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現代逆転移物語  作者: 柚子式


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第1話

街は、積み上げられていた。

石でも木でもない素材が、直線を保ったまま重なり、遠くまで続いている。

高さは揃っていないが、崩れる気配もない。人が作り、人が使い続けてきた形だと分かる。


通りには人が多い。

歩く速さはまちまちで、立ち止まる者もいれば、目的を持って急ぐ者もいる。

互いにぶつからない距離が自然と保たれ、流れができている。

言葉は理解できないが、合図や視線の向きで、意思疎通が成立していることは見て取れた。


信号が変わる。

人の流れが止まり、また動き出す。

それを命じる存在は見えないが、誰も逆らわない。秩序が、ここでは当たり前のように機能している。


建物の間を吹き抜ける風は、一定の温度を保っている。

暑すぎず、寒すぎない。空は高く、覆うものはない。

この世界は、整えられている。


彼は歩いた。

行き先を定めているわけではない。だが、足は止まらない。

立ち止まる理由が、まだ見つからなかった。


人の視線が一瞬、彼に向くことがある。

すぐに逸れる。

異物ではあるが、排除すべきものとしては認識されていない。

少なくとも、今は。


通りから一本外れた場所に入ると、音の重なり方が変わった。

建物が近づき、反響が増える。人の数は減り、足音が目立つ。

視界は狭まるが、把握しやすい。


彼は、その路地へ入った。


路地の奥で、人の気配が固まっていた。

数は多くない。だが、距離が近い。


一人が前に出る。

言葉が投げられる。意味は分からない。

ただ、声の高さと間合いの詰め方から、要求だと分かる。


細長いものが、光を拾った。

手に握られ、向きが定まる。

近づいてくる。


彼は下がらなかった。

構えもしない。


距離が縮まる。

逃げ道は、背後にある。

だが、相手の動きは止まらない。

相手の呼吸が、近い。

荒く、一定ではない。焦りと苛立ちが混じっている。


刃を突き出す腕は、まっすぐではなかった。

揺れている。力が入りきっていない。

それでも距離が詰まれば、結果は変わらない。


周囲の壁は近く、逃げ場は限られている。

視線を巡らせれば、背後にも通路はあるが、振り向く時間は残されていない。


ここで起きているのは、特別な出来事ではない。

この場所、この距離、この状況が揃えば、起こり得ることだ。


だからこそ、長引かせる理由はなかった。

刃が向けられた、その瞬間。


——

近い。

——


次の瞬間、金属は役割を失った。

音は小さく、派手さはない。

形はそこにあるが、使う意味が消えている。


相手は一瞬、動きを止めた。

理解が追いつかない、という間だ。


外側から見れば、出来事は短い。

体勢が崩れ、壁にぶつかり、地面に押さえつけられる。

抵抗は続かなかった。


声が上がる。

別の場所からも、人の声が重なる。

誰かが走り、誰かが立ち止まる。


彼は、そこに留まらなかった。

壊れた道具と、動けなくなった男を残し、路地を抜ける。


通報は早かった。

路地の入口に人が集まり、次に統制の取れた足音が近づく。短い指示が飛び、人数が増える。


警官たちは状況を見て、まず男を拘束した。

抵抗はない。

床に散った金属片に視線が集まる。


「刃がないな」


拾い上げられたそれは、確かに道具の形をしている。

だが、用途を果たす状態ではなかった。


周囲を確認するが、他に誰もいない。

争った痕跡は少なく、血も見当たらない。

起きたのは騒ぎであり、結果としての被害はない。


目撃者の話は断片的だった。

「突然、終わった」


「もう一人いた気がする」


どれも決め手にはならない。

拘束された男は、何度も同じ言葉を繰り返していた。

意味は通らないが、声の調子から、自分の置かれた状況を理解していないことは分かる。


警官の一人が、路地の奥を見た。

行き止まりではない。だが、足跡は重なり、誰のものかを特定できない。


「逃げた、っていうより……最初からいなかったみたいだな」


応じる声はない。

記録係が写真を撮り、時刻を読み上げる。

手順は淡々と進み、感情が挟まる余地はない。


金属片は証拠袋に入れられた。

形状は保持されているが、用途が説明できない。

刃物としては不完全で、ただの欠損品として扱われる。


周囲にいた人々は、少しずつ散っていく。

立ち止まって見ていた者も、再び自分の用事へ戻っていく。

ここで起きたことは、彼らにとって「一時の騒ぎ」でしかない。


いつもの日常。


通りの向こうでは、車が流れ、信号が切り替わる。

遠くから聞こえる音は、すでに事件とは関係のないものだ。


その一方で、報告書には短い一文が残る。


「凶器は破損していたが、破壊の痕跡は確認できず」


理由は書かれない。

推測も添えられない。

ただ、そうだったという事実だけが残る。


それで、この件は終わる。


名も知られぬ誰かが関与していた可能性は、

この時点では、検討に値しない。


街は変わらず動き続け、

その片隅で、確かに起きた出来事だけが、静かに過去になる

男は連れていかれ、路地は封鎖される。

写真が撮られ、記録が残る。

だが、説明に使える言葉は最後まで見つからなかった。


やがて人は散り、規制は解かれる。

路地は元の静けさを取り戻す。


その頃、当事者の一人は、別の通りにいた。

人の流れに混じり、振り返らずに歩いている。


——

音が遠ざかる。

——


街は動き続ける。

灯りが点り、声が流れ、足音が重なる。


ここで起きたことは、ここで終わった。


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