食堂利用のオトナ力学
新しい年度が始まった。
この研修所には、しばらくの間数十名の研修生が泊まり込む。
並ぶ人数次第ではあるものの、白米の配膳を受けるだけでも10分くらいは平気でかかってしまうことは、想像に難くない。
…しゃーないな、また賄賂でも準備して「時間前使用」をこっそり頼んでおくか。
そう考えて、実家帰省した日に賄賂を準備した。
「賄賂買いに行くのに遠くまで出歩くなんて、まっぴらごめん」と、考えた俺。
配膳担当のオッサン(推定年齢70歳+α)には「億萬両」という「非常に景気のいい名前の小判型最中」を、東南アジア女性スタッフには「横浜なのに有明の港」という地元名産を…地元の駅のコンビニで買い求めた。
…まぁ、これでしばらくの間、融通はつけてくれるだろう。
俺は翌日、開店20分前に学食に向かった。
人数が多いせいか、おかず皿が所狭しと並べられている。
オッサンは臨戦態勢で、茶碗やどんぶりをずらりと並べ…客を待ち受ける。
東南アジア女性スタッフも、臨時で増員されたのか…今日は「サビースをモットーとするいつものスタッフ」に加え、さらに1名…全員とも、準備に余念がない。
「おはようございます」と俺は声をかけた。
オッサンたちが振り返ると同時に「いつもありがとう」と頭を下げた。
「しばらくは、片付けまで含めて大変ですよね…よかったら、これ食べて頑張ってもらえたら」と菓子の袋を差し出す。
オッサンは、またもや非常に恐縮し「ホント、センセ、いつもいつも気ぃ使ってくれてありがとう!(北関東風)」と厨房から飛び出してくる。
女性スタッフはと言えば…やはり目をキラッキラさせながら、賄賂の袋をじぃっと見つめている。
「どうぞ、これは8個入りだから、仲よく分けてね」と手渡すと、飛び上がらんばかりに喜んで受け取ってくれた。
オッサンは「センセ、あれだ…30分前だと難しいけどさ、20分前なら準備できるよ」と、こっそり言ってくる。
「ワシらもね、こうなると一人でも早いほうが助かるからさ」
…よしっ!
俺は素知らぬ顔をしながら「あそう、ふーん、したら、今日からしばらくお願いできるかな」と白々しく尋ねてみる。
「あ、よかったら是非食べていって!」とオッサンは言い、女性スタッフを持ち場に配置した。
そして今朝は、開店20分前、お値段変わらず415円の「一汁三菜」、献立を現物で確認する。
『今日の献立』
主菜:ツナとキャベツをしっかりと和えマヨネーズで締めた感じのもの
副菜①:昔々「オベントクン」という名で呼ばれていたような気がする、ちっちゃいミートボール(2個)
副菜②:クラッシュトマト、フリルレタス、オニオン等の入ったサラダ
副菜③:フルーツの缶詰を小皿に盛ったもの
おまけ:ヨーグルト、パック牛乳、パックコーヒー牛乳のいずれかからひとつ
…おぉ、4品でさらにおまけがある
…でも…これ、構成は「パン」としか思えないぞ
だが「開店20分前利用」をしばらく取り付けた身としては、文句は言いにくい。
ましてや、いちいち血圧を上げ下げする理由もない。
そんなことを考えながら、俺は席に着き、朝食を取り始めた。
ツナキャベツ…これはたまに出てくるのだが、何回食べても…白米には、なじんでくれない。
ちっこいミートボールはともかく、サラダなんか本当に「12枚切りあたりのミミなしパン」以外に合わせようがない。
フルーツの小皿に至っては「納豆ご飯」を食べた後にフルーツ食べたいか、と考えると…個人的にはやはり難しく思える。
俺は黙々と食事を続け、食べ終わると、そそくさと学食を後にする。
大人の力技…賄賂を使って開店時刻を曲げる…そんな姿を新入社員に見せるべきではないだろう。
そう考えた俺は食堂の扉をそっと開ける…と、そこには20名ではきかないほどの行れるが既にできていた。
一番前にいた子などは、期待と不安が入り混じった顔で俺を見ていた。
「あ、中から人が出てきた!」
「すみませーん、食堂の方ですかー?もうやってますかー?」
「会社からの案内には、ご飯食べ放題って書いてますが、本当ですかー?」
…開店前の食堂から出てくる人間。
俺は完全に「スタッフ扱い」されていた。
「ちょっと待ってな、確認するね」と切り返すのが精いっぱい…俺はまたもや食堂に入り「オッサン、えれぇ並んでる…もう入れていいか?」と尋ねる。
オッサンは「あ、もういいですよ」と答える。
俺は大きく扉を開き「OKだそうだよ」と言い、そそくさと食堂を離れる。
今日は日差しも柔らかく、気温もゆったりと上がってくれている。
雲一つない、とてもきれいな晴天。
屋内はもちろん、屋外活動にだってもってこい。
…確か、今日9時から「雇入時安全衛生教育」、この子達対象でやるんだったな
研修生にはどう思われても気にはしないが…「食堂スタッフ」と思われた俺の話をどこまで聞いてくれるだろう。
俺の話を聞く前に、まず「食堂の人」という誤解を解くところから始まるのかと思うと、少しだけ気が重かった。
賄賂…「はっ、早く使いたいからってわけじゃないんだからねっ!」ってツンデレ風味で渡そうとか考えたんですが…オッサンも女性スタッフも概念として「ツンデレ」なんてわかんないだろな、と思ったので普通に渡しました。
本当に「日頃の感謝の木道」です。嘘じゃありません。本当です。本当ですってば。




