負けヒロインだと思ってたのに、溺愛が止まらない
果たして幼馴染は負けヒロインなのか。否だ!!と言う話です。ギャグです。
私が自分がとある小説のモブキャラだと気付いたのは、私がまだ六つの時だった。
その前から自分が何処か他の子とは違うと思っていたし、日本人であった事も覚えていた。
関わった人達の顔は朧げだったけれど、トラックに轢かれそうな男の子を助けて死んでしまった事も覚えていたから、この世界にトラックが無くて良かったな、と思ったものだ。
子供が好きだった。幼稚園の先生になるのが夢だった。名前は思い出せない昔の私。
私はこの世界に生まれても子供が好きなままでホッとした。子供を守って死んだからって、恨んでなくて良かった。
私は幼いながらに孤児院を母に頼んで一緒に訪問するのが好きだった。
優しい子ね、とお母様に頭を撫でられるのが誇らしかった。
だけど六つの私は、お父様に友人の息子さんだよ、と紹介された人物を見た瞬間、愕然とした。
ヴォルフ・ウォーレス侯爵子息。ウォーレス家の嫡男。私が死ぬ前に読んでいた『狼の泣き叫ぶ声がする』のヒーローである。
彼は既に物語通りに母親を亡くしていて、表情の乏しい男の子だった。
その時気付いた、私はルイス・キャンドルは所謂『負けヒロイン』だと。
『狼の泣き叫ぶ声がする』は、主人公であるヴォルフ・ウォーレスが、十六歳で聖女ライラに聖騎士に選ばれて、魔王を討伐する為に旅に出る、ファンタジーラノベだった。二人は次第に惹かれ合い、時には手を取り合い、助け合い旅をする。きっと二人は最後結ばれた筈だ。最終話を読む前に私は死んでしまったけれど。
ルイス・キャンドルはヴォルフの幼馴染で、旅を出るのに躊躇する彼の背中を押す役所だ。
『こっちの事は心配しないで。私がなんとかする。そのくらいの力があるのは知ってるでしょう?だからヴォルフはこの世界をお願い』
あぁだから私は魔力保持者だったのかと合点がいった。
ヒーローを旅に出す為の存在。それが私だ。
ならヴォルフがちゃんと旅に出られるよう、少しでも強くなってもらって送り出そう。
最初はそんな軽い気持ちだった。
「ヴォルフ、今日は何をする?」
子供好きな私は当然ヴォルフも可愛かった。外見は同じ年だけど。
母親を亡くして元気どころか生気も無かったヴォルフに最初は黙って寄り添い、言葉を返してくれるようになってからはウォーレス家に足繁く通って一緒に遊び、学んだ。
「ルイスが好きな事がしたい」
「またぁ?自主性を育てなさいよ、今日はヴォルフが好きな事をしようよ」
「ルイスの好きな事が知りたい」
懐かれた。ヴォルフは昼寝をする時も私の膝の上でするか、肩でする。必ず何処かくっついて寝る。一度寝てる間に黙って帰って以来、ずっとだ。
これ、負けヒロインの距離かな?可愛い、悔しい事にめっちゃ可愛い。おかげで突き放せない。
「ヴォルフはルイスちゃんが大好きだなぁ」
「うん、好き。ルイスが世界で一番好き」
「え、父様は!?」
「………ごめんなさい?」
「ぐぅ、親離れが早すぎる!ルイスちゃん!うちにお嫁に来ない!?と言うか来て!!」
「え!?」
じっとヴォルフが私を見つめてくる。無垢な瞳で。いやいやいや、私負けヒロインなんですけど!?
「こ、婚約破棄とか、ちょっと…」
「破棄?しないよ。俺、ルイスをお嫁さんにしたい」
「え、えー……」
「ずっと一緒に居たい。ルイス、俺と結婚して」
「う、うーん…十六歳になってもヴォルフがそう思ってたらね?」
「分かった。ずっと思ってる。だからルイス、ずっと俺の傍に居てね」
可愛いヴォルフに、負けた。これが負けヒロインか、いや違う。だけど、聖女様が現れたらヴォルフは聖女様に恋をする。
私はそれまでの期間限定の婚約者だ。十六歳になったら終わってしまう。
なら、それまで楽しもう。ヴォルフが旅の途中で怪我をしないように、一緒に稽古もしよう。
ヴォルフをキチンと送り出せるよう、私も強くなろう。
そうして、聖女、ライラ様が遂にヴォルフを迎えに来た。
わざとらしいくらいの涙目でヴォルフを見上げている。
「ヴォルフ様、私と一緒に魔王を倒しに行ってはくれませんか?」
「嫌です」
即答だった。立派に育ったヴォルフは聖女様から私を隠す様に立った。
「私には愛しい婚約者が居ます。もうすぐ結婚するんです」
「「はっ!?」」
思わず私まで聞き返してしまった。恐る恐るヴォルフを見上げると、ヴォルフは溶けそうな笑顔で私を見つめた。
「十六歳になっても気持ちは変わらないよ。君が好きだルイス。結婚して」
いや、それは、確かにそう言う約束はしましたが、それは貴方が十六歳で聖女様に恋をするからと思ったからで。
「ルイス、孤児院の子達によく言ってたよね。なんだっけ?『約束は守りましょう』だったかな?」
今度は笑顔が黒い!これは露骨に脅されている。此処で断ったら孤児院の子達からの私への信頼を地に落とすと!
「ヴォ、ヴォルフ…でもね、ほら、世界がね?」
「聖騎士って聖女様が認定したなら誰でも良いんでしょう、確か。名誉な事だとは思うけど、正直誰でも良いなら俺じゃなくても良いよね。でも俺にはルイスじゃなきゃ駄目だ。だから結婚してよ。約束したよね?」
聖騎士って既婚者はなれないって話だしね。とヴォルフが背筋がゾッとするような綺麗な笑みを浮かべる。
「ヴォルフ様、そんな…私と一緒に来ていただけないんですか?私、今日をずっと夢見て…」
庇護欲を掻き立てる顔でライラがそう言う。ねぇ、この子もしかして転生者じゃないかな?それとも聖騎士って夢に出て来て決まるものなの?
「では明日も明後日も未来永劫夢見ていて下さい。私はずっとルイスと結婚する為に努力してきました。ポッと出て来た貴女に邪魔されたくないんです」
ちょっときゅんとしてしまったじゃないか!
怖いのにきゅんとするとか私はマゾっ気があるの!?やだ!!
「……ルイス死ねば良いのに」
「はぁ?」
「ヴォルフは私の聖騎士だったのに!何原作改変してるのよ!!」
聖女が私に攻撃魔法を放って来た。咄嗟にバリアを張ったけど、もしかしたら貫通するかもしれない。だって相手は聖女。と言うかルイスも巻き込まれるんじゃない!?
バリアに更に魔力を送ると、聖攻撃魔法だろうそれはバリアに当たるとあっさり弾けた。
思わずルイスと顔を見合わせる。
「え、弱すぎない?大丈夫?世界……」
「いや、多分、違うんじゃ…」
「あんたがおかしいのよ!!何その魔力出力!?怖っ!!」
わなわな震える聖女と、自分の手を見比べる。
「え、えぇ…?」
「ルイスの基準がさ、俺じゃない?」
「う、うん、まぁずっと一緒に訓練して来たから…」
「俺って聖騎士に選ばれるくらいなんでしょ?本来聖騎士は聖女を守る存在で、つまり聖女より強いんでしょう?なら、聖騎士と同等の力があるなら…そう言う事なんじゃないの?」
さっきとは別の意味で泣きそうになっている聖女を見る。
「…なんか、ごめんね?」
「謝ってすむかぁぁ!!」
「でもほら、私防御特化だから、その、攻撃魔法はそれ程って言うか……」
「この前一緒にレッドドラゴン倒したの誰だったっけ?嘘は良くないんだよね?ルイス?」
「もうあんた達が魔王倒して来いよ!!」
旅に出たくない!嫌だ!と駄々を捏ねる主人公と聖女をなんとか宥めて、一緒に着いて行く事でヴォルフを納得させ、聖女は次に聖騎士にしたい人と会ったら全力で協力する事を約束させられた。
「ねー、ルイスぅ、ルイスも転生者でしょ?」
「…え、てんせいしゃ?何それ?ライラ頭大丈夫?」
「原作変わりすぎなんだよ!バレバレなんだから良いから認めなよ!」
「うーん、でも私、実際原作最後まで読む前に死んじゃってんだよね」
「え?そうなの?」
「うん、トラックから男の子庇ってね」
「実にあんたらしい死に方だな」
「聖女、口調口調」
「もう聖女いいやー!聖女よりやっぱり真のヒロインのが強いんだもん」
「は?」
「魔王を倒した聖女はヴォルフに告白すんの。でも魔王との戦いで死にかけたヴォルフが思ったのは故郷に残して来た幼馴染の事だったの!『やはり私はあるべき所へ帰りたいと思います』ってふられんの!ヴォルフが帰るのはあんたの所!つまりこの作品は真ヒロインはあんたって奇抜な作品だったの!!」
「ふぇえ!?」
私は驚きのあまり変な悲鳴をあげた。少し前を歩いていたヴォルフが慌ててやってくる。
「どうしたのルイス可愛い声出して」
「かわっ、いや、ちょっとびっくりしただけなの、ごめんね」
「また何かやらかしたんじゃないだろうな半人前聖女」
「あんた達が規格外なんだって言ってるだろーが!ヤンデレヒーロー!」
「ヒーロー?」
「ヤンデレには突っ込まないんだ…」
「ルイスに何かあったら世界滅ぼす自信があるよ」
「いやよ!守ってよ!おじさま泣くわよ!?」
「いい歳したおっさんに泣かれてもルイスは帰って来ないし…」
「そう簡単に死なないわよ!」
「知ってる。強いお嫁さんで本当に良かった」
「私の聖騎士何処よー!?いい加減挫けそう!!」
騒がしい旅はまだまだ続くようである。
なお『狼の泣き叫ぶ声がする』の最後が一般的に受け入れられたかどうかは、ルイスの知る所ではない。
「ワンチャンあるかもと思ってヴォルフのとこ行ったのにあるどころかマイナスよ!?聖女可哀想過ぎる!」
「自分で言うなよ、訳の分からない奴だな…」
「だ、大丈夫よ、ライラ可愛いし、次の街にきっと良い人が居るわ!」
「ほんと?私可愛い?」
「ルイスの方が可愛いよ?ねぇ俺の事はかっこいいってなかなか言ってくれないのに酷くない?」
「うざぁ!ルイスこいつうざいよ!やめときなよ!」
「燃やすぞ」
「あんたが言うと冗談に聞こえないのよ!!」
「二人とも、仲良しね」
「「はぁ!?」」
「誤解だよルイス!俺はルイスだけだよ!?」
「いくらルイスでも侮辱が過ぎる!」
「え?褒めたんだけど、え?違った??」
原作の表紙は、ヴォルフとライラが二人セットで描かれていたけれど。
この世界では、いつだって真ん中にルイスが居る。
ルイスがヴォルフを見上げる。
ヴォルフはそれに気がつくと嬉しそうに笑った。
ライラはそんな二人に舌打ちをする。
気が付いたら始まっていた恋は、まだ終わりを迎えない。
楽しんでいただけたら幸いです。
読んでくださってありがとうございました。
7/12、加筆修正しました。誤字報告ありがとうございます、訂正しました。