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第一章:祈りは出会いを繋ぐ②

 トゥルクが流行病で両親を立て続けに亡くしたのは五歳のときのことだった。一人ぼっちになってしまったトゥルクはソフィア島のユーヴル村で学者をして暮らしている祖父のウェドフに引き取られた。

 ウェドフは老齢ながらも矍鑠(かくしやく)としていて、自ら遠方の深い森や険しい山などに調査へ行くことも多かった。幼い子供を一人で家に残すわけにも行かず、ウェドフはいつも調査の仕事にトゥルクを連れて行ってくれた。

 ウェドフはいつも、孫であるトゥルクの歩幅に合わせてゆっくりと歩きながら、この世界の歴史や、地質学から読み取れる世界の成り立ちについての仮説をわかりやすく話してくれた。ウェドフの話は面白く、すぐにトゥルクはこの世界の秘めるロマンの(とりこ)となった。

 あるとき、ウェドフに連れられてエリュセカの森に訪れた際に、トゥルクは一頭の黒い馬と出会った。額に白いハート模様のあるその牝馬(ひんば)は背に(くら)と荷物を乗せており、森に住む野生の馬ではないであろうことが推して知れた。

 黒い馬は首を長く伸ばし、低い位置にいるトゥルクと目線を合わせた。トゥルクは大きく深い彼女の瞳に吸い込まれてしまいそうな気がして息を呑んだ。

 馬と見つめ合っているトゥルクの横で腰を(かが)め、ウェドフは馬へ向けて自身の手を差し出した。興味がトゥルクからウェドフに移ったらしい青鹿毛(あおかげ)の馬は鼻先をウェドフの手へと寄せる。

「ほら、トゥルク。おじいちゃんの真似をして、お馬さんに挨拶(あいさつ)してごらん」

 うん、と頷くとトゥルクは祖父に(なら)い、手を馬の方へと差し出す。

「ねえおじいちゃん、この子迷子かな?」

 どうだろうなあ、とウェドフは思案げな顔をする。馬の大きな瞳には物言いたげな光が浮かんでいる。視線と耳を背後へと向ける馬をウェドフは眺めながら、

「もしかしたら、あっちのほうに飼い主がいるのかもしれないね。この子を連れて様子を見にいってみようか」

 ウェドフは馬の首にかけられていた手綱(たづな)を下ろすと、それを引いて進み始める。「後ろは危ないから、おじいちゃんの横を歩きなさい」「うん」頷くと、トゥルクはウェドフの左側を歩き始めた。

 馬と共に木立(こだち)を進んでいくと、ウェドフとトゥルクは三十代半ばほどの男が(うずくま)っているのを見つけた。タタ、とトゥルクは駆け出すと、男へと声をかけた。

「おじさん、大丈夫? 怪我(けが)してるの?」

 男は苦笑すると、

「ああ、ちっとばかり背中を打っちまって。情けない話なんだが、木陰(こかげ)にいた小鳥に(おどろ)いたそいつにうっかり振り落とされてな。じいさん、そいつを――リブレを捕まえてくれて助かった。礼を言う」

 よいしょ、と男は立ちあがろうとする。「痛っ」しかし、背中の痛みがひどいのか、男はよろけて再び(うずくま)ってしまう。

「トゥルク。この子の手綱(たづな)を持っていなさい。おじいちゃんがしていたのと同じようにやれば大丈夫だから」

 トゥルクはウェドフから手綱(たづな)を受け取ると、横にいるリブレをちらりと見る。横にいる馬という生き物は優しげで美しいが、まだ幼いトゥルクに比べるとかなり大きい。その大きさにわずかに恐怖を覚えていると、怖くないよとでも言いたげにリブレがそっと鼻面をトゥルクの肩へとつけた。

 ウェドフは自分より体格の良い男に肩を貸し、立ち上がらせる。

「その体じゃ辛いだろう。ワシらが泊まっている村まで一緒に来るといい。医者も手配してやろう。ワシは学者のウェドフ・ツェイラー、この子は孫のトゥルクだ。きみ、名前は?」

「俺はオーレン。オーレン・ヴェイオールだ」


 ウェドフとトゥルクはオーレンとリブレを泊まっていたノルーム村まで連れ帰った。オーレンを医者に見せると、骨こそは無事だったものの打撲(だぼく)がひどく、しばらくの間、安静を言い渡された。

 オーレンはノルームでの滞在中、看病兼留守番役として残されたトゥルクの話を面白そうに聞いてくれた。とりわけ、ウェドフの仕事の話について、オーレンは興味を持ったようだった。

 数日にわたるエリュセカの森の調査が終わり、ウェドフとトゥルクがユーヴル村に帰ろうとしたとき、オーレンは話があると切り出した。オーレンはウェドフの元で学問を教わりたいと頭を下げ、彼はリブレを連れて、トゥルクたちの帰路についてきた。

 それから、二年ほど、オーレンはユーヴル村のトゥルクの家に住み込み、ウェドフの元で手伝いをしながら学問を修めた。ウェドフは自分の専門である考古学と地質学以外にも、自分が知る限りの知識をオーレンへと教えた。

 オーレンが居候(いそうろう)していた二年の間に、彼が連れてきたリブレとトゥルクはすっかり仲良くなっていた。どうしてもリブレと離れたくなくて、無理を言ってトゥルクはオーレンが村を去るときにリブレを譲ってもらった。こうして、リブレはトゥルクの親友であり、無二の相棒となった。

 オーレンがユーヴル村を去って二年半ほど経ったころ、ウェドフがこの世を去った。幸せになりなさい、それがトゥルクに向けられたウェドフの最期の言葉だった。

 ウェドフが亡くなってしばらく経ったころ、十一歳にして天涯孤独となり、今後の身の振り方について考え始めていたトゥルクの元をオーレンが訪ねてきた。ウェドフの元で学んだ知識を活かし、商人となっていたオーレンは、自分と一緒に来ないかとトゥルクを(さそ)った。

「俺にはお前を一人で放っておくことはできねえ。トゥルク、俺と一緒に来ないか? 旅から旅の不安定な暮らしだが、それでもお前一人を(やしな)ってやることくらいはできる」

 しかし、トゥルクはオーレンの厚意からの言葉に首を横に振った。

「オーレンさん、僕は一緒に行けない。僕、トレジャーハンターになりたいんだ。僕、おじいちゃんが生きてたころからずっと考えてたんだ。この世界を、まだ見たことのないものの数々を、自分の目と足で見に行きたいって」

 オーレンは言葉を重ねてどうにかトゥルクを説得しようとした。しかし、トゥルクの意志は固く、最終的には根負けしたオーレンが折れることとなった。

 こうしてトゥルクはリブレを連れて、六年間暮らしたユーヴル村を離れ、トレジャーハンターとしての道を歩み始めた。


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