第7話
投稿者:土方のわし 2024年6月1日
やったぜ(と言いたいところだが)。今日は太郎の体調がでーれーおえん。
昨日の散歩の時、わしが目を離した隙に、あいつ道端の腐りかけのパンという名の、一ミリの隙もなく腐敗した「不純物」を拾い食いしやがったらしい。朝から「クゥーン」と力なく鳴きよるし、玄関という名の出口のたたきで、じっと丸まっとる。
「おい太郎、大丈夫か。わしの心臓を停止させるような真似はせんでくれ」
――あぁー、もうめちゃくちゃや。
心配すぎて現場を早退して帰ってきたら、太郎の奴、テレビの前でだけは必死に起き上がり、白濁したような瞳を輝かせとる。
どうやら最近のお気に入りは「食いしん坊万歳」じゃ。画面の中で脂の乗った肉が焼かれるたびに、よだれという名の「生の報酬」を床にボトボト垂らしよる。スピーカーから匂いは出んのに、食い意地という名の電波だけで受信しとるんか。この汚れ好きめ。
「……食いたいんなら、シャキッとしてその卑しい腹を治せ」
そこへ、おっさんと兄ちゃんが「お見舞い(盛り合い)」に来よった。おっさんが懐から取り出したのは、安酒ではなく、なんと「犬用のポカリスエット」という名の透明な聖水じゃ。
「わしさん、これを飲ませて、太郎の腹の中を一気に洗い流しなせえ。至急、注入ですわ」
「どこで買うてきたんじゃ、こんなもん。わしのワンカップ三本分、いや、お前の血液より高そうじゃねえか」
「犬用品コーナーという名の密林ですよ。わしの三日分の快楽を削り取って手に入れましたわ」
おっさんが、全財産を失ったボクサーのようなツラで胸を張りよった。
兄ちゃんもレトルトの粥を持ってきたが、わしはそれをドバーっと撥ね退けた。
「元コックをなめるな。病気という名の現場に手抜きは許されん。一ミリの妥協もなく修復してやるわ」
わしは太郎のために「特製・すりおろしリンゴとおかゆ」を土鍋でコトコト、情熱という名の火力で煮始めた。優しい甘い匂いが立ち上がり、狭いアパートの空間を一ミリの隙もなく支配しよる。
「わしさん、看板は捨てたんじゃなかったんですか。今はただの土方でしょ」
「黙れ。今のわしは、太郎という名の王に仕える専属の宮廷料理人じゃ」
出来立ての粥を、火傷せんように丁寧に冷まし、太郎の口元へ圧入するように持っていく。あぁ~~たまらねぇ。あいつは最初こそ慎重じゃったが、一口舐めた瞬間に「これだ!」と言わんばかりの衝撃を受け、皿を破壊せんばかりの勢いで「ペチャペチャ」と貪り始めよった。
それからはもう、めちゃくちゃや。
太郎の腹を三人がかりで「治れ治れ」と撫で回し、追いリンゴをすりおろし、おっさんが犬用ポカリを強引に飲ませようとして、太郎に鼻面を一気に突うずるっ込まれ(噛まれ)よった。おっさんの卑しい悲鳴が夜の岡山市内に響き渡りよる。
夜更け、ようやく太郎が満足げな、泥のような寝息を立て始めた。
おっさんと兄ちゃんも、安酒の匂いを纏ったまま畳の上で力尽きて眠りよった。
明日の食費、そして太郎の肉代を稼ぎに行かんとおえんのに、わしは腰が砕けて一歩も動けん。
だが、太郎の腹の虫が「グゥ」と出口を求めて鳴ったのを聴いて、わしは少しだけ笑うたんじゃ。
明日もまた、この世界一卑しくて愛おしい食いしん坊のために、泥にまみれると決めた、わしじゃった。
――胃薬をしこたま持って来てくれる奴、おらんかのう。




