目玉焼き
大型連休は、まるで新幹線のような猛スピードで俺の前を駆け抜けていった。
今日から勤務開始…「北関東の地方都市に持つ、企業内研修所」に、俺はまた戻ってた。
研修生は今日の午後から研修所にやってくる。
そのため、今朝の食堂利用は「俺」一人。
完全貸し切り、である。
そう…人目がほかにない…
俺は「俺以外がいない」を奇貨として、今日こそ「配膳担当のオッサン(推定70歳)」に、普通の白米の量にしてくれ、と強く迫る、と決めていた。
俺は、今日こそ…「NO!」と言える男になる…対納豆ヒミツ兵器を今日こそ使う…そう固く決心をして、食堂に乗り込んだ。
朝400円の「一汁三菜」、今日の献立を現物で確認する。
『今日の献立』
主菜:目玉焼き 1個(おそらく主菜)
副菜①:「阪急電車ですか?」と聞きたくなるほど黒じみた茶色に焼かれたペラペラのベーコン(たったの1枚)
副菜②:大皿のすべてを埋め尽くす、中山競馬場かと思うほど広く盛られたキャベツの千切り
……なっ…なんだ、この配分……
俺の視界がまたじわっと狭まる。
いつものことだが、もちろん病気ではない。
あまりにも、な、主菜副菜の配分量への怒りが、俺の血圧を押し上げているだけだ。
北関東では”キャベツが主菜で、目玉焼きとベーコンが付け合わせ”とするのが一般的なのか?
ベーコンの色にしても、ここまで黒じみた茶色は…阪急電車くらいしか俺は知らないが…それが普通なのか?
あまりにもカリカリすぎて、口に入れたら傷がつきそうだが大丈夫なのか?
だいたい…キャベツが主菜で、目玉焼きとベーコンが付け合わせ…そんな朝食を…このあたりの人々は、喜んで食べるのか?
キャベツ千切りの山を見た俺は…心が千切れそうになった。
だが、今日の俺には「目的」がある
…千切れそうな心をなんとかつなぎ止めて…意を決して…オッサンにこう告げた。
「白米の量だけど…」
「はい、今からがんばるよ!」
いや、頑張らなくていい…というか、最後まで話を聞け…対納豆用ヒミツ兵器だって、未だに使えていない…
俺は振り絞るように「普通の量で…」とオッサンに告げた。
その瞬間…オッサンの手が…ビタッ…と止まる。
ため息をつきながらしゃもじを置き「こんなに余らせて…どうすんの、これ…先生が食べると思ってたから4合くらいは持ってきたのに!」
おい、4合って…500gを優に超えていないか?
仮に「500g」としても、二回食べたら…単純計算で1kg体重増えるじゃないか!
しかも「くらい」って…もっとあるかもしれないだろ、それ…
「先生、米の一粒は…農家さんの汗一粒にも等しいんだよ?」
いや、小学生の時にそれ言われたけどさ…
「先生、お米には七人の神様が宿るって、言われているんだよ?」」
いや、それは知らんけどさ…
…負けたよ、オッサン
俺は「明日の朝からでいいよ。今日は気を使ってくれたんだよね。ありがとうね、すまないね…今日は頂くよ」
オッサンはにんまりしながら「じゃ、全部食べて!先生一人しかいないから、遠慮なしで!」と、おひつに入ってる白米すべてを丼に盛り付けた。
…遠慮、したんだけどな…
俺は、キャベツの大地と、白米の山をみて、途方に暮れる。
ファンファーレが鳴り響く競馬場の芝コースかと思うほど…広ぉぉぉぉく盛られたキャベツに…ドレッシングを回しかけ…いや、これもう…無理だろう…
結局…俺は30分以上かけて…すべてを…水っぽさが増したキャベツを…なんとか…平らげた。
「ありがとうございます」とオッサンの声が、食堂内で空虚に響く。
俺は、かなりゆっくりとした足取りで…食堂を後にする
5月を感じさせる、程よい暖かさを乗せた風が廊下を吹き抜ける。
俺は風に身をさらしながら「明日こそ、普通盛り」とつぶやいた




