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ハンバーグは、おかわり自由ではありません

新しい年度が始まった。

今日は「雇い入れ時教育」の日だ。

うちの会社は建設業で、特に身の危険が多い職種とされているため、内容はどうしても濃くなる。

だが、ただ、一つだけ気がかりがある。


…一部の研修生に、食堂スタッフと思われてそうな気がしてならない


開店前に食堂を利用したせいで、かなりの人数と顔を合わせてしまった。

その記憶が、今になってじわじわ効いてくる。


研修室のわきの小部屋で待機していると「全員揃いました。健康状態等異常なしです」と、運営管理から声がかかる。

俺は軽く咳払いをして、研修室に入った。


ざわ…ざわ…

…ざわざわ…わざ…ざわ…


一部の研修生が俺から視線をそらさない。

俺は前に立ち、軽く会釈をした。


「それでは、雇い入れ時教育を始めます」


…が、数名の研修生が、まだ俺を「食堂の人」として見ている目をしている。

一番前の席の子などは、今朝と同じ顔で俺を見つめて「この人、今朝食堂から出てきた人だよな?」と、言っている気がする。

その隣の席の子は「おかわりは自由ってほんとですか?」と、聞いてきそうな気がする。


俺はスライドを準備しながら、内心でつぶやく。


…いや、俺は食堂の人じゃない。

…今は「機械等原材料等が及ぼす危険性について」の話をしに来たんだ

…ミートボールの数を数えに来たわけじゃない。


しかし、研修生の視線が妙に生ぬるい。


「食堂の人が安全教育してくれるなんて、どれだけ人手不足な会社なんだろうか?」


そんな誤解すら生まれていそうだ…俺は意を決し、一度深呼吸し、言った。


「えー…まず最初に、私は食堂のスタッフではありません。」


研修室が、ほんの少しだけざわついた。

だが俺は「現場での経験」を活かし畳みかけた。


「皆さんが、食堂を含めた研修所の設備を、安全に使えるかどうかを事前確認する、これだって建設業における『作業開始時の点検に関すること』の一環です。後の時間にこれは出てきますけどね。」


右端の子は「おお」という納得顔をしている。

研修室全体の反応も、おおむね良好だ。

中には「苦し紛れの畳みかけ」をメモする子までいる。


…ごめん、それ、ただの言い訳なんだよ

…オトナの事情で、食堂を無理に早く開けてもらっただけなんだよ


俺は、ちょっと噛みながら…普段よりもしどろもどろしながら、なんとか午前中の研修を終えた。

昼食を取りに食堂に向かうと…予想通り長蛇の列。

配膳担当のオッサン(推定年齢70歳+α)は、一心不乱に飯を盛り続ける。

東南アジア女性スタッフは、二人がかりで列をどんどんとさばいていく。


…普段は、食堂に着いて2分とかからずに飯になるのに


やはり人数が多いのは、相当無理があるようだ。

俺は、自販機で茶を買い求め、ロビーのソファーに座ってしばし休憩をとることにした。


…10分ほど時間をずらすか


ぼんやりとスマホで時間をつぶしつつ、食堂を見て確認する。

最初の頃に入ったと思われる研修生…食べるのが早い子はもう退出をしだしている。


「ハンバーク、あれ、ボリュームあってわりとうまいな。」

「社食?学食? 意外とバカにならないね!」

「自己負担がない、おかわり自由ってのもいいね!」


そんな感想を聞き流しながら…「ハンバーグか、ふむ、自分じゃ作らないし、今日はいいな」と思いながら、食堂に向かう。

そして今日の昼の献立を確認しようとして…愕然とした。


「なんにもない」


俺の視界…針の孔ほどに狭くなる。

トレーは積まれている、箸もスプーンもある、給茶機からは茶も水も出る

だが…肝心の「おかず」が、どこにも見当たらない。

一体どういうことだ?

何が起きた?


俺はオッサンに慌てて確認をする。

オッサンはオッサンでえらく慌てて…「あれ、数は60出したんだよ。注文数57だから、3は余るはずなんだよ(北関東風)」と、ホットケースを覗き込む。


…まさか


オッサンは「あ、おかわり自由…勘違いした生徒さん、いるんじゃない?」、とつぶやいた。

「いや、センセ、ごめんよ…あまりの数でさ、おかわり、と言われて対処難しいからさ、ホットケースにご飯置いてさ、勝手に持ってけってやったんだよ…それ間違えてたんじゃないか…」


…「指示は具体的に」「あいまいな指示は作業に誤解を生む」「それが労働災害につながる」って、午前中にやったばかりだぞ。

…オッサン、賄賂おかし返してくれないかな、もう。


オッサンは東南アジア女性スタッフに、冷蔵庫にある常備系おかずを取り出すように指示を出す。

彼女たちは、皿を洗う手を止めて冷蔵庫からいろいろと取り出して、オッサンの指示に従い皿に盛り付けしだす。


主菜:マカロニサラダ

副菜①:ポテトサラダ

副菜②:ごぼうサラダ

副菜③:ツナキャベツサラダ


…サラダ四天王、ここに集結。


肉のかけらも、ありゃしない。

色合いは白・白・薄茶・薄緑。

どう見ても「昼食」ではなく「検診前の食事制限メニュー」だ。


オッサンは申し訳なさそうに言う。

「センセ…今日はこれで勘弁してくれ…」

女性スタッフも二人して手を合わせて「ゴメンー」と謝ってくる…いやもうその姿、ナマステ―、とにこやかに挨拶してくれているようにさえ見える。


俺は、やりきれない思いを抱えて、席について食事を始める。


そこへ、研修生の一人が俺の前を通りがかった。

俺の皿を見て、目を丸くする。


「あっ…先生、それ僕らとメニュー違いますね…なにか『特別食』ですか?」


…いや、違う。違うけど、違うと言えない。


「……まぁ、そんなところだ。」

研修生は感心したようにうなずいた。

「さすが先生、健康に気を使ってるんですね!」


…違う。違うんだよ。俺はただ、ハンバーグが食べたかっただけなんだよ。


俺はサラダ四天王を前に、静かに覚悟を決めた。


午後の講義は、眠気と誤解と満腹の研修生たちとの戦いになる。

そして俺は、肉のない昼食で挑むことになる。


…なんだろう、この理不尽なRPG感。


時計を見ると、12時45分…サラダ四天王を屠った俺は、大量のハンバーグを食べつくしたこわっぱ軍団に戦いを挑むべく…研修室に戻った。

絶対に居眠りさせねぇぞ・・・


毎年、こういったことが初回あたり起きます。

初回メニューなんか、こう、なんてのかな・・・人気があまりなさげな「まっ茶色ご飯二でもしたらよいんじゃね?」とは思いますが、まぁ、胃袋つかむ、は必要でしょうし…うーむ。

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