雪華の川 ~雪を降らす少女と、砂漠の終わり~
私の名前は、蛍雪 雪華、12歳。この街の嫌われ者だ。両親はいない。雪の降るある日、街の門の前に居たのを見て、街の人たちが面倒を見てくれたらしい。
けれど──────
「雪を降らすことができる能力を持った少女なんて気味が悪い!!!」
そう叫ぶのは、この街の長。
「いつ災いを引き起こすか分かりません。そんな奴をこの街に置いておけませんよ」
隣にいるものはその言葉に共感する。
「ならばやはり......”追放”する。」
その日私は、この街から追放された。
理由は私の”自由に雪を降らすことができる”という謎の力に不気味さを覚えたから。
私は、いつ、どんな時でも雪を降らすことができる。
この力は、いくら心が開いても街の人たちには隠すべきだった。心底そう思う。
私は乗っていたラクダから投げ捨てられる。
「二度と来るなよ!!」
そう怒鳴られ、私が追放されたのは、砂漠の街だった。
不気味な少女は、別の街に押し付けようという魂胆なのか、それとも流石に、少女一人を何も無い土地に追い出すのは気が引けたのか。
日差しが強く、とにかく暑い。
雪華は思わず、手で日差しを遮ろうとした。
「こんな場所でお嬢さん一人で、どうしたんだい?」
次は上手くやろう。この力のことを黙っていれば、大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、目の前で声をかけてくれた女性にはこう答える。
「私、雪華です。ちょうどあの街に向かおうとしていて、」
私は街を指さす。
「追い出されて他に行くあてが無いから...」
下を向く雪華を見て、女性は膝を着いて、視線を同じ高さにしてこういう。
「そっか...辛かっただろうね。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。同情の声なんて、もう聞き慣れているはずなのに。
「……大丈夫です」
私は反射的にそう答えていた。
女性は少し困ったように笑ってから、立ち上がった。
「私はリーネ、この街で住んでいるの。良かったら、私に着いてこない?」
拒否する理由はなかった。
雪華は黙って、女性――リーネの後ろを歩き出す。
砂漠の街は、雪華の知っている街と何もかもが違った。白い雪の代わりに、黄金色の砂。
冷たい空気の代わりに、肌を焼く熱。
なのに、不思議と息はしやすかった。
「珍しい髪の色ね」
歩きながら、リーネが何気なく言う。
雪のように淡い銀色の髪は、この街では特に目立つ。
「……よく、そう言われます」
能力のことを聞かれないように、言葉を選ぶ。
雪を降らせる力の話は、”絶対”にしない。
街の門を潜ると、住民たちの元気はなかった。
「.....何かあったの?」
「ここは砂漠の街だからね、雨が降らなくて水不足が深刻なんだ。」
「とりあえず、私の家に行こう。」
雪華は、リーネの後ろをトコトコとついて行く。その道中、街のわき道ではしわしわの男性が地面に座っていた。
その男性は”何か”を求めるように手を前に出す。
やがて力尽きて、手を下ろした。
前に居た街とは全然違う...
その様子を見て、雪華は微かに恐怖を覚える。その他にも、周りを見れば、ベッドに横たわる子供たち。
「水が...飲みたいよ」
泣きながら、空っぽの井戸を覗く子供。
「作物が育たない...」
乾燥しきった芽を見ながら、落胆する高齢者。
故に水不足だけではなく、食料不足でもあった。
街はかなり深刻な状況だった。
それはまだ幼い雪華が見てもそう感じられる程だった。
「ここが家よ。」
こちらを見て微笑むリーネの顔もよく見ると、痩せていた。
「お邪魔...します。」
「ただいま、でいいのよ。」
「...本当に私、邪魔じゃない?」
先程の状況を見て、雪華はそう呟く。
そんな雪華の頭を撫でて、リーネは笑顔でこう答える。
「邪魔なわけないでしょ!!」
─────その夜の深夜
雪華は寝れなかった。
蒸し暑かったから?
違う。
慣れないところで寝てるから?
違う。
この街を救いたいから?
───そうだ。
私ならこの街を救える。
私の力なら──!!
リーネが寝たのを確認して、家から出る。
日が暮れても、全く気温は下がっておらず、僅かに吹いている風も、とても温かった。
迷惑だと思っていたこの力が役に立つかもなんて...
お願い上手くいって!!
そう心の中で叫んだ。次の瞬間───────
この乾ききった土地に一粒の雪が落ちる。
次々と雪は土地に希望を与え、雪は降る。
雪は溶けて、水となる。
雪は降る。雪は降る。雪は降る。
月光の光に照らされて、気づけば雪は水に変化する。
水が生まれる。水が生まれる。
井戸の水は溜まっていく。
畑の作物は水を吸収する。
朝になった────
雪は全て溶けて、水となり、この街に溶け込んでいた。
「どうなっている?井戸が潤っているぞ!!」
「昨日の夜!雪が降ったんだ!!!」
「熱病の子に水を運べ!!急げ!!」
「砂漠に恵みが戻ってきたぞ!!!」
街の人々は感動していた。涙を流すものもいれば、喜び舞い上がるものもいる。
昨日まで、絶望的な状況は一転、希望に変わったのだ。
「雪?一体どうなってるの?」
家から出たリーネは思わず呟く。その後ろで、
成功した...
雪華は心の底でほっとする。
でも私は名乗らない。
また追放されるのが怖いから。
その次の日も、また次の日も、深夜になると雪華は一人、バレないように力を使った。
すると、みるみる街の活気が戻っていく。
それを見ているだけで雪華は頑張れた。
だけどある日、自分の身体に異変を感じた。
そのきっかけは、リーネの質問だった。
「なんか、君の手って冷たいね?」
そう言われるまでは全く気づかなかった。
他にも
「リーネさん、なんか最近寒くない?」
「寒い!?今は真夏よ!?」
すぐに雪華は気づいた。
”力を使った何度も使ったせいだと”
でも、やめることはなかった。
私一人が苦しんで、この街を助けられるならそれで良かったから。
ある夜、街の人に見られた。
そして噂になった。
「深夜に、一人の女の子が、いた。」
「そういえば、いつも誰かが外にいる。」
バレるかもしれないなら、一旦やめよう。
そう思った。
街はかなり水を確保できた。最近、息を吐くと、真夏の昼なのに、白い息が出る。そう言った変化も重なり、しばらくの間は、休止することにした。
1週間後、史上最悪の干ばつが街を襲った。
瞬く間に街は水不足になり、今まで雪華が積み上げてきたものを一緒にして蒸発させた。
街は終わりを迎える。街の人々はそう思っていた。
「これで最後にしよう.....」
再び乾ききった砂漠の土地を歩き、街のすぐそこにある小さな丘に向かう。
リーネは薄々気づいていた。
雪華が来てから雪が降ったことを───深夜になると雪華がいなくなることを──────最近様子がおかしいことを。
丘に着いた雪華は、目を瞑って誰にも告げず、力を使った。
雪が降る。
その雪は砂漠を真っ白に...静かな真っ白に包む。
その雪を窓で視認したリーネは雪華を家の中で探す。
見つけることの出来なかったリーネは、外に飛び出し、雪が降る砂漠の街を走り回る。やがて、丘の上で倒れている雪華を見つけた。
雪華の頭に積もった雪を払いながら叫ぶ。
「起きて...雪華!!」
雪華は、目を覚まさない。
「どうして私を頼ってくれなかったの?どうして黙っていたの?」
それでも雪華は、目を覚まさない。
「起きてよぉ〜」
雪華を静かに抱きしめる。
この広い砂漠の中で雪から生まれた水以外の唯一無二の”水”が生まれる。
それはリーネの頬をつたっていく。
リーネは嗚咽だす。
リーネは朝までもう動かない雪華とその場にいた。
太陽が昇ぼり、雪が溶ける。
溶けたことでできた水は集まり流れる。街の近くには、巨大な一本の川が出来上がっていた。
リーネは街の人々に真実を伝えた。
そして、その巨大な一本の川に名前が付けられる。
川の名前は ”雪華”
雪のように静かに、誰にも知られずに街を助けた少女の名前を使わせてもらった。
砂漠はもう二度と枯れることはなかった。
そして、毎年ある日には、雪が降るようになった。
雪を見上げて、丘にあるお墓に花を持って近づくのは、リーネだ。
「雪華……」
「あなたはね、最後まで“雪を降らす少女”だって言わなかった」
「怖がられるのが、嫌だったんでしょう」
「それでも、誰かが苦しむのは、もっと嫌だった」
リーネは一度、言葉を切る。
「大人の私たちは、あなたを守れなかった……でも、あなたは私たちを守った」
川の流れる音が、答えるように強くなる。
「あなたの名前は、消えない、この水が流れる限り、この街はあなたを忘れない」
最後に、そっと微笑んで。
「ありがとう、雪華。どうか今度は、寒くない場所で――ゆっくり眠って」
その瞬間、
風に混じって、一片の雪が舞った。
リーネは気づかない。
でも川は、今日も静かに流れ続けている。




