第5話 欠けた地図と朝の路地
日曜の午前、商店街の古地図を掲げた喫茶店「モカ・レトロ」に、三人は集まっていた。
朝の光がカウンター奥のステンドグラスを透け、テーブルに青と赤の色を落とす。
沙羅が地図の上にボールペンを置いた。
「小学校から式場まで、普通はこの道を通る。でも……」
「でも?」
文乃が促すと、沙羅は表情を引き締める。
「この角を右に曲がると、旧市街の裏通りに入る。地元民でも滅多に通らない道。二人はそこで誰かに会った――でも、その記憶が抜け落ちてる」
蓮が頷く。「友達が消える前に、その路地あたりで最後に目撃されてる」
地図のその地点を見つめた瞬間、文乃の胸にざらつく感覚が走った。
雨上がりの匂い、濡れたアスファルト、そして――銀色の星の欠片。
***
地図を手に三人は旧市街を歩いた。
午前の商店街は静かで、金物屋のシャッターの前に猫が寝転んでいる。
細い路地へ入ると、一気に空気の重さが変わった。壁のタイルは古く、どこか潮の匂いが混じる。
「ここ……知ってる」
思わず口に出していた。
次の瞬間、視界がふっと薄闇に沈む。脳裏に、子どもの背中と、その隣に立つ影――。
「おい、文乃!」
蓮の声で我に返った。
足元に、何かが落ちている。青いリボンで綴じられた半分焦げた紙切れ。焦げ跡の端に、銀色の星。
「……また黄泉の“栞”?」
沙羅が眉をひそめる。
裏面には、古いインクで日付が記されていた。
――○月×日(記載なし) 卒業式
***
昼近くになり、文乃はふらりと駄菓子屋に立ち寄った。
カウンター越しの老店主が、彼女を見るなり言う。
「おや……あんた、小学校の時にあの子といつも来てたな」
「……あの子?」
「ほら、写真部の子だろ? ……あれ?」
店主は首を傾げた。「違ったか、君と一緒にいた眼鏡の……いや、名前が出てこない」
その時、店主の瞳にさっと影がかかった。
まるでさっき商店街で見た女性と同じ“空洞”が広がっていくように。
「……失礼、なんでもないよ」
言葉とは裏腹に、その表情は遠くへ引き潮のように薄れていく。
店を出ると、蓮と沙羅が駆け寄ってきた。
「今の、見たか?」
蓮の声は低い。「あれは偶然じゃない。黄泉は、事件当日の証言を持つ人間を順に消してる」
***
図書館に戻ると、冴子が玄関で待っていた。
珍しく焦りを帯びた声で言う。
「……ここにも“抜けた”人が来たの。扉を開けた瞬間、自分が何のために立っているのか分からない顔をして……置き手紙だけ残して行ったわ」
差し出された封筒には、短い一文があった。
――『踏切の向こうで待つ』
手紙の紙は、例の青いリボンで結ばれている。
三人は顔を見合わせ、確信した。これは挑発だ。黄泉は、自分たちが追っていることを知っている。
***
夕方、文乃たちは例の踏切に立った。
沈む太陽がレールを真紅に染め、遠くで電車の音が近づく。
線路の向こうに、あの影がまた立っていた。
今回ははっきりと、片手に半欠けの銀の星を持って。
電車が通過し、その姿が見えなくなる――次の瞬間、足元に同じ星の欠片が落ちていた。
拾い上げたそれは、指先に冷たく、そしてわずかに脈を打っているように感じられた。
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