第4話
投稿者:土方のわし 5月14日
今日、初めて太郎を散歩に連れて行った。
ホームセンターでしこたま吟味して買ってきた、一番ゴツい首輪とリード。それを太郎の首に通した瞬間、こいつの目の色が変わりよった。
「よし太郎、岡山の街を叩き込んでやるからな」
アパートの階段を駆け降り、アスファルトに足を下ろした瞬間――わしは敗北を悟った。
だめやこいつ、クン活のプロや。
ビーグル特有の長い耳をレーダーのように広げ、鼻を「フゴフゴ」言わせながら、一ミリの隙もなく地面の匂いを吸い込み始めよった。
あぁー、一歩も進まねぇぜ。
電柱一本、雑草一株ごとに、太郎の鼻が真空パックのように張り付く。わしがリードを引いても、こいつは四本の足をアスファルトに食い込ませて動かん。元コックのわしが、ソースの煮詰まり具合を凝視する時の目つきと同じ、職人の執念じゃ。
「おい太郎、そこには砂と犬のションベンしかありゃせんぞ」
そこへ、コンビニ袋をガサつかせた兄ちゃんとおっさんが合流した。
「わしさん、太郎、石像みたいになってますやん!」
「うるさい、こいつは今、この街の『出汁』の匂いを分析しとるんじゃ」
おっさんが無言でしゃがみ込み、太郎の隣で同じ電柱を見つめ始めた。
「……何の出汁ですかね。カツオか、アゴか」
「知らん。太郎に聞け」
おっさんが太郎の顔を覗き込んだが、太郎は一瞥もくれず、一心不乱に電柱の根元を嗅ぎ続けとる。
「……教えてくれんですね」
「当たり前じゃ。企業秘密やろ」
結局、100メートル進むのに30分かかった。もはや散歩ではなく「定点観測」や。
公園のベンチで、わしらは腰を下ろした。おっさんが「ちくわ」を袋から出し、そのまま太郎に放ろうとしよった。
「待て。塩抜きせんといかん」
「そのまま渡した方が美味いですよ」
「犬に塩分は毒じゃ。元コックをなめるな」
わしは水筒の水をちくわにぶっかけ、親の仇のように洗ってから丁寧にほぐした。太郎は一秒で完食し、満足げにわしの足元で尻尾をブンブン回しよった。
「……ええツラしとるのう」
おっさんがぽつりと言い、三人で岡山の赤すぎる夕焼けを眺めた。
それからはもう、めちゃくちゃや。太郎のクン活という名の「街頭調査」に付き合わされ、挙句の果てにおっさんまで別の電柱の前で「ここ、昆布の匂いしませんか」と嗅ぎ始めよった。
カオスや。
アパートに帰ると、太郎は泥まみれの足をわしに拭かせて、そのまま玄関で爆睡しよった。
明日もまた、30分かけて100メートル歩くことになるんじゃろう。
ぼっけぇー腰が痛ぇ。だが、明日もこの鼻垂れ犬の調査に付き合うと決めた、わしじゃった。




