ボルケーノ・キラウエア・ツインズ
「はい、ちょっとここ注目ね」
俺は電気工事用ナイフの刃を素手で握りしめる。
研修生は「え?」「やば!」「あぶなっ!」というが、俺は涼しい顔をして手のひらを広げて見せる。
もちろん、手に傷なんかつかない。
…刃物って、刃が動いてこそ切れるんだよな
「さて…これはもちろんいけない見本だよ。でもあえてやって見せました。」と前置きをし、理由を説明する。
「いままでの切創によるケガは、みんなナイフの刃が動く方向に手指置いたから。それが滑って、体を切りつける。」
…だから、こうする
「ナイフの刃先を自分の体に絶対に向けない、を意識として持つ。それはナイフだけじゃなく、回転工具でも何でも同じだよ。」
研修生たちは、自分の手元を見ながら、慌てて修正をしていく。
刃物工具などを取り扱う実習は、結構気を使う。
切創防止手袋なんて便利なものも存在するが、それだって絶対ではない。
手元を細かく細かく見つめながら、危ない動きはすぐさま止めて、修正していく。
やがて、昼の時間を迎える。
「じゃ、ここでお昼休みね。再集合は13時15分でいいよ。どうせ大混雑で、ゆっくり食事もできないだろうからさ」と声を掛け、解散する。
…さて…今日の昼飯はなんだろな
学食へ向かう通路を、ゆっくりと歩く。
やがて漂う香辛料の強い香り…間違いない…これは、カレーだ。
前を歩く研修生も、カレーの気配を察したのか「お?カレーか?」と少し喜びだす。
食堂につくとカレーのにおいに、揚げ物のような香りが混ざっているのが分かる。
今日の昼食620円…献立を(一応)確認する。
主菜:カツカレー
副菜①レタスメインのサラダ
副菜②よくわからないゼリー状の小菓子
研修生も俺も、うっきうき。
だがここで気を付けなきゃいけないのは「ボルケーノ・キラウエア」の再登場だ。
「大盛」というだけで「桜島を想起させるほど飯を盛り、それが大噴火を起こしたかのようにカレールーをぶちまけるスタッフ」がいる。
ましてや「気合」だの「力いっぱい」だの言えば、桜島がキラウエアにグレードアップする。
ひとつ前の研修生は「あ、今日は大盛りで」というと、配膳担当のオッサン(70歳+α)は「はいよっ!」と見事な筑波山級を築き上げる。
研修生は「あ」と小声で言ったが…許容範囲だったのか…女性スタッフにカレーとカツを盛ってもらい、席へと向かう。
…よし、俺は
「ちょっと、普通の、微妙な大盛り」…オッサン大混乱気味だが…それでも「センセ、これでいい?」と、どこかの前方後円墳程度の白米を持ってもらう。
東南アジア女性は「モームズカシネー」と、飯の量に合わないくらいどっさりとカレーを盛って、カツを載せてくる。
…カレーは飲み物、とかなんとかいうし
俺はつまらないことを考えながら、のんびりと席に向かいつつ、こっそりと周囲を注視した。
桜島、桜島、筑波山、古墳、古墳、古墳、桜島…怖いもの見たさ、は正直あったし、午後からの研修に差し障っても、という思いもある。
と、そこに…キラウエア…が、ぬっと姿を現した。
しかも…同じテーブルに二つ…「キラウエア・ツインズ」とでも呼ぶべきか。
そこには二人の研修生が座っていた。
仲は決して悪くないのだが、見た感じ「すこし張り合う」ところがある二人…おそらく飯でも張り合ったのだろう…ここまでくると、カツの存在感は皆無。
スプーンと一緒に渡されたナイフやフォークなどが、とても小さく見える。
俺は気取られぬよう…ゆっくりと…後ずさり…こっそりと席について成り行きを見守った。
「キラウエアな二人」は、互いの皿をちらりと見比べて「お前の方が多くね?」「いやいや、お前の方がルー深いって」などと比較しあっていた。
…いや、深いってなんだよ。湖かなにかか。
彼らのスプーンを握る手には、御神火か何かが宿ったような…闘気というか闘志というか、なんか微妙なものが宿っているようにも見える。
俺は、遠巻きに見ながら「午後の研修、大丈夫か…?」と心の中でつぶやく。
一方、俺の古墳カレーは、実に穏やかだ。
スプーンを入れても「深い」という印象は当然ないし、カツも落ち着いて古墳の頂上で、社か何かのように鎮座している。
…こういうのでいいんだよ、こういうので。
一口食べ、ナイフでカツを切る。
電気工事用ナイフだって前後に動かさなきゃ切れない…食事用ナイフではなおさら…そう思い、ゆっくりとナイフを動かしていく。
一方で「キラウエアな二人」もカツを切り出すが…やはり力押ししたがるので…ナイフがはじけカレーを飛び散らせる。
…電工ナイフだって、刃先引かなきゃ切れんのに…刃なんかついてない食事用じゃ、押し切りは無理だって
俺はよほど「午前中の話を思い出せ」と声をかけたかったが…あえてぐっとこらえ、カレーの味に専念をした。
…うん、今日のカレーは悪くない。
…揚げ物の油も、ギリギリ許容範囲で、午後の研修に差し障るほどの重さはない。
…うんうん、620円、これはうれしいね
周囲を見渡すと、桜島級の皿を前に苦戦している研修生もいれば、古墳級を淡々と攻略している者もいる。
俺は湯呑みを手に取り、ひと口すする。
熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうどいい。
15分ほど、ただ静かに見守る。
二人は、時折こちらを見ては、何か言いたげな顔をするが、俺はあえて知らん顔をして茶を飲み続けた。
…いや、助けようがないだろ。
…その山を築いたのは、お前ら自身なんだから。
周囲の研修生たちも、ちらちらと「キラウエア・ツインズ」を見ている。
「いけるのか…?」「いや、無理だろ…」
ざわ…ざわ…
…ざわざわ…ざわ…ざわ…
周囲はかたずをのんで見守る。
先に音を上げたのは、右側のキラウエアだった。
「モームリ」と「企業経営者が聞くと目くじら立てそうな言葉」を一言発すると…スプーンを置いたが…音がしない。
見るとまだその皿には、まだ3割ほどの「山頂部が吹き飛んだキラウエアもどき」が残っている。
続いて左側も、静かにスプーンを置いた。
そちらの皿にも、およそ3割ほどの「山腹が完全にえぐれたキラウエアもどき」が残っている。
二人は互いに顔を見合わせ、今度は「どちらが多く食ったか」で、張り合いだす。
…いや、どっちも減ってないよ…第三者的に誤差だよ、そんなのは。
時計を見ると、12時50分…研修再開まであと20分。
俺は学食を後にした。
外の空気が少し冷たくて、心地よいほどの風が吹いてる。
俺はゆっくりと歩きながら、午後の指導内容を思い返す。
…まずは「刃の向き」の再確認だな。
キラウエア・ツインズ…この先しばらくの時間、ずっと下を向きながら、力を使う作業だが、そこらは平気だろうか。
刃先方向も当然よく注意して確認させるんだが…バケツ類なんかもちょっと用意しなきゃならんかもな、と考えながら、そっと実習室にバケツを持ち込んだ。
俺は「危険予知活動、危険予測…本当に大切なんだなぁ」と「キラウエア・ツインズ」をみて、心から実感した。
俺は彼らにこっそりと「まずはゆっくりと呼吸を整える」「刃の向きと同様に、作業姿勢による胃の向き変化にも配慮してな」と言い、バケツを指差した。
ツインズは、雨に濡れた子犬のような目をしながら、バケツと俺を交互に見つめつつ黙ってうなづいた。
午後からの「ツインズ」の作業量…当然ながらさっぱり…出来高なんざまったく上がらない。
こうしてツインズは…人生初の残業を経験し…俺はそれに寄り添う形で居残った。
…俺、管理職だから残業代出ないし。
…そもそも研修で残業って下手したら始末書モンなんだよな、ホントは。
まぁ、これは、言わないでおこう。
そう思いつつ、彼らに2時間ほど付き添った。
この研修所に長くいる人に尋ねました。
なんでも、毎年こういう「ドカ盛」騒動は起きるらしいです。
でも「それですら平然」という子もいるようです…まじか、どう見てもキラウエアだぞ、と思います
いま「ここ一番」って時に食べるとよさげなカレー屋さん、2kgを時間内に食べると無料ってやってるんでしょうかね?(いや、自分には無理ですが)




