誰もいない日の朝食~資本主義かくありき~
今週は、宿泊しながらの研修がひとつもない。
よって、食堂は「俺専用貸し切り」になることが決まっている。
…こういう時って、わりかしサービスあったりするよな、学食は
別にそれは楽しみではないが…やたらと広い学食設備、それを俺一人が使う…しかも、俺のために給仕をするスタッフが二名つく。
そう考えると、かなりの贅沢、ともいえる。
しかも、それが朝食なら415円なのだから、破格、ともいえる。
宿泊しながらの研修がない週は、儀式のような空調設定も特に行う必要はない。
そのうえで「並ぶ」ということもなくなるので、ゆとりを持った朝食が楽しめる。
俺はゆっくりと…食堂のドアを開けようとしたが、中が薄暗いことに気が付く。
厨房の明かりはついているが、食堂全体の明かりは落とされている。
恐る恐る中に入ると、配膳担当のオッサン(推定年齢70歳)と、東南アジア女性スタッフが暇そうに座っていた。
「お、センセ、来たね、おはようございます!(北関東風)」
「センセ―オハヨー(にっこにこしながら手をブンブンと振る)」
…いやもう、大歓迎だなぁ
俺は「おはようございます」としっかり頭を下げて、ホットケースからおかず皿を取り出し、中身を確認する。
『今日の献立』
主菜:目玉(蒸し)焼き
副菜①:もう少し大きさが欲しいシーセージ 2本
副菜②:キャベツミックス
…ああ「黄色い牛めし屋」のダウングレード版か
以前にも思ったが、牛めし屋だとこれに牛小鉢付けてワンコイン。
蒸し焼きで目玉焼き作っちゃうから、たまごのへりに香ばしさがない…見方を変えれば「平らなゆでたなご」
やはり少し高いよ、これは…と思っていると…オッサンは、白米を盛りつけながら「はい、これ、もしよかったら!」と、出してきたものが「豚バラ大根風の小鉢」だった。
俺は「お、今日は4品目?」とすこしおどけて聞くと「サービス、よかったら」と実直そうにオッサンは進めてくる。
東南アジア女性も「サビース、イーネ!」と、サムズアップする。
…豚バラ大根「風」でサムズアップされてもなぁ
そうは思ったものの、好意は好意。
俺はありがたく好意を受け取った。
席に着くと、広い食堂の静けさが一気に押し寄せてくる。
研修生がいないだけで、こんなにも音が消えるものか。
椅子を引く音すら、やたらと響く。
トレイの上には、4品目のおかず。
朝からちょっとした「福袋感」も感じる。オッサンはやることがないのか…遠くから腕を組んでこちらを見ている。
俺はオッサンに頭を下げ、食事を開始した。
すると「センセ、どう? 味、大丈夫?」…オッサンが、東南アジア女性スタッフを引き連れ、こちらに近づいてくる。
「センセー、オイシーク、タベテー!」と、にっこにこの笑顔で俺を応援してくれる、東南アジア女性スタッフ。
…いや、そんなに応援される朝食も珍しい、というか、かえって食いにくい。
目玉焼き(蒸し)に箸を入れる…白身はぷるんとして美しいくらい…不自然ともいえるほどの白色を見せているが、香ばしさはゼロ。
感想なんか「平らなゆでたまごの称号は揺るがない」くらいだ。
次にソーセージ…細い…小さい…黒っぽさが目立つ…ソーセージ、こんな攻めた焼き方普通するか?
感想なんか「焼きすぎだよ、これは」くらいしかない。
キャベツミックスに至っては、どこまで行ってもひたすらキャベツミックスだ。
キャベツミックス界の平均点をひたすら守り続ける、安定の存在、ということもできなくはない。
感想なんか「スーパーの1袋100円のと、全く同じ味ですね!」くらいしかない。
そして、サービス枠の豚バラ大根風…箸でつまむと、オッサンがニヤリとした。
「それ、昨日の残りだけど、味しみてるよ」
…どこの残りもんなんだよ、これ。
…てかさ、残り物を誇らしげに出すなよ。
でも確かに、味はしみている。
「風」とはいえ、なかなかの仕事ぶりだ。
確かに味しみ度は満点。大根などはすでに暗褐色。
「味しみ」どころか、もう大根なのか蕪なのか区別がつかないほどだ。
食べ進めるうちに、食堂の空気が少しずつ温まっていく。
広い空間に、俺の箸の音と、厨房から聞こえる換気扇の低い唸りだけが響く。
ふと顔を上げると、オッサンと東南アジア女性が、まるで「センセの食事実況」でもしているかのように、向かいの席に座っている。
…いや、そんなに見られると食べづらいんだが。
それでも、どこか悪い気はしない。
415円で、広い食堂を独り占めして、二人のスタッフに全力で応援され、じぃっと見つめられながら食べる朝食。
視線がこわい、と言えばこわいが、贅沢といえば贅沢だ。
最後に味噌汁をすすり、トレイを片付けようとすると、オッサンが「センセ、置いといて、こっちでやるから!」と手を振る。
東南アジア女性は「アシタモ、サビース、アルカモ!」と謎の宣言をしながら、そそくさとテーブルを拭き出す。
…サビース、いやその、サービスは無理しなくていいから。
食堂を出ようとするその刹那、照明が落とされる。
振り返ると、食堂内の清掃がもう始まっている。
よく見れば、給茶機の電源なんか、切られている。
時計を見ると、7時17分…彼らにしたら普段は8時をかるく回ってからの作業…これが7時17分には開始される。
…あ、時給換算すっと、1時間お得なのね
「センセ、生徒さんいないし、一人の時は開店前でもすぐ準備すっから!」…もう、時短モード全開なのを隠すこともしない。
「センセ、アサガンバル!」…何をだよ、と、突っ込む気すら起きない。
…時短のために早く来る、まではさすがにな
なにか、世知辛い空気を俺は感じながら、食堂を後にした。
それでも胃の中は…サービス分だけは、妙に温かかった。
…あー、今週はずっとこんな感じなのか
俺はちょっと、げんなりした。
運営会社には、運営費として月額固定を支払っている(んだそうです)
ということは「100人来た時の労力」「1人来た時の労力」…労力にかかるコストは一致するってことにはなります。
まぁ、早く帰れるならね、とは思いますが…
ちなみに自分は「このいきさつあたりから、黙って開店10分前に押しかける」ようにしました。
たくさんいても、困るんだろうし…
ちなみに、うちの学食の女性スタッフさん、とてもかわいらしくてとても明るいから、研修生にも人気があります。




