フルハーネスとアジフライ
今日は「国でいうところの危険有害作業」に該当する部分をフォローする、特別教育を開催している。
高いところでの作業は、常に墜落や転落の危険性がある。
そんなところでの作業は、きちんとした作業床の確保が求められる。
そのうえで、万が一の対策として「落ちても地面にたたきつけられないようにする」装備を身に着けることが求められる。
…フルハーネス、これって意外とちゃんと使える人すくないんだよな。
パラシュートのベルトのイメージに近いもので、装着には手間がかかる。
そのうえで、体全体を拘束する部分があるので…ベテラン、と言われる作業員ほど「めんどくさがる」という代物だ。
特に女性社員相手だと「体のサイズに合わせ、器具のサイズを選定する=プライベートな部分に立ち入る」があったりする。
そのうえでフィッティングの確認の際は「どうしても体に触れる」部分があるので、個人的には面倒でしかない。
…各職場のOJTでできる程度のものを、なぜわざわざ研修所に持ってきたのか、わかる気もするなぁ。
「昔はこれでよかった」「めんどくさい代物」「だから最初から理解を避けて」「それでも教えないわけにはいかなくて」「女性社員にはセクハラとか言われる可能性」
そのうえで「構造説明」「使用方法」「点検方法」「万が一の落下時対応」に「関係法令」なんかを添えて、法定時間に沿って教えていく…現場実施は相当無理がある。
こんなにハードルあるんじゃ、研修所に持ち込まれても仕方あるまい、と思いながら、淡々と説明をしていく。
いちいち身長と体重なんかを尋ねることなく、選定表に自分で数値を書かせ…何なら書かなくてもいいから、きちんと数値を自覚してもらって…適合したサイズの箱を取り出すように指示をする。
おのおのの装着状況を確認し、違うところは違うよ、と説明をし…ゆるみがあると、落下時には中で体がバウンドしてすっぽ抜けるよ、と説明を繰り返す。
男女社員に差をつけることなく、背中の環を手で引き揚げて…できたゆるみがげんこつ一つ分あれば、胸元のベルトを締め直す、ということを伝え、確認していく。
「落下時対応」の時間…きちんと装着できた研修生を一人選び、電動ホイストにセットしてゆっくり吊り上げていく。
研修生はぎゃあぎゃあ喚くが、お構いなしに足が地上20cmほど離れたところで機械停止する。
「どう?いま、どこか体は痛むか?」と俺は尋ねる。
研修生は「女の人がいるところではいいにくいところがああああああ!」と、顔をゆがめ喚き散らす。
さらには「やっっっべぇ、最初にポジションちゃんとしねぇとおおおおおお!」と、叫ぶ。
…周辺の男性社員、とっさに股にかかるベルトを調整しだす。
俺は笑いをこらえつつも、そうそうそれが大切、と思いながら「よし、じゃ、そのまま片足でもいいし、両足でもいい、胡坐をかく努力してみ?」と促す。
歪んでいた顔は、瞬時に平常に戻り「あ、これなら楽です!」と涼しい顔をする。
…そうだよ、救援を待つ間の姿勢、それができないと、命に係わるよ
俺は「みんなにもあとで体験してもらいます。この姿勢ができる、これの姿勢の意味を知っている、これだけで命が保てます。ぜひ、体験して覚えていってください!」と、声を張る。
吊り下げられている研修生を地面に下ろし「ありがとうな」と声をかけてねぎらった。
「じゃぁ、次の人!」と声をかけると「うーわ、俺だ!」と顔をしかめる研修生…でも俺は容赦せずに「はいはい、早くしないとお昼が遅くなっちゃうよ」となだめて、同様の研修を繰り返した
…11時40分か
先行して吊り上げ体験が済んだ研修生15名ほどを、食堂に送り出す。
「お替りは、ご飯と汁物だけだからね」と念を押し「おかず消失」の危険予知活動を進めておく。
女性社員も吊り上げることになるが、俺は何ら躊躇せず、まったくお構いなしで行う。
吊り上げられた女性社員は「あちこちが痛ーーーーい!でも具体的にいえなーーーーい!」と、表情をゆがませる。
…いやいや、それいろいろ想像するヤツ出るかもだかやめろや
とは思ったものの、胡坐をかかせると「あ、平気!」とにっこりする。
「万が一はないほうがいいけど、万が一の時は、とっさにこれだよ。覚えておいてね?」と、言い聞かせて地面におろす。
…11時55分か
ここまで終了させた、次の15名ほどを、食堂に送り出す。
残り15名ほどに「食事の後にこれやると、気持ち悪くなるかもだから…もし嫌でなければ、以降の人は12時15分から70分間休憩ってことで進めたいけど、いいかな?」と尋ねる。
研修生は、全員口々に「それがいいです!」と答えてくれる。
そのまま少し昼にかかる形で、全員の吊り上げ体験を進めていった。
12時10分には全員の吊り上げ体験が無事に終わり、予定通り12時15分から「時差付き昼休み」が始まる。
食堂に入り、今日の昼ごはんの献立を現物で確認する。
危険予知活動の成果か…きちんと「すべてがそろっている」ように見える。
主菜:結構な大きさのアジフライ 1枚
副菜①:一口サイズのナポリタン的な何か
副菜②:おそらく「肉にらまん」(小サイズ1)
副菜③:キャベツ千切り
ミックスフライ定食、というにはフライは一つしかなく…中華定食、というには肉にらまん1つしかなく…添え物がナポリタン…位置づけは非常に微妙。
だが「とりあえずは、昼飯アンカーポジションの俺の分」が正常に確保されているだけで、何となく納得はいく。
配膳担当のオッサン(推定年齢70歳+α)も「今日は全部そろってるね」と安堵しているようだ。
汁椀担当の東南アジア女性スタッフは「センセ、サイゴ!ゼンブ!」と…椀ではなく丼に汁物をすべて入れて俺に手渡す。
…フードロス対策とはいえ、丼一杯に具だらけの味噌汁貰ってもな
まぁ、それも厚意、と思い俺は「ありがとうね」と受け取り席に向かった…その時、事件は起きた。
プレートを持ちながら俺が通路を進んでいるところを、ご飯のお替りをもらおうとした研修生がふっと立ち上がり接触。
…やばっ!
回避をしようと思ったが、接触は避けられなかった。
汁物のどんぶりはちゃぷちゃぷと波を立て、プレートの中に中身をこぼしていく…が、ひっくり返らなかった。
白米茶碗はかなり暴れたが、斜めになるだけでこぼれだすことはなかった。
だが…アジフライは…アジフライだけは…アジフライだけが…滑り落ちていった。
べちょん、という音ともに、床に落下したアジフライ。
両手がふさがっている俺には、なすすべもなかった。
平謝りに謝る研修生…いや、君だけが悪いわけじゃないよ、と落ち着かせる。
…だから「周囲の確認よし!」「指差喚呼!」なわけでさ
俺は「確認行為を怠ると、こういうことも起こる」と、今は亡きアジフライの供養を兼ねて、無理矢理に教育に結び付ける。
謝らなくていいよ、こんなのは起こりえるから、相互に気をつける、だよ、とその場を離れ…オッサンに事情を説明する。
オッサンは天を仰ぎながら「センセ、やっぱりこれしかないよ」と、笹蒲鉾2枚ほどを冷蔵庫から出してくる。
…いや、それさ、多分食堂スタッフのおやつか何かなんじゃない?
そう思いつつも、笹かま二枚分の礼を言い、しょんぼりしながら席に戻る。
そんな、しょんぼりな俺に…午前中につるし上げた女性社員が「先生、落下防止、墜落防止って、本当大切ですね!」と声をかけてくる。
…アジフライにフルハーネスつける…いやいや、それはアホすぎんだろ
俺は全くベクトル違いなことを思いながら、笹かまに醤油をドバドバとかけて、ご飯にバウンドをさせた。
「私、あのベルト、いろいろ本当に嫌だったけど、考えが変わりました!きちんと身につけます。空いた時間ありましたら、フィッティングからもう一度見てください!」と、目をキラッキラとさせる。
それを聞いていたほかの研修生たちも「もしよかったら僕もお願いします!」と続々と申し入れをしてくる。
…アジフライよ、聞こえているか?
…アジフライの尊い犠牲のおかげで、墜落制止用器具の重要性が、本当に伝わったぞ。
東南アジア女性スタッフが落ちたアジフライを回収し、床を掃除していく。
…アジフライは落ちたけど、今日の研修生たちは落ちずに済みそうだ。
危険予知って、案外こういうところに転がっている。
笹かま醤油バウンドご飯は、昨日同様今日も…琥珀色に染まっていた。
自分が所属している研修所では、こうした特別教育なんかもやっていて…社員が集まったりします
こうした教育だと大人数になりがちなので、食堂は大混乱することもよくあります。
ここまでド派手な接触はめったに起きないですが、全くないっていうわけでもありません
ホント、気を付けてはいますが…




