なめたけおろし
俺は52歳。
某電気工事会社が「北関東の地方都市にある、企業内研修所」に常駐して2週間目の講師だ。
四月…新入社員研修なども同時並行で行われているこの時期に、俺は異動してきた。
桜の花がすべて散り、青い葉がぐんぐんと伸びてくる時期…新入社員も慣れてきたのか、気軽に俺に声をかけてくる。
最初は、俺のほうこそなんだか気恥ずかしくて…挨拶に対してきちんとした返答も難しかった。
それもここ数日「おはようございます」というやり取りがなんだか楽しく感じるようになった。
つい先月までは…朝食の時間は朝4時台、2時間ほどの仮眠をとって、今時分はPCに向かって書面作成等…それがにこやかに「おはようございます」…変われば変わるものだ。
そんなことを考えながら「学食」へ向かう。
ポケットの中には「対納豆用ヒミツ兵器」が二種類忍ばせてある。
…筑波山に、俺は勝つ
どこかの海賊王のようなセリフを心に秘めながら、配膳担当のオッサン(推定70歳)に「おはようございます」とあいさつをする。
朝400円の「一汁三菜」、今日の献立を現物で確認する。
『今日の献立』
主菜:一袋100円くらいで売っていそうなレトルトミートボール たったの2個
副菜①:明らかに解凍に手間取ったブロッコリー
副菜②:なめたけおろし
……なっ…なめたけおろし、だと……?
俺の視界、またもやじわっと狭まる。
当然だが、別に病気、というわけではない。
ただ、なめたけおろしへの不満、悲しみ、怒りが胸に湧き上がり、それが俺の血圧を押し上げ…視界を狭めるのだ。
北関東では“副菜”として成立するのか?
そもそも、そういったものは「小鉢」ではないのか?
なぜ平皿に…巨大は〇れメタル形状で盛り付けてある?
そもそもなめたけおろしは…
酒のつまみで小鉢に盛る
醤油たらしてキレや塩気を増す
夜の相棒
こういうやつだ。これなら納得だし、心底うまい、と思う。
それが…朝の白米の横で…平然と鎮座している。
これは「納豆対策」でもあるのか?
だとしたら”副菜が薬味として代用されている気分”になるのが腹立たしい。
今日も“納豆”で逃げよう……と思うのだが…薬味が一切ない学食において、副菜を薬味にしてすがるのもなんだか悔しい
正体不明の醤油を手に取り、白米をもらおうとして俺は唖然とした。
配膳担当のオッサン(推定70歳)…昨日同様「仏壇飯」を、俺に断りもなしに構築する。
ドンッ!
パンパン!
「おっし」
ドンッ!
パンパンパン!
「よぉっし」
ズドォォォォォォォン!
「おーし、これでいい」
…何がいいのか、心底問い詰めたい。
白米を盛る合間合間で奇妙な掛け声をはさみながら…昨日同様茶碗が悲鳴を上げる音が聞こえそうなほど白米を詰め込み、しゃもじで叩いて均したうえで、さらにその上に小さな山を築く。
唖然としている俺をしり目に…「きょう、なめたけいりの大根おろしっしょ。きっとご飯進むから…力を込めて…はいっ!(北関東風発音)」と茶碗を渡してくる。
いやだ、そんなに力込めないで…もう掛け声とかやめて…ほら、後ろの研修生、ガン見してるじゃないか
お願い、しゃもじでご飯たたかないで…それ以上やると、お餅になるから、ホントやめて
サイズ的には、筑波山のミニチュアみたいな白米だが、明らかに昨日より重量を増した白飯を受け取り、俺は完全に心が折れた。
巨大は〇れメタル形状のなめたけおろしで…普通に3杯は飯が食える量…餅化しかけている白米…今日は、納豆なんか食べてる場合じゃない。
(……明日は…薬味、使いたいな…)
そう静かに心に誓いながら、学食を出た。
まだすこし寒さを感じる食堂の廊下を、弱い風が駆け抜けていった。




