対納豆ヒミツ兵器の登場
大型連休が終わって数日。
初夏というには少し早い気もするのだが、日差しは厳しさを増している。
「北関東の地方都市にある、企業内研修所」では、短時間の屋外研修でも「暑さによる体調不良を訴える研修生」が出ないかを心配する季節になった。
…まぁ、暑さに負けるのって、朝飯食わない研修生が大半なんだよな
研修生たちに「おはよう」と声をかけながら、研修所の食堂に入っていく。
今日からご飯は普通盛り…「対納豆ヒミツ兵器」がやっとデビューする…そんなことを考えながら、朝食のおかずをもらう列に並ぶ。
さわ…さわ…
…ざわ…ざわ…
ざわざわざわ…
決して大きい声ではないのだが、列から「何か」ささやく声がする。
あ…黒…なん…?
え、あれ、おか…?
そんな声を気にも留めず、朝400円の「一汁三菜」、今日の献立を現物で確認する。
『今日の献立』
主菜:さつまあげ 1枚(たぶん主菜)
副菜①:内容にかなり偏った感がある、筑前煮(鶏肉がちっちゃくてボロボロ。ニンジンがやたら目立つ。)
副菜②:醤油の小皿にのせられた「もずく酢」
……も…もっ…もずく、だあ?……
俺の視界がまたじわっと狭まる。
毎度のことだが、もちろん病気ではない。
あまりにも唐突なタイミングで登場したもずく酢への怒りが、俺の血圧を全力で押し上げているだけだ。
北関東では”もずく酢をおかず”とするのが一般的なのか?
もずく自体は酸味があってうまい。だが、おかずというよりは「せいぜい箸休め」ではないのか?
どう考えても「一汁三菜」枠の外側、自由にとっていい「漬物枠」じゃないのか?
いくら何でも「もずく」は副菜には入らんだろ…少なくとも400円の定食では…
ほのかに香るもずく酢を前に…俺は本当にひざを折りそうになったが、今日の俺には「目的」がある、と心を奮い立たせた。
白米の量を「普通盛り」にしてもらい「対納豆ヒミツ兵器」で、薬味なし納豆を華麗に昇華させるんだ、という思いで白米の列に並ぶ。
俺は、配膳担当のオッサン(推定70歳)に「白米、普通盛りで…」を声をかける。
オッサンは一瞥すると、研修生と同じ量の盛り付けの白米を、なんだか「つまらないものを斬ってしまった」とばかりに差し出してきた。
ありがとう、と声をかけ受け取り、俺は着席した。
・ニンニクなめたけ(1瓶128円)
・TKG用だし入り高級醤油(1瓶598円)
これとは別に、乾燥ネギを準備した。
ニンニクなめたけは、ニンニクだけではなく鷹の爪も入っている。ラベルには「スタミナ一番」という力強い表記もある。
これを納豆の上に少し載せて、TKG用だし入り高級醤油を少量回しかけ、乾燥ネギを少し振りかける。
…これで納豆が主役になる
…味付け海苔巻き込んで食べたら、簡易納豆巻きになる
一人ほくそ笑みながら、納豆を白米に混ぜ込んでいく。
その俺の手元を、研修生がじっと見ていた。
「先生、それ、なんですか?」
俺はさして気にもせず「ああ、この食堂さ、なぜか納豆に薬味がないから、持ち込んだんだよ」と返事をする。
研修生はじぃぃぃぃぃぃっと「対納豆ヒミツ兵器」に視線を送る。
特に、スタミナ一番という表記が力強い「ニンニクなめたけ」に興味を持ったようだ。
ややあって…研修生は、飼い主を見上げる柴犬かと思うほどの愛らしい視線で「ニンニクなめたけ、味見させてください」と訴えかける。
別にケチるほどのものでもない、そう考えた俺は「どうぞ」とにこやかに勧める。
口にした研修生は「あ、これ、すげっすね」と感嘆の声を上げた。
「いやぁ、自分も納豆に薬味がないの、不思議に思ってたんですよ」と言いながら「これ、ご飯進んじゃいますね」と喜んでいる。
「先生、ありがとうございました。もずく、ちょっとおかずじゃないなと思ってたところなんで、ホント助かりました」
「ニンニクなめたけ」でこんなに喜ばれるとは…「対納豆ヒミツ兵器」として選抜して正解だった…
そんなことを思いながら、食堂を後にする。
日差しとともに気温も上がりだす廊下を、俺は歩き出した。
初夏の陽気に誘われたか、窓の外には蝶が飛び交っている。
「いい一日になりそうだな」と俺はつぶやいた。
………これが「翌日以降の騒動」につながるとか思いもよらない、初夏の学食だった。




