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第一章:祈りは出会いを繋ぐ③

 この辺りか、とあたりをつけるとトゥルクは手の中の手綱(たづな)を強く(にぎ)り込み、リブレを止めた。昨夜のうちに読み込んだ地図によれば、この先の小川の辺りにトゥルクの探しているものがあるはずだった。

 トゥルクはリブレの首筋を軽く叩いて()めてやると、(こし)のポーチからコンパスとオーレンからもらったドバシアの森の地図を取り出す。今いる場所と地図に記載(きさい)された内容を見比べるが、大きくずれはなさそうだった。

 ()い茂った木々の枝々の隙間から、力強い太陽の光がトゥルクの背中を照らしている。太陽の角度から、そろそろ昼になるなとトゥルクは思った。朝早くに宿で朝食を食べたっきりの体が空腹を(うつた)え始めている。腹が減っては戦はできぬという言葉もあることだし、探しものは昼食後にしようとトゥルクは決め、地図とコンパスをポーチにしまった。待つのに飽きてしまったのか、(ひづめ)で地面を掘っているリブレの腹をトゥルクはブラウンのブーツシャフトに包まれた脹脛(ふくらはぎ)で優しく圧迫した。すると、リブレは少し先に見える小川の方に向かってゆっくりと歩き始めた。

 さらさらと穏やかに流れる小川のほとりで再びリブレを止めると、トゥルクは(あぶみ)を脱ぎ、リブレの胴に自分の体を押し当てながら、地面へと飛び降りた。()り寄ってくるリブレの鼻面を軽く()でてやると、手綱(たづな)(つか)んでトゥルクは川の中へ降りていく。トゥルクも水中に手を突っ込むと、水をすくい上げて乾いた(のど)へと流し込んだ。(のど)を流れ落ちていくひんやりとして甘やかな水の感触が心地よく、熱のこもった体が少しずつ冷やされていくのを感じる。

 川で愛馬に水を飲ませてやると川辺に戻り、トゥルクは(こし)のポーチの中からある程度の長さのある(ひも)を取り出した。(ひも)(はし)をリブレの頭絡(とうらく)に取り付け、もう一方を手近な木の(みき)へと結んでいく。複雑な手順を繰り返して、結んだ(ひも)が解けないことを確認すると、トゥルクはリブレの後ろに乗せた荷物から昼食を取り出した。

 今日のトゥルクの昼食は具沢山のバケットサンド、リブレの分はトゥルクがコルニスの街の朝市で買ったバナナだ。トゥルクの分については昨日の彼の昼食について知ったエルカが「ちゃんと食べなきゃ駄目でしょ!」と小言まじりに作ってくれたものである。

 トゥルクは自分の昼食を食べる前に、バナナの皮を()き、小さくちぎる。ちぎったバナナを手のひらに乗せると、早くくれと言わんばかりに振り返ってくるリブレの口元へと持っていった。手に触れる愛馬のふにゃふにゃとした口の感触がくすぐったいと同時に(いと)しくて、トゥルクは目を細める。

 リブレがバナナを食べ終えると、トゥルクも近くの木の下に(こし)を下ろした。昼食の包みを解く。(いぶ)したチーズに焼いた鶏肉、薄切りにしたゆで卵にしゃきしゃきとしたレタス、分厚いトマトが挟まれたバケットサンドが姿を現した。パンの香ばしい匂いとたっぷりと塗られたバターの香りに口の中に唾液(だえき)(あふ)れてくる。腹がきゅうと音を立て、たまらなくなってトゥルクはバケットサンドへとかぶりついた。

 カリカリとしたパンの食感。鼻の奥を満たす燻製(くんせい)の匂いとチーズのまろやかさ。食べ応えのあるトマトの存在感と甘酸っぱさ。甘辛いソースがよく合う、肉汁がジューシーな肉。朝採れたばかりだという黄味が濃厚な半熟のゆで卵。シャキシャキとしてみずみずしいレタスは、それぞれの主張に負けることなく、全体をさっぱりとまとめ上げている。

 口の中に広がる食材たちのハーモニーをじっくり味わう間もなく、バケットサンドは無心で食べ進めるトゥルクの胃の中に消えていった。

 トゥルクは中身のなくなったバケットサンドの包みを四角く折りたたむとカーキのズボンのポケットにしまう。満腹で苦しい腹を抱えて、トゥルクは背後にある木の幹に体を預けた。視線の先では、先程のバナナは前菜で、これがメインディッシュとでも言わんばかりにリブレがもぐもぐと草を食んでいた。

 木々の間から夏の木漏()れ日がきらきらと輝きを見せている。トゥルクはオリーブグリーンのジャケットの袖口をまくり上げると、黒いスタンドカラーシャツの(えり)ぐりを(つか)んで、服の中へとばたばたと風を送り込む。服が汗で肌に張り付くくらい暑いけれど、川辺を吹き抜けていく風は(さわ)やかだ。

 ふう、と息を吐くと、トゥルクは立ち上がった。そろそろ今日ここを訪れた目的を果たさなければならない。

 トゥルクは機嫌良く草を食べているリブレへと近づく。トゥルクの存在に気づいて甘えるように()り寄ってきたリブレの首筋を()でてやると、トゥルクはリブレに積んだ荷物からスコップを取り出した。

 オーレンにもらった地図によると、目的のものがあるのは、ちょうどこの小川を渡った向こう岸のようだ。トゥルクは茶色のブーツを濡らしながら、ひんやりとして気持ちのいい川の中に足を踏み入れる。さらさらと流れていく小川のせせらぎが耳に心地よい。きらきらと夏の日差しを浴びてたゆたう川面(かわも)をかき分けて、トゥルクは対岸へと渡っていく。

 川岸にトゥルクは何かきらりと光るものを見た気がした。岸に上がると、トゥルクはその場所にかがみ込み、スコップで地面を掘り始めた。

 地面を掘り進めていくと、スコップの先に何かが絡みついた。何だろう、と思いながらトゥルクは茶色いグローブを()めた手で土を払い()けていく。

「何だ、これ……?」

 土の中に埋まっていたのは、薄汚れた金色の棒だった。先端は鉛筆のようにとがっているが、上部には装飾が施されており、筆記具のようには見えない。オレンジ色と白色の小さなガラスの花が可憐(かれん)に咲くそれをトゥルクはつぶさに観察していく。先程、スコップに絡んでしまったのは、花々の下から垂れ下がる金色の細いチェーンのようだった。その意匠(いしよう)から、装飾品の一種のようでもあるが、このようなものは見たことはなく、どのような使い方をするものなのか男のトゥルクには見当もつかなかった。

 持って帰ってオーレンに見てもらったほうがいいかと思いながら、ポーチの中にそれをしまおうとしたとき、棒の側面にあった小さな突起にトゥルクの指が触れた。

 ふいに棒の先端が光を放ち始め、何もない空間に光の文字が刻まれ始める。驚きのあまり、トゥルクは危うく手の中の棒を取り落としそうになった。棒を持ち直すと、トゥルクは空中に綴られていく文字を凝視する。

(これは昔の文字……?)

 現代の言葉の読み書きであればトゥルクは問題ないが、古い時代の言葉となると少々難しい。学者であった祖父のウェドフから多少手ほどきを受けたことはあったが、今のトゥルクでは単語を断片的に読み解くのが限界である。

 その文章は、祈るような言葉によって始まっていた。読み進めていくにつれ、トゥルクの顔に困惑の色が浮かんでいく。

(南西、千五百歩……、女の子……?)

 文章が難しくてあまり細かいことはわからなかったが、光の文字で(つづ)られたその文章には一人きりで眠る女の子を目覚めさせ、幸せに生きさせてほしいといったようなことが書かれていた。文章に込められた、心から少女を思う気持ちに胸がぎゅっとなった。

 少女を探してみようとトゥルクは思った。無駄足に終わる可能性もなくはないが、幸いにも、この文章に書かれていた場所は、ここからはさほど遠くない。

 トゥルクは金属の棒を腰のポーチへとしまった。トゥルクは立ち上がるとスコップを手に、再び川を渡る。

 帰ってきた、と言わんばかりにリブレがトゥルクを振り返った。ただいま、とトゥルクはリブレへと声をかけてやると、

「リブレ。あっちの方に何かあるみたいなんだ。ちょっと行ってくるから待っていてくれる?」

 青鹿毛(あおかげ)の馬はわかったとでも言うように、ぶるると鼻を鳴らした。

 トゥルクはリブレの背に積んでいる荷物からナップザックを取り出すと、中身を確認する。ロープにヤギ革の水筒、乾燥させた肉や果物といった携帯食料、トゥルクでも取り回しやすいサイズのナイフ、怪我をしたときのためのの応急処置キット、火口箱(ほくちばこ)にランプ、双眼鏡などが入っている。トゥルクはナイフを(こし)のベルトに吊るし、スコップをナップザックの中にしまった。トゥルクはナップザックを背負うと、南西の方向へと歩き出す。

 トゥルクの行く手では、昼の日差しを浴びながら、葉の生い茂った大樹(たいじゆ)が彼を見下ろしていた。


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