わいろの効用
今日は朝から小雨がしとしとと降っている。
天気予報を見ても「一日ぐずついた空模様」としか言わない。
…まぁ、座学研修開催ってだけ、まだましか
四月に入り、気温自体はそこそこ上がっている。
俺は防寒着ではなく、スクーター通勤用のカッパを準備して着込んで研修所に向かった。
本日使う大きな研修室に向かい、照明の確認と空調の確認をする。
そこそこ湿度も高いうえ、若干の肌寒さも感じる。
俺は「除湿20度自動」に切り替えて、時計を確認する。
…6時40分(空調リモコンで確認)
もう俺を食堂スタッフとして認識するやつもいないだろう、そう考え「食堂の混雑緩和に出来るだけ協力するために」開店前の食堂へと向かった。
屋外に接する通路を歩くと、少し風が出ているせいか、雨が吹きかけてくる。
今日あたりの「危険予知活動の行い方」の格好のネタになるな、と思いながら…ふと前を見ると…ぱっと見だが30名近い大行列が出来上がっていた。
…6時45分(推定)
「おはようございますっ!」と、かなりお緊張している様子で最後尾の研修生があいさつをする…当然それが伝播する。
はるかかなたの前方の研修生まで「おはようございますっ!」とあいさつをしてくれる。
俺はいちいち全員に挨拶を返せる状況でもないので、かなりの大きな声で「みんな、おはよう!」と返事をする。
…6時47分(推定)
おそらくその声が届いたのだろう、食堂の扉が開いた。
配膳担当のオッサン(推定年齢70歳+α)が「センセ!ほら!こっちこっち!センセだけは特別!センセだけ開店前OK!(北関東風)」と大声を出す。
…研修生、全員俺をガン見
オッサンは「昨日貰った、お菓子。あれ、小豆たくさんでうまかったよ!」と、メーカーが聞いたら大喜びする感想を大声で叫ぶ。
…研修生、全員俺を白眼視
オッサンは「あれ、名前もいいよね!『億萬両』だっけか?小判のような形で、まるで悪代官がもらう賄賂みたいでさ!」と、メーカーが聞いたら本気で大喜びする感想を、さらに大声で叫ぶ。
…いやほんとまじきのうのわいろかえせや!
とどめに東南アジア女性スタッフまで出てきて「センセ!キョーハ、ダイサビースヨ!センセダケ!」と、手をブンブンと振り回す。
…ほんともうあらぬごかいしかまねかないからやめてよもう
俺はもう「準備できてるなら、かなり待ってるみたいだから開けてやってもらいない?」と尋ねるのが精いっぱいだった。
オッサンは「そだね、すぐ開けるよ!」と、女性スタッフを促し持ち場に戻る。
…6時50分(推定)
普段より10分速く開店。
俺はもう、朝の献立を確認する力もない。
取るものを取り、席に着こうとする…が…わりと混雑をしているので、座席選択の余地もほとんどない。
食堂の一角にある「講師優先席」…普段はそんな偉そうな席は使わないようにしているが…そこへ着席した。
通路を歩く際に受ける、研修生の視線が…刺さるように痛い。
「ダメなオトナ」の典型例を見せちゃった…もう、まともに話を聞いてもらえないだろうなぁ。
もう、何を食べても味なんかわからないくらい「やっちまったなぁ」感にとらわれた俺は、そそくさと席を立つ。
ロビーに出ると数名の研修生がいた。
俺は…そそくさと…避けるように…立ち去りたかったが、声をかけられた。
「先生!」…もう駄目だ、無視はできない。
腹を括って向き直ると…複数の生徒が、目をキラッキラさせながら俺を見つめる。
その視線、紅蓮の弓矢のごとし。
だが、彼らは「先生、昨日おっしゃっていた…『人を使う』のコツ、なんですね、これ!」と言い出した。
…はい?
「仕事をしてもらう、させる、それを円滑に運ぶために、まずは自分が一歩引いたコミュニケーションを積み重ねる…決して立場や役職を振りかざしてはいけない!すごいっす!」
「昨日ほかの先生が、現場力、行動力、とか言ってたけど、具体的じゃないんで、いまいちわかんなかったんです!でも、先生はそれを実践して見せてくれたんですね!」
…ほへ?
「先生が言っていた、相手に共感を求める、こういうことなんですね!」
「食堂の人は、先生に共感して時間早めてくれてますもんね!ホントすげぇって思います!」
…いや、それはもう違う
…自分のためだけに、賄賂わたしただけ
…俺は、別にオッサンに共感なんか、求めてないもん
俺はあいまいに返事をしながら、ゆっくりとその場を立ち去り…雨の吹きかける通路に出た。
食堂から見えない位置にまで来て、逃げるようにダッシュするも、雨によって路面が非常に滑りやすく…足を取られる。
それでも転ぶことなく、講師控室に戻る。
…研修生、あらぬ方向に誤解してくれてるなぁ。
…助かった、というべきか
俺はため息をつき、椅子にもたれかかった。
雨はまだしとしとと降り続いている。
だが、その雨音は、さっきより少しだけ優しく聞こえた。
人間同士のお付き合い、ですので…そら、たまには…と思います
本拠と赴任地…もう旅行レベルの距離がありますし、赴任地の名産品を飲ん巨pに持ち込んだりもすれば、本拠の名産品を持ち込むこともあります。
決して、私利私欲のため、ではありません(本当本当本当本当本当本当本当本当本当本当本当本当本当)




