借金の保証人
「せやから金持ちになっててな」
高校の帰り道、クラスメイトのFはそう言った。
Fと僕とは別段仲がいいわけではない。たまたま帰る方角が同じだったのと、『なんとなく』という感覚から、下校は二人でいっしょに、というのが慣例化していた。
僕はFの言葉にムリやと答えた。だって不景気だし、僕にそれほどの将来性はないし、そこまで努力家になったつもりもないし、努力したところでどうにかできるものでもないし。
できない理由はいくつでも挙げられる。
やろうとする理由はひとつも挙げられない。
そもそもなんで僕が金持ちになんてならなきゃいけないんだ? と考える段になって、僕はFの話していたことを何ひとつ聞いていなかったことに気付いた。
最後以外は。
「お前オレの話聞いてへんかったやろ」
「うん」
横からFのニキビ面に指摘されて、僕はうなずいた。
Fはまあいつものことやなと言って、もう一回話し始めた。
「オレ、大人んなったら多分借金する。あそびか生活費に困ってかは分からんけど……そもそもがカネのない家やしな、人並みにかせげるヤツになれるかどうか自信がない。せやから借金するやろなーって予想立ててんねん。ほんでそん時に、お前に保証人になってほしいって言うたんや」
「絶対イヤや」
半分本気、半分テキトウに僕は言った。
Fの心の裡は分からない。だけど僕は自分の心の内なら言語化することができる。声には出さなかったけれど。
たまに、動画とかで借金の保証人に友人をたずねる際に、「どうしても、キミにしか頼めなくて」なんて、涙を流して土下座までしてみせて、いかにも親友ぶった態度で恥知らずが押しかけてくるシーンを見かけるけれど、僕はそれに対していつもこう思う。
『こいつは相手のことを一切友人だなんて思っちゃいないな』
あたり前だ。
「百円貸して」ってレベルじゃない。
金融会社から利子つきで大金を借りる際に、「わたしが払えなかった場合、あなたが肩代わりをしてください」という図々しい文言に、OKの署名をくれと言っているのだ。
泣き落としとセットで出て来る科白に、「子供が難病をわずらって、どうしても大金が必要で」なんてのがあるが、そんなものは募金で集めていただきたいし、なんならそれはヒトの命を盾にして金銭をせしめているという名目で、『脅迫罪』に該当し、警察に突き出してやってもよいのだ。
僕はFに対して、大した思い入れはない。
Fもボクに対して、さしたる思い入れもないだろう。
僕は将来、Fが借金のことでたずねてきたら、先の理屈をぶっつけて、追い返してやろうと心に決めた。
あんまりしつこかったら、警察に通報しようとも誓った。
『借金の保証人になってくれ』なんてふてぶてしいおねがいは、僕だったら『どうでもいいと思っている人間』に対してする。友人だと思っている人間には絶対しない。
Fの訃報が入ったのは、高校を卒業してから二十年後のことだった。
四十代手前の同窓会。
手頃な価格の居酒屋で、とりあえず集まった面々と酒やジュースを飲み交わして、空気がほだされ会話が増えてきた時だった。
「お前知らんかったん?」
かつて陸上部のエースで、成績も常に上位五位以内という文武両道だった男子生徒のBは、ビールで酔った顔を一気に醒めたものにした。
「お前Fといっつも一緒で、仲良しやったのに。ホンットなんも知らんの?」
「うん」
僕はうなずいた。
Fとは『いつも』一緒だったわけではないし、仲良しだったわけでもないけれど、それらを否定するのは後でもできる。
Bは、いろんな人を見まわして「せやかてなあ~」と言った。
他の旧友たちは、男女共に、老けた顔をわけ知り気に曇らせた。
Fは借金を作ろうとしたらしい。
そのために、高校時代の同級生をひとりひとりたずねて、動画とかでたまに見るような泣き落としと土下座をやってみせていたそうだ。
Fが借りようとした額については不明である。誰も言おうとしなかった。
けれど借金はえてして増える。利息によって。雪だるま式に。
だからみんな金は借りたがらない。
他人の借りた金のケツ拭きなんて、言語道断だ。
とうぜん、かつてのクラスメイト達はFを追い返した。
半分以上が家庭を持っていたし、僕のような独身であっても、とても他人の面倒をみるだけのよゆうはなかった。
「Fのやつ、お前のとこには行かんかったんやな」
Bは、どこか優越感のある横目で僕を一瞥し、やはりどこか得意気に言った。
「自殺したんやで、Fは。自殺。見たわけやないけど、変死やてどっかで聞いたしな。生活苦に耐えかねて……なんかなあ」
「さあ」
僕はFの死因について、なんの興味もなかった。
ただ金持ちになっておけばよかったと思った。
※この物語はフィクションです。
読んでいただいて、ありがとうございました。