悪魔からの贈り物
色々あって応募できなかった短編小説です。
動画サイトで、あなたへのおすすめに上がっていた映画を見かけて思い出した。
あれは私が小学五年生の頃。夏休みに、自宅からおよそ十キロほど離れた母方の祖父母の家に預けられていたときのこと。日中、母は仕事へ行き、夜には祖父母の家へ帰ってくることになっていた。この日はそのまま一泊する予定だったため、久しぶりの外泊に胸が高鳴った。
「眠れないから一緒に寝てよ、おばあちゃん。」
怖い映画を見てしまって、どうしても一人で眠れないからと無理やりに祖母を添い寝に誘った。
昼間の夏の暑い日差しが嘘のように、今は部屋の中がひんやり冷たい。部屋のどこかに、何かが潜んでいるかもしれないという考えが頭をよぎる。こんなことなら、あんなもの見なければよかった。夕方にテレビで放送されていたエクソシストの映画。悪魔に取り憑かれていた女の子の邪悪な笑い声が頭にこびり付いて離れない。
「だからあんなもの見ると眠れなくなるよっていったのよ。仕方ないわねえ。」
おばあちゃんは私を見て呆れつつも、優しいから一緒の布団に入ってくれる。ほっと一安心。
「私が眠るまでどこにもいっちゃだめだよ。」
「はいはい。約束ね。もういいから、早く寝なさい。」
布団の中で祖母の腕にギュッとしがみつく。おばあちゃんの匂いは、洋服ダンスの匂い。仕事をしている母が帰ってくるまで、私の面倒を見てくれている。布団を被ってじっとしているうちに、何だかまぶたが重くなってくるのを感じた。
カチコチカチコチ。一階にある振り子時計が規則正しく音を刻んでいるのが微かに聞こえてくる。すると、時間を知らせる鐘がボーンボーンと十回鳴った。まどろみの中にいた私は、その音で突然現実に引き戻される。
「……おばあちゃん、いる?」
静かな部屋の中に、私のか細い声が響く。ところが、祖母からの返事がない。さっきまで腕の中にあったぬくもりは、いったいどこへ行ったのだろう?
間違いなく隣にいたのに。確認したいが、布団から顔を出す勇気が出ない。身動きすら、怖くてできなかった。
毎秒音を刻む時計の音が気になる。家の廊下がきしむ音も誰かが歩いているような気がする。映画の内容を忘れようとすればするほど、意識が考えたくもない方向に寄っていってしまう。
ママ、早く帰って来て!
心の底から願ってみたが、今日は帰りが遅いと母に言い含められていたことを思い出す。知らないうちに、手のひらが冷や汗でじっとりと湿っていた。
『よくもオレをこんな目に合わせたな。お前を許さない。』
『はははは、オレを傷つけようとするヤツは全員殺してやる!』
女の子に取り憑いていた悪魔に性別があるとするなら、それは男だった。映画の中ではひたすら恐ろしい言葉を吐き出していたが、今になってそのセリフが頭の中をぐるぐると回っている。そんなとき。
急にどこかから何か聞こえた気がした。え、何だろう。誰か話した?
布団から顔を出さず、息を殺して耳をそばだてる。
また、何か言った。もう一回。今度は聞き取れた。
「南無阿弥陀仏……。」
お経のような声音だった。男の声のようにも、女の声のようにも聞こえる。心臓がドキドキと嫌な音を立てる。聞こえてはいけない声が、聞こえているのだろうか。早く朝になれと強く念じてみるも、そう簡単に朝は来ない。暗がりの中、たまに道路を通りかかる車のライトが、部屋のカーテンを掻い潜って少しの間室内を明るくする。
時間が経つにつれ、お経を読み上げる声がだんだんと大きくなってくる。初めは気のせいだと思っていたのだが、いや、やっぱりさっきより大きくなっている。
もういやだ。なんでこんなに怖い思いをしなきゃいけないの。おばあちゃん、私が寝るまで一緒にいてくれるって言ったのに、嘘つき!
だんだんと恐怖が怒りに変化してゆき、それは私が布団から顔を出すには十分な原動力となった。
思い切って布団から顔を出す。すると、そこにあったのは。
気持ちよさそうに眠る祖母の横顔だった。深く眠っているのか、布団から少し体がはみ出していても気付かない。そこで私は気付いてしまった。念仏だと思っていたのは、祖母のいびきだったということに。よく考えたら、念仏なんて聞こえるはずもないのに。薄暗い部屋の中で、静かに笑いが込み上げてきた。そうだ、おばあちゃんはたまにいびきをかくんだった。
安心したら、今度は眠気が襲って来た。だんだんと意識が遠のいてゆき、気付いたら朝になっていた。眠い目をこすりながら部屋を見渡すと、私一人だけしかいなかった。祖母はもちろん母も、もう起きて朝ごはんを作っているようだ。
階段を使って一階に降り、台所に母と祖母の姿を見つける。居間では祖父が新聞を広げて野球の誌面をじっくり読んでいた。
「ねえねえ、昨日面白いことがあったの。おじいちゃん聞いてよ!」
「おお、どうした。そんなに興奮して。何かあったのか?」
「あのね、私が勘違いした話なんだけど。」
昨日の夜のことを話していると、母と祖母が居間に朝ごはんを運んできてくれた。いい匂いが鼻をくすぐる。
お腹がぐうと鳴った。さて、思い出話に浸るのはこのくらいにして、何か食べに行こうかな。今週末は久々に、おばあちゃんにも会いに行こう。




