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雲の姫  作者: 黒作@また休止だっ
はじまりの祭
25/46

25.

 夜にはじまるポリトの冒険。

 最初の仲間、ワイゼと出会い、ポリトは知恵の力を知る。

 次に気むずかし屋のディフィと出会い、心の力を知る。

 3匹目の仲間は、怒りん坊のパション。彼と出会い、ポリトはまっすぐな情熱の力を知る。

「ポリト、って」

「うん?」

「どんなやつか、おれ、よくわかんない。新しい仲間に会うたび、性格が変わるみたいだ」

「そうね。ポリトは、このあともどんどん色んな仲間に出会うのよ」

「じゃ、どんどん変わっていくの?」

 リーゼは、話の合間合間に自分の思ったことを口にする。だからなかなか進まないんだけど、話し終わることが目的じゃないし、わたしもこのほうが楽しい。

「先を言っちゃうと、楽しみが減っちゃわない?」

「ん……それは、そうだな」

 でも、知りたい気持ちもむずむずするらしくて、リーゼは顔をしかめた。その様子がかわいくて、笑おうとしたとき、くしゃみがでた。

「クモ、さむいの?」

「ちょっと冷えたかな」

 ショールにくるまってはいるけど、地面にじかに座っている。それより、名前を覚えてもらっていることがうれしかった。

「じゃあ、もどろうよ」

 しれっと言われ、思わずリーゼを凝視してしまう。

 戻れるの?

「わたし、迷っちゃって……」

「おれはまよってない。泣き声がしたから、来たんだ」

 泣き声。わ、わたし、そんなに大きな声で泣いてたっけ。

 リーゼは立ち上がって、ある一方を指差した。

「屋敷、あっち」

 リーゼが言うなら、なんの疑いもなかった。おかしな迷い方をしたのに、もうすっかり安堵している。彼が大丈夫と言うなら、大丈夫だ。

「よかった。……本当は、こわかったの。目印が動かされたりして」

 ……もしかして、リーゼが?

 そう一瞬でも思ったら、彼は見事に察したようだ。

「おれ、そんなタチの悪いことしない」

「ご、ごめんなさい」

「たぶん、精霊達だ。さっきまで騒いでいたから」

「精霊達?」

「闇の子が来たって」

 闇の子?

「一生迷わせてやるって言ってた。すごく、憎んでたな。昔ひどいことをされたんだってさ」

「それ、わたしのことじゃないよね……? ひどいことなんてしてないと思うし、魔力もないわ」

 今度は、リーゼがちょっと驚いた顔でわたしをみた。

 そして、あれ、とつぶやく。

「……ほんとうだ。でも」

 首を傾げられる。

「でも、クモって、闇のにおいがするんだけどなあ」

 闇のにおい?

 ひょっとして華姫に関わることなんだろうか。それなら、確かに後ろめたい話。

「だからおれも、泣き女だと思ったんだ」

 ということは、さっきまでの彼と今のリーゼは、記憶がつながっているの?

 それにしても、一生迷わせてやるって……わたし、ひょっとして危なかったんじゃないだろうか。

「え、デイダラさんのところへ戻らないの?」

 気づくと、リーゼはデイダラさんのいる詰め所を通り過ぎて屋敷に戻っていた。ここでリーゼとは別れるものだと思っていたから、驚いた声が出る。

「だって、まだ続き、聞きたい。だめ?」

「だ、だめじゃないよ! あ、でも一応、デイダラさんに断ってから……」

「どうして? おれ、いつもデイダラのところにいるわけじゃない」

 そうだったの? そうだ、それにもうさすがに寝てしまっているよね。

「じゃあ……戻ろうか」

 部屋に戻ると、リーゼはすぐにひとつしかないベッドにもぐりこんだ。

 あれ。これは、……一緒に寝るの? リーゼは顔を出して、こちらを見ている。かわいい。そうじゃなくて。

 でもそう思った瞬間、緊張したはずだったのに、それが消えてしまった。

 だって、リーゼは子どもなんだ。

「それで? パションはディフィとケンカして、お化けの出る山へひとりで行っちゃって、どうなったの?」

 きらきらした、おとぎ話を待つ目。

 リーゼは、ポリトの話が楽しみにしてるだけ。苦笑がもれた。

 わたしもベッドにもぐりこんで、背中をもたれてリーゼを見下ろす。わたしのお母さまはいつも、こんなふうにわたしと兄さまにお話をしてくれた。

「……パションは、山の途中まで勇ましく進みましたが、闇夜の山はそれはそれは巨きく、やっぱりこわくなって戻ることにしました。戻るうち、段々頭が冷えて、ディフィに悪いことを言ったなあ、と思えてきました。

 こんなにおそろしいお化け山を、ディフィがこわがって行きたくないと言ったって、当然のことだ。臆病者だなんて言って悪かったと、謝ろうと思いました」

「パション、いいやつだなあ。おれ、悪いことしても、なかなか謝れない」

「そうだね。でも、戻っても、ディフィの姿はなかったの。ポリトだけが、すごくびっくりした顔で、戻ってきたパションを迎えたんだ」

「どうして?」

「パションもそう聞きました。ディフィはどこ? どうしてオレを見てそんなにおどろくんだ? ポリトは答えました。ディフィは、君を追ってお化けの山へ行ってしまったんだよ。パションは、驚きすぎて、大きな耳をさらに大きく立ててしまいました」

 リーゼは枕に頭を乗せてわたしのほうを見上げていたんだけど、これを聞くとむくっと頭をあげる。

「ディフィ、恐いくせにひとりでお化け山に行ったの?」

「うん。ポリトはパションに言いました。ディフィは君を心配して、行ってしまったんだ。ぼくもついていこうとしたんだけど、ひょっとしたらパションが戻ってくるかもしれないからって、断られちゃったんだ。それを聞いたパションは、慌てました……」

 このあと、パションとポリトは、ディフィを探しに山に入る。

 ディフィは山のお化けにつかまってしまっていて、助けるためにふたりは必死で知恵をしぼる。けれど、このときはいつも頼りになる知恵者のワイゼがいなくて、うまい案が出ない。

 このまま朝になれば、ディフィもお化けの仲間入り。ぎりぎりに、パションは叫ぶ。オレを代わりにお化けにしろと。そうしなければ、ずっとずっと恨み続けてやる、この山ごと燃やしつくしてやる! と、おばけを逆に脅してしまうのだ。

 そして、パションのあまりの迫力に、お化け達は恐れを生す。こんなこわいやつをお化けの仲間にしたら、きっといじめられる…と恐れたお化け達は、ディフィを解放してしまうのだった。

「えー。それだけで、助かっちゃったの?」

 強引だと、リーゼは不満の声を上げる。

 おかしくて、思わず笑ってしまいながら、うなずいた。

「うん、助かっちゃったんだよ。……助かったディフィも、なにが起きたかよくわからなくて、目をくりくりさせました。ポリトもびっくりして、耳をぴこっと立てています。パションだけが、お化け達に、だったら最初からさらったりするんじゃない! なんてえらそうにお説教をしたのです」

「……なんか、パションってガルディスに似てるなあ」

「ガルディス殿?」

「うん。あいつね、思い込みが激しくってさ。怒るとすごく怖いんだ。兄上んとこに気の弱い召使いがいてさ。いつもいじめられてた」

 なにを思い出したのか、くすくすと笑う。

 リルザ様って、わらうとすごーく、普通の人なのよね。かわいいのよねえ。

「でも、兄上んとこの召使いだから、あいつが口出していいことじゃないんだ。なのに、イジメの頭んとこ行って、いじめるのやめろって怒った」

「へえ……」

 驚いた。ガルディス殿こそイジメっ子ぽく思ってたんだけど(失礼……)、ちょっと認識を改めるべきらしい。

「言われた方にしてみたら、ともかくもガルディスに口を出されることじゃない。あいつ自身にはなんの迷惑もかけてないしね。でも、どんなに反論しても、ガルディスはいじめるのをやめろって一点張り。他に何も言わないんだ。けんかになったらあいつが勝つし。結局、ガルディスには言葉が通じない、こいつをこれ以上怒らせるのはうんざりだっていうんで、いじめなくなっちゃったんだよ」

 それは…すごい力技。でも、それはそれで正解だったのかも。だってきっと、理屈じゃなかったんだろうから。

「それで、俺は」

 懐かしい過去を見る目に、ふいに理性の光が宿る。

「揺るがない意志っていうのは、力になるんだって、あの時思ったんだ」

 ……今のは、リーゼ? リルザ様? どっちだろう。声をかけたかったけど、ためらった隙にこちらに向けられた顔はリーゼだった。

「それで? つづきは?」

「あ、うん……戻ってきてみんなと合流したワイゼに、ポリトはお化け山での出来事を話しました。そうすると、ワイゼは楽しそうに笑って、ポリトに言ったのです。お化け山のお化け達は、仲間が欲しいだけなんだよ」

「なかま?」

「そう。さみしい夜を一緒に過ごしてくれる仲間が欲しくて、迷い込んだ旅人をつかまえるんだ。だから、きっと、パションに感動しちゃったんだよ」

「……おれ、よく、わかんない」

「仲間がすてきなものだって知っているから、ディフィのために自分を差し出そうとするパションを見て、感動しちゃったんだ。だから、返してあげたんだ……。ポリトはそれを聞いて、お化けにも心があるんだって、感心しました」

「闇に堕ちたヤツに、こころなんてないよ。あいつらと話なんて、できるもんか」

 リーゼが怒ったように言う。魔力があり、風の精霊に愛される彼は、実際に闇の者と触れ合う機会があるんだろう。

「でもね、心があるから闇に堕ちたんだよ」

「忘れてるよ、そんなもの」

「だけど、思い出すのよ。ときどきね。パションの情熱は、それを思い出させたんじゃないかな」

 口をとがらせて、不満そうだ。

 この話、わたしには、前よりもなんとなく身にしみる。

 こころというのは、幾重にも幾重にも折り重なって出来ているようだ。相反するものですら、その上に重ねてしまうものだから、時折の風に揺れて、まったく違う本音が出てきたりする。

 彼もきっと、そうなんだ。

 きっとなにひとつ、失わず彼の中にあるんだ。

 記憶も、痛みも。


 お化け山の下りを終えると、わたしのほうがすっかり眠くなってしまった。

 もう外はやんわり白み始めている。

 ああ、明日も早く起きなきゃいけないのに。

「クモ、ねむい?」

「ん……、ちょっと、眠い」

 ウソをつこうかと思ったけど、あくびが出ちゃったからもうおしまいだ。

「つづきは、いつ?」

「明日の夜ね」

「わかった。約束」

「……うん、約束ね」

 誇らしい気持ちになる。

 きっと、彼のおそろしいよるを、楽しみなお話の夜に変えてあげられたような気がして。

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