(30)
大臣室では、しばらく祖父と二人で話していた矢井だったが、話したかったことはすべて話したようで、立ち上がり、敬礼をしてから部屋を出た。
それから実家に帰ると、すでに着いていた書類を親から渡される。
「ようやく将官候補生になれたか」
海軍大将の両親は、そう言って矢井に渡した。
「やっとね」
矢井は居間の椅子に静かに腰を下ろす。
略装ではあるが、軍服を着ていた。
「私服には後で着替えるわ。それよりも、おじいちゃんに聞けなかったことがあるんだけど、聞いて大丈夫かな」
「内容によるな」
矢井の父親が、すぐに答える。
「おじいちゃんがいつも言っていた五省って、どんな意味なの」
「海軍では教えているし、他でも教えているとは思っていたがな」
「…ごめんなさい」
「五省とは、至誠に悖る勿かりしか。言行に恥ずる勿かりしか。気力に欠くる勿かりしか。努力に憾み勿かりしか。不精に亘る勿かりしか。この5つを常に省みろと言う意味だ。すなわち自らが、誠実でなかったか、言行不一致でなかったか、精神力は十分だったか、努力を怠ってなかったか、不真面目でなかったかという5つを特に重要なものとして、常に反省せよということだ。もとは大日本帝国海軍士官学校にて教えていたものだが、その精神はいまだに息づいている」
「…私はどうだったかな」
母親が静かに語る。
「この5つは、人としても必要なものばかりよ。だから、常にこれらに気を配り、人と仲良くしなさい。将官候補生となったのですから、人の気持ちを考えて、言ったことは実行し、努力を怠らず、真面目に生きなさい」
「…はい」
矢井の決心は、既に固まっていたが、それを両親が後押しした。