表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/44

フルハーネスとアジフライ

今日は「国でいうところの危険有害作業」に該当する部分をフォローする、特別教育を開催している。

高いところでの作業は、常に墜落や転落の危険性がある。

そんなところでの作業は、きちんとした作業床の確保が求められる。

そのうえで、万が一の対策として「落ちても地面にたたきつけられないようにする」装備を身に着けることが求められる。


…フルハーネス、これって意外とちゃんと使える人すくないんだよな。


パラシュートのベルトのイメージに近いもので、装着には手間がかかる。

そのうえで、体全体を拘束する部分があるので…ベテラン、と言われる作業員ほど「めんどくさがる」という代物だ。

特に女性社員相手だと「体のサイズに合わせ、器具のサイズを選定する=プライベートな部分に立ち入る」があったりする。

そのうえでフィッティングの確認の際は「どうしても体に触れる」部分があるので、個人的には面倒でしかない。


…各職場のOJTでできる程度のものを、なぜわざわざ研修所に持ってきたのか、わかる気もするなぁ。


「昔はこれでよかった」「めんどくさい代物」「だから最初から理解を避けて」「それでも教えないわけにはいかなくて」「女性社員にはセクハラとか言われる可能性」

そのうえで「構造説明」「使用方法」「点検方法」「万が一の落下時対応」に「関係法令」なんかを添えて、法定時間に沿って教えていく…現場実施は相当無理がある。


こんなにハードルあるんじゃ、研修所に持ち込まれても仕方あるまい、と思いながら、淡々と説明をしていく。


いちいち身長と体重なんかを尋ねることなく、選定表に自分で数値を書かせ…何なら書かなくてもいいから、きちんと数値を自覚してもらって…適合したサイズの箱を取り出すように指示をする。

おのおのの装着状況を確認し、違うところは違うよ、と説明をし…ゆるみがあると、落下時には中で体がバウンドしてすっぽ抜けるよ、と説明を繰り返す。

男女社員に差をつけることなく、背中の環を手で引き揚げて…できたゆるみがげんこつ一つ分あれば、胸元のベルトを締め直す、ということを伝え、確認していく。


「落下時対応」の時間…きちんと装着できた研修生を一人選び、電動ホイストにセットしてゆっくり吊り上げていく。

研修生はぎゃあぎゃあ喚くが、お構いなしに足が地上20cmほど離れたところで機械停止する。


「どう?いま、どこか体は痛むか?」と俺は尋ねる。

研修生は「女の人がいるところではいいにくいところがああああああ!」と、顔をゆがめ喚き散らす。

さらには「やっっっべぇ、最初にポジションちゃんとしねぇとおおおおおお!」と、叫ぶ。


…周辺の男性社員、とっさに股にかかるベルトを調整しだす。


俺は笑いをこらえつつも、そうそうそれが大切、と思いながら「よし、じゃ、そのまま片足でもいいし、両足でもいい、胡坐をかく努力してみ?」と促す。

歪んでいた顔は、瞬時に平常に戻り「あ、これなら楽です!」と涼しい顔をする。


…そうだよ、救援を待つ間の姿勢、それができないと、命に係わるよ


俺は「みんなにもあとで体験してもらいます。この姿勢ができる、これの姿勢の意味を知っている、これだけで命が保てます。ぜひ、体験して覚えていってください!」と、声を張る。

吊り下げられている研修生を地面に下ろし「ありがとうな」と声をかけてねぎらった。

「じゃぁ、次の人!」と声をかけると「うーわ、俺だ!」と顔をしかめる研修生…でも俺は容赦せずに「はいはい、早くしないとお昼が遅くなっちゃうよ」となだめて、同様の研修を繰り返した


…11時40分か


先行して吊り上げ体験が済んだ研修生15名ほどを、食堂に送り出す。

「お替りは、ご飯と汁物だけだからね」と念を押し「おかず消失」の危険予知活動を進めておく。


女性社員も吊り上げることになるが、俺は何ら躊躇せず、まったくお構いなしで行う。

吊り上げられた女性社員は「あちこちが痛ーーーーい!でも具体的にいえなーーーーい!」と、表情をゆがませる。


…いやいや、それいろいろ想像するヤツ出るかもだかやめろや


とは思ったものの、胡坐をかかせると「あ、平気!」とにっこりする。

「万が一はないほうがいいけど、万が一の時は、とっさにこれだよ。覚えておいてね?」と、言い聞かせて地面におろす。


…11時55分か


ここまで終了させた、次の15名ほどを、食堂に送り出す。

残り15名ほどに「食事の後にこれやると、気持ち悪くなるかもだから…もし嫌でなければ、以降の人は12時15分から70分間休憩ってことで進めたいけど、いいかな?」と尋ねる。

研修生は、全員口々に「それがいいです!」と答えてくれる。

そのまま少し昼にかかる形で、全員の吊り上げ体験を進めていった。


12時10分には全員の吊り上げ体験が無事に終わり、予定通り12時15分から「時差付き昼休み」が始まる。


食堂に入り、今日の昼ごはんの献立を現物で確認する。

危険予知活動の成果か…きちんと「すべてがそろっている」ように見える。


主菜:結構な大きさのアジフライ 1枚

副菜①:一口サイズのナポリタン的な何か

副菜②:おそらく「肉にらまん」(小サイズ1)

副菜③:キャベツ千切り


ミックスフライ定食、というにはフライは一つしかなく…中華定食、というには肉にらまん1つしかなく…添え物がナポリタン…位置づけは非常に微妙。

だが「とりあえずは、昼飯アンカーポジションの俺の分」が正常に確保されているだけで、何となく納得はいく。

配膳担当のオッサン(推定年齢70歳+α)も「今日は全部そろってるね」と安堵しているようだ。

汁椀担当の東南アジア女性スタッフは「センセ、サイゴ!ゼンブ!」と…椀ではなく丼に汁物をすべて入れて俺に手渡す。


…フードロス対策とはいえ、丼一杯に具だらけの味噌汁貰ってもな


まぁ、それも厚意、と思い俺は「ありがとうね」と受け取り席に向かった…その時、事件コトは起きた。

プレートを持ちながら俺が通路を進んでいるところを、ご飯のお替りをもらおうとした研修生がふっと立ち上がり接触。


…やばっ!


回避をしようと思ったが、接触は避けられなかった。

汁物のどんぶりはちゃぷちゃぷと波を立て、プレートの中に中身をこぼしていく…が、ひっくり返らなかった。

白米茶碗はかなり暴れたが、斜めになるだけでこぼれだすことはなかった。


だが…アジフライは…アジフライだけは…アジフライだけが…滑り落ちていった。


べちょん、という音ともに、床に落下したアジフライ。

両手がふさがっている俺には、なすすべもなかった。

平謝りに謝る研修生…いや、君だけが悪いわけじゃないよ、と落ち着かせる。


…だから「周囲の確認よし!」「指差喚呼!」なわけでさ


俺は「確認行為を怠ると、こういうことも起こる」と、今は亡きアジフライの供養を兼ねて、無理矢理に教育に結び付ける。

謝らなくていいよ、こんなのは起こりえるから、相互に気をつける、だよ、とその場を離れ…オッサンに事情を説明する。

オッサンは天を仰ぎながら「センセ、やっぱりこれしかないよ」と、笹蒲鉾2枚ほどを冷蔵庫から出してくる。


…いや、それさ、多分食堂スタッフのおやつか何かなんじゃない?


そう思いつつも、笹かま二枚分の礼を言い、しょんぼりしながら席に戻る。

そんな、しょんぼりな俺に…午前中につるし上げた女性社員が「先生、落下防止、墜落防止って、本当大切ですね!」と声をかけてくる。


…アジフライにフルハーネスつける…いやいや、それはアホすぎんだろ


俺は全くベクトル違いなことを思いながら、笹かまに醤油をドバドバとかけて、ご飯にバウンドをさせた。

「私、あのベルト、いろいろ本当に嫌だったけど、考えが変わりました!きちんと身につけます。空いた時間ありましたら、フィッティングからもう一度見てください!」と、目をキラッキラとさせる。

それを聞いていたほかの研修生たちも「もしよかったら僕もお願いします!」と続々と申し入れをしてくる。


…アジフライよ、聞こえているか?

…アジフライの尊い犠牲のおかげで、墜落制止用器具フルハーネスの重要性が、本当に伝わったぞ。


東南アジア女性スタッフが落ちたアジフライを回収し、床を掃除していく。


…アジフライは落ちたけど、今日の研修生たちは落ちずに済みそうだ。


危険予知って、案外こういうところに転がっている。

笹かま醤油バウンドご飯は、昨日同様今日も…琥珀色に染まっていた。

自分が所属している研修所では、こうした特別教育なんかもやっていて…社員が集まったりします

こうした教育だと大人数になりがちなので、食堂は大混乱することもよくあります。

ここまでド派手な接触はめったに起きないですが、全くないっていうわけでもありません

ホント、気を付けてはいますが…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ