電撃納豆
北関東の地は、一度降雪があると、溶けてなくなるまではそこそこの日数が必要だ。
この地自体の降雪回数は、南関東の地と大して変わらない。
だが、最低気温が氷点下5℃を下回ることが珍しくないおかげで、数日の晴天程度では、雪はなくならない。
…いや、これは路面凍結が本気でこわいな
スクーター通勤故、路面状況は非常に気になる。
俺は、スクーターにまたがる際に「路面凍結、足元注意、よし!」と、一人で注意喚起をして、エンジンをかけた。
俺は研修所につき、いろいろな施設の暖房設定を24℃強風に設定して回った。
朝9時スタートの研修では、この設定をしておかないとまともに研修もできない。
…誰がやる、ではなく、自分でやる、しかないんだよな、こういうの
そうした立ち上げの準備を全て済ませてから、俺は学食に向かった。
屋外に面している通路は、折からの強風の影響もうけるため、体感気温が大きく下がる。
なかば凍える思いをしながら、学食の扉を開けた。
ホットケースには、日常を取り戻した感のある「朝のおかず」がずらっと並んでいる。
俺は朝415円の「一汁三菜」、今日の献立を現物で確認する。
『今日の献立』
主菜:さばの塩焼き(半身を上下で分割したものの、半分)
副菜①:インゲンのからしマヨネーズ和え
副菜②:青菜のおひたし
…半身出してくれたら、ホントいうことないよなぁ
俺は心底そう思ったものの、415円で白米や汁物はお替り制限がないことを踏まえれば、致し方ない、と思い白米配膳列へ並ぶ。
今日は配膳担当のオッサン(推定年齢70歳)の姿は見えない。
東南アジア女性スタッフが2名で「オハヨー!」とにこやかな笑顔を振りまきながら、白米を盛り、汁物を準備している。
…オッサン、どうした?
俺は不審に思い、女性スタッフに尋ねた。
「オッサン、ケサ、コロンダヨー」
と、明るく答える
もう一人のスタッフも
「コロンダ、イタイ、アシイタイ、テガイタイ、カエッタヨ」
と、にっこにこしながら明るく答える。
…そこ、明るく答えるところか?
…てか、オッサン、小娘どもに普段からいじられてやしないか?
とは思ったものの、さらに様子を聞いてみると…転んだ際に掌をすりむいて出血したがために、食品を扱うには適さない…という判断のもと、ということが分かった。
そうか、それならばまあ、安心だな、と思ったのもつかの間だった。
・ふりかけや納豆、海苔が一切出ていない
・醤油やソースが一切出ていない
・給茶機に茶を補給していないから、水か湯しかでない
細かいところ、みんなオッサンの采配だった。
俺は女性スタッフ2名に「研修生が押し掛ける前に、出来ていない準備しないと、後で大変になる」と告げ、準備を促す。
「オー、センセ、ワスレタ、アリガトー」
にこやかに言いながら、醤油やソースのセットをカウンターに並べる。
取り放題のふりかけの容器を取り出し、そこに「とりあえずあればいいだろ?」的に「袋入りのおかか」ばかりで埋め尽くす。
海苔に至っては、大袋のままどーーーーーーーーんと置く。
そして、納豆…冷凍庫から取り出して…そのまま並べた。
…あー、この厨房、あそこが冷凍庫ねーへーそうなんだー
俺はまるきりベクトル違いの感想を持ちながら「いや、納豆さ、これカチカチだよね?」と尋ねる。
彼女たちには、そもそも納豆という食文化がないし「冷凍庫にあるパック食品=出した状態が一番鮮度が高い」という思い込みだって、成立する。
…生徒が来る前に、せめて納豆の解凍だけはさせないと。
俺はそう思って「これは、凍ってるままだと、食べられないよ」と注意を促した。
普通に冷蔵庫解凍で前夜のうちにするくらいは必要。
電子レンジ解凍だってできなくはないけど、それは本当に注意が必要で、1パックあたり20秒程度でやめて、白米の余熱使って何とかする、がいいところ。
…だが、一歩遅かった。
一人のスタッフが「業務用電子レンジ出力1500W」…納豆を1パック丸々放り込み、すでにボタンを押していた。
「これはもう、あっつあつの納豆ができるに違いない」と思っている矢先に、電子レンジの中でかすかな破裂音。
…納豆の中の付属である、からしとたれが、さく裂していた。
「ハイー、ナトー、デキタヨー」
にっこにこの東南アジア女性スタッフ。
笑顔がまぶしいほどかわいらしい。
そうだよなぁ、俺、注意点としては「出力」だの「中の小袋取り出す」だの「解凍時間」だのは、言ってないもんなぁ。
俺は彼女たちに「納豆、今日はないよ、と、言っておきな?」と伝えた。
「センセー、ワカッター」
彼女たちは、素直に納豆を冷凍庫に収める。
本当に無邪気…何も言うべきことは…ない。
俺は席につき、食事を開始した
生まれて初めて食べる「手に持つと、熱さを感じる納豆」
パックを開けると、猛烈な納豆臭がそこかしこに漂う。
からしもたれも、パック中にまき散らされている。
むせかえるほどの納豆臭をこらえながら、俺はかばんに忍ばせている「青唐辛子なめたけ」を多めにぶちまけ、醤油をこれでもか、とかけて混ぜ込んでみる。
白米にかけて食べてはみたが、食感もどこかおかしい…「うまい」とは程遠い…そんな納豆に仕上がってしまった。
研修生が徐々に集まりだす。
強烈な納豆臭に顔をしかめるものも散見される。
納豆は、無用なほどの熱々ぶりと、普段の10倍増しか、というほどの匂いで、強烈な存在感を見せつけてくる。
まぁ、これも多様性。
厚生労働省も言ってるもんな、外国人労働者がちゃんと働ける制度を作るって。
食事を早々に済ませ、俺は食堂から逃げるように立ち去る、
まだ日陰には雪が残っているところも多くある、北関東。
オッサン…ホント、年よりなんだから「路面凍結、足元注意、よし!」してくれないと…ホント困る。
空はどこまでも青く、澄んでいる。
今日の研修で「人員配置」が主題にある…多様性…俺は、研修前に、身をもって実例をかみしめた。
普段大変お世話になっている、学食のオッサン。たとえ利用者が自分一人でも手を抜くことは(基本)ないのが素晴らしいです。
たまーに、食べてる最中に「センセ、これ出し忘れた」と持ってきてくれたりするのも、ありがたいです。
(間に合えば、なんですけどね)
納豆が冷凍保存できる、というのは知っていましたが「消費期限守って、冷蔵で食べる」が一番おいしいのだろうな、と思い、自分は電撃を加えたことはありません。
いやぁ…納豆…電撃解凍…なかなかハードでした。




