雪の次の日の朝食
翌朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
頭はすっきりしている。
昨日あれだけ飲んだのに、身体は妙に軽い。
…まぁ、俺は昔からこういう体質だ。
カーテンを開けると、雪はすっかりやんでいた。
ただ、窓の外は一面の銀世界で、朝日が反射してやけに眩しい。
昨夜の喧騒が嘘みたいに静かだ。
廊下に出ると、研修生の一人がおぼつかない足取りで廊下を歩いていく。
「せ、先生…おはようございます」…声が死んでいる。
「おはよう。どうした?」と声をかけると、「いや…頭が…昨日のメガジョッキが…」と、か細い声が返ってきた。
コーヒーを買いに自販機に向かう道すがら、数人の研修生とすれ違う。
…全員と言っていいほど、顔色が優れない。
昨日あれだけはしゃいでいたのに、今は「放置されて干からびた焼きホッケ」みたいになっている。
「おはようございます…」
「…おはようございます…」
「(無言で頭を下げるだけ)…」
声量は2割まで落ちている。
覇気はゼロ。
見かける研修生の大半が…ゾンビ化している。
…まっずいなぁ
時計を見ると、朝6時20分…俺は管理人室に立ち寄り、大風呂の状況を尋ねた。
すると管理人は、夕べからことのほか寒いので、電源は切っていない、本来は朝は掃除のために締め切るが、今日に限っては使用は差支えない、との回答を得た。
俺は、館内放送を使い…まくし立てた。
「野郎ども! 風呂の時間だ! 管理人さんのご配慮で、今でも40度オーバーでガンガン炊いてくれてる! 7時30分には締め切る! 急げ! 繰り返すっ!」…至急緊急は二回繰り返しの鉄則を守りつつ、呼びかけた。
しばらくするとあちこちから足音がしだす。
管理人さんは「いやぁ、名演説ですなぁ」と腹を抱えて笑ってくれている。
そんな管理人さんは、やおら館内放送のマイクをとり、続けて案内をした。
「今朝の食事は、道路状況が悪く食材の調達が一部ままならないとのことで、通常のものではありませんが、食堂運営会社からお弁当が届けられています。朝7時から8時までの間、食堂で食べてください。」
管理人さんは、マイクを切って「先生、7時くらいに行って開けてください。」と俺に食堂の鍵を託す。
…おお、助かるなぁ
俺は、管理人さんのきめ細やかな配慮に、心から礼を言い、頭を下げた。
ころあいを見計らって食堂に行くと、湯気が出ているホカホカの研修生や「今起きました感」丸出しの研修生が、扉の前に立っている。
待っててな、と扉を開ける。
食堂には配膳担当のオッサン(推定年齢70歳)も、東南アジア女性スタッフもいない。
その代わり、というわけでもないのだろうが…大きな発泡スチロール製の箱が、でん、と置いてある。
俺は部屋の明かりをつけ、箱を開けて「いいよ、入っておいで、弁当出しておくから取って行きなよ」と研修生に声をかけた。
俺は弁当をとり、本日に限って価格不明の「朝のお弁当」、の献立を現物で確認する。
『今日の献立』
主菜:からあげ2つ(時間がたっているので、そこそこ油感がある)
副菜①:ちくわ天ぷら1つ(時間がたっているので、そこそこ油感がある)
副菜②:白身魚のフライ(時間がたっているので、そこそこ油感がある)
…おお、よくあるのり弁じゃないか
海苔が敷き詰められたご飯のわきには、ピンクの色をした明太子ソースのようなものまである。
俺は「毎日じゃ飽きるかもだが、これはかなりイケてるな」と、一人にやけている。
だが…
全員ではないものの、大半の研修生は「うわぁ」という顔をして、うつむく。
中には「そっ閉じ」すらいる。
「このピンク、反則だろぉ…」と突っ伏す研修生もいる。
そんな研修生をしり目に、俺は唐揚げをひとつ口に放り込みながら「どうした?うまいぞ?食わんのか?」と、尋ねるが、返事はない。
研修生の一人が、弁当を見つめながらつぶやく。
「先生…俺…今日の研修…生き残れる気がしないっす…」
…まぁ、昨日あれだけ飲めば、そうもなるか。
前日の夜、半世紀以上生きている俺が「人生で最長不倒記録のレシート」を貰って悶絶するくらいには、飲んでいる。
俺は、弁当についているおまけ味噌汁をすすりながら、「食えるやつだけ食っとけ。お米だけでもいいし、おまけ味噌汁だけでもいいから。無理だけはするなよ。」と、声をかける。
「今日は…地獄だ…」
「胃が…動かない…」
酒をたしなまない研修生は「先生、昨日のしめの釜めし、うまかったですねぇ!」と話しかけてくる。
「店中の釜並べたみたいで、楽しかったです! ウナギのやつ、本当によかった!」とにこやかに話しかけてくる。
…ななまんはっせんのうち、それだけでいちまんこえたわけだ…しかも、おれ、たべてないし…
まぁ、それはもういいか、気を取り直し「さすがに毎回は奢らない…俺にだって住宅ローンはある!」とまぜっかえし、和やかに朝食をとる。
俺の向かいに座って、ピンクの明太子ソースを箸でつついてうつむいてる研修生は「ウナギ」と聞いただけで身動きを止めている…明暗はくっきりと分かれていた。
窓の外は、雪が朝日に照らされてキラキラしている。
静かで、きれいで、穏やかな朝だ…大半の研修生の胃袋以外は…すっきりと晴れ渡る、いい朝だった。
まれに、こうしたことがあります
基本的には「企業研修所」って、同期で集まるわけで…そこに講師が入ると「邪魔だなぁ」って絶対に思われるので、夕方はこそこそと帰っちゃうようにしています。
声をかけてもらえること、多いんですが…そこは「みんなの場所」だからね、と思います。
小さい集まりなんかだと、喜んで参加してます




