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雲の姫  作者: 黒作@また休止だっ
はじまりの祭
18/46

18.

 リルザ様がなぜ心を閉ざしたのか、わたしは知らない。毒を盛られたことが原因だと言われているけれど、その詳細はわからない。

 その彼を治すとか、原因をつきとめるとかは、あまり考えていない。どうでもいいわけではなくて、自分がなにも知らなさ過ぎて、考えるにも及んでいないというのが正直なところ。

 ただ、とりあえず、わたしは子供のリルザ様が……リーゼがとってもかわいい。ここに長期間滞在するのは危険だと思うのだけど、リーゼがデイダラさんに武器術を教えてもらいたいのなら、やらせてあげたい。

 デイダラさんになついているし、ほかの人達も、気のよさそうな感じだし。イデル殿も、出会いは乱暴だったけど、筋を通す人のように見える。

 頼んでみようか。ここで当座の生活費と、旅費分を働かせてもらえないかって。


 さっきのヤーニャの態度を深く考えず、わたしはそんなふうに考えていた。

 おめでたいことに。



  ***



「どうして逃がしたりした!」

「す、すみません!」

 部屋に近づいたところで、そんなやり取りが聞こえた。

 怒っているのはイデル殿、謝っているのはヤーニャ。

 ヤーニャが逃がした。……わたしのこと?

「すぐに探せ。リーゼでもいい、置いていったりはしないはずだ」

「はい!」

 そのまま突っ立っていると、部屋からヤーニャが飛び出してきた。

 わたしを見て、目を丸くする。

「クモさん!」

「ありがとう、ヤーニャ。イデル殿を呼んできてくれたのね」

 ちょっと意地悪な笑顔になったのは、仕方がないってことにしてほしい。

 そのまま、イデル殿を向く。

「こんにちは、イデル殿。お忙しいところ、ご足労頂きありがとうございます」

「いや……話があると、聞いたんだが」

「ええ。わたし達、そろそろ旅に戻ろうと思いまして、そのご報告を」

「頭の怪我は甘くみないほうがいい。あんたは二度も失神したじゃないか」

「ご心配、ありがとうございます。急ぐ旅なんです」

 感謝を表して微笑み、頭を下げる。

 中にはわずかだけど、わたし達の荷物がある。イデル殿の隣を抜けて部屋へ戻ろうとすると、腕をつかまれた。

「……悪いが、行かせるわけにはいかない」

「わたしとリーゼが、妹さん達の死の手がかりになると思っているなら、それは間違いです」

 冷えたわたしの口調に、イデル殿が目を見開いた。金色のかかった緑の目。

「わたし達は本当に通りすがっただけ。なにも見ていません。犯人とはなんの関わりもないわ、あの日は、この国に来た2日めだったのよ」

 彼の表情から、先ほどまでの取り繕おうとするそれが消えて、はっきりと疑いの色が浮かんだ。

「それが真実だとわかれば楽なんだがな」

「わたしとリーゼがどうやって馬車を転がして中の3人を殺したっていうの」

「共犯は? おまえ達をここで閉じ込めておけば、誰かが助けに来るかもしれない。おまえ達はこのあたりじゃ毛色が違いすぎてる」

 あせって、小さく汗がにじんだ。返す言葉に詰まったのは、彼の言葉を認めたからじゃない。

 きっと、彼にはなんの手がかりもないんだ。わたしとリーゼ以外に。

 イデル殿は、本気でわたしやリーゼを犯人だとか考えているわけじゃない。でも、他に手がかりがないから、わたしとリーゼを手放すことができない。彼は、引けない。

 イデル殿はわたしとリーゼの素性を徹底的に調べるかもしれない。

「ありもしない罪をずっと問われ続けろって言うの?」

「……そうだ。犯人が見つかれば解放する」

「あなただってばかばかしいと思っているんでしょう。わたし達は、」

 ためらって、結局口にする。

「あなたの妹君を弔っただけ」

 イデル殿の目が一瞬、頼りなく揺れた。でも、つかまれた腕の力はゆるまなかった。

 そのままぐいぐいと引っ張られ、部屋に放りこまれる。

「出して!」

「あとでリーゼも一緒に入れてやる」

 がちゃり、重たい錠のかかる音がした。まさかそんなのがこの扉についてたなんて、わたしはまったく気づいていなかった。



  ***



 やってみなとうながされ、リーゼが見せた動きは、デイダラを驚かせるのに十分なものだった。

「なんだ、リーゼ。おまえ、前はなにやってたんだい」

「なに、って?」

「よく見たら、体もちゃんとできてるんじゃないか。ちぃっと痩せすぎだが……おまえさん、青の戦士だったのかな」

「おれ、せんしじゃないよ」

「そうかい? でも戦ってたこと、あるんだろう?」

「まだ、ないよ。父上は13になったら連れていくって言ってた」

 デイダラは、そうかい、とうなずく。それでもリーゼが何がしかの戦いを経てきた事に、疑う余地はなかった。

 命の奪い合いで、飲まれたのだろうか。白い闇は外から内から人を食む。

 デーダラの弟もそうだった。優しくて、心の清い人間だった。

 酒飲みの父を殺して、彼は壊れた。あれだけ父に殴られていた母が、父を殺しておびえる幼い弟を憎悪し、罵倒した声を、忘れることができない。あの時、母が別の言葉を弟にかけていたなら、結末は違っていただろうとデイダラは今でも信じている。

 父を殺す前の自分でいようと、弟はずっと子供のままだった。おととし事故で死んだが、30の半ばを過ぎても、指をしゃぶるクセがあった。

「おまえもなにか、つらいことがあったんだろうなあ」

 リーゼは何の反応も見せず、新しい武器の練習に心を向けたまま。デイダラは苦笑いを落とした。聞こえていないはずがないが、聞こえていないのだろう。

 今ここで、リーゼに、おまえは13歳などとっくに過ぎているし、戦場へ出たことのある人間だと告げたとしても、彼はまるで知らない国の言葉を聞いたかのように扱うだろう。弟に鏡を見せても、子供ではない自分の姿に疑念を持たなかったことを思い出す。

 伝えたい言葉はたくさんあった。それは弟に伝え切れなかった無数の想いと相まっている。

 けれど、デイダラは口をつぐみ、かわりに違う型を見せてやった。リーゼは一切の動きを止め、息を詰めてデイダラに見入っていた。

「リーゼ!」

 屋敷の主の声が響いた。

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