表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やったぜ。  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/8

第2話

投稿者:土方のわし 2024年5月12日

 やったぜ。今日の現場も岡山市内のど真ん中、一ミリの隙もないコンクリートジャングルや。

 元コックのわしが包丁を捨てて土方に身を投じてから、もう数ヶ月。腕の筋肉は石のように硬くなり、鼻の奥には常に火薬と砂の匂いが、出口を求めて居座り続けとる。

 だが今日、わしの嗅覚を揺さぶったのは、兄ちゃんのアパートに充満する「生活の腐敗」じゃった。

 岡山市内のボロワンルーム。玄関を開けた瞬間、安物のアロマと埃、そして男の体臭が混ざり合い、鼻腔をマウントポジションで殴りつけてきよる。廊下が狭すぎて、わしは壁を蹴り上げてキッチンへ着地した。

「わしさん、今日は俺が唐揚げ、しこたま作りますけん! 準備は万端ですよ!」

 兄ちゃんが鼻息を荒くし、コンロの前で白濁したような瞳を輝かせとる。わしとおっさんは、三畳の畳に無理やり尻をねじ込んだ。

「兄ちゃん、鶏肉はブラジル産か? 筋肉の締まりが足らんぞ」

 おっさんが、勝手に冷蔵庫から黄色いラベルの聖水を引っ張り出し、一気に煽った。

「国産の若鶏ですよ! 今日は全財産を叩いたんです!」

 兄ちゃんが鶏肉を切り始めたが、その包丁の音は、まるで豆腐を叩くように頼りない。

 元コックのわしは、三秒で沸点に達した。

「どけ、兄ちゃん。唐揚げは肉への『殺意』と『慈しみ』じゃ。一気に突うずるっ込んでやる」

 わしは醤油、酒、ニンニク、さらに隠し味のスパイスを、親の仇のように肉へ揉み込んだ。隣の住人がスタミナ切れで気絶するほどの香気が、安物のアロマを抹殺し、換気扇を逆流していく。ああ~~たまらねえぜ。

「わしさん、手が早すぎて残像が……! 肉が喜んでますよ!」

 壁際に押しやられた兄ちゃんが、快楽に似た痙攣を起こしながら叫んどる。

 おっさんは畳の上で二本目を空け、「この酒、熟成の極みだな。エビスか?」と虚空を見つめて呟いた。このおっさんの味覚は、とっくに現場の砂利で研磨されとるらしい。

 180℃の油に、衣を纏わせた肉を放り込む。爆音が狭い部屋を戦場に変えた。

 わしは油の温度を確認するため、指先を一瞬だけその煮えたぎる海に浸した。

「熱くはないんか、わしさん」

 おっさんが、濁った瞳でわしの指先をじっと見つめとる。

「わしの心の方が、これより数段熱いわ」

 黄金色の唐揚げが、皿の上にそびえ立った。

「おっさん、皿を出せ。ドバーっと盛ってやる」

 振り向くと、おっさんはすでに一個、素手でつまんで口に放り込んどった。

「……熱っ。だが、中から熱い汁が溢れてきよる。たまらねえぜ」

 三人でちゃぶ台を囲み、揚げたてを口の奥底まで放り込む。

 外はカリッと、中は肉汁がダムの決壊のごとく溢れ出した。ニンニクのパンチが脳天まで突き抜け、部屋の芳香剤の残滓を完全に根絶する。マヨネーズをチューブごと、汚れを隠すように絞り出し、三人でむさぼり食った。

 

 食い終わった後は、油の匂いにまみれたまま、三人で川の字になって寝転んだ。

 しばらくして、兄ちゃんの寝言が聞こえてきた。

「……わしさん、明日の現場……鶏肉まみれになりたい……至急、揚げて……」

 どんな極楽の夢を見とるんか。

 わしは静かに中指を立て、一斗缶に残った油の跳ねる音を聴きながら、煙草をふかした。

 明日もまた、砂と火薬の現場が待っとる。

 だが今は、この強烈な胸焼けという名の「生の報酬」こそが、わしが生きとる証じゃった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
肉汁ダムが決壊したぞ〜! ヾ(・ω・*)ノ めちゃ食レポ描写が多彩で良いですね〜。 (*´ω`*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ