鮭
「北関東の地方都市に持つ、企業内研修所」に常駐してほぼ一か月たつ。
四月最下旬…大型連休に差し掛かっている。
でも、新入社員は…有給休暇の都合もあり、休日の谷間の日でも、カレンダー通りに研修が進んでいく。
俺は単身赴任ゆえに「売却できるものなら売却したいほど有り余っている有給休暇を消化して」のんびり帰省したいところなのだが、研修がある以上はそうもいかない。
新入社員は俺を嫌ってはいないようで…朝の食堂だろうが、昼間の廊下だろうが、どこでも気軽に俺に声をかけてくるようになった。
最初は他愛もない世間話だったが、今では業務の質問から危険回避のコツ、果ては住処の物件選びまで相談されるようになった。未来ある彼らの役に立つならと思い、俺もつい色々話してしまう。
時折、朝食の場でもそういう話を持ち掛けられる俺は「今日もまた何か相談でもされるのかな」と考えながら「学食」へと乗り込んだ。
いつもの配膳担当のオッサン(推定70歳)に「おはようございます」とあいさつをしようとしたが…なぜか今日は見当たらない。
厨房に目をやると…東南アジア女性と思しき人が、二人掛かりで配膳作業をしていた。
…まぁ、連休に差し掛かっているもんな
俺は「いつものおっさん、どうした?」と女性コンビに声をかけると「アノヒト、レンキュー、ヤスミネー」と快活な声が返ってきた。
ああ、やっぱり連休か…そう思いながら、俺はホットケースから大皿を取り出した。
そして今朝の400円の「一汁三菜」、献立を現物で確認する。
『今日の献立』
主菜:コンビニの鮭おにぎりの高いヤツのがよほど厚切りな…ふりかけの袋並みに薄い鮭の「ようなもの」
副菜①:ごぼうサラダ(マヨネーズ風味)
副菜②:やたらとニンジンが目立つ筑前煮
……これ、色合い的には…鮭じゃないぞ……
俺の視界がまたじわっと狭まる。
もちろん病気ではない。
薄切り鱒への怒りが血圧を押し上げているだけだ。
北関東では、これを”主菜”として祭り上げるのか?
そもそも、これは色合い的に鱒ではないのか?
なぜ平皿に盛られているのに、途中でちぎれている?
ここまでくると、薄切り界隈でも最弱クラス…まさかキサマ「薄切り四天王最弱」とでも名乗るつもりか?
そもそも鮭は…
塩味がガツンと効いている
それゆえ「おにぎりの具=ご飯のお供」として成立する
夜の相棒
こういうやつだ。これなら納得だし、心底うまい、と思う。
それに、鮭ならば身の色はもっと赤みが強い。
しかも薄切りゆえに機械的強度がなく、無様に半分にちぎれている…それが腹立たしい。
憤懣やるかたない、とはこのことだ、と思いながら白米をもらおうとした。
オッサンの姿はない。今日は普通の量だろなぁ…それがいいよ、と思って配膳をしてくれる、東南アジア女性と思しき人のほうに視線を送る。
すると「トクモリセンセ、キタヨ」と大声を発しながら、あれよあれよという間に白米をどんどんと盛っていく。
もう一人の女性は「マダヨマダマダ」と、盛り込み作業を応援する。だがオッサンのようにうまく山にならない。
「ちょ、もうやめて」と言いかけたとき…「ソダ、コレネ、コレコレ」と声援担当が取り出したのは…丼…
「や、やっ、やめろぉぉぉぉ」と叫んだが、時すでに遅し…「牛丼一筋80年と言っていた、あの牛丼屋の特盛白様相」のものが出てきて手渡される
そしてとどめににこっと微笑みながら「ドゾー」
もういい、もーいい…俺の負けだ。しかもなんだか一生懸命な二人の姿がかわいく見えるし…
サイズ的には、筑波山どころか桜島のミニチュアみたいな白米…本当に…完全に心が折れた。
おかずがこれじゃ、多分ご飯持て余すな…でも、これ、やっぱり納豆とか食べられないよ…
なんとか完食をして、俺は学食を出た。
連休目前のきれいに晴れ渡った空、そこを心地よい風が吹きぬけていく。
(…俺、体重増えてねぇだろうなぁ…)
さわやかな風が、俺に押し負けたかのように、すぐ脇で渦を巻いた。




