第2話
投稿者:土方のわし 2024年5月12日
やったぜ。今日の現場も岡山市内のど真ん中、一ミリの隙もないコンクリートジャングルや。
元コックのわしが包丁を捨てて土方に身を投じてから、もう数ヶ月。腕の筋肉は石のように硬くなり、鼻の奥には常に火薬と砂の匂いが、出口を求めて居座り続けとる。
だが今日、わしの嗅覚を揺さぶったのは、兄ちゃんのアパートに充満する「生活の腐敗」じゃった。
岡山市内のボロワンルーム。玄関を開けた瞬間、安物のアロマと埃、そして男の体臭が混ざり合い、鼻腔をマウントポジションで殴りつけてきよる。廊下が狭すぎて、わしは壁を蹴り上げてキッチンへ着地した。
「わしさん、今日は俺が唐揚げ、しこたま作りますけん! 準備は万端ですよ!」
兄ちゃんが鼻息を荒くし、コンロの前で白濁したような瞳を輝かせとる。わしとおっさんは、三畳の畳に無理やり尻をねじ込んだ。
「兄ちゃん、鶏肉はブラジル産か? 筋肉の締まりが足らんぞ」
おっさんが、勝手に冷蔵庫から黄色いラベルの聖水を引っ張り出し、一気に煽った。
「国産の若鶏ですよ! 今日は全財産を叩いたんです!」
兄ちゃんが鶏肉を切り始めたが、その包丁の音は、まるで豆腐を叩くように頼りない。
元コックのわしは、三秒で沸点に達した。
「どけ、兄ちゃん。唐揚げは肉への『殺意』と『慈しみ』じゃ。一気に突うずるっ込んでやる」
わしは醤油、酒、ニンニク、さらに隠し味のスパイスを、親の仇のように肉へ揉み込んだ。隣の住人がスタミナ切れで気絶するほどの香気が、安物のアロマを抹殺し、換気扇を逆流していく。ああ~~たまらねえぜ。
「わしさん、手が早すぎて残像が……! 肉が喜んでますよ!」
壁際に押しやられた兄ちゃんが、快楽に似た痙攣を起こしながら叫んどる。
おっさんは畳の上で二本目を空け、「この酒、熟成の極みだな。エビスか?」と虚空を見つめて呟いた。このおっさんの味覚は、とっくに現場の砂利で研磨されとるらしい。
180℃の油に、衣を纏わせた肉を放り込む。爆音が狭い部屋を戦場に変えた。
わしは油の温度を確認するため、指先を一瞬だけその煮えたぎる海に浸した。
「熱くはないんか、わしさん」
おっさんが、濁った瞳でわしの指先をじっと見つめとる。
「わしの心の方が、これより数段熱いわ」
黄金色の唐揚げが、皿の上にそびえ立った。
「おっさん、皿を出せ。ドバーっと盛ってやる」
振り向くと、おっさんはすでに一個、素手でつまんで口に放り込んどった。
「……熱っ。だが、中から熱い汁が溢れてきよる。たまらねえぜ」
三人でちゃぶ台を囲み、揚げたてを口の奥底まで放り込む。
外はカリッと、中は肉汁がダムの決壊のごとく溢れ出した。ニンニクのパンチが脳天まで突き抜け、部屋の芳香剤の残滓を完全に根絶する。マヨネーズをチューブごと、汚れを隠すように絞り出し、三人でむさぼり食った。
食い終わった後は、油の匂いにまみれたまま、三人で川の字になって寝転んだ。
しばらくして、兄ちゃんの寝言が聞こえてきた。
「……わしさん、明日の現場……鶏肉まみれになりたい……至急、揚げて……」
どんな極楽の夢を見とるんか。
わしは静かに中指を立て、一斗缶に残った油の跳ねる音を聴きながら、煙草をふかした。
明日もまた、砂と火薬の現場が待っとる。
だが今は、この強烈な胸焼けという名の「生の報酬」こそが、わしが生きとる証じゃった。




