25.
夜にはじまるポリトの冒険。
最初の仲間、ワイゼと出会い、ポリトは知恵の力を知る。
次に気むずかし屋のディフィと出会い、心の力を知る。
3匹目の仲間は、怒りん坊のパション。彼と出会い、ポリトはまっすぐな情熱の力を知る。
「ポリト、って」
「うん?」
「どんなやつか、おれ、よくわかんない。新しい仲間に会うたび、性格が変わるみたいだ」
「そうね。ポリトは、このあともどんどん色んな仲間に出会うのよ」
「じゃ、どんどん変わっていくの?」
リーゼは、話の合間合間に自分の思ったことを口にする。だからなかなか進まないんだけど、話し終わることが目的じゃないし、わたしもこのほうが楽しい。
「先を言っちゃうと、楽しみが減っちゃわない?」
「ん……それは、そうだな」
でも、知りたい気持ちもむずむずするらしくて、リーゼは顔をしかめた。その様子がかわいくて、笑おうとしたとき、くしゃみがでた。
「クモ、さむいの?」
「ちょっと冷えたかな」
ショールにくるまってはいるけど、地面にじかに座っている。それより、名前を覚えてもらっていることがうれしかった。
「じゃあ、もどろうよ」
しれっと言われ、思わずリーゼを凝視してしまう。
戻れるの?
「わたし、迷っちゃって……」
「おれはまよってない。泣き声がしたから、来たんだ」
泣き声。わ、わたし、そんなに大きな声で泣いてたっけ。
リーゼは立ち上がって、ある一方を指差した。
「屋敷、あっち」
リーゼが言うなら、なんの疑いもなかった。おかしな迷い方をしたのに、もうすっかり安堵している。彼が大丈夫と言うなら、大丈夫だ。
「よかった。……本当は、こわかったの。目印が動かされたりして」
……もしかして、リーゼが?
そう一瞬でも思ったら、彼は見事に察したようだ。
「おれ、そんなタチの悪いことしない」
「ご、ごめんなさい」
「たぶん、精霊達だ。さっきまで騒いでいたから」
「精霊達?」
「闇の子が来たって」
闇の子?
「一生迷わせてやるって言ってた。すごく、憎んでたな。昔ひどいことをされたんだってさ」
「それ、わたしのことじゃないよね……? ひどいことなんてしてないと思うし、魔力もないわ」
今度は、リーゼがちょっと驚いた顔でわたしをみた。
そして、あれ、とつぶやく。
「……ほんとうだ。でも」
首を傾げられる。
「でも、クモって、闇のにおいがするんだけどなあ」
闇のにおい?
ひょっとして華姫に関わることなんだろうか。それなら、確かに後ろめたい話。
「だからおれも、泣き女だと思ったんだ」
ということは、さっきまでの彼と今のリーゼは、記憶がつながっているの?
それにしても、一生迷わせてやるって……わたし、ひょっとして危なかったんじゃないだろうか。
「え、デイダラさんのところへ戻らないの?」
気づくと、リーゼはデイダラさんのいる詰め所を通り過ぎて屋敷に戻っていた。ここでリーゼとは別れるものだと思っていたから、驚いた声が出る。
「だって、まだ続き、聞きたい。だめ?」
「だ、だめじゃないよ! あ、でも一応、デイダラさんに断ってから……」
「どうして? おれ、いつもデイダラのところにいるわけじゃない」
そうだったの? そうだ、それにもうさすがに寝てしまっているよね。
「じゃあ……戻ろうか」
部屋に戻ると、リーゼはすぐにひとつしかないベッドにもぐりこんだ。
あれ。これは、……一緒に寝るの? リーゼは顔を出して、こちらを見ている。かわいい。そうじゃなくて。
でもそう思った瞬間、緊張したはずだったのに、それが消えてしまった。
だって、リーゼは子どもなんだ。
「それで? パションはディフィとケンカして、お化けの出る山へひとりで行っちゃって、どうなったの?」
きらきらした、おとぎ話を待つ目。
リーゼは、ポリトの話が楽しみにしてるだけ。苦笑がもれた。
わたしもベッドにもぐりこんで、背中をもたれてリーゼを見下ろす。わたしのお母さまはいつも、こんなふうにわたしと兄さまにお話をしてくれた。
「……パションは、山の途中まで勇ましく進みましたが、闇夜の山はそれはそれは巨きく、やっぱりこわくなって戻ることにしました。戻るうち、段々頭が冷えて、ディフィに悪いことを言ったなあ、と思えてきました。
こんなにおそろしいお化け山を、ディフィがこわがって行きたくないと言ったって、当然のことだ。臆病者だなんて言って悪かったと、謝ろうと思いました」
「パション、いいやつだなあ。おれ、悪いことしても、なかなか謝れない」
「そうだね。でも、戻っても、ディフィの姿はなかったの。ポリトだけが、すごくびっくりした顔で、戻ってきたパションを迎えたんだ」
「どうして?」
「パションもそう聞きました。ディフィはどこ? どうしてオレを見てそんなにおどろくんだ? ポリトは答えました。ディフィは、君を追ってお化けの山へ行ってしまったんだよ。パションは、驚きすぎて、大きな耳をさらに大きく立ててしまいました」
リーゼは枕に頭を乗せてわたしのほうを見上げていたんだけど、これを聞くとむくっと頭をあげる。
「ディフィ、恐いくせにひとりでお化け山に行ったの?」
「うん。ポリトはパションに言いました。ディフィは君を心配して、行ってしまったんだ。ぼくもついていこうとしたんだけど、ひょっとしたらパションが戻ってくるかもしれないからって、断られちゃったんだ。それを聞いたパションは、慌てました……」
このあと、パションとポリトは、ディフィを探しに山に入る。
ディフィは山のお化けにつかまってしまっていて、助けるためにふたりは必死で知恵をしぼる。けれど、このときはいつも頼りになる知恵者のワイゼがいなくて、うまい案が出ない。
このまま朝になれば、ディフィもお化けの仲間入り。ぎりぎりに、パションは叫ぶ。オレを代わりにお化けにしろと。そうしなければ、ずっとずっと恨み続けてやる、この山ごと燃やしつくしてやる! と、おばけを逆に脅してしまうのだ。
そして、パションのあまりの迫力に、お化け達は恐れを生す。こんなこわいやつをお化けの仲間にしたら、きっといじめられる…と恐れたお化け達は、ディフィを解放してしまうのだった。
「えー。それだけで、助かっちゃったの?」
強引だと、リーゼは不満の声を上げる。
おかしくて、思わず笑ってしまいながら、うなずいた。
「うん、助かっちゃったんだよ。……助かったディフィも、なにが起きたかよくわからなくて、目をくりくりさせました。ポリトもびっくりして、耳をぴこっと立てています。パションだけが、お化け達に、だったら最初からさらったりするんじゃない! なんてえらそうにお説教をしたのです」
「……なんか、パションってガルディスに似てるなあ」
「ガルディス殿?」
「うん。あいつね、思い込みが激しくってさ。怒るとすごく怖いんだ。兄上んとこに気の弱い召使いがいてさ。いつもいじめられてた」
なにを思い出したのか、くすくすと笑う。
リルザ様って、わらうとすごーく、普通の人なのよね。かわいいのよねえ。
「でも、兄上んとこの召使いだから、あいつが口出していいことじゃないんだ。なのに、イジメの頭んとこ行って、いじめるのやめろって怒った」
「へえ……」
驚いた。ガルディス殿こそイジメっ子ぽく思ってたんだけど(失礼……)、ちょっと認識を改めるべきらしい。
「言われた方にしてみたら、ともかくもガルディスに口を出されることじゃない。あいつ自身にはなんの迷惑もかけてないしね。でも、どんなに反論しても、ガルディスはいじめるのをやめろって一点張り。他に何も言わないんだ。けんかになったらあいつが勝つし。結局、ガルディスには言葉が通じない、こいつをこれ以上怒らせるのはうんざりだっていうんで、いじめなくなっちゃったんだよ」
それは…すごい力技。でも、それはそれで正解だったのかも。だってきっと、理屈じゃなかったんだろうから。
「それで、俺は」
懐かしい過去を見る目に、ふいに理性の光が宿る。
「揺るがない意志っていうのは、力になるんだって、あの時思ったんだ」
……今のは、リーゼ? リルザ様? どっちだろう。声をかけたかったけど、ためらった隙にこちらに向けられた顔はリーゼだった。
「それで? つづきは?」
「あ、うん……戻ってきてみんなと合流したワイゼに、ポリトはお化け山での出来事を話しました。そうすると、ワイゼは楽しそうに笑って、ポリトに言ったのです。お化け山のお化け達は、仲間が欲しいだけなんだよ」
「なかま?」
「そう。さみしい夜を一緒に過ごしてくれる仲間が欲しくて、迷い込んだ旅人をつかまえるんだ。だから、きっと、パションに感動しちゃったんだよ」
「……おれ、よく、わかんない」
「仲間がすてきなものだって知っているから、ディフィのために自分を差し出そうとするパションを見て、感動しちゃったんだ。だから、返してあげたんだ……。ポリトはそれを聞いて、お化けにも心があるんだって、感心しました」
「闇に堕ちたヤツに、こころなんてないよ。あいつらと話なんて、できるもんか」
リーゼが怒ったように言う。魔力があり、風の精霊に愛される彼は、実際に闇の者と触れ合う機会があるんだろう。
「でもね、心があるから闇に堕ちたんだよ」
「忘れてるよ、そんなもの」
「だけど、思い出すのよ。ときどきね。パションの情熱は、それを思い出させたんじゃないかな」
口をとがらせて、不満そうだ。
この話、わたしには、前よりもなんとなく身にしみる。
こころというのは、幾重にも幾重にも折り重なって出来ているようだ。相反するものですら、その上に重ねてしまうものだから、時折の風に揺れて、まったく違う本音が出てきたりする。
彼もきっと、そうなんだ。
きっとなにひとつ、失わず彼の中にあるんだ。
記憶も、痛みも。
お化け山の下りを終えると、わたしのほうがすっかり眠くなってしまった。
もう外はやんわり白み始めている。
ああ、明日も早く起きなきゃいけないのに。
「クモ、ねむい?」
「ん……、ちょっと、眠い」
ウソをつこうかと思ったけど、あくびが出ちゃったからもうおしまいだ。
「つづきは、いつ?」
「明日の夜ね」
「わかった。約束」
「……うん、約束ね」
誇らしい気持ちになる。
きっと、彼のおそろしいよるを、楽しみなお話の夜に変えてあげられたような気がして。




