑いの沸点は低い。らしい。
「……何を話されようが、人さらいを肯定することなんか、ないから。まともな会話にはならないよ。ところで、領主の息子とやらが、クモを気に入らなければそれでいいが、気に入った時の話はまだしていなかったな?」
「えー、だってそこらへん恐くて話したくないんだよね……」
「わかってるじゃないか」
多少和んだとしても、状況は何も変わらない。必要であるなら、ギギを手にかけることをためらうつもりはなかった。
「屋敷に行けば、俺をどうにかできると思うのか?」
「いやー、どうだろう。難しそう。でもねー、どうしてもクモさん? 連れて行きたいんだよね」
「なぜ?」
「んー」
言葉を切り、間をおく。
「ウィヤン、銀髪の子のことになると、おかしくなっちゃうんだよねー……」
口調とともに、その表情に落ちた影はひどく暗く見えた。
「前もさ、あったのよ。銀髪の子に逃げられちゃったこと。ウィヤンに報告したら、なんかもう病気みたいになっちゃったんだよね。逃げたその子は、あの初恋の子だったかもしれないって、ぶつぶつ何度も繰り返して。そんなわけないのにさ。
それから、どれくらいの期間だったか忘れたけど、なにもかも放りだして、逃げたその子を捜した。夜も眠らない。眠れなかったのかな。結局見つけ出して、人違いだった、で終わったんだけどね」
ギギは、足を止め、眠り続けるクモの顔を見た。
「ウィヤンは、この土地を離れられない。だから、その初恋の子を捜しにいけない。俺が代わりに捜してきてやるって言ったことがあったんだけど、教えたくないって断られた。俺がその子を見たら、きっと独り占めして、戻ってこなくなるからって。おかしーよな、そんなこと言ったら、そもそも俺が行く前に他の男のものになってる事を心配しろっつーの。
名前も教えてくれなかった。名前も独り占めしたいんだって。他の男がその子の名前を呼ぶのがいやなんだって。普段はおだやかなやつで、物欲とか全然ないのに、その子に対してだけすげー執着するんだ」
クモの背にかけていたギギの上着を、かけ直す。様子を確かめると、ギギはまた馬をゆっくりと歩かせ始めた。
「あいつ見てると、たまんなくなる。そのうち、壊れちゃいそうでさ」
「屋敷には入らないって、そんな今更!」
話が違うと、ギギは抗議の声を上げる。
「クモが捜し人じゃないとわかれば、それで無罪放免なんだろ? だったらその領主の息子だけ、ここに来て確かめろ。この条件が呑めないなら、いい。このまま馬を奪ってここから逃げるから」
「宣言されちゃったよ。最初からそのつもりだったわけ?」
リルザは答えなかった。その通り、ギリギリで言い出すつもりだった。
「もー、ずるいなー……和平の儀も効果切れただろうしなあ。わかったよ、多分あいつ俺達のこと、今か今かって待ってるはずだから、すぐ連れて来れると思う。……ちゃんと待っててよ? 忠告になると思うけど、夜蜘蛛の糸は俺しか解けないからね。それに、呪いとは違うから、俺が死んでも解けない」
「聞いておく」
ほんとにちゃんと待っててよー、と、もう一度念を押して、ギギは走っていった。
一息つく。馬がじっと、ギギの去った方向を見つめていることに気づいた。
「主人が行ってしまっても、ちゃんと待てるのか。信頼しているんだな」
手入れされた毛並み、健康的な目、怯えたところの一切ないまなざし。他人であるクモやリルザといても、落ち着いている。大切に育てられてきたんだろう。
かつての自分の馬を思い出す。そういえば、あいつはどうしているだろう。ガルディスやクロースがいいようにしてくれているとは思うが、ギギに比べて自分はひどい主人だ。
緑は草原の国であり、馬と共にあった。子供は、3つ、4つの幼い頃から馬に乗り始める。
どこまでも続く平原を、ともに駆けることが好きだった。
――ギギを殺せば、おまえは悲しむだろうな。
鼻面をたたいてやると、馬は素直に喜んだ。
背から、クモを降ろす。石段に座らせ、自分にもたれかけさせた。
先ほどの苦しげな様子はおさまり、今は静かに眠っている。
実際、何者なんだろう。
クモが青の娘であることは間違いない。銀の髪はもちろん、彼女は教育を受けている。緑の女性にはありえないこと。
ではなぜ、そんなクモが緑にいたのか。緑国民にもあまり知られていないリルザの顔を知っていたのか。
最初は、ガルディスあたりの妻かと思った。
面食いのあいつが選ぶ女性として納得できるし、リルザの状態がこうでも、ガルディスなら結婚くらいはするだろう。
クロースは考えづらい。黒国とのハーフであり、見た目にも黒国人の特徴が強い彼は、緑国女性を妻に持ちたいと言っていたし、何よりリルザの許しなしに彼が結婚することは性格から言ってありえない。
次に目覚めた時には、クモは侍女だったらしいとわかった。ザナクーハの屋敷で、請われて指導をできるほどに。
どんな夢を見ているのか、今度はにやにや笑い出した寝顔。
自分は知っているはずなのだ。抜け落ちた去年の晩秋から春までの間に、何があって、なぜクモがやってきたのか。素性明らかでない者をガルディスやクロースが城に入れるわけがない。
冷えた夜気にそっと息をつく。何もかもどうでもいいと思っていたのは、その気になれば取り戻せるという奢りからだったのかもしれない。今、自分の頭は自分の都合に合わせてくれない。
このクモが、あのガルディスの嫁なんだったら、一体どんな会話を交わすのか。挙動不審だしよく泣くが、気が強く、頑固。
えらそうに生涯独り身を謳っていた男が、やいのやいのとクモに口うるさく言われる様を想像すると、おかしくてしかたがない。多分クモは、ガルディスの苦手とするタイプだ。
クロースだったら、精一杯祝福してやらないといけないだろう。黒国人にしか見えない容姿で苦労をしてきた彼が、あえて青国の女性を娶ったというのなら、そこには深い想いがあると思える。
もし、自分だったら?
はたと考えて、クモを見た。さきほどまでのにやけた笑いは消え、今度は眉をひそめて複雑そうな顔をしている。もし、この娘が自分の妻だったら。
――確実に、面倒くさいだろうな。
厄介ごとを呼び寄せる人だ。ただ、退屈はしないかもしれない。
ふとまばたきをする。
まるで今まで、退屈していたような言いぐさ。
気づきには、驚きも伴った。確かに、自分は飽きていた。あの壱の城での生活に。手は届かず、思いは表せず、この身に力がないばかりに、ただ喪失を恐れて。
はぁ、なるほどねえ。他人事の様に合点がいったところで、リルザはこちらに近づく気配に気づいた。




