第8話
投稿者:土方のわし 6月3日
やったぜ。太郎の体調が戻りよった。
数日間、よだれとリンゴの匂いが染み付いた畳の上で看病した甲斐があったわ。今朝、太郎が腹の底から「ワンッ!」と吠えよった。わしは黙って、その図太い首をひと撫でした。それだけじゃ。
「よし太郎、快気祝いじゃ。今日は奮発するぞ」
わしは作業着のまま、ペットショップへ乗り込んだ。深夜の現場で泥にまみれて稼いだ、血と汗の結晶を握りしめ、ガラスケースの中の「極上ジビエ仕立て・無添加フード」を指差した。
「店員さん、これ全部包んでくれ。一番高えやつじゃ」
アパートへ帰り、三人と一匹で車座になった。
袋を開けた瞬間、厳選された鹿肉の濃い香りが部屋中に充満し、わしの鼻腔を直撃しよった。
「わしさん、これ……俺らの昼飯の三倍はしますやん」
兄ちゃんが、手に持った半額の菓子パンを見つめて絶望しとる。
「……わしも、一粒だけでええから、肴にしたいもんですわ」
おっさんが、皿の横で本気の目をして、よだれを垂らしよった。
「おっさん、これに手を出すな。人間が食うもんじゃねぇ」
「ちょっとだけ……」
「舐めるなと言うとるんじゃ!」
わしが元コックの意地で盛り付けを整えようとした瞬間、太郎が弾丸のようにジャンプして皿に突っ込みよった。盛り付けもクソもねぇ。
「……まあ、ええわ」
太郎は一粒一粒を、宝石でも噛むような音を立てて食い進めよる。その「カリッ、カリッ」という贅沢な音が、静まり返ったボロアパートに響き渡る。
それを、作業着姿の男三人が、トップバリュの湿気たイカフライを齧りながら、無言で見守る。
格差社会じゃ。おえんわ。
「食え、太郎。お前の血肉は、わしの腰痛でできとるんじゃからな」
おっさんが我慢できずに一粒くすねようとしたが、太郎に「グルル」と凄まれて手を引っ込めよった。
「……犬にまで見下されましたわ」
「当たり前じゃ。お前より高いもん食っとるんじゃからな」
それからはもう、めちゃくちゃや。
高級エサを完食した太郎の横で、わしらはおっさんが持ってきた正体不明の安酒で乾杯し、虚無を肴に飲み続けた。
結局、太郎が元気にガツガツ食う姿を見ることが、わしらの腹を一番膨らませるんじゃ……と自分に言い聞かせんと、やってられんわ。
食い終わった太郎は、満足げに腹を出して、わしらの真ん中で爆睡しよった。
「……これで、明日からまた現場へ行けますな」
おっさんが空になったワンカップを見つめて呟いた。
「ああ。また泥を掘らんと、次の一袋が買えんからな」
明日もまた、この鼻垂れ犬の高級ディナーのために、53歳のわしは泥まみれになるんじゃ。
腰が痛ぇ。サロンパス、もう一枚持って来てくれる奴おらんかのう。




